芸術と娯楽のはざま

 だめだ~kenkoさんが仰る通り私の書くものって小難しいのかもしれない。作り手として、自分の創作物が受け手に受け入れられないときに「それは読み手の理解力が・・・」って責任転嫁することは最もやってはいけないこと。いじめ。かっこわるい。

 だから私がもっと分かり易く楽しく描ければいいわけで、それがSFでも小難しくならずに力技で読む人を楽しませることはできるはず。
 もともと漫画というのは良くも悪くもサブカル。賢い人だけが楽しむ芸術や文学じゃなくて大衆的な娯楽。だから読者の人が「難しくて理解できない」じゃだめ。いかん。

 私はそもそも中学の時あだ名が「バカ田代」って言われていたほどなのに、なぜこうなった?いや、バカだから難しい概念を分かりやすく伝えられないのである。
 真に賢ければスノッブはあり得ないのである。

 とはいえ芸術論のぬるま湯につかって、いっちょまえに御託を並べるのも結構楽しい。しかしそれではみんなを楽しませられるいい作品は作れない。
 でもそのためにみんながやっているようなこと(ベタなバトル、パンチラ)はしたくない。それは別に自分がやらなくても、やりたくてやる人が星の数ほどいるから。

 「ちょっとだけ芸術な娯楽をやりたい(SA=少しアートの略。今作った言葉)」という自分の理想が高いんだと思うけど、そこに挑戦し続けたい。「うわ!こんな発想があったか!」って読み手を驚かせたい。どうせ何時間も膨大な労力をかけて描くなら。
 でも芸術に行きすぎて、誰にも評価されないなんてそんなのはいやだ。「どうせ大衆におれのアートは理解できんよ」なんて負け犬の遠吠えはかっこ悪い。

 私は良くも悪くも自分の為だけに描けない。面倒くさいもん。ブログの記事でも読んでくれる人の為に書くし、面白いって言ってもらったらもう最高。モチベーション注入のパワーアップ。
 だから誰にも面白いっていわれないものは作りたくない。逆に言えば一人でもそれを面白いって思う人がいれば、それは作った価値がある。
 ABCDの四人がいて、ABCが面白いという作品と、Dだけが面白いという作品は優劣が付けられない。むしろ少数派のDを楽しませる作品ってすごいって思うしなあ。

 クリエイティブな活動には答えが無い。そこが面白いところだろうから、とりあえず作り続けていればいいのかな?意味や結果よりも創作は継続が大事。
 そうすればいつか評価してくださるもの好きな人にも出会えるかもしれない・・・
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