鏡像認知について

 TBSから「どうぶつ奇想天外!」が姿を消して落胆していた私ですが、サメオタクのココリコ田中直樹さんと、ウミウシマニア中川翔子さんの深夜番組「飛び出せ!科学くん」がゴールデン昇格。番組監修にあの千石正一さんが関わっていて嬉しい限り。
 中川翔子さんといえば、「どうぶつ奇想天外!」後期でレギュラー回答者となり、アイドル枠では歴代最高の驚異の正答率を誇ったほどの筋金入りの動物オタク。やはりオタクは理系に強いのか??
 第一回目では、この前K氏と盛り上がった世界三大珍獣のひとつ「バビルサ」が登場!私の話よりも映像を見た方がすごいので、この番組見てくれればさらに笑えたと思うんだけど・・・
 いやバビルサにとっては笑い事じゃないですね。女にモテたいがために伸ばした牙が曲がりまがって自分の頭に突き刺さって死んじゃうんですから。ダーウィニズムって酷やわ~・・・
 というわけで今回は動物の素朴な疑問について。

 ジャック・ラカンという精神医学者がいるのですが、この人はフロイトの精神分析を構造主義の観点からとらえ直した構造主義の思想家としても有名です。
 正直私も「そういえば大学の先生がちょっと言ってたな」ってくらいで思い入れはないのですが、この人の理論で人間の現実世界を「想像世界、象徴世界(記号的な抽象概念の世界)、現実界」と分類し、「人間とは自我をイメージすることで、自分を認識している」という話があります。
 つまり自己同一化とは想像、イメージすることによって構築されていくのであり、赤ちゃんは自分をまだ自分と言う一つの存在として統合できないから、体を十分にコントロールできないと述べているのです。

 ここまでは分かるのですが、赤ちゃんは鏡に映る自分の「鏡像」を見て自我を統合していくと言うのがいまいち納得できません。
 哲学の本で「勘弁してよ~」と思うのが、その言葉をその意味どおりでとっていいのか、なにかのメタファーとして使っているのかがはっきりしない場合があることです。良くも悪くも彼らは文系で、その点アナロジーを嫌う理系の人の文章は読みやすかったりします(例えを仮に使ってもけっこう解りやすい)。 
 ラカンの理論を言葉通りに受け取るならば、健全な自我の形成に「(比喩でなく言葉通りの)鏡」が重要な意味を果たしているということですが、じゃあ鏡を仮に見せなかったら、その子はずっと自我が統合できないのでしょうか?

 ここでやっと動物の話になるのですが、私は違うと思うんです。動物が鏡に映った自分を自分だと理解できることを「鏡像の自己像認知」と言うのですが、前評判が高そうなチンパンジーをはじめとしてゾウも鏡像理解が出来ます(確かゾウの実験は「どうぶつ奇想天外!」で見たような)。彼らはもちろん鏡とはなじみのない生活をしています。多分。
 ラカンの話では、赤ちゃんは幼児期に鏡を見て自己を同一化し、体をコントロールできるようになっていくのに、一部の動物はそんなこともせずに自分を理解してしまうのでは辻褄が合いません。まさかゾウが隠れて鏡を見ているわけじゃないし、水鏡で偶然見えたってのも、無理があるよなあ・・・

 確かに人間にとって視覚イメージは重要な意味を持っていますが、それだけで自我が構築されるのではなく、「様々な主体と客体のフィードバック」――感覚や運動の経験の蓄積によって「自己」を獲得していくのではないでしょうか?(赤ちゃんがうまく体を動かせないのは、生理的早産に伴う、肉体的発達が未熟なことが原因なような気が・・・)
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