『ターミナル・マン』

 そこまで長い話じゃなかったので数時間で読めちゃいました。

 今回作者のマイクル・クライトンが取り上げたのは脳科学とコンピューター。私は生物学が好きなのですが、いまいちピンと来ないのが、この意識や精神と、脳をはじめとする神経系との相関性。
 もちろんそれを否定しているわけでは全くありません。茂木健一郎さんのように、「クオリアうんぬん」と、科学から観念――哲学の方向に行きたいわけでもないです(私は脳科学者の茂木さんが、その理屈が“科学”と言うにはあまりにも曖昧な為、いまいち好きではありません)。

 結論から言って、私は頭が悪いので正しくこの科学を理解するのが難しいのです。作中でこんな件があります(文庫版270ページ)。

 現代(※とはいえこの作品が書かれたのは1971年であることを留意してください)の電子計算機、たとえば、第三世代のIBMデジタルコンピューターの価格は、数百万ドルにつく。それは莫大な電力を消費する。広い場所を占領する。そのくせ、最大のコンピュータでも、アリの脳と同程度の回路数しか備えていない。人間の脳の容量を持つコンピュータをつくろうものならば、巨大な摩天楼になってしまうだろう。
 
 40年経った現在のコンピュータは言うまでもなく、この当時とは比べ物にならないほど容量が大きくなり、それと反比例するように機器の大きさは小型化しています。
 93年の『ジュラシックパーク』時でさえ、恐竜のCGを計算するコンピュータは、一部屋つかって筺体の群れが占拠していました。

 これは量子力学、半導体工学、そしてナノテクノロジーの研究進歩によるものですが、作中出てくる、患者に埋め込んだ精神制御超小型コンピュータはまさにその「はしり」であり、クライトンは、電気自動車といい、GPSといい、衛星携帯電話といい、いつも30年近く先の時代を行っちゃってますw。

 私は精神と神経の境界は不可分だと思っていて、だから「フロイトが神経症、ユングが精神病を主に手掛けた」と言っても、その違いが明確に理解できません。
 というか、説明を聞いても納得できません。それは「神経症」と「精神病」という日本語の言葉が悪いと思います。
 
 たとえば、本書に出てくるコンピュータによって精神制御を受けることになる患者のベンスン氏は、医学的には「精神病」です。
 コンピュータの研究者の彼は、交通事故がきっかけで側頭葉を損傷し、「発作」的に普段の意識がなくなり、狂暴な振る舞いをするようになってしまいました。
 ややこしいのは、このように神経系に物理的な異常があって起きる場合、それは「精神病」で(うつ病や多重人格もこっち)、特に脳に異常がないのに不安感や緊張感、圧迫感などに襲われるのが「神経症」だということ。
 ・・・これって逆の方が解り易くないですか?(ただ最近は研究が進み、この二つに大きく分類することはあまりない。あくまでも便宜上。)

 この作品の面白い点は、人に危害を与える精神的発作を制御するために「心臓発作と同じく機械で直そう」と医師に「心のペースメーカー」を組み込まれた患者が、そのペースメーカーに“よって”殺人を起こしていくことです。
 このくだりがとっても怖い。相変わらずクライトンは、どこまでが実際の研究か分からないようなリアルなSFガジェットで、読み手をゾッとさせるのが巧いです。

 どういうことかと言うと、「電撃嗜好者(=エラッド)」という発想があって(130ページ。本当にある考えか分からないけど)、これは覚せい剤に手を出した人が薬への依存が止められないように、脳への電気刺激の際に生じる快感に依存しまうことを言うそうです。
 覚せい剤が何故やめられないかと言えば、あれは本人の意志の弱さでは決してなくて(一回目は意志の弱さと好奇心の強さだろうけど)、お腹がすいたらご飯を食べるし、お腹痛くなったらトイレに行くし、眠くなったらベッドに入るのと同じで、覚せい剤の脳への刺激が、本能行動に匹敵する動機づけになってしまうからです。
 で、それと同じくエラッドの実験では、金魚、モルモット、ネズミ、猫、ヤギ、イルカでも電撃中毒症状が確認され、ネズミは寝食を忘れヘロヘロになるまで、電気刺激のレバーを押し続けたと言います。

 ベンスン氏の脳に埋め込まれた「心のペースメーカー」精神制御チップは、発作の前兆が起こると、それを察知して脳に電気刺激を送り、発作を相殺させるようになっています。
 しかし相殺の際の電気刺激の快感の虜となったベンスン氏は、その電気刺激をわざと起こさせるために発作の回数を増やそうとするのです。

 ここから面白くなるぞ!とう感じですが、実はラストはちょっと失速気味で(内緒だよ!)そこらへんは『緊急の場合は』と似ています。ただちょっと地味なだけで、十分楽しめます。なにより設定が面白過ぎて飽きさせません。
 逆にナノマシンの話の『プレイ』は後半のアクションパートを過剰に描きすぎて白けちゃったということもあるので、それよりはましかな。う~ん、リアルなSF小説で娯楽としても面白いって難しいですね。
 やっぱり『ロストワールド』と『タイムライン』はすごかったなあ・・・

 あとはコンピュータと脳の相違点の言及は知っていても面白かった。カントは『純粋理性批判』で人間の認識に限界を設けたけれど、今の科学はすごいですからね。「ア・プリオリなんてぶちこわせ!」と脳を研究しちゃってます。
 人間は人間のことを完全には分からない。自分の背中や体内が見れないのと同じだ、と言う話もありますが、人間にはコンピュータが遠く及ばない「想像力――イメージする力」があります。だから鏡や内視鏡、レントゲンをこしらえちゃうわけです。
 現在の脳の研究は面白く、私も『超音速ソニックブレイド』というロボット漫画でいくつかネタを取り入れたくらいです(ホンダのBMIブレイン・マシン・インターフェイス=意識で機械を動かす研究など)。
 ただ意識と記憶の喪失が我々の「死」と呼ぶものならば、脳の構造が完全解明されて、コンピュータやバイテクによる「デバイス」で意識の代用が効いてしまうと「死」を乗り越えられちゃいますよね。
 いずれ死を選択するような時代になるかもしれません。いや、本当に。

 お勧めキャラ:24歳のコンピュータの天才ギャハード。冒頭の「天才だが若く、礼儀知らずの変人」という、キャラ紹介とはことなり、意外と埋め込み手術反対派の精神分析医ロス先生(この人がほとんど主人公格)にとって頼りになるサポート役でナイスでした!好き。
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