36.分子進化は中立的?

 これまで見てきたように進化論とは遺伝学の発展とともにあった。そして分子生物学の発展は、進化論を分子進化学に発展させることになった。
 突然変異とはDNA暗号の狂い・・・ならば分子レベルの変異が自然選択のそもそもの原因になっているはずだ。そう分子進化学者は考えた。

 しかし1968年この仮説に一石を投じる男がいた。国立遺伝学研究所の木村資生である。
 DNAの塩基配列が何を決めているのかと言えばアミノ酸の順序である。そしてその順序に基づいてアミノ酸が連結される事で、我々の体を構成するタンパク質が出来あがっている。
 しかしDNA分子のごく僅かな変異は、生物の表現形質レベルまで顕在化しない。DNAのちょっとした変異によってタンパク質の1個が変わろうが、その変化は生物の生存にほとんど影響しないのだ。
 そして、このような「適応」も「淘汰」も促さない、ぶっちゃけて言えば、その個体が生きる上ではどうでもいい「中立的な変異」が、遺伝子プールに広がっていくことがある。
 それがやがて種の性質となり、結果的に分子レベルの進化となる・・・これが木村資生の中立進化説だ。

 YES!もNO!も言いきれない曖昧な表現をする日本人が何とも考えそうなこの説は、発表当初は異端だなんだとさんざん批判されたのだが、現在の分子レベルの進化論において、中立説は今なお主流だ。
 キリンの首と異なり、分子レベルの小さな変異は、自然環境やライバルとの生存競争と言った「自然選択のふるい」にはかけられない。

 では分子レベルの小さな突然変異が、どのようにしてその生物集団の中で広まったり廃れたりしていくのか??
 木村資生はこう言った。

「そんなのただの偶然。」

 つまりその遺伝子が、たまたま生殖細胞を作る際に配偶子に選ばれ、たまたま受精することができ、たまたま出産されれば、その「どうでもいい中立的な小さな変異」を親から受け継いだ個体は、次の世代にその中立的な変異を伝える可能性がある。伝えない可能性もある。だって偶然だもの(みつを)。

 このような生物集団の中で、突然変異を生じた遺伝子の割合が、偶然によって増えたり減ったりする現象を遺伝的浮動と言う。
 どうでもいいくらい小さな変異は、増えようが減ろうが本当にどうでもいいので、自然選択の作用が働かない。そしてそのどうでもいい変異が、群の中で広がる可能性もある。消滅する可能性もある。
 適応か淘汰か?そんな二者択一ではない進化のメカニズムが分子レベルにはあったのだ。

 また木村資生は、DNAの更新スピードが従来考えられていたものよりもずっと早いことを突き止めた。
 なんと哺乳類のDNAの塩基は2年に1文字の割合で変わっていたと言うのである。
 この変化のスピードは、いちいち自然選択で「これは適応!」「これは淘汰!」と「事業仕分け」をしていたら、とてもじゃないが追いつかない速さである。
 そして遺伝子における猛スピードかつ中立的な「進化」は、生存に重要じゃない部分でよく起こる。そして個体の命に関わる部分ではほとんど起こらない。これはヘモグロビンなどのタンパク質でも、DNAでも同じだった。
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