なんか本サイトに置く場所がないので、この前書いた「ソニックブレイド小説版のまえがき」をこちらに保管しておきます。
「マイクル・クライトン的SFロボット漫画」がコンセプトだったので、文体パクってますwでも日本のロボットアニメとかと比べればプログラムやシステム化などの概念の導入は新しいと思うんですけど。
はじめに
21世紀の科学は、今世紀末中に人類史上最大の変革を迎えるでしょう。
現在の科学とは、私たちを取り巻く「自然」を探求する“だけ”のストイックな学問ではありません。その見方は、現在の科学のほんの一側面を指し示しているに過ぎません。現代の科学は常に「国家」と共にあります。なぜなら現代の科学における重要な研究には、莫大な資金が必要だからです。政府や、企業、研究機関のどこにも属さない(アナーキーで物好きな)科学者が、実費を投じ個人的に研究を行なった上で、人類史に残るような発見を成し遂げることは、20世紀に比べずっと少なくなるでしょう。
いまや科学技術の発展は国家戦略の重要な一部です。国家と科学はこれまでにない協調関係を築いています。「マンハッタン計画」「アポロ計画」「ヒトゲノム計画」などがよい例でしょう。国家レベルの取り組みが、かつて一個人では成し得なかった、途方もない金と労力と時間が必要な研究を可能にしているのです。科学は国家にとっての強力な“力”なのです。
我々人類は、前世紀末に強力な“力”を科学技術の発展によって手に入れました。それは核兵器ではありません。それよりもずっと強力な力です。それは「情報技術」です。21世紀の科学の変革は、この分野によって成し遂げられると言っても過言ではありません。情報技術の強力な武器は“個々人の情報を高速かつ広範囲に相互作用させる”ことにあります。これにより科学技術の発展はこれまで以上に加速することは間違いないでしょう。
一部の数学者はかつて「科学の発展は、いずれ人類の生物学的な限界によって頭打ちになるだろう」と予言していました。ここでいう「生物学的限界」とは人間の寿命のことです。科学とは必ず「検証作業」を伴います。先人たちが発見した科学理論が本当に正しいかどうか、現代の研究者が検証するわけです。この作業は、現在とりあえず正しいとされている「アインシュタインの相対性理論」や「ガモフのビッグバン理論」「マックス・ボルンの量子の確率解釈」などにおいても盛んに行われています。科学は常に懐疑的であるべきなのです。その上で、数学者は科学の未来をこのように想像したのです。
「科学が発展するにつれ、その理論がますます複雑、膨大になると、十分な検証を行なうのに必要な時間も膨大になり、研究者の寿命をオーバーしてしまう、それが科学の限界だ」
この数学者の悲観的な予言に対し、20世紀の科学は主に二つの対処法をとりました。
ひとつは、計算機――すなわちコンピューターを生み出したことです。人間が一生かかっても出来ないような膨大の計算をコンピューターは可能にしました。
もうひとつは、科学の分野を細かく細分化したことです。膨大な検証作業を“分業化”することで現在の科学は、我々の世界の“ディティール”を克明に描き出してくれました。
20世紀は、これらの手法が科学を大きく発展させたと同時に、我々の世界の謎をさらに深めてしまった時代といえます。我々の世界の細部は、想像以上に不可思議なものだったからです。これまでの物理学の常識を覆し、科学者に「この世界は確かなものは何一つない」「無は無ではない」「世界は絶えず分岐している」などと、哲学的な見解を要求した量子力学がその典型的な例でしょう。
21世紀の科学は、このような20世紀の科学が新たに提示した謎に、取り組まなくてはなりません。この謎を理解するためには全く新しい思考、理論が必要です。そのためには「実践情報経済環境シミュレーション工学」などと、前世紀にことごとく細分化してしまった学術理論を統合し、世界の全体像を把握することが不可欠です。
その再統合の切り札がインターネットをはじめとする情報技術なのです。世界の全体像の把握は(一生のうちに3000億桁の円周率の計算を行なう事が不可能なように)我々人間一人が認識できる範疇を大きく超えます。しかし、そのような限界を人間を情報化し相互作用させることによって乗り越える可能性が、この技術にはあります。
情報技術の発展は目覚ましいものがあります。現在のパーソナルコンピューターにおける演算処理能力、動作速度などのスペックは、5年もたたないうちに10倍以上に向上してしまいます。その発展を支えていた原動力が、いわゆる半導体機器の「小型化」でした。しかし半導体の小型化にも加工技術の限界が存在することは明白です。そして、そのおおよその限界の数値を現在の技術者は知っています。例えば、ハードディスクの記憶密度を際限なく向上させていくと、データーを記録する磁石はどんどん小さくなり、1テラビット/平方インチ以上小型化すると熱に負け、安定してデータを保存できなくなるといいます。独特な物理法則である量子力学が支配するミクロの世界では、これまでの精密加工の常識が通用しないのです。
しかし心配はいりません。21世紀の科学は、その技術的な限界を設ける量子効果を逆に利用すること(ナノテクノロジー)で乗り越えようとしています。21世紀の情報技術は行き詰るどころか、さらに発展することでしょう。
21世紀の情報技術によってもたらされる科学技術の進歩はこれまで以上に急進的で、世界の仕組みを大きく変えてしまうことでしょう。そして、その変化は、実に自然に我々の日常生活に溶け込みます。テレビや自動車、携帯電話やインターネットの普及がそうだったように、私たちは生活の急変に違和感を感じることはありません。
アメリカの世界最大の科学技術振興組織である全米科学財団(NSF: National Science Foundation)は、人類の生活水準を向上するために21世紀中に達成すべき、いくつかの目標を発表しました。そこには「燃料を必要としない自然エネルギー発電技術の向上」や「二酸化炭素回収技術による地球温暖化の抑制」「脳の思考メカニズムの完全解析」「核兵器の根絶」などといった、個人の研究では到底不可能な、グローバルな目標が盛り込まれています。このような規模の大きな目標が、21世紀においても情報工学がさらに発展することを前提に設定されたことはもうお分かりでしょう。
このような動きはなにもアメリカだけに限られたものではありません。世界各国で科学技術の推進政策が打ち出されており、もはや科学の発展と国家戦略は切り離せない状況となっているのです。
これが現在の科学を取り巻く状況です。
これは21世紀の初頭に東京で開かれた情報エレクトロニクスのカンファレンスで、ある世界的な研究者が述べたスピーチである。このスピーチの目的は、21世紀の科学の進歩は国家と共にあるとし、政府から多額の予算を頂くことにある。このスピーチをみる限り、確かに現在の科学者の立ち位置は変わった。科学者の誰もが、政府や企業や投資家からの資金集めに必死だ。科学の研究には金が要る。そのためには、多少意にそぐわない研究をするはめになっても、政府や企業の言うとおりにしておいた方がよい。
この状況が何ら顧みられることなく21世紀に入り10年が過ぎた時、世界はすっかり様変わりしてしまった。このスピーチの予言通り“変革”が訪れたのである。
新しい科学技術によっていくつかの業種は廃業の危機に追い込まれていた。21世紀の三大発明といわれている三次元FAXでは運送業、人工知能を搭載した自動車ではタクシー業をはじめとするドライバー(そして警察の交通課。交通事故がほとんどなくなったからだ)、医療用ナノマシンでは内科医、そして軍隊――
上にあげた、前世紀にはまったく信じられない科学技術を可能にしたのは、ほんの数年前に日本で開発された、一つのプログラムである。それは「適応プログラム」――プログラマーに変わって“プログラム自身がプログラムコードを書く”という極めて汎用性の高いメタ的なプログラムだった。
このプログラムが生まれた場所は、大学でも、企業でも政府の研究施設でもなかった。驚くべきことに、そこはなんと日本の高校生の自宅――デスクトップ型のパーソナルコンピューターだった。
適応プログラムの開発者は、高校生の頃アメリカの企業に売却した自分のプログラムがこれほどまでに各方面に応用され、今まで実現不可能とされてきた様々な技術を生み出すとは想像だにしていなかっただろう。当時の彼にそこまでの広い視野はなかったはずである。
――最終的に彼のこの行動によって、21世紀の人類はこれまで出会ったことのないような、全く新しい生物に襲われることになる。彼は決して悪意のある人間ではなかった。誰よりも戦争のない平和な世界を望んでいたと言っても、それは嘘ではないだろう。
しかし彼の行なったことが人類史上最大の災厄を生んだことは純然たる事実であった。
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