「初期値鋭敏性」とは、複雑系数学のカオス理論で重要な概念のひとつです。
私はモンゴルで研究されている気象学者さんにミーハー丸出しで「あああ、あのカオス理論って本当に使っているんですか?」って胸をときめかせながら尋ねたことがあり「ああ、使ってるよ」の解答にテンションが上がった思い出がありますw。
教授の話では時間スケールによって用いるモデルが異なり、かなり先の未来を予測しようとするときにカオスを用いるそうです。ここって初期値鋭敏性を説明するときに重要なポイントかもしれない。
そもそもなぜに気象学?って方もいるかもしれませんが、ここは『ジュラシック・パーク』を視察したテキサスの数学者イアン・マルカム氏に解説をお願いしましょう。
田代(以下T):こんにちはマルカム博士。イスラ・ヌブラルでは大変な目にあわれたそうですね。
マルカム博士(以下M):インジェン事件についてはノンディスクロージャーを結ばされたがね。インジェンとハモンドの作ったショーケースとやらは、やはり複雑すぎたんだ。ジュラシック・パークが崩壊したのは自明の理だよ。
で?今日はティラノサウルスに放り投げられた感想でも聞きに来たのかい?(笑)
T:いえ、カオス理論の大まかの説明をお願いしたいと思いまして。中学生でもわかるように説明はできますか。
M:ようし、やってやろうじゃないか。とりあえず、のどが渇くからコーラをくれ。シェイクして、ただしステアしないでくれ。
さて、カオス理論の大テーゼは「予測不可能性」一言でいえば「遠い未来は予測が出来ない」というものだ。
そもそもカオス理論というのはもとをただせば1960年代に、コンピューターを使って気象を予測しようという試みから生まれた。
T:いわゆる天気予報ですね。
M:その通りだ。天気予報はテレビで毎日のようにやっている。しかし明日の天気が外れる確率と一カ月予報の一ヶ月後の天気が外れる確率はどちらが高いかな?まずは直感を問いたい。
T:ひと月先の方が外れそうですね。
M:そうだな。そこが重要な考えだ。1940年代。ジョン・フォン・ノイマンら数学者はコンピュータのように多数の変数を同時処理できる機械があったなら、天気は予測できるだろうと予言した。
それから数十年。現在のコンピューターのスペックは当時に比べてとびきり優秀だ。扱うデータも現代の方がずっと精度がいい。しかし・・・天気予報はいまだに外れることがある。なぜか?
天気・・・つまり気象系は、我々の想像以上に巨大で複雑なシステムであり、地球の大気は陸地や海、太陽と常に“相互作用”を繰り返している。
これまでの物理学は、もっぱら「線型方程式」で惑星の軌道、振り子、ばね、回転するボールなどの物理現象の振る舞いを解いてきた。しかし、気象をはじめとする乱流現象はそれでは解けない。
複雑な乱流現象は線型方程式で解ける単純な振る舞いの「総和」ではなく、ずっと「動的」なものだったのだ。
そこで振り子と気象系は同じ物理現象であるものの、まったく異なるアプローチが必要だと数学者は考えた。そこで誕生したのが位相空間のシステムを振る舞いを扱うカオス理論だ。
T:振り子やばねのふるまいは単純だけれど、気象は複雑すぎる。
M:その通り。
T:で、カオス理論で何が解ったのでしょうか。
M:気象系は遠い未来になればなるほど、まったく予測が出来ない。予測は本質的に不可能だ、ということが解った。
T:本質的に不可能?非決定論だと?
M:いや、違う。カオスも決定論的モデルだ。
だが気象系には「初期値鋭敏性」というものが働く。これは複雑なシステムにおける初期値の微妙な「ずれ」が時間がたつにつれて増幅されて、結果に大きな影響を与えてしまうということだ。
比喩的な話だが「北京で蝶が羽ばたくと、セントラルパークで雨が降る」という具合に。
T:北京の小さな変化が、その後セントラルパークの天気を変えてしまう?
M:そういうこともありうるかもしれない。とにかくこの世界は我々が考えていた以上に複雑だったということだ。実は単純だと思われるニュートン的物理現象においても、現実では数秒後も“厳密に”予測はできない。
T:なぜ?
M:きみは「慣性の法則」を習ったな。
T:物体に力がはたらかない時、もしくは力がつり合っている場合は、静止していた物体はいつまでも静止していて、運動していた物体はその速さで等速直線運動を続ける。という法則ですね。
M:どう思った?
T:嘘くさいと思いました(笑)。そんな状況見たことないと。
M:その通り。この法則には「物体に力がはたらかない時、もしくは力がつり合っている場合」という歯切れの悪い前提が但し書きされている。しかしこのような状況は現実にはかなり「特殊」で宇宙空間などでしか体験できないだろう。
T:特殊相対論もそうですよね。
M:同感だ。加速度運動と重力の概念を割愛しているからな。特殊な状況を仮定し、理屈を単純化しているわけだ。
T:しかしこの世界は単純ではない。
M:つまりニュートン力学すらも現実の物理現象に厳密に当てはめることは不可能だ。物理学の実験で誤差が生じるのはそのためだ。微小な誤差は完全には排除はできない。そこで研究者は誤差を近似値などで補正して理論を叩きだす。
しかしカオス系では誤差は許されない。初期値鋭敏性が働き、微小な誤差も時間がたつにつれて増幅され結果に大きな影響を与える。
T:未来は誰にも分からないということですね。
M:未来予測は本質的に不可能だ。だから我々は複雑なモデルを複雑なまま捉えることで、カオスの振る舞いを「理解」しようとしている。これは複雑系の未来を予測しようとしているのではない。
というのもカオス系にはどうやら、いくつかの秩序だったパターンが存在するらしいからだ。潜在的な規則性。カオスの秩序構造と呼ばれるものだ。
これは「人工生命」に詳しいが、専門的な話になるのでここではやめておこう。
T:今日はお忙しい中ありがとうございました。
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