「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」
変わっていくのが“自然”じゃないの?ぼくたちさえその気になればね。
ピクサーがついにクリエイター論を放ったのが、この作品。正直『レミーのおいしいレストラン』と『カールじいさんの空飛ぶ家』は事前に内容が全く予想できず、いい意味で期待を裏切られました。
まず害獣のネズミに料理やらせるって言う発想がすごい。たとえ思いついても実行しない。それをやるのがイエス、アメリカ。
なにしろ世界は広い。この映画の舞台フランスには『オギー&コックローチ』っていうゴキブリが主役のアニメもあるくらい。これがまたゴキの野郎が小憎たらしくて見ててムカつくんだ(笑)。トムとジェリーの可愛さなんて微塵もナッシングザンス。
だから日本もロボットと美少女ばっかやってないで見習った方がいいよ。
さてゴキの話はほっといて(お前がふったんだろ!)「レミー」の話に戻りますが、この映画って高級フレンチのフルコースのように内容が盛りだくさん。
とりあえず主人公のネズミの青年「レミー」と家族(群のリーダーである父親)の葛藤、これはすなわち鼻と舌が肥えた高貴な美食家で、料理の才能もある自分が、なぜ「フランス人」ではなく、「ネズミ」という低俗で下品な種族に生まれたのか!?というアイデンティティクライシスにつながるのですが、その「青年期」を共に乗り越える相棒となるのが、フランス人でレストランで働いているけど料理の才能がない「アルフレド・リングイ二」くん。
このリングイ二くんが、また内向的でウジウジで、日本に数万人はいそうな草食系男子。このタイプのヒーローって最近アメリカでも増えているけど、今って世界的に草食系男子が増殖しているのかな?
漫画雑誌の編集者が昔「漫画の主人公には二つのタイプがある」と言っていて、一つが「憧れ型」もう一つが「共感型」だそうです。
「憧れ型」とは、いわゆる強くて優しい完全無欠のヒーローで、読者が「オレもこうなりたい!」って思うタイプ。
それに対して「共感型」は、読者が「オレもこうだよな」って主人公の情けなさに共感して、友達になりたいと思うタイプなんだそうです。
少年ジャンプでは今なお「憧れタイプ」のヒーローが人気があるそうですが、最近のテレビに出ているタレントでも、アイドルでも、芸人でも、視聴者が親近感を抱くようなヒーロー然としていない人が人気があるような気がします。
凡人オブ凡人のリングイニくんもこの流れを汲んでいるのでしょう。まあメートル・ド・テル(給仕担当)の才能があったけど。
料理の才能があるが機会に恵まれないレミーと、機会はあるが料理の才能のないリングイニ。このふたりがまるで『ミドリのマキバオー』のようにドッキングし、料理をするシーンは抱腹絶倒。
ああ、この映画って料理で「曲がれ、たれ蔵!」「んあ~負けないのね~!」をやっている映画なんだなと、私は解釈しました。
レミーによって天才シェフの名をほしいままにしたリングイニ。気分も大きくなり女もゲットした彼は「ぼくはキミの操り人形じゃない!」と反旗を翻し、2人の間に隙間風が・・・
そんな中、やたら冷凍食品にこだわるシェフ・ド・キュイジーヌの「スキナー」(ネズミの実験のスキナー箱が元ネタですね)と、“死神”の異名を持つ辛口料理評論家「アントン・イーゴー」が襲いかかる・・・!
また家族と再会したレミーは父親にネズミの暗い現実を受け入れろと言われるが、やっぱり受け入れられなくて・・・
つまり『レミーのおいしいレストラン』のテーマはパラダイムシフトなんだと思う。考え方の枠組みが断続的に変わること。価値観の変革。
そしてパラダイムシフトは新しい発想と勇気だけでは成し遂げられない。それを支える環境――理解者、協力者がいてはじめて世の中を変える力になる。
たとえば最大のパラダイムシフトといわれる「進化論」のアイディアは、おそらくダーウィン以前にも幾度となく考えられていたと思う。それこそ古代ギリシャや中世から。
でもそれを受け入れる環境がヴィクトリア朝時代までなかった。だから社会の固定観念を覆すまでに至らなかった。
それを鋭く論じたのが、ラストのアントン・イーゴーの評論パート。私も含まれるけど、テレビ番組で辛口映画批判している評論家の人たちに正座させて見せた方がいいよ。
評論家というのは気楽な稼業だ。危険を冒すこともなく料理人たちの必死の努力の結晶に審判を下すだけでいい。
辛口な評論は書くのも読むのも楽しいし、商売になる。
だが評論家には苦々しい真実が付きまとう。例え評論家にこきおろされ「三流品」と呼ばれたとしても料理自体の方が評論より意味がある。
しかし時に評論家も冒険する。その冒険とは「新しい才能を見つけ守る」ことだ。世間は往々にして新しい才能や創造物に冷たい。新人には味方が必要だ。
映画や漫画のヒーローに「憧れ型」と「共感型」という二つのタイプがあるように、テキストからコンテキストを形成する評論家にも、コンテキストである(でしかない)評論を「テキスト」に昇華させてしまうようなタイプの評論家と、誰もが共感する記事を書く評論家がいる。
そしてインターネットやブログがここまで普及し「一億総批評家時代」となった現代、プロの評論家に求められているのは前者だと思う。
だからテレビに出演する“プロの”評論家は、視聴者の思いを代弁する以上に(そんなものはブロガーさんでも出来る)「模倣の時代」におちたとも言われる現代の芸術界を脱構築するため、アントン・イーゴーのような評論魂を見せてほしい。
評論家が新しい芸術を見出すきっかけを積極的に作らなければ、小さな才能・・・少数派は少数派のまま儚く消えてしまうから。
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