異文化理解覚え書き③

 今回は主に18世紀。つーか、英語の本でスペイン継承戦争を読むと、チャールズもカルロスもカールもみんな表記がCharlesなので、どの勢力のCharlesなのかがごっちゃになって、要読解力(´;ω;`)
 本国の人は同じスペルでどうやって区別しているのだろうか・・・「チャールズのいとこのチャールズが」とかいきなり出てきて、分裂した!!??って初見では狼狽したものよ。
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参考文献:Antonia Cunningham, Essential British History : key dates, facts & people summarized

18th century wars(18世紀の戦争)
18世紀になると、英国は欧州と植民地の戦争に関与し、そのパワーバランスと貿易利益を維持しようとした。英国の主なライバルはフランスとスペインだった。

The War of the Spanish Succession 1702-13(スペイン継承戦争)
スペイン継承戦争は、スペイン王のカルロス二世の後継者を誰にするのかの戦いである。
スペイン・ハプスブルグ家のカルロス二世は、生まれながら病弱で、フランスとスペインの統合はしないという約束の元、フランスのルイ14世の孫であるフィリップを継承者に指名して1701年に子どもを残さず亡くなった。
オーストリアと英国は、フランス(ブルボン王朝)の王位継承権も持つフィリップがフランスとスペインを結びつける強力なルールを作ることを恐れ、オーストリアのヨーゼフ一世の兄弟であるカール大公を支援した。
こうして1702年に、イタリア、オランダ、ドイツ、スペインで戦闘が始まった。
マールバラの初代公爵のジョン・チャーチル(※ウィストンの祖先)率いる英国は、ブレンハイムの戦い(1704年)、ラミリーの戦い(1706年)、アウデナールデの戦い(1708年)、マルプラケの戦い(1709年)で勝利した。
1711年にヨーゼフ一世が子どもを残さずに予期せぬ死を遂げ、彼の兄弟のカール大公がそのあとを継ぐと、英国はカールの支持を撤回し、スペインとオーストリアが結びつくのを妨げた。
翌年、英国はフィリップがフランスに対して全ての権利を放棄したという条件付きでフィリップを支持した。
こうして1713年各国はユトレヒト条約を結び、継承戦争は終わった。フィリップはスペイン王フェリペ五世として即位し、スペインの植民地を奪還した。
この戦争最大の受益者と言えるイングランドは、地中海のミノルカ島、スペイン南部のジブラルタル、アメリカの領土(北米大陸北部のハドソン湾~ノバスコシア半島エリア)と奴隷貿易のシェアを獲得した。
オーストリアはスペイン領ネーデルランドを割譲された。

The War of the Austrian Succession 1740-48(オーストリア継承戦争)
オーストリア皇帝カール六世が息子を残さずに亡くなると、王位は娘のマリア・テレジアに引き継がれることになったが、かつて彼女の支持者だったバイエルン選帝侯カール・アルブレヒト(カール七世。奥さんがマリアテレジアのいとこ)が王位を要求、女性がオーストリアを支配するべきではないと主張した。彼のバックには、プロシア帝国のフレドリックとフランスのルイ十五世がついていた。
こうしてオーストリア継承戦争が1740年に勃発し、オーストリア領で最も豊かな地方であるシュレジエン(現在のチェコとポーランドあたり)にプロイセンが侵攻して戦闘が起きた(そのためシュレジエン戦争とも呼ばれる)。
それと同時にオーストリアはスペインの管理下である北イタリアとも戦った。
英国におけるフランスとスペインの関係は16世紀以来植民地や貿易におけるライバル関係だった。1739年には海上覇権を争って英国とスペインの戦争が起こった(ジェンキンスの耳戦争)。
1741年、フランスに抵抗するイギリスは権力のバランスを維持するためにオーストリア連合戦争に参戦し、オーストリアと同盟を結んだ。
翌年にはイギリス軍を含む軍勢がマリア・テレジアのもとに組織され、フランスとスペインとの戦いに成功した。
戦場で戦った最後のイギリス君主であるジョージ二世の陸軍はバイエルンのゲッティンゲンで大きな勝利をおさめた。
戦争は1748年のエクス・ラ・シャペル(アーヘン)条約で終わった。シュレジエンを除くすべての領土は元の所有者に戻り、英国はヨーロッパでのフランスの拡大を防ぐことができた。

The Seven Year's War 1756-63(七年戦争)
七年戦争は実際にはひとつの戦争ではなく、二つの戦争であり、ひとつはインドと北アメリカの支配をめぐるフランスと英国の戦争、もうひとつはプロイセンとオーストリアのヨーロッパ大陸における戦争であった。
プロイセンのフリードリヒ二世がオーストリア領に侵攻し、それをオーストリアの援軍に来たフランスが徹底抗戦、プロイセンはその後ボヘミアに侵攻したが、1757年に退去した。
当初は英国とプロイセンが多くの敗北を喫したが、彼らは1759年から勝利を続けることになる。
英国はドイツのミンデンや、フランス支配下のカナダでフランスを倒した(フレンチ=インディアン戦争におけるケベックの戦い)。
彼らはまた西アフリカのキブロン湾でフランス人(カルナティック戦争)を打ち負かし、西インド諸島を支配した。
スペインは1762年にフランスを支援するために参戦したが、その年後半にはイギリスとプロイセンが戦争に勝利した。
1763年のパリ条約によって英国はフランス領のカナダ、ミシシッピ川流域、ほとんどの西インド諸島を獲得した。
こうしてイギリスはヨーロッパにおいて支配的な国家となったが、フランスはなおも独自の貿易の拠点を保持していた。
1763年、プロイセン、オーストリア、ザクセンはフベルトゥスブルク条約に署名し、すべてのヨーロッパの領土は戦前の所有者に戻った。オーストリアの悲願、プロシアからのシュレジエン奪還は叶わなかった。

The American War of Independence 1775-88(アメリカ独立戦争)
17世紀の間にイングランドは北米の東海岸に13の植民地を設立したが、植民者(コロニスト)は英国本国の支配に憤慨し、アメリカの独立戦争につながった。
コロニストは軍事的保護のために英国とだけ取引をしたが、7年戦争の後、英国政府は北米の軍隊への支払いに充てるために英国領土に税金を課そうとした。
コロニストは英国議会に自分たちの代表を送っていないことから、英国政府は自分たちに課税する権利はないと主張(代表無くして課税無し)、英国との貿易をボイコットした。
こうして本国軍とコロニストの関係は悪化し、ボストン虐殺事件(反英運動を弾圧する英国軍によって5人のボストン市民が殺された)や、ボストン茶会事件(茶の販売を独占する東インド会社の船がボストン市民に襲撃され、ジョージ三世のお茶会※皮肉――が開かれた)が発生した。
そして、とうとうレキシントンとコンコードで武力衝突が起き、1775年に戦争が始まった。
コロニストたちはジョージ・ワシントン将軍に率いられ、最終的に1781年に英国を打ち負かした。その後1783年、英国はアメリカの独立を認めた。

The later 18th century(18世紀後半)
ジョージ三世(1760~1820年)は政策立案において、より積極的な方針を作り出そうとした。これによりジョージ三世は、閣僚やホイッグ党とのあいだで多くの衝突を引き起こすことになる。
フランスとの貿易再開を望む彼は7年戦争を終わせようとしたが、戦争の実質指導者ウィリアム・ピット(※パパの方)と彼の支持者はこれに反対した。
しかし、1763年、“キングス・フレンズ”として知られる寵臣グループは、下院にワイロを送って戦争離脱の同意にこぎつけた。だが、講和条約を結んだ首相のビュート伯爵は支持を失い辞任した。
次の20年間はアメリカ植民地における問題で埋まった。暫定首相はアメリカの植民地政策を放棄した。

Pitt the Younger and free trade(小ピットと自由貿易)
1783年、ウィリアム・ピット(子)は24歳でイギリスの首相に選ばれた。彼は議会の組織形態を改善し、貿易収入を増やしイギリスを豊かにすることを目指した。
ピットは経済学者アダム=スミスが提案したアイディアである輸入関税の廃止&自由貿易導入を最終的に望んでいた。
アダム=スミスはこれによりモノの価格が下がり、貿易はより促進され、多くの富が創出されると主張した。
ピットはこのような自由貿易は、高度に工業化された国が貿易相手国よりも多く輸出する可能性があるため、イギリスに有利であると考えていた(貿易黒字になると思った)。
こうして1786年にフランスとの貿易条約に調印し、輸入関税を引き下げた。
彼はまた歳入制度を再編し、政府関係者の汚職の機会を減らした。
さらに、窓や、馬車、時計、ヘアパウダー、使用人といった贅沢品に課税をするとともに、国家の利息を減らし、フランス革命後は、フランスとの戦争遂行のためにイギリス史上初の所得税を課した。

Parliamentary reform(議会改革)
ピットが首相に就任したとき、1ダースの閑職(無責任な雇用)が廃止された。
彼はこの改革を続け、1785年には36の腐敗した選挙区を廃止する法案を提出し、選出される下院議員(MP)を公平に配分しようとした。
しかし、下院(庶民院)はこれを否決した。

John Wilkes and Liberty(ジョン・ウィルクスと自由)
1763年の平和条約は、急進的な下院議員でありジャーナリストのジョン・ウィルクスが創刊した週刊政治評論誌『ノース・ブリトン』によって批判された。
政府は彼を逮捕したが、法廷での彼は自由だった。議会は彼を法律の外に置くと、彼はフランスに逃亡した。
1768年に戻ってきた彼は「ウィルクスと自由!」のスローガンでミドルセックスの選挙に勝利した。しかし議会はウィルクスに議席を与えることを拒否し、これが暴動につながった。
1774年ロンドン市長になったウィルクスはとうとうミドルセックスの下院の議席も獲得することができた。
彼の発言は、言論の自由、報道の自由、そして自分の代議士を選ぶ権利についての問題提起をしたため、重要だった。

Pitt and the French Revolution(ピットとフランス革命)
イギリスは、1789年のフランス革命後、その影響(トラディショナルな君主がギロチンで処刑など)が本国にも及ぶことを恐れた。
1792年、フランス政府は世界的な市民革命を呼びかけた。小ピットはこれを阻止するために、思想の規制に乗り出した。
人身保護法の一時中断、英国に入国する外国人を監視する外国人法(1794年)、国王や議会に対して暴動を扇動する可能性のある50人以上の集会を禁止する扇動禁止法(1795年)などが施行された。
1799年から1800年にかけては労働組合も違法となった。

The British in India(英国領インド)
イギリスは16世紀にインドで取引を始めた。それは18世紀に増加した。
インドにおけるムガル帝国の衰退は、英国がそこから独立した地方の支配者と直接軍事的交渉や条約を結ぶことを容易くした。
イギリスはインドにおいて東インド会社に代表された。1763年にロバート・クライヴが率いる軍隊はフランスのライバル会社に壊滅的なダメージを与えた。
1757年のプラッシーの戦いでベンガルの支配者を敗北させたあと、会社は効率的にインド西海岸を支配した。その影響は大きく、1773年に政府は知事にウォーレン・ヘイスティングを選出し、その作業を統制させた。
1784年のインド法は、インドにおける取引の業務と統治の業務を分けるものだった。

Canada and Australia(カナダとオーストラリア)
1763年、カナダがイギリスのものとなった。これは既存のフランス入植者との摩擦につながった。その対策としてピットはカナダ法(1791年)を制定、カナダを二つの州(経済的自由を望むイギリス人のアッパーカナダと、封建的慣習を望む先住フランス人のロウワーカナダ)に分割することによって摩擦の沈静化を図った。
両州は知事と立法評議会によって統治されたが、フランス人もイギリス人もこれに憤慨をした。
オーストラリアとニュージーランドは17世紀にオランダが初めて発見した。しかし1768年から1779年までジェームズ・クックが海岸を探検し、イギリスが併合した。
オーストラリアは当初は囚人の植民地として始まった。最初の囚人は1788年に上陸した。しかしその後、自由入植者が続いて上陸し、1830年には囚人の数を上回った。

Ireland(アイルランド)
1790年、ウルフ・トーンと呼ばれるアイルランドのプロテスタントがアイルランドの独立と、カトリック教徒とプロテスタントの平等な権利を求めて運動し、統一アイルランド人連盟を設立した。
これによりいくつかの反カトリック法は1793年に廃止された。
1796年、アイルランドはフランス政府に英国に対する軍事的支援を求めた。フランスは1796年にアイルランドに艦隊を送ったが悪天候のため接岸が中止された。
1798年、ふたつのフランス軍がアイルランドに上陸したが、彼らは敗北し降伏した。ウルフ・トーンは捕らえられ、死刑判決を受けた。
その後、ヴィネガーヒル(アイルランド南東部の丘)において二度目の反乱が勃発したが、これも政府軍が鎮圧した。このときの両者の虐殺は凄まじいものだったらしい。
アイリッシュの独立を認めれば、英国攻撃の拠点として利用されると懸念したピットは、仲間と賄賂を提供することによってアイルランド議会を抱き込もうとした。
連合法(1801年)によってアイルランドは英国の一部となった。100人のアイルランド議員が下院に選出され、32人のアイルランド人の同胞が領主になった。
英国国教会はアイルランドの公式の教会になったが、ほとんどのアイルランド人はこれに反対した。
アイルランド人の88%がカトリック教徒だったが、カトリック教徒は議席を与えられなかった。首相のピットはカトリックにも政治的自由を与えようとしたが、ジョージ三世は拒否し、ピットは辞任した。

異文化理解覚え書き②

 戦慄!テキストが全て英語・・・!

 当たり前か・・・英語の単位だもんな。つーことで適当に翻訳。歴史の本としては結構記述がシンプルだったので(反乱したけど負けちゃいました、おしまい、みたいな)、他の歴史の本で、もうちょっと詳しく調べて追加した箇所もあります。

参考文献:Antonia Cunningham, Essential British History : key dates, facts & people summarized
※洋書の場合はタイトルを『』で挟まず、そのままイタリック体だそうな。

 『イギリス史の要点』みたいなタイトルだと思う。

Roman Britain(ローマン・ブリテンの時代)
ローマ人は、ヨーロッパ、中東、アフリカを征服し巨大な帝国を築いた、中央イタリアからの人々だった。ジュリアス・シーザー将軍率いるローマ軍は、ガリア戦争中の紀元前55年と翌年にブリテン東北部に侵攻した。先住の部族は攻撃に抵抗したが、最終的にローマ帝国に屈服し税を支払うことになった。
ローマ人は43年に引き返し、47年にはセヴァン川とトレント川までの北に伸びた地域を占領した。ローマ人は独自の行政システム(キウィタス)を構築していたが、忠実な地方部族には支配権を与えていた。

Boudicca's revolt(ブーディカの反乱)
ブーディカはイケニというイギリスの部族の女王で、二人の娘と共に、61年に圧政的なローマ政府に対する反乱や抵抗を主導した。
この暴動は属州ブリタニカ最大規模のもので(反乱は23万人に上った)、イギリスも破壊し尽くされ、数万人もの人々が虐殺された。しかし訓練されたローマ軍(主に投槍)によって最終的に鎮圧され、ブーディカは服毒自殺した。
その後、ローマ人は支配地を拡大し、イングランドとウェールズを反乱鎮圧後約50年にわたって支配地に置いたが、スコットランドは依然として敵対的で征服されていなかった。またローマ人は決してアイルランドは征服しなかった。

The Roman legacy(ローマ帝国の遺産)
ローマ人は、イギリスに書物やアルファベット(現代英語のほぼ半分はローマ人の言葉のラテン語に由来している)、洗練された法制度、排水システム、ガラス窓の家、セントラルヒーティングなどをもたらした。
また、スコットランドからウェールズ、コーンウォールまでの直線道路が敷かれたことで、国内外の貿易や通信が改善し、大陸から新しい食糧がイギリスに渡った。
ローマは大陸ヨーロッパにおいて野蛮な民族の侵入を防ぐために410年にイギリスから軍隊を引き上げた。こうしてローマ帝国が残した文明は徐々に崩壊した。

Britain in Anglo-Saxon times(アングロサクソンの時代)
5世紀にイギリスは、北ヨーロッパから来たアングル人、サクソン人、ジュート人に侵略され、600年までにイギリスのほとんどがアングロサクソンによって占領された。多くのネイティブ・ブリトン人は侵略を免れるためにウェールズ、スコットランド、コーンウォール、アイルランドへ逃亡した。
7世紀までには、イングランドは7つの王国が覇権獲得を目指して争っていた。強い王国は弱い隣国をしばしば支配していた。ノーサンブリアという国が最も強かったが、メルシャはその後オファ王の支配下に置かれた。オファは自身を「キング・オブ・イングリッシュ」と名乗り、その後、9世紀にはウェセックスはアルフレッド王の支配下に入った。

Anglo-Saxon society(アングロサクソン社会)
最初は小規模な農業コミュニティーで暮らしていたが、7世紀には町が出現し、貿易が増加した。サクソン人の王はエーヌという戦士の貴族によって支えられた。人口のほとんどは自由農民だったが、ネイティブ・ブリトン人の奴隷もいた。アングロサクソンの言葉で奴隷(slave)は、富を意味していた。
アングロサクソン社会は、家族と地主に対する忠誠心が基盤となっていた。6世紀に始まった最初の書面による法律は、この原則に依存していた。アルフレッド王の治世では、これはより定式化した。
アングロサクソンの氏族は、彼らが所有する土地の価格に基づいて、訓練された多くの戦士を提供する義務があった。

Government(政府)
主要な決定のほとんどは国王と顧問評議会によって、また、地方の決定はウェセックス地方のアルフレッド評議会によってなされた。これらは氏族と聖職者で構成されていた。
900年のイングランドは、シャイアやカウンティーズという領域で組織され、それぞれはシャイアリーブ(→シェリフ。州長官)によって管理されていた。シェリフは税金を徴収し、法と秩序を執行した。

Scotland(スコットランド)
スコットランドはローマ人に征服はされていなかったが、先住民族のピッチェスはアイルランドやスカンジナビアの海賊と戦わなければならなかった。
スコットランドの名は、6世紀の初めにそこに住んでいたアイルランド人のスコット族から由来している。
彼らはダルリアダ王国を創設し、徐々に支配圏を拡大した。スコットランド人の王、ケネス・マクアルピンは、最後のピッチェス王エオハンがヴァイキングとの戦闘で死んだあとの843年にスコットランド全土の王となった。

The Viking invasion(ヴァイキングの侵略)
スカンジナビアの船乗りであるヴァイキングは、8世紀に北ヨーロッパを攻撃し、デンマークのヴァイキングは789年にイギリスに、795年にアイルランドに到達した。
彼らは871年には、イースト・アングリア、ノーザンブリア、ヨーク、メルシアを支配し、ウェセックスにも進出した。
アルフレッド王は878年にエディントンの戦いで彼らを退けた。アルフレッド王はデーン人(のヴァイキング)にキリスト教を信仰させ、彼らはデーンロウとして知られるイングランド東部の一部に住むことになった。
886年、アルフレッド王はロンドンを獲得しデーンロウを除くすべての国で王として君臨した。
アルフレッドの孫のアゼルスタンは926年にデーンロウを押収し、国はアングロサクソン人によって1013年まで続いた。
しかし、その後もヴァイキング侵攻は繰り返され、彼らはデンマーク王(=ヴァイキング)のスヴェンに降伏し、アングロサクソン王のエゼルレッド無思慮王はノルマンディーへ逃亡した。スヴェン一世の息子のクヌートは王になった。
しかし、デーン人の血統は1042年に絶え、エゼルレッドの息子のエドワードが王になった。エドワードは信心深い王として知られ、ウェセックスの伯爵の娘と結婚したが子どもには恵まれなかった。
彼が1066年に亡くなると、ノルマンディー公ウィリアム、ウェセックス伯ハロルド、そしてノルウェー王のハーラル三世という三人の男性がデンマークの王位継承に並んでいた。

Christianity(キリスト教)
キリスト教は3世紀にローマ人によってイングランドにもたらされた。異教徒であったアングロサクソンがイギリスにやってくると、キリスト教はほとんどなくなってしまったが、一部のキリスト教徒のイギリス人がアイルランドやウェールズに逃げたことで、ローマとは独自に教会が発展、ケルト教会として知られるようになる。
597年、ローマ教会のリーダーであるポープ(ローマ教皇のこと。ここではグレゴリウス一世)は、アングロサクソンの宗教をキリスト教に改宗するためオーガスティンという修道士を派遣した(のちの初代カンタベリー大司教)。彼は、イングランドへと影響力を拡大しようとしたケルト教会と衝突を引き起こした。
664年には、ケルト教会とローマ教会のどちらの宗教法にイギリスが従うべきか決めるための会議がホイットビー(ノース・ヨークシャーの港町)で開催された(ホイットビー宗教会議。主な議題はイースターの決め方)。会議はローマに有利に進み、イングランドはローマ教会に従うキリスト教国になった。

The Normans(ノルマン人の時代)
ノルマン人、もしくは北部人――は9世紀にフランス北部に定住したヴァイキングの子孫である。彼らはカール大帝の死後のフランク王国の分裂に乗じて侵入した。
911年にロロを首領とする彼らヴァイキングは、フランスの王を大君主として受け入れるとともに、キリスト教に改宗し、現在ではノルマンディーとして知られている地域を支配した(独立国家として認められノルマンディー公爵になった)。
その後、1066年にエドワード一世証聖王が亡くなると、王位は当時10歳のウェールズの伯爵ハロルドが継承したが、ノルマンディー公爵のウィリアムとノルウェーのハーラル・ハルドラーダも王位を主張し三つ巴の戦いになった。10月、ハーラル・ハルドラーダはイングランド北部に侵攻したが、スタンフォード・ブリッジの戦いでハロルドに敗れ戦死した。

The Norman invasion(ノルマン征服)
その3日後、ウィリアムはヨーロッパ最高の騎兵を率いて侵攻を開始した。サクソン人は優れた兵士ではあったが、大規模な奇兵隊を育てたことはなかった。彼らはヴァイキングの歩兵との戦いに慣れていたのである。これはノルマン人に利点を与えた。
彼らは、ヘイスティングスの戦いでハロルド率いるイングランド軍(サクソン人)を打ち負かし、ノルマン人のウィリアムが正式にイングランドの王として君臨することになった。それは英国史上最も決定的な戦争の一つであった。
これ以降のイギリスにおける全ての王と王女は、ウィリアムと何かしらの関係がある。
さて、多くのサクソン貴族はウィリアムを王として受け入ることに抵抗を示した。その蜂起は1069年から70年の冬にかけて続き、ウィリアムは反抗的な勢力を徐々に制圧していった。
ウィリアムはスコットランドにも攻撃を加えたが、スコットランド王を屈服させることはできなかった。
ウェールズにおいては、1094年と97年の蜂起にかかわらず、ノルマン人は1100年までにウェールズのほとんどを支配した。

Royal government(王立政府)
ウィリアムによる統制により、ノルマン人が多数の権力を握る強力な中央政府が作られた。ウィリアムは毎年三回、国王評議会(キングス・カウンシル)の開催を呼びかけ、政策について主な貴族や教会指導者と話し合った。
別の機会では、王は国の法律を王室を通じて公式に伝えた。彼は政治だけでなく国内の任務も行っていた。
今日の多くの政府の仕組みは、これらノルマン人の役人の職務によって発展している。例えば、中世の財務府であるエクスチェッカー(今で言う財務省)は当時税金を納めるために使われていたチェッカー布が名の由来になっている。
ウィリアムは、州長官にはアングロサクソン人をそのまま登用した。彼らは法と秩序を維持し、税金を徴収した。

The feudal system(封建制度
ノルマン人は封建制として知られる新しい社会制度をイギリスに導入した。
それは職務、権利、忠誠心の複雑な連鎖に基づいており、土地所有、軍事サービス、税金などの生活の側面を支配していた。

王(ザ・キング)
誰もが王に全面的に忠誠を誓っていた。

貴族(ノブレス)
王から広い土地を与えられた。貴族は王に納税し、自身の軍の騎士と一緒に年間40日間戦わなければならなかった。

騎士(ナイト)
騎士たちは土地を農民に配り、法と秩序を維持した。
騎士たちは領主(貴族)に納税し、王の軍隊で共に戦わなければならなかった。

農民(ペゼント)
農民にはふたつのタイプがいた。自由農民(フリーペゼント)は土地を所有または借用した。農奴(ヴィルン)は領主に献金をして自分の土地で働いた。

Relations owith France(フランスとの関係)
ウィリアムの治世を通じて、フランスでは陰謀や反乱があった。
これらはフランスの王とアンジュー(フランス北西部の公国)の伯爵によって支えられ、両者はウィリアムの富と力によって脅かされた。
ウィリアムが1087年に死ぬと、彼はノルマンディーを長男のロバートに残し、次男のウィリアム二世にはイングランドを与えた(彼は1100年にハンティングで事故死し、三男のヘンリー一世に代わられた)。
分割された継承は多くの問題を引き起こした。それぞれの息子がもう一方の土地と権力を奪い合ったからである。
イギリス海峡(イングリッシュ・チャンネル)の両側に土地を保有していた貴族たちは、一度に大軍を送るのは難しいと判断していた。ウィリアム二世による二度の試みのあと、ヘンリーは1106年にノルマンディーを侵略し、これを併合した(ティシュブレーTinchebrayの戦い)。ロバートは1134年に幽閉先で死亡した。

The civil war(イングランド無政府時代)
ヘンリーの唯一の正当な息子のウィリアム・アデリン王子は1120年にホワイトシップ号の水難事故で溺死し、王の血統は危機にさらされた。1128年、ヘンリーは娘のマチルダ(女帝モード)をアンジューの伯爵であるジェフリーと結婚させ、アンジューとの戦争を終わらせようとした。
しかしヘンリーが1135年に死ぬと、ブロア(フランス北中部の市)のスティーブンが強引にフランスからロンドンに入り、イングランドの王となった。
1139年、マチルダは世襲の権利に基づいて王座を主張した。こうして始まった内乱はだらだら続いたが、1153年にスティーブンの嫡男が原因不明の急死をすると、妥協がみられた(ウォーリングフォード和平協定)。
その後もスティーブンは王として支配を続けたが、マチルダの息子のヘンリー二世は彼の後継者として認められた。こうしてブロア朝は一代限りで終わり、プランタジネット朝が始まった。

中学3年生英語覚え書き

 中3では現在完了形や関係代名詞など、主に日本語には存在しない文章表現を扱う。したがって日本語でもよく使う受動態は中2のラストで取り上げることも多い。

分詞(難易度☆☆☆☆)
パーティシプ(Participle)。動名詞が動詞を名詞的に扱うことだったように、分詞は動詞を形容詞的に扱う。つまり動詞に形容詞という役割を分け与えるために分詞と呼ぶらしい。

現在分詞(~している)
動詞のing形。playing、swimmingなど。
中学1年生の現在進行形や動名詞などで用いる。

過去分詞(~された)
基本的に動詞の過去形。
中学2年生の受動態や中学3年生の現在完了形などで用いる形。
規則動詞の場合は過去形と同じだが、不規則動詞の場合はそれぞれオリジナルになっている。
印象として、原型もしくは過去形の最後にnをつけた感じになるパターンが多い。ブレイクやスピークなど。
ほかのパターンだと、ビギン、ドリンク、シング、スイムなど母音がi→a→uと変わっていくやつもある。
フライ(fly)やライ(lie)みたいなどうしょうもないのもいるけど。
特にlie(横たわる=自動詞)はlay(横にする=他動詞)と別単語扱いになっているにも関わらず、さらにlieの過去形がlayという、もうわざとやってるだろとしか言い様がない混沌とした状況になっている。これがセンター試験に出題されるなんて嘘(lie)であってほしい。
逆にハート(hurt)など現在形も過去形も過去分詞形も全く同じ、荒れ果てた大地に咲く一輪の花みたいなのもいる。ハートは誰も傷つけたくねえんだ。

以下、現在形→過去形→過去分詞形に紹介。
be(~です)→was→been
begin(はじめる)→began→begun
blow(風が吹く)→blew→blown
break(壊す)→broke→broken
do(する)→did→done
drink(飲む)→drank→drunk
drive(運転する)→drove→driven
eat(食べる)→ate→eaten
fall(落ちた)→fell→fallen
fly(飛ぶ)→flew→flown
forget(忘れる)→forgot→forgotten
freeze(凍る)→froze→frozen
get(得る)→got→gotten
go(行く)→went→gone
grow(成長する)→grew→grown
know(知る)→knew→known
lie(横たわる)→lay→lain
ride(乗る)→rode→ridden
see(見る)→saw→seen
sing(歌う)→sang→sung
speak(話す)→spoke→spoken
swim(泳ぐ)→swam→swum
take(取る)→took→taken
tear(裂ける)→tore→torn
write(書く)→wrote→written

分詞の形容詞的用法
分詞が名詞を修飾すること。

①分詞単独で名詞を修飾する場合
分詞は名詞の前に置く。
Look at the flying man!(あの飛んでいる男を見ろ!)
This is the broken window. (これは割れた窓です)


②ほかの語と一緒に名詞を修飾する場合
分詞は名詞のあとに置く。
Look at the man flying through the sky!(あの男を見ろ、空を飛んでるぞ!)
This is the window broken by him. (これは窓です。彼によって割られました)


受動態(難易度☆☆☆)
動作の受け手が主語になる文章のこと。テキストによっては中2のラストで出てくる。

主語+be動詞+過去分詞

能動態(ペテロが主語)
Peter uses the key.(ペテロはその鍵を使います)

受動態(鍵が主語に)
The key is used Peter.(その鍵はペテロによって使われます)

現在完了形(難易度☆☆☆☆)
過去から今まで継続している物事を表す表現。
過去形は過去のある時間のみを説明するが(点)、現在完了形は過去→今と、ある程度まとまった時間の範囲を説明する(線もしくはベクトル)。
その差をわざわざ別の用法で区別するイギリス人、マジ勘弁。今終わったことはもはや過去だろうがよ!(C)ハイデッガー著『存在と時間』

主語+have(has)+過去分詞

この形で以下の3つのパターンを表現できる。

①継続(ずっと〜しています)
I have lived in this place for three years.(私は三年間ずっとこの場所に住み続けています)
※ちなみにI have lived はI have been livingでも全く同じ意味として置き換えることができる。

②経験(〜したことがあります)
I have been to the U.S. before.(私は前にアメリカに行ったことがあります)

否定文
never(1度も~ない)が使われる。※neverだけで打ち消しになるのでnotとかは要らない。
I have never been to the U.S.(私は一度もアメリカに行ったことがありません)

疑問文
ever(今まで)が使われる。
Have you ever been to the U.S?(あなたは今までアメリカに行ったことがありますか?)

③完了(〜したところです)
He has just finished his homework.(彼はちょうど宿題を終えたところです)
※justの代わりにalreadyをつかうと、「すでに宿題を終えた」という意味になる。

否定文
He has not finished his homework yet.(彼はまだ宿題を終えていません)

疑問文
Have you finished your homework yet?(あなたはもう宿題を終えましたか?)

不定詞の逆襲(難易度☆☆☆☆☆)
やつらが再登場。

①疑問詞+不定詞
how to+動詞の原形(~の仕方、どうやって~すればよいか)
what to+動詞の原形(何を~すればよいか )
where to+動詞の原形(どこで~すればよいか)
when to+動詞の原形(いつ~すればよいか)


②依頼
ask 人 to+動詞の原形(誰々に~するように頼む)
want 人 to+動詞の原形(誰々に~してほしい)
tell 人 to+動詞の原形(誰々に~するように言う)


直接話法への書き換え
to以下の部分を“”をつかってセリフにすることができる。

I asked him to open the window.(私は彼に窓を開けて欲しいと頼んだ)

I said to him, "Please open the window." (私は彼に言った。「窓を開けてくれますか」と。)

③不定詞を主語にする場合
不定詞の名詞的用法で、それを主語にした文章を作りたい場合は、Itを形式的な主語にして文頭に置く。

It's important for me to read books. (私にとって本を読むことは重要です)

④too…to~構文
「~するには・・・過ぎる」という意味。
「…過ぎて~できない」という翻訳もされるが、厳密には否定の意味はない。

This book is too difficult for me to read.(この本は私が読むには難しすぎる)

so…that~構文への書き換え
どうしても「…過ぎて~できない」という意味にしたいなら、so thatとcan'tを使って以下のような書き換えをする。

This book is so difficult that I can not read it.(この本は難しすぎて私には読むことができない)

間接疑問文(難易度☆☆☆)
疑問詞(what、when、whereなど)で始まる文節が動詞の目的語(動作の対象)になっている文。
イメージ的にはthat~の構文(that節)に似ていて、疑問文だけどIs Eve~?みたいな語順のトレードがない。

Who broke that window?(その窓を割ったのは誰ですか?)

I want to know who broke that window.(私は誰がその窓を割ったのかが知りたい)


また、以下のように必ずしも疑問文とは限らない。凄いややこしいけど疑問詞を文中に含んでいる文と理解したほうがいい。

I don’t know when she will come.(私は彼女がいつ来るのか知らない)

こんなかんじ。・・・と思ったら、疑問詞がない関節疑問文もあるらしい(代わりにifなどの接続詞を使う)。改名しろ!!

関係代名詞(難易度☆☆☆☆)
ああ、この部分は時間や場所のこと言ってんだな、と文と文の関係性を特定できる代名詞。
日本語には存在せず、文と文はすべて助詞などでつなぐので、文章が長くなりすぎるとどこの部分のことにかかっているのか判らなくなる。英語はそこらへんの問題がこいつでクリアーできる。つまり、関係代名詞は代名詞と接続詞の役割を兼任してくれる。
・・・というか洋書とかの翻訳ってさ、ピリオドから次のピリオドまでを絶対に一文として和訳しなきゃいけないものなのかね。場合によっちゃ日本語では二文にしちゃった方が読みやすいってこともあると思うのだけど・・・

①主格の関係代名詞
主語を詳しく説明するために、主語にあたるエリアにさらに関係代名詞を用いた節を作る。

A:The man is from U.S.(その男性はアメリカ出身だ)
B:He teaches me English.(彼は私に英語を教えてくれる)

この二つの情報を関係代名詞を使って一つにすることができる。
イメージとしてはAをベースにBを入れてもらう感じ。

The man who teaches me English is from U.S.(私に英語を教えてくれる男性はアメリカ出身だ)
※主語の部分が頭でっかちになる。

②目的格の関係代名詞
今度は主語ではなく、主語が行う動作の対象(目的格)を詳しく説明する。
それがモノの場合はwhich、人ならwhom、めんどくさかったらどっちでもthatでイケル。

A:This book is very difficult.(この本はとても難しい)
B:I read it yesterday.(私はそれを昨日買った)

「それを」の“それ”が目的格で、今回はモノ(book)なのでwhichを使う。

This book which I read yesterday is very difficult.(私が昨日買ったこの本はとても難しい)
※関係代名詞のすぐあとに主語(I)が来るのが特徴。

③所有格の関係代名詞
中学校では割愛案件。モノだろうが人だろうがwhoseを用いる。

A:Adam has a girl friend.(アダムにはガールフレンドがいます)
B:Her name is Eve.(彼女の名前はイヴです)

Herは所有格(~の)なのでwhoseを使って二つの文をつなげる。
具体的にはAのガールフレンドとBの彼女は同一人物なので、カブった二回目の方のHerを関係代名詞whoseに置き換える。

Adam has a girl friend whose name is Eve.(アダムにはイヴという名前を持つガールフレンドがいます)

文型(難易度☆☆☆☆☆)
自分は中学校で習った覚えはないんだけど、時は脱ゆとり。とうとう中学2年から解き放たれた魔物。
高校レベルになると、すげえファジーで、こんな不毛な分類戦争からは憎しみと哀しみしか生まれないと思います。

Sはサブジェクトで主語。
Vはバーブで述語(動詞)。
Oはオブジェクトで目的語。
Cはコンプレメンタイザーで補語。
主語や目的語を説明する。
Mはモディファーで修飾語。文型に影響を与えない人畜無害な存在。

第1文型(SV)
I study.(私は学ぶ)
I study very head.(私はとっても学ぶ)

この時のvery headは修飾語(M)なので、文型に影響は与えず、変わらず第一文型。

第2文型(SVC)
I am a student.(私は学生です)
※Iとa studentがイコール(同一人物)である。

第3文型(SVO)
I ate apples.(私はリンゴを食べた)
I gave a present.(私はプレゼントをあげた)

※リンゴやプレゼントは目的格(~を)。

第4文型(SVOO)
I gave her a present.(私は彼女にプレゼントをあげた)
※herもa presentも目的格(~に、~を)になっている。

第5文型(SVOC)
I call him Adam.(私は彼をアダムと呼びます)
※Adamとhimがイコール(同一人物)である。

SVOCは他にも
I think him kind.(私が思うに彼は親切だ)
Samuel elects David as king.(サムエルは王としてダビデを選んだ)

など。最初はなんとなく、だいたいでいいんじゃないかなあ。

上野への旅(浅草付き)

 久しぶりに上野~浅草で遊んできました。
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 意外とでかいキチノスケ。その大きな背中は髑髏島の巨神のようだ。

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 こんなんやってたり

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 こんなんやってたりしたけど

 せっかくだから、俺はこの黒の扉を選ぶぜ!

C8DunUyWkAASxc3.jpg
 ってことで国立西洋美術館にしました。学生以来。改めて見ると、ルネサンス、マニエリスム、バロックあたりがすごい充実。さすが松方コレクション!
 ほいでおまけの特別展示でデンマークの風俗画も見てきたんだけど、デッサン力がゴッド(なんというかロシア絵画っぽい)。とにかく写実的に海で働く男たちを描く描く描く。
 この前の『ヒトラーの忘れもの』じゃないけど、デンマークの人にとって海岸ってなにか特別な存在なんだろうね。今では私がおじいさん。

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 そのあと浅草に行ってフラフラしてたら、なんと“あの”煮込みしかないくじら屋『捕鯨船』を見つけてしまった!!
 これは北野武さんファンとしては行かざるを得ない!ということでまんをじして突入。
芸人さん以外お断りな敷居の高いお店なのかな、と思ったらすごい気さくな懐かしい感じの居酒屋さんだった。
 で、鯨。超うめえ。特にテキと竜田揚げ・・・ヤバイ。あと、たけしさんに「戦前から煮込んでる」「釜の下の部分腐ってる」「泥みたい」など言われたい放題の牛煮込みも牛すじやモツが好きな人には堪らない!
 で、舌鼓を打ってたら、外国の人が寿司屋かなんかと間違えて入ってきて、隣の席の私に「big fish?」とか聞くから「ホエール、NOフィッシュ、アニマル」とかひどい英語で答えたら、苦笑いして逃げてった。やはりあっちは鯨を食べるのはアンタッチャブルなのか。
 でも今思えば、「イエスイエス」とか言って魚だと思わせて食わせちゃっても面白かったかもな。『ザ・コーヴ』?あったね、そんなムービーも・・・

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 たけしさんのおてて。

中学2年生英語覚え書き②

 英語の勉強が煮詰まったので、タイムラインで絶賛しか聞こえてこない点が逆にマイン・オブ・ランド臭い『キングコング: 髑髏島の巨神』を鑑賞。
 案の定ダメだった!!怪獣映画…つーかレジェンダリーの映画がダメだ。こいつらの作った映画で面白かったの一つもないもん(^_^;)
 笑っちゃうくらい展開がワンパターンで退屈。ただ勉強の気分転換にはなった。作る方もそんな感じで作ってそうだしな。どこかの誰かが言ってて、つーか私もJWのときにさんざうそぶいたけれど、オタクの作る映画って形式しかないんだよな。創造性がないというか。
 あと、自然界の人智が届かないような大きな存在だと思わせながら、人類に都合のいいように敵を倒してくれて、そのあと無言でくるっと背を向けて何処かに去っていく・・・ってパターンもうやめてくれ!『ジュラシック・パーク』のティラノサウルスがそうなっちゃったのが本当最悪。ハーレムギャルゲーの美少女キャラじゃないけど、そんな都合のいい動物は自然界にいねえよ。
 
 敵など存在しないのかも。探し求めない限りは。

 というわけで続きです。

接続詞(難易度☆☆☆)
文と文をつなぐ言葉。
二つの文のつなぎ方によって等位接続詞(対等につなげて重文を作る)と従属接続詞(主従関係のある複文を作る)に分かれる。

等位接続詞
and(~と・・・、~そして・・・)
so(~だから・・・)
but(~しかし・・・)
yet(~しかし・・・)
nor(~でもない)
or(~か・・・)
except(~をのぞいて)

both A and B (AもBも両方とも)
not only A but also B (AだけでなくBも)
これよく出る。
A as well as B (BとおなじくA)

not A but B (Aはやだ。しかしBはいい)
rather A than B (BよりむしろAだ)

neither A nor B (AでもBでもない)

命令文A+or+文B (Aしろ!さもないとBだぞ! )


従属接続詞
that(~という、~なので)
if(もし~なら)
unless(もし〜でないなら)※ロラックスおじさん
bacause(~なので)
as(~しているとき、~しながら)
when(~するとき)
while(~している間)
until(~までずっと)
After(~のあと)

※Afterなどは名詞の前において前置詞としても使える。
After school(放課後)といったように。

比較(難易度☆☆☆)
ホーム・ホーマー・ホーメストのやつ。
理屈は難しくはないが、複数形同様、ただerやestをつけるわけには行かない奴がいるのが厄介。

比較級
ほかと比べて、より~という表現。相対的。
形容詞にerをつけて、さらにthan(より)で比較級完成。

Giraffes is taller than elephants(キリンはゾウよりも背が高いです)
Which do you like better , elephants or giraffes?(ゾウとキリンではどちらがより好きですか?)


最上級
ほかと比べて、最も~という表現。絶対的。
形容詞にestをつけて、さらに比較する集団をinやofなどの前置詞でくっつける。

elephants is largest in land animals.(ゾウは陸上動物の中で最も大きいです)
I like elephants the best of all animals.(私はすべての動物の中で最もゾウが好きです)
What animals do you like the best?(どの動物が一番好きですか?)


-erと-estのくっつけ方
ただつけりゃいいのに調査によると5パターンくらいある。

①ほとんどの形容詞
cold - colder - coldest

②最後がeで終わる形容詞
large - larger - largest

③最後が(子音+y)で終わる形容詞
busy - busier - busiest

④最後が(短母音+子音)で終わる形容詞
短母音とかジャルゴンがいきなり出てきて狼狽するが、ɚ(アー)とかのばす長母音でもなく、ai(アイ)みたいな二重母音でもないやつをいう。
big - bigger - biggest

⑤スペルがけっこう長い形容詞
ビューティフル(beautiful)のように、スペルがあまりに長い場合は、ビューティフラーにはならない。ディフィカレストとかにはならない。
more beautiful thanやthe most difficult of~となる。

as~as…構文
「…と同じくらい~」という意味。~には形容詞の原形(原級)が入る。

Germany is as large as Japan.(ドイツは日本と同じくらいの大きさです)

※否定文にすると、「…と同じくらい~ではない」とはならず、「(主語は)~ほど…ではない」と序列をつけてしまうので注意。notアズアズ構文に引き分けはねえ!

Elephants is not as tall as Giraffes.(ゾウはキリンほど背が高くありません)
(✖ゾウはキリンと同じくらいの高さではありません)

可算名詞&不可算名詞(難易度☆☆☆☆)
英語のルールの異常性を痛感する部分。数えられるか数えられないかがそんなに重要なのかいまいちピンと来ない上に、その区分がツッコミどころ満載で辛い。

可算名詞
①普通名詞
はっきりした形が決まっているもの。
chairやdogやstudentなど。

②集合名詞
同じ種類のものの集合。
peopleやfamilyやclassなど。

可算名詞には前にaやtheがつけられたり、後ろにsがつけられる。

不可算名詞
①固有名詞
人名や地名、月や曜日など。必ず大文字ではじめる。
JohnやJapan、Mondayなど。

②抽象名詞
性質や状態。また情報も形がないので数えられない。
happinessやmusic、news、information 、adviceなど。

③物質名詞
気体や液体など一定の形に決まっていないもの。また個体でも素材感が強いヤツは数えない。
airやwaterやcoffee、milk、sugar、paper、chalk、moneyなど。

・・・空気や水まではわかる。だが待ってくれ。紙やパンが数えられないっていうのはどういう了見なのだろうか。いろいろな形に加工できるからなのだろうか。つまりbreadはパンではなく厳密にはパン生地を指しているのだろうか。ミステリーである。
魚も生きているときは数えられるが、魚肉になったらパンと同じ運命をたどることになる。魚肉には無限の可能性が・・・

不可算名詞を数えたい場合は容器に入れて、その容器の数を数えるか、a piece ofを付ける。
ちなみにホットコーヒーの場合はa cup of coffee、アイスコーヒーの場合はa glass of coffeeと、注ぐうつわも考慮する。
あ、あとカネ(money)。お前もちょっとこっち来い。キミはアレか、抽象概念ってことか?ハイパワードマネー(カネの総額)ってことか?だからドルという単位をつければ数えられるってそういうことか。

代名詞(難易度☆☆)
特定の人物やものを“ぼかす”ために代わりに用いられる言葉を代名詞という。
これ(this)それ(that)あれ(that)どれ(which)・・・あれ?“それ”と“あれ”が英語では区別されてねえぞ。こ…これが構造意味論!!

不定代名詞
人やもの、数や量を漠然と表す代名詞。
someone(誰か)
nobody (誰も~ない)
something(明確ななにか)
anything(漠然としたなにか)
some(いくつか)
all(ぜんぶ)
each(それぞれ、おのおの)
either ( どちらか)
other(ほかの)
another ( もう一つの )

再帰代名詞
「~自身」という意味を表す代名詞。
私自身:myself(単数)ourselves(複数)
あなた自身:yourself(単数)yourselves(複数)
三人称(彼自身など):himself、itselfなど(単数)themselves(複数)

数量形容詞(難易度☆☆)
その数量がどれくらいかを表す形容詞。

a lot of(たくさん)数でも量でもどっちにも使える汎用性が高い形容詞。
many(たくさんの数)
much(たくさんの量)
enough(じゅぶんな)
some(いくらか※漠然
several (いくつか※明確
a few(少数ある)⇔few(ほとんどない)※aをとると意味が逆になる!
a little(少量ある)⇔little(少しもない)
no(まったくない)

余談だけど、「でかい」って意味の英単語(形容詞)っていくつかあるじゃん。ダライアスとかで出てくる「ヒュージ」とか。違いとかあるんかな、と思って調べてみました。

big(大きい)⇔little
ラージに比べて主観的(感覚的)。ビッグマックとか。「わ~でけ~」くらいのニュアンス。
また抽象的なものに対して使うことが多い。ビッグチャンスとか。

large(大きい)⇔small
ビッグに比べて客観的。規格的なサイズや容積などを表し、具体物に対して使うことが多い。ピザーラニューヨーカーLサイズなど。

huge(巨大)
ビッグやラージよりも大きなものに対して使う。

great(偉大)
ヒュージ同様、巨大という意味だが、ちょっと畏怖というか驚嘆的なニュアンスが入る。

enormous(莫大)
イノーマス。ヒュージやグレートも凌ぐ大きさ。エリアや金額など広域な範囲(規模)を表現するときに使う。

tremendous(とてつもなくでかい)
トレメンダス。とてつもない、凄まじい、途方もない、もはや恐ろしいという意味合いがある。

前置詞(難易度☆☆)
名詞の前において時や場所などを表す。

at+時刻(~時に)
on+曜日、特定の日付(~曜日に)
in+月、季節、年(~年に)
at+比較的狭い場所(~に)
in+比較的広い場所※国や県など(~に)
by+交通手段(~で)
※しかし徒歩の場合はon footでbyを使わない!walk toでも可。

between~(~の間に)
among~(3つ以上の人・モノの間に)
with~(~と一緒に、~を使って)

冠詞(難易度☆☆)
名詞の前につけるaやtheのこと。
たくさんあって不特定のものにはa、たくさんある中でもその一つに特定したいもの、固有名詞や世界にひとつしかないもの(地球とか)にはtheをつける。

母音で始まる単語の場合は、読みでも書きでもaではなくanをつける。
アアッポーやアアワーだと言いづらいので、アン・アップル(an apple)、アン・アワー(an hour)でみんなニッコリ。
theの方は母音でも変わらないが、読み方が「ザ」ではなく「ジ」になる。
つまりあの映画は本来は『ジ・有頂天ホテル』になる。

感嘆文(難易度☆☆☆)
劇的ビフォーアフターの「なんということでしょう」っていうヤツ。
「なんと~」ということでwhatを使う。またhow(どんだけ~!)でも代用が効く。

①What+a+形容詞+名詞(+主語+be動詞)+!
What a beautiful garden(this is)!(これはなんと美しい庭なのでしょう)

②How+形容詞+主語+be動詞+!
How beautiful this garden is!(これはなんと美しい庭なのでしょう)

③How+副詞+主語+動詞+!
How fast you run!(君はなんて速く走るのでしょう)

部分否定(難易度☆☆☆☆)
「あまり~ではありません」「~とは限らない」とちょっとだけ否定をすること。
こういう玉虫色の表現が英語にもあるとは驚きだぜ。

not very~(あまり~ではない)
I am not very hungry.(私はあまりお腹がすいていません)

not so~(それほど~ではない)
I am not so interested in movies.(私は映画にそれほど興味がありません)

not~all…(すべての…が~というわけではない)
Not all japanese people like movies.(すべての日本人が映画が好きというわけではない)

not~every…(どの…も~というわけではない)
I don't eat breakfast every day.(私は毎日朝食を食べるわけではない)

not always…(いつも…とは限らない)
He is not always eat breakfast.(彼はいつも朝食を食べるとは限らない)
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