世界の為に命を捨てるヒーロー

 この前のvicさんとのやり取りと関係するのですが、私がいまいち理解できないのが、武士の切腹と、第二次大戦の特攻です。
 これは、自身のプライドや国家の為に、自分の命すら投げうつという、ある意味死を美化する行為だと思うのですが、死んだあと天国でハッピーと信じているならともかく「そんな保証はないよな」と思う私にはできない。死ねない。ごめん無理。

 戦争を知らない世代がほとんどとなった今の日本で、世界の為に命を投げうつヒーローにリアリティはもう感じられないのかな?と思っています。

 と私はvicさんの記事にコメントしたところ・・・

 どうかな~?相変わらずスパイダーマンとか、日本でもウルトラマンとか、仮面ライダーとか、ナントカレンジャーとか人気があるじゃないですか。
 もう、永遠にあれらのシリーズは続くような気がします。


 とvicさんは仰ったのですが、ウルトラマンが戦うのは自分が怪獣と戦って勝つ自信があるから戦うわけで「自分が死ぬことで他の人が救えるならば喜んで死にます」って言うのとは違うような気もします。
 この境地に漫画の主人公の気持ちを自然に持っていくのはかなり難しい。

 最近は、変身前はひょろひょろで気弱な男の子だけど、変身するとすごいヒーローになるみたいなヒーロー像が流行っているそうですね(vicさん)。

 これならわかるんです。ひ弱ないじめられっ子がある日、努力や修行もせずに(descf曰くここが意外とポイントだったりする)「お前は選ばれし者だ」とかどっかの使者かなんかに言われて、何かが覚醒し強大な力を手に入れ、今まで自分をいじめていたいじめっ子に復讐するというのは、暴力が苦手だけど暴力的なものに憧れを持つ思春期の男の子などにはけっこうウケると思う。
 ただ、これと利他的に生きることは違う。

 「みんなが困っている時には助けたい」という、ヒーローに憧れる気持ち、みんな持っているんじゃないかな?(vicさん)

 こういった親切心は理解できるし、川でおぼれている人を飛び込んで助ける行為も分かる。仮にそれで二次災害が起こって助けにいった人が死んじゃっても、実はそれは命を投げうったのではなく、助けるのに必死でまさか自分も死ぬとは思っていなかっただけだと思う。
 妹がレスキューの訓練を大学で受けているけど、レスキュー隊の鉄則として「自分が死んじゃったら、人を救助できない」って言うのがあるらしい。
 また国家の為に戦う自衛隊の人も「戦場では自分には銃弾が当たらないと暗示をかけている。じゃなきゃあんなところいけませんよ」って言っていた。

 しかし「お前が死ぬことで世界は救われる」って言われた時(『ディープインパクト』タイプ)、そいつが死を選ぶのかって言うのは難しい。

 そういう意味で『第9地区』のヴィカス氏が、自分の命を投げうってエイリアンの親子を守り、怒りに任せて人間と戦うのはリアルでうまかった。あの映画はうまい!
 ヴィカスは奥さんをはじめ大切なものをすべて失ったから、悪く言えばヤケになれる下地ができていた。孤独と哀しみのヒーロー。
 私も大切な人が敵にみんな殺されたら、自分の命のことなど考えずにそいつと戦うかもしれない。いやでも極力自分が死なずにそいつを倒す方法を考え抜くな。

 いのち・・・大切だもの。
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