『なぜわれわれは外来生物を受け入れる必要があるのか』

 クリス・D・トマス著。勧められたのでマッハで読了。う~ん、意外性がなくてちょっと物足りなかったな。つーか外来生物本飽きた。フレッド・ピアスの『外来種は本当に悪者か?』から、この手の本、流行っているのかもわからないけど、こんな内容ちょっと冷静に考えればわかるようなもんだろ。

 生態系に限らず、経済学的な選択圧が働く会社とか商品とかの栄枯盛衰だって、似たようなメカニズムなわけで、だから、このブログでも何度も言っているように、とどのとつまり生き物が好きな奴らのコレクター気質なわけよ。個体数が少なくてレアだから保護してとっておきたい、みたいな。で、一方、別の国ではたくさんいて希少価値ないから興味ないや、むしろぶっ殺して減らそう、みたいな。すげ~人間本意なんだけど、今更そこを指摘してもなあっていう。やつらの習性は、そういうもんだってわかってただろ、みたいなw

 人間による生物の攪拌によって結果的に生物多様性が増えることも大いにあるだろうよ、そりゃ。中学校でも習うように、生態系って個体数がまずは減ってから、そのあとバランスをとるように増えていくからね。減っている時期だけを見て、うろたえている可能性はあるよな。
 あと、人間を自然の一部に織り込もうって考えは当たり前過ぎていまさらエクスキューズつける必要あるのかなあ・・・

 あれなんだよな。メダルゲーム引退とか息巻いていたけど、結局またすごろく王やってるんですが、生態系にもペイアウト率があるんだよ。
 仮に、人間がこのまま資源をめちゃくちゃ使って、核戦争とかやってめちゃくちゃ環境を破壊しても、絶対にそのあと、優勢になるやつがいて、そいで、この本にもあるように、そいつらが全世界に広がって各地で種分化を起こせば、それはそれで新たな生物多様性の向上(ゲイン)だからね。
 で、それを別に指摘してもなあっていう。

 結局、変化を嫌う保守的な生物オタクと、変化を受け入れる進歩的な生物オタクのイデオロギーの戦いであってね。そこは、もう、政治的な、個人の嗜好の話というか。
 こういうグローバルで時間スケールも大きい話はさ、気象学もそうだけど、結局個人の好みに過ぎないと思うよ。温暖な気候がいいか、寒冷な気候がいいかって、『人類と気候の10万年史』でも指摘してたけど、そんなの好き好きで、科学の議論じゃないじゃん。
 とはいえ、過剰な開発や環境破壊に罪悪感や後ろめたさを感じるのは、やっぱりロジックを超えた、モラルとか道徳の話だと思うよ(ゴミを食べて野生動物が死んじゃうのを見て悲しくなるとか)。で、人によってそのロジックとモラルの比重が違うんだと。

 ただ、言えるのは人の手が入り大規模に開発された場所が、生物が何もいない死の土地になるというかというと、そうならないっていうのがね。人間のモラルを超えた生態系のしぶとさを感じられていいよね。
 人間が住むと、野生の生物が根こそぎ死に絶えるようなら、私も危機意識を持つけどね。所詮はそういうレベルの話だと思うよ。
 つーか、人間の開発で生物が死に絶えるって思っている奴は、普段いかに身近な自然に興味がないかを反省したほうがいいよ。逆に(^_^;)
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