飛行機乗れますか?
マイクル・クライトン先生の産業サスペンス小説。先生は『ジュラシックパーク』を書き終えた90年代からSFとはうってかわって企業ミステリーものを連発していて、日米貿易摩擦を取り上げた『ライジングサン』(92年)、ラディカルフェミニズム問題に一石を投じるかのごとく逆セクハラ問題を取り上げ、デミ・ムーア主演で映画化されたことでも有名な『ディスクロージャー』(93年)、そして1996年に発表されたのが、この『エアフレーム』だ。
私はもともと飛行機恐怖症でベルヌーイの定理か何だか知らないけど、何トンもあるあんな鉄の塊が空を飛ぶってのが不安極まりなくて、ぶっちゃけ高校の修学旅行ですらいやだば死になくないって騒いだくらいなんですが(主翼しなってる!)この小説で一層空の旅がおっかなくなっちゃった・・・
航空業界の規制緩和や、連邦航空局(FAA)とメーカーの慣れ合い、アメリカ、ヨーロッパ、アジア間での航空機輸出競争、機体にどれだけ記録装置を組み込み、どのパーツを選ぶかは(エンジンすら!)航空会社にその選択権があり、機体を作ったメーカー側に責任はないこと、また最近話題の格安航空会社の洒落にならないリスク、粗悪な模造品が部品として混入する問題など、命にかかわる空の旅が市場の原理によってここまで影響されてしまうんだと愕然!
とはいえクライトン先生は本書で、主人公以下飛行機製造に命を賭ける技術者の男たちをかなり好意的に「プロジェクトX」の如く描いている。実はこの作品の一作前があの『ロストワールド』で、ここでもクライトンは技術者のドッグ・ソーンをカッコよく描いているので、本書はそんなドッグが5人くらい出てくると思えばクライトン先生の理論屋よりも技術屋好きなのがよく分かるでしょう。
そして本書のもう一つのテーマが映像メディア(=テレビ)批判だ。ただでさえ風評被害で社内がごたついている時に、正確な情報などハナから求めず、スピードと面白主義を標榜するテレビ業界が、偏向報道をして事態をさらにかき回すのだからもう大変。
というか本書最大の山場は、この航空機製造メーカー「ノートンエアクラフト社」事故原因究明チーム(IRT)VS全米で人気のニュースショー「ニューズライン」の熾烈なディベートだったりするので、本書の真のテーマは「航空業界の実態」ではなく、むしろこっち(テレビ報道の危うさ)だったりするのかもしれない。
そしてこのネタは後の『恐怖の存在』でPMLとしてさらに進化を遂げることになる(※詳しくはサイトのコラム参照)。
テレビ批判と言えば、日本のテレビの権威が本格的に失墜したのはついこないだだが、アメリカのテレビはもっと前からひどい有様で、腐敗したいうか元々ひどかったらしい(メディアの性質上か?)。
しかし個人的には、私たちがテレビを叩くのはちょっとお門違いだと思うんだ。普通の大人はテレビはそもそも「そんなものなんだ」って思わなければおかしいだろって考えているから。
テレビで報道されたことが客観&中立で、まして真実であると思い込んでいることこそが大きな問題で、それはいい歳した大人が少年ジャンプを読んであんな海賊が実在するんだって思いこんでいるくらい愚かな話だ。
最近ではテレビ離れした若い人がよく「これからはネットだグーグルだニコニコ動画だ」って言っているけど、あれも結局はなにも進歩しちゃいない。信仰の対象が別に移っただけで、ニコニコ動画に真実があるわけないだろと。これでは彼らがバカにするテレビ信者とまったく同類だぜって。
そもそもテレビ番組と言う一方的な娯楽は、私たちの理解のレベルに合わせて作られる。つまりテレビがバカだというのならそれは私たちがバカだってことだし、そのテレビの影響力と馬鹿馬鹿しさにあきれた企業が「やってらんねえ!」と仕事を投げてしまったら、さらなる悲劇が起きるわけだ。
これはどれが一番悪いとかじゃなくて、世の中はそう言うシステムだって言うこと。でもみんなそんな複雑なことは考えたくないから、てっとりばやく責任の所在を知りたがる。それも分かりやすい形で。特定の人物ならなおよい。金持ちで傲慢で太った豚野郎なら最高だ。
ニューズラインはそれが数字を稼げることをよく心得ていて、視聴者心理を前提に番組を組んでいってしまう。それは仕方がない。そう言う商売なのだから。漫画だって最初の三ページで飽きられたら終わりなんだよ!
さてここからは『失われた黄金都市』のように登場人物を振り返りながらひとこと。今回は登場人物の数が多くて整理するのが大変だったわ・・・
「ケイシー・シングルトン」
ノートンエアクラフト品質保証部(QA)の女性職員。30代で黒髪のショート。毎朝8キロのジョギングをするスポーツマン。飲酒癖でトヨタをクビになった旦那さんと離婚。同じ服しか来たがらないアリスンと言う女の子がいる。親は新聞社の編集長。また兄が二人いて女性よりも男の中のほうが落ち着くタイプ。
二名の死者と多数の重傷者を出したN22ワイドボディ機のイルカ跳び事故の事故調査の責任者に任命させられる。ちょっとスケープゴートくさいが・・・
ちなみにセックスの後は相手と朝まで一緒にいたいタイプ。
「ジェニファー・マローン」
20代後半。人気テレビ番組ニューズラインの美人セグメントプロデューサー。過酷なテレビ業界で若くして頭角を現したやり手。たた一度の失敗すら許されず他所に飛ばされてしまうので、本人も仕事に関して極めて冷徹。番組を成功させるならどんな手だって使う。
内心取材相手を馬鹿にしており、真実の情報などハナから興味もないし航空機について勉強する気もない。それだけ多忙。
ケイシーに対しても内心「ババア」扱いするが、とんでもない逆襲をされるwちなみにセックスの後は男にとっとと帰ってほしい淡泊なタイプ。
「ノーマ」
ケイシーの秘書。年齢不詳で大柄、チェーンスモーカー。ノートンエアクラフト社に誰も知らない昔からいる大ベテランで会社の事情通。創業者チャーリー・ノートンと付き合っていたという伝説もある彼女にはCOOのジョン・マーダーすら口を出せない。
「ボブ・リッチマン」
ケイシーの補佐をすることになった新人。ノートンエアクラフト創業者の甥っこでやたらケイシーに付きまとう。マーケティング部門にいたので航空機製造に関しては無知。
読者は彼を通してケイシーから航空機の初歩的説明をされるという、そんな構成になっている。
「ダグ・ドアティー」
IRT構造担当。悲観的な人で事故機を見ていつも「私の美しい機体が・・・」って嘆いている。太っていて分厚いメガネをかけている。
「グエン・バン・トラン」
IRTアビオニクス担当。ベトナム出身で航空機に搭載された電子機器を調査。ケイシーのお気に入りらしいが、意外と登場シーンは少なかった。
「ケン・バーン」
IRT原動機担当。つまりはエンジン。口が悪くぶっきらぼうだが、頼もしいおやっさん。典型的な技術屋。
「ロン・スミス」
IRT電気系統担当。機体の電気回路全般を調べる。そしてそのすべてを丸暗記している天才。敬語キャラで内向的。病気のお母さんと一緒に暮らしている。
ケイシーは彼らを指して「普通子供はいつかおもちゃを卒業して女の子に行っちゃうでしょう?でも彼らはおもちゃを卒業しないの」と評したw
「ロブ・ウォン」
デジタルデータシステム部の若手プログラマー。フライトデータレコーダー(FDR)の解析担当。この手のレコーダーは航空機事故の真実を語るブラックボックスであり事故原因究明の重要な手がかりになりそうだが、業界内の認識はそれとは異なるものだった・・・(詳しくは上巻151ページ参照)
「フェリックス・ウォラースタイン」
フライトシミュレーターのパイロット訓練計画責任者。ジョン・チャン機長が凄腕パイロットだと証言。
「ジェイ・ジーグラー」
音声解析研究室の責任者。元CIAで電子工学の天才。音だけで人物や情景を言い当てるとんでもない音オタク。偏執的な性格で自身の研究室には複数の鍵、解析装置はすべて自分で作ったものを用いている。長髪。
「ジェリー・ジェンキンス」
部品管理係。航空機は百万もの部品すべてに記録が残されているという。その管理者。
「ビル・べンスン」
広報担当。無愛想で短気、あまりマスコミ受けのよくない人物。
「エドワード・フラー」
法務部長。この事故がテレビに報道されたらどういう展開になるか適切にアドバイスする。最後に大活躍。
「ドン・ブルール」
労働組合ノートン支部長。工場の労働者の動向をケイシーに教え忠告する。元ボクサー。
「テディ・ローリー」
テストパイロット。事故の再現飛行を行う命知らず。ケイシーとは男女の仲だが、セックスしたらすぐに帰っちゃうw伊達男。
「ジョン・マーダー」
ノートンエアクラフト社最高業務責任者。中国との大口取引を成立させるため、ケイシーをIRTのリーダにし事故調査を依頼するが・・・ノートン家の娘婿。
「ハル・エドガートン」
ノートンエアクラフト社長。冷徹。てっきりジョン・マーダーが社長に就任するかと思ったらこの人がやってきたので、一部ではマーダーとは犬猿の仲だという噂がある。
「エイモス・ビーダーズ」
ケイシーのご近所さんでパグと二人暮らしの老人。飛行機の墓場…〈ツイストアンドシャウト〉とも呼ばれる強度試験場の責任者でもあり、経験豊富な生き字引。事故調査にケイシーに重要なアドバイスをしてくれる。
この手のかっこいい老人は『恐怖の存在』でも登場する。
「マイク・リー」
トランパシフィック航空代表。航空会社の代表としてIRTの会議に参加。ちょっと勝手な行動が目立つが・・・元空軍パイロットで将軍。中国系。
「ダニエル・グリーン」
飛行標準管理事務所職員。事故機のパイロットを返したことをケン・バーンになじられる。
「ジョン・チャン」
事故を起こしたTPA545便の機長。百戦錬磨のパイロットで凄腕。今回の事故は人的ミスではないという根拠に。
「ケイ・リアン」
スチュワーデス。ジョン・チャン機長を過剰に褒め称えているが・・・
「エミリー・ジャンセン」
30歳。夫と娘と共に事故に遭遇した乗客。
「スコット・ハーマン」
エミリーの家庭用カメラの映像解析を請け負ったビデオ・イメージング・システムズ社の職員。怪我したのかなぜか片足にギブスをはめてる。
「マーサ・ガーション」
マスコミ対策の専門家。ぱっと見は物腰柔らかいおばあちゃんだが、そのアドバイスは的確でケイシーにマーティ・リアドンが得意とする戦法を伝授する。リアドンとは長い長い確執があるらしい。
「マーティ・リアドン」
テレビタレント。辛らつでナイフのように鋭いコメントで相手を攻撃する人気レポーター。超多忙。この前も「最近ヒット作がないですね」と言ってアル・パチーノを怒らせた。素人とのインタビューをまるでチェスのゲームのように進めていく。
「ディック・シェンク」
ニューズラインのエグゼグティブプロデューサー。部下の失敗は絶対許さない非情な人物。
「ブラッドリー・キング」
航空機事故専門の悪徳弁護士。通称“スカイ・キング”。ケン・バーンに「このゲス野郎」と評される。
「フレデリック・バーカー」
航空コンサルタントでキングの腰ぎんちゃく。実は大学で航空力学どころか理学も学んでいない。ケン・バーンに「人間の屑」と評される。
「ジャック・ロジャーズ」
地方紙テレグラフスターの航空宇宙専門のベテラン記者。50代後半。専門用語や小難しい話にはハナから興味がないテレビ屋と違い、徹底的な取材を行い、あらかじめ取材相手と同程度に内容を把握しておくため専門知識は豊富。悪く言えば地味で、ジェニファー・マローンには馬鹿にされるが、ケイシーには信頼されている。
よくよく考えたら旅客機って数年で壊れる電化製品とは大違いだ。飛行機は原発と一緒で何十年も使う。その信じられない耐久性をになっているのがエンジニアや整備員なんだよね。
あと飛行機の命が主翼って言うのも知らなかった。だからそのノウハウが中国に流れることを工場労働者は最も恐れていたんだけど・・・確かにあそこがダメなら墜落しちゃうもんなあ・・・改めて科学技術ってすごい。
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