『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』

 いい質問ですね~の池上彰さんと、平成の西郷どん、佐藤優さんの対談本。
 ずいぶん昔にもブログで書いたんだけど(確か、東浩紀さんと大塚英志さんの『リアルのゆくえ』の時)、対談本っていいんだよな。
 ヘーゲル的なアウフヘーベンがどうとかじゃなくて、一人の著者が執筆するよりも、対談相手が入ると、その人のテーゼがメタに俯瞰できるし、かといって大学の共著本のような堅苦しさや、ときどきある統一性のなさもない。

 そもそも会話文は非常に読みやすい。

 ということで、春休みに大型書店に行った時の一冊です。他にもいろいろ1万円分くらい買ったんですけど、この本が一番印象に残った。
 私は佐藤優さんってなんか、西郷どんに似てて、もちろん外務省で主任分析官をやってたわけだから、頭は切れるし知識の量はすごいんだけど、中立公平、客観的なデータを提示してくれる学者っていうよりは、現場方のインテリジェンスおじさんって感じで、この人の情報ってもちろんリアルな生な情報なのは確かなんだろうけれど、どこまで信ぴょう性があるのか半信半疑だよなっていう抵抗があった。
 ・・・というか、政治経済を勉強したら女にモテた、みたいなことうそぶく西郷隆盛って絶対うさんくさいじゃん(^_^;)
 例えば、白人ヨーロッパ文化の三大要素は①ギリシャ哲学②ローマ法体系③ユダヤ・キリスト教に見られる一神教だ!ババーン!みたいな感じで言い切っちゃうんだけど(この主張自体は、佐藤優・石川知裕著『政治って何だ! ? - いまこそ、マックス・ウェーバー『職業としての政治』に学ぶ 』に書いてあった)、いや、この意見自体は、まあ、納得はするんだけど(佐藤さんは神学専攻)、この人の言っていることって、つまりは教科書に載っているような学術的データじゃなくて、どっちかというと岡田斗司夫ゼミに近い、ホントかどうかはわからないけど、とりあえず面白いスノッブネタつーか、思考のたたき台って感じなんだよね。こういう話って『マスターキートン』みたいな漫画を描くときには役に立つんだよね。
 つーか内田樹さんも、藤原正彦さんも、大澤真幸さんも、新書でベストセラーになる人ってこういういかがわしい所はみんなあるよね。
 だから佐藤さんは、内田樹さんを反知性主義の文脈で批判しているけど、私の中では、このふたりは同じクレードに分類されるんだよね。
 これは別にディスっているんじゃなくて、どっちも面白思想や面白知識の人だろうっていう。専門家にしか伝わらない難解な議論をする学者っていうよりは、大衆を楽しませてくれるエンターティナーなわけ。

 あと印象に残ったのが、佐藤さんはあとがきで、自分と池上さんは二正面作戦を展開している、ひとつが反知性主義(自分の都合のいいように客観性や実証性を軽視する勢力)、ふたつめが極端な実学主義(即戦力になりそうもない学問を軽視する勢力)って言ってて、自分たちはリベラルアーツを重んじる中道勢力だと思っている感じがあるんだけど、確かに国家を動かす政治家や官僚、また学校の教師なんかはそういうバランス感覚ってすごい大切だなあとは思うんだけど、なんか自分よりも学力の低い人はバカにして、自分よりも専門知識が詳しい人は「ディティールしか見てない」と批判する、なんかお高くとまっている割には中途半端な人たちって思われる可能性もあるよね。
 じゃあ、お前はどのタイプなんだって言われると、やっぱり中途半端なんだけど。でもでも、私は二正面作戦じゃ!と喧嘩を売るんじゃなくて、この三つの勢力がうまく共存できる道ってないのかなって思うんだよな。どの勢力もそれぞれ必要だと思うんだよ。
 反知性主義って言い換えれば理想重視なわけじゃん。逆に実学主義って現実重視なわけで、ほいで現実の世界で生きる上では、未来予測って不確定要素が強すぎるわけだから、理想と現実の視座がどっちもないと生き残れないだろうと。
 一見何の役に立つか全く見当もつかなかった電磁波が今や大活躍じゃないか、と。自然科学のアブダクションだって、意外と反知性的なところがあるんじゃないかっていう。プラグマティズムのジェームズなんかは、こういう神秘主義的な考えを否定するんだろうけれど、クリエイターの世界では「なんか知らないけど思いついた、降りてきた」ってよくあるからなあ。メタ的には頭に電極つけて、こういう波形のときは降りてきます、みたいなことを調べたりはできるんだろうけど、それと反知性的な思考がまずいのかどうかという道徳的な問題は別だからね。
 ただ現在は、特にリベラルアーツ勢力、ジェネラリストグループだけが弱体化している、これではバランスが取れない!という意味で、二正面作戦をしているなら私も西部戦線あたりで立哨当番くらいはしてもいいかもしれない。

 以下は、私が心の「へ~」ボタンを押してしまった、お二人のうんちくの抜粋です。

中東のトリビア
・中東地域は大きく4つの勢力に分かれる。
①アラビア語を使うスンニ派。サウジアラビア、ヨルダン、湾岸諸国。
②ペルシャ語を使うシーア派のイラン。
③アラビア語を使うシーア派のアラブ人。
④トルコ語を使うスンニ派のトルコ。(32ページ)

・湾岸諸国は日本の真珠の養殖によって真珠採取業が壊滅的打撃を受け、ながらく海賊稼業をしていたが、1938年にサウジで油田が見つかって以来あっという間に裕福になった。(38ページ)

・トルコは第一次大戦後いちはやく民主化したため、中東の中でも浮いている。民族意識も高くNATOにも加盟。東アジアにおける日本に近いという。(59ページ)

・ヨルダンは豊富な石油資源がないので、日本からの経済援助が大きな役割を果たしており、対日感情が極めて良好。イスラム国に日本人二人が人質になったときに日本政府がトルコではなくヨルダンに対策本部をおいたのはそのため(あとアラビア語の専門家がたくさんいる)。(61ページ)

・中東の混乱でアラブ世界は衰退、これに乗じてエルドアン大統領率いるトルコがオスマン帝国の復活を目論んでいる。つまりオスマン帝国VSペルシャ帝国の構造になる。(64ページ)

・クルド人の人口は2500~3000万人で、「独自の国家を持たない世界最大の民族」。これは第一次大戦後にオスマン帝国が崩壊する際、英仏のサイクス・ピコ協定によって、中東北部のクルド人の住むエリア(クルディスタン)がトルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアなどに分割されてしまったため。クルディスタンの独立が悲願。(65ページ)

・グローバル・ジハードは国家の統治が弱体化したところで起こり、したがって中央アジアでも発生する可能性は高い。考えられるエリアは破綻国家のキルギスとタジキスタン、またカザフスタン東部~新疆ウイグル自治区。

・タリバンは部族意識が強く、パシュトゥン人という民族基盤からは離れられない。したがってイスラム国のようなグローバル思考とは相性が悪い。タリバンは「学生」という意味で、ソ連侵攻で難民になったアフガニスタン人がパキスタンの難民キャンプで極端な原理主義の神学校を作ったことに由来。(71ページ)

・~スタンという国名の国はトルコ系の民族が住む。知らなかった。(74ページ)

韓国のトリビア
・韓国の歴史教科書は中国や北朝鮮よりも過激で、反共国家だったため唯物史観を認めず、歴史観がない。文明国としては珍しくテロリズムの歴史を称賛。(96ページ)

・為替ダンピングができる国家は基軸通貨に近い影響力のある貨幣を持つ、アメリカ、EU、イギリス、日本だけである(中国もその力が付きつつある)。韓国のウォンではできないため、アベノミクスが円安誘導をしている限りは日韓関係は改善しない。(101ページ)

ギリシャのトリビア
・ギリシャをヨーロッパと考えるのがそもそもの間違い。オスマン帝国をどう解体していくかという戦略の一環で人工的に1900年ぶり(古代ギリシャ滅亡以来)に作られたのがギリシャで、現在のギリシャ人はDNA的にはトルコ人と変わらない。ソクラテス、プラトンなどとは全く関係がない!現在のギリシャのアイデンティティは近代になって出来たニセ伝統。(104ページ)

・共産主義を警戒するためにギリシャには産業が作られなかった。だから農業と観光だけの国になった。(107ページ)

・アメリカがEU諸国に対してあまりギリシャを追い込まないようにと仲を取り持つのは、地政学的に重要なギリシャにNATOから離脱されることを恐れているから。また、その現実をギリシャも知っている。だからかなり居直れる。ギリシャ人にとってはギリシャに住むことが仕事のようなもの。(110ページ)

ドイツのトリビア
・ドイツ人は勤勉で有名だが、ギリシャ人よりも労働時間が短かった。しかし、これは怠けているのではなく時間キッカリに働いているだけで、ダラダラ残業などしないため生産性は日本よりもはるかに高い。ドイツでは日中にテレビ放送が始まったのは、ここ10年くらいこことで、昼間はみんな働いているためにテレビのニーズがなかった。(113ページ)

・ドイツ人の生活は質素で、夕食はハム、ソーセージ、チーズ、パンだけ。火を使う料理はしない。趣味は貯金でライフスタイル的に内需が期待できないため、産業は外需に依存するしかない。(115ページ)

・逆にロシアは内需がいくらでもある一方、輸出できるものがエネルギーしかないので、ドイツと手を握る可能性がある。(131ページ)

・メルケル首相の父親はルター派の牧師で、戦後東ドイツにあえて残った人物なので、共産主義者である可能性があり、そのためにアメリカはメルケル首相の電話を盗聴していた。(123ページ)

・サミットの記者会見は独特のサミットルールがあり、自国の首脳の発言しか報道陣に紹介することができない。よって参加7カ国それぞれとEUのプレス会場のすべてに記者を送らないと全体像がわからない。(124ページ)

国連のトリビア
・敵国条項というのがある。日本やドイツと集団的自衛権を行使して戦う場合には安全保障理事会に提訴しなくてもできる。

・国際連盟(リーグ・オブ・ネーションズ)と国際連合(ユナイテッド・ネーションズ)は成り立ちから違う。敵国条項がなかった国際連盟と違って、国際連合は、第二次大戦の連合軍がそのまま国際機関になっただけなので、いってみれば戦勝国クラブみたいなもの。

兵器のトリビア
・ドローンの時代なのになぜか空母を作り続ける中国は、戦中に大鑑巨砲主義でヤマトを作った日本と似ている。(176ページ)

・日本に原爆を落とすとき、爆発させるのが難しいプルトニウム型は二つ出来ていたのでオッペンハイマー博士はそのうちの一個をニューメキシコで爆破させた。想像以上に凄まじい破壊力だったため、100~200キロメートル離れたところでも窓ガラスが割れ、大騒ぎになった。陸軍の弾薬庫が爆発したということにしたが、実験場のすぐそばでキャンプをしていた女子高生14人のうち13人がガンになり、11人がガンで死んだ。(187ページ)

・アメリカは今後新しい核爆弾は作らないと言っているが、今ある核爆弾の劣化した部品を新しいものに交換することは禁止していないので、結局改良を繰り返していることになっている。ロシアももちろん改良しており、ミサイルディフェンスでも防御できない多弾頭型の核ミサイルを開発。(189ページ)

ビリギャルのトリビア
このチャプターが一番面白かった。

・少子化は女性の識字率向上と密接に関わっている。(206ページ)

・乳児死亡率の低下によって少子化は進む。(208ページ)

・慶応大学に入ったビリギャルは結局のところ恵まれている。中学受験を経験していて、机に向かって集中できること。挨拶などのコミュニケーションもできること。私立校の学費を出せるほど親に経済力があること。受験に無関係な教科を捨てるために、母親が学校にクレームや理不尽な要求を押し通せること。(212ページ)

 佐藤 親子の愛の絆の物語などではなく、新自由主義時代の受験産業の物語なのです。

・ビリギャルが受けた学部は、小論文と英語の二科目受験であるため、彼女は日本地図も読めず、簡単な計算もできないまま、教養を身につけずに卒業することになる。入学歴ばかり求めても結局いい人材は育成できず国は強くならない。(212ページ)

・イギリス(大英帝国)は、優秀な官僚を育成するために植民地に高等教育機関を作った。日本も同様。しかしフランスは現地の優秀な人材をフランス本国に呼び寄せたため、大学を現地に作らなかった。一番ひどいのはポルトガルで、人材育成もインフラ整備もなにもやらなかった。(214ページ)

・沖縄の琉球大学は、日本政府ではなくアメリカが戦後統治の時に作った。(216ページ)

・日本の教育関連費はOECD加盟30ヵ国中最下位。(220ページ)

 池上 戦後、教育も平等でなければ、という風潮が強まると、高校進学率がどんどん上昇し、その中で授業についていけない生徒が出ても落とすわけには行かない。だから全体のレベルが下がってくる。さらに今度は、皆を大学に入れるために入試を易しくしよう、ということになる。さらに少子化で、その傾向にますます拍車がかかっています。
 エリート教育が必要だ、と言われているのに、いまやこれが実情です。(221ページ)


 池上 無暗に英語で授業をしても、自ら英語植民地に退化するようなものです。そもそも大学の授業を母国語で行えることは、世界的に見れば、数少ない国にしか許されていない特権です。その日本の強みをみずから進んで失うのは、これほど愚かなことはありません。(227ページ)
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