今回は『芸術による教育』の作者ハーバート・リードの生い立ちについて文章化します。
詩人、そして美術評論家のハーバート・リードは、1893年12月4日にイギリス、ヨークシャー北東部の農場の子として生まれました。リードが生まれた農場では作男5,6人とメイド2人、家庭教師を雇っており、イギリスの階級で言えば中流クラスではあったものの、リードが9歳の頃、父が熱病で亡くなり屋敷の財産は売却、リードは孤児院へ入れられます。
7歳にして本の虜となった読書家のリードは、中学校を卒業するとウェストヨークシャーの都市リーズで母親と同居します。
この頃のリードは、医者を志望しており、夜間学校に通い英国陸軍軍医部の地方守備部隊に入隊しています。アナキストとして知られるリードですが、十代では保守党にも参加していました。
15歳でリードはリーズ銀行に就職。その三年後リーズ大学に進学します。大学では英仏文学を学び、この頃には軍医部の仕事は自分にとって無意味なものであると悟り、大学の将校訓練隊に転向しようと考えます。
内気な性格のリードは、大学では友達が出来ず孤立していて、その代わりたくさんの本と出合います。その中でもリードが大きく影響を受けた本が、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』で人間の大きな課題はニヒリズムの克服であるというニーチェの論考をリードは支持することになります。
リードが20歳になった時、第一次世界大戦が勃発。また母親が亡くなります。しかしこの年の学生会館の討論会にて、リードは自分の意見を支持してくれた生物学部の女子学生と出会います。その後親しくなった彼女と手紙のやり取りを続けることになります。
一年後、将校訓練隊に転属したリードは歩兵隊の少尉に任命され、第一次世界大戦に本格的に関わることになります。
この時リードはまだ呑気に戦争に冒険的ロマンスを抱いていたのですが、ノース・ライティング連隊グリーン・ハワーズ大隊に配属されたリードは、そこで労働者階級の兵士の生の姿を知ることになります。新聞が報道するような崇高な精神的動機で入隊している人はほとんど見られず、貧しい労働者階級の彼らは妻や実家に仕送りをするために入隊していたのです。
リードは、もう一つ戦争の現実を知ることになります。それは、一部の将校の横暴さであり、また学級委員長気取りで威張っている、パブリックスクール出身の下位将校ともウマが合いませんでした。
リードは小さな頃から妹を亡くしていて、21歳の時点では両親も失っている苦労人なのですが、どこか呑気なところがあって、野営を無料で旅行できる休日だと勘違いしていたり、相変わらず本が大好きで、英国を辛らつに批判している『エレフォン再遊』や革新的な雑誌『新時代』を隠れて読みふけっていたりしていました。
この読書家ぶりは戦地に赴いても変わらず、塹壕に本棚を作り、本を読んで感じたことや考えたことを仲のいい女子学生に手紙で伝えたり、ドイツ軍の捕虜にニーチェについて尋ねたり相変わらずのマイペースを貫いていました。この時社会主義にも影響を受けています。
もちろんリードは戦争で多くの悲しみにも直面しています。その最大の悲劇は弟の戦死でしょう。しかしニーチェの強いニヒリズムに影響を受けていたリードは、戦争を愚かな殺し合いと憎みながらも、戦争において戦友と築いた人間関係は、市民生活の比ではないと言い、戦争は詩人としての文学的経験にはならなかったが「当時のような友人を私は後にも先にも持ったことはない」と振り返っています。
第一次世界大戦を生き延びたリードは、勲章を授与されます。戦争が終わったら作家活動を積極的に再開しようとの思いをふくらませていたリードは、戦後、軍を離れ労働省に就職します。そこで作家人生としての挫折を味わうのです。役所勤めは性に合わない上に多忙で予定していた詩や小説がなかなかはかどらなかったのです。
そこでリードは28歳の時に公務員という安定した職を棄て、収入を大きく減らすもののロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に転属します。博物館勤務の方がまだ自分には合っていると思ったのでしょう。この時の決断がリードのその後の人生を大きく変えることになるのです。
博物館でステンドグラスや陶器の分類を研究したリードは、観念的な芸術作品よりも無意識的に作られた作品の方が時代を反映している事に気付き、美術史と美術評論の仕事と関わりをもつようになります。この仕事があまりに面白過ぎたと言うリードは、結局自身の作品の執筆に時間が取れず、ロマン主義の詩人としてではなく、美術評論家としてのキャリアを積んでいきます。
30代になったリードはフロイトの精神分析に大きな衝撃を受け、その理論を美術評論に用いるようになります。1925年の1月には雑誌『クライテリオン』に「精神分析と批評家」という記事を投稿しており、その影響は『芸術による教育』においても受け継がれています。
1931年にはエジンバラ大学の教授に就任。翌年にはリーズより名誉文学博士号を授与されています。
エジンバラ大学の教授職を終えた1933年からは、ロンドンを拠点にモダンアートの作家たちと交流。1936年には「ロンドン国際シュールレアリスト展」の企画者として参加しています。
この頃のリードは反戦思想家としても活動しており、1937年にはファシストのスペイン侵攻に反対する国際平和キャンペーンに署名し、ピカソの「ゲルニカ」のロンドン展の副委員長を務めています。
そして1940年、リードが46歳の時、ロンドン大学のレオン特別研究員に任命。教育制度における芸術の位置づけを研究し、その研究をまとめたものこそ1943年に出版された『芸術による教育』なのです。
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