大正時代の作家、ミヤケン(宮沢賢治)の作品を読む単位。ほかの近代作家は勝手に読んでろ!みたいないさぎよさがよい。
また、私も長いこと大学でさまざまな単位を取り続けているけど、レポート課題が「自由に論じなさい」は初めて見たよw本当に自由に書いていいのか、その反面めちゃめちゃ要求水準が厳しく、自由という名の地雷なのかは判断に困るが、自由に論じさせてもらいました。
『注文の多い料理店』
宮沢賢治が生前に刊行した唯一の童話集である。文庫版の解説(650ページ)にもあるように、一冊の童話集は複数の短編童話作品の寄せ集めではなく、音楽CDでいうならばアルバムである。つまり、どの作品(シングル)を選んで、どういう順番で収録するか、という意図的な構成が試みられている場合が多い。
したがって、本作に収録されている9つの童話(序文を入れるとちょうど10つ)にも、通底するテーマや世界観があるはずで、それが童話集全体を“一つの作品”にしているのである。その共通項を見つけるために、まず各エピソードを順に振り返ってみようと思う。
1.序
これから紹介される童話の舞台がさりげなく紹介されている。
そこから、ケンジが日常的な情景にある何気ない美しさを捉えていることがわかる。こういった感性や時間的ゆとりは、幼い子どもが共感しやすい部分だと思う。
自分も小学生くらいまで近所の山の中に入り、森に差し込む太陽の光、それがあたってきらめく葉の上の露の美しさに感動していたが(目の細胞は年をとるごとにくすんでいくらしいので、子どもの頃のほうがそういった情景が鮮やかに見えていたのかもしれない)、30歳を過ぎるとさすがにヤバい大人だと思われるのでそういう遊びはめっきりしていない。しかし、たまに学校でへんてこな虫や爬虫類を捕まえたり観察して童心に帰っている。
ちなみに私はヘビは大丈夫だが、カブトムシの幼虫は気持ち悪くて触れない。他人のおちんちん触っているみたいで。
脱線したが、思い返せば、居場所の選択肢が家、学校に限られる子どもが、唯一、大人たちの支配から逃れることができるイーハトーブ(ケンジの考えたユートピア的世界)が身近な自然だったのかもしれない。
最近の子どもは野山で遊ばないと言われるが、それは大人社会からの逃避先がテレビゲームやスマートフォンに変わっただけに過ぎない。
とはいえ、それは0か1の単純化されたシグナルであって、複雑なものを複雑なまま受け入れる訓練にはなりえないと思う今日このごろである。
2.どんぐりと山猫
トップバッターの作品は、作品集全体のテーマを代表的に象徴するエピソードである場合が多い。
手紙でヤマネコに森に呼び出された少年が、どんぐりコミュニティの言い争いを仲裁するという内容で、子どもの頃にしか訪れることができないイーハトーブの世界観が貫かれている。
ヤマネコ、馬車別当、どんぐりと、イートハーブの住人は総じて無能で、かつ愛らしく、解説では、『デクノボウ』礼讃であるとともに、優劣関係自体の相対化も試みられているとされているが、それはメタ的な大人の解釈だろう。
思い返せば、子どもの頃は自分勝手な価値観を絶対視していたわけで、そこに相対主義などはない。だが、主人公の少年は、そういった愛くるしくも独善的な子どもの世界に、大人の対応をして諍いを収めてしまうのである。
つまり、このエピソードは大人になりつつある少年が子どもの世界に別れを告げる教養小説なのである。
ちなみに、ヤマネコは本エピソードとは違ったキャラ造形で『注文の多い料理店』で再登場する。
3.狼森と笊森、盗森
実在する3つの森の名前がどういう由来で付けられたのかという物語の設定が途中から無視され、崩壊する、その適当さが印象的な作品。もう付けられてるじゃん。みたいな。
序で作者が「なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。」と小泉総理の国会答弁なみのエクスキューズをしたことを思い出しニヤリとしてしまう。
というか、この物語で作者が本当に描きたかったのは、入植者である人間のコミュニティと、それを受け入れ、時に拒む森や山との、プリミティブな攻防戦であろう。
こういった経緯(自然の恵みに感謝したり、しなくなったり、時々畏怖したり)で徐々に自然信仰(アニミズム)はできていったのだろうなと考えさせる、わりとメタ的な視点を持つ内容となっている。語り部に寿命が非常に長い岩石をチョイスしたのも、これが理由だろう。
ラストに岩石が、森へのお供え物が最近小さくなったとこぼすのがいい。人間は忘れる生き物であり、過去からあまり学ばないのである。
4.注文の多い料理店
表題作。
童話集のタイトルになるくらいなので、ちびっこが笑顔になるハートウォーミングな内容だと思っていた。小学校の国語の教科書に載っていた『ねずみのつくったあさごはん』のような動物が料理で恩返しする話や、フジテレビのドラマ『王様のレストラン』のようなオーダーが多く忙しい料理店の話かと。
ちがった。ホラーだったのである。
主人公が、わりと遊び感覚で動物を殺すハンターである時点で、ちょっと穏やかじゃない展開になりそうだな、とは思った。
彼らは猟犬の死すら金銭的損失にしか捉えておらず、教訓的寓話が多い童話の世界では、まずこういうやからはひどい目に遭うと相場が決まっているのである。
つまり、本作は『王様のレストラン』ではなく、獲物を狙うハンターが、逆に獲物になってしまうという『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』だったのである。
ハンター達を化かして自分で自分を料理させようとするのがヤマネコなのがいい。これがオオカミだとこういう悪知恵を使った作戦は取らなそうだし、仮に取られたらハンターの二人は助からなかったであろう。キツネも人を化かすが、基本的に単独行動のイメージがある(キツネが集団で人をばかす昔話を私はよく知らない。ぽんぽこはタヌキだったし)。
ネコだからいいのだ。ネコだから、途中で仲間割れをし、それが(メタ的には滑稽であるやり取りのはずが)、食われる当事者にとっては統制のとれていない連中の只中に放り出されるという、不安と恐怖を増幅させる演出になっているのである。
また、死んでもまったく心を傷めなかった猟犬によって九死に一生を得るというラストも皮肉が効いている。しかし猟犬は確か冒頭で死んじゃったはずである。ということは…というホラー結末も想定できる。
しかし全エピソードでもっとも恐ろしいこの話を表題にした理由が気になる。なんにせよ、9つの中で一番インパクトが強いエピソードであることは確かである。
5.烏の北斗七星
純粋な子どもたちの世界ではなく、残酷な大人の世界(戦争)をカラスで擬人化した、イデオロギー色の強い異色作。
これを短篇集のちょうど真ん中に置いているのは何か意図がありそうである。確かに、このエピソードがトップバッターやラストであると、童話集の体裁で反戦的なメッセージが強調されかねない。
さて、『銀河鉄道の夜』『グスコーブドリの伝記』などで、自己犠牲を美化していると批判されることもある宮沢賢治だが、それは大切な誰か、もしくはコミュニティの幸せのために生きることの尊さ、幸福を伝えたいのであって、その対象は相手の命を奪う戦争ではないのである。
つまり、ケンジは決して死を肯定してはいない。普遍的な生の素晴らしさを登場人物が肯定するからこそ、彼らはときに利他的に動くのである。
これを踏まえると、同一のテーゼ(普遍的な生のための自己犠牲精神)が戦争を扱った本作でも貫かれていることがわかるだろう。
どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように。そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。(『カラスの北斗七星』より)
6.水仙月の四日
人間の子と遊びたいが、人間には見えない、という孤独な雪童子のエピソード。
ケンジのふるさと岩手県の豪雪から着想を得たと思われる。
水仙月とはケンジが創作した暦の一つらしい。フランスの革命暦みたいな。
昔の子ども(もしくは途上国の子ども)は、親に普通教育を受けさせる義務がなかったために、大人扱いされてよく働かされたのだが、そういった社会的なペーソスがこの作品にはある。
つまり、自分の本意ではないんだけど仕事だからやらねばならぬ的なストレスを、幼い子どもに強いているという、時代の悲哀が満ちているのである。
7.山男の四月
山に住む男が、どう考えても怪しい中国人商人にだまされて、薬で箱に変えられてしまうというエピソード。全編で最もファンタジー色が強い。そして唯一、伝家の宝刀の夢落ちを明確に使用している。
中国人キャラの「アナタ~~するよろし」という口調は、この頃からあったのか、よもやケンジが確立したのか非常に気になるところである。
8.かしはばやしの夜
トップバッターの『どんぐりと山猫』と同様に、人々が固執する順位や優劣関係を破壊するエピソードだが、ビルドゥングスロマンの『どんぐり~』とは異なり、こちらのほうがずっとシュールかつ詩的、感覚的な内容となっている。
いきなりケンカを売ってくる画家、木(自分たち)を切るなら地主だけじゃなくオレたちにも酒をよこすのが筋と言う柏の木の大王、評価は先着順というめちゃくちゃな提案をされて何も疑わず次々に歌を詠む柏の木々・・・「まるでキチガイ病院だ!」(C)キリヤマ隊長。
こういういかれたノリはルイス・キャロルっぽくて好きです。
9.月夜のでんしんばしら
地面に深く固定され、それぞれが電線でつながれており、明らかに動くのに不向きと思われる電信柱を果敢に動かせたケンジのチャレンジ精神が光るエピソード。
さらに、互いにつながれているという拘束性から軍隊を連想したのが上手い。
しかし、停電した客車に電気をつけるため、果敢に列車に飛び込んだ「電気総長」を名乗るぢいさんのその後が気になる。でもたぶん大丈夫。勢力不滅の法則だから。
10.鹿踊りのはじまり
手ぬぐいを初めて見るシカたちが勇気を持ってその正体をつきとめようとするラストエピソード。
『狼森と笊森、盗森』と同様に民俗学的雰囲気が強い(鹿踊りも岩手県に実在する)。
なんとなくだが、ケンジは最後のエピソードにこれを持ってくるか、『狼森~』を持ってくるかで迷ったような気がする。
だが、「最近の人間は自然をかえりみなくなったなあ」という岩のぼやきで終わるよりは、箱の中身はなんだろな的バラエティ路線で終わった方が、子どもたちはきっと喜ぶだろうという判断のもと、この打線を組んだに違いない(本当か?)
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