「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」
今度はあんたの番だ。言うんだ、何に見える?
パキPさんおすすめ作品。いや~漫画読んでこんな感覚になったのは初めてだってくらいの衝撃。なんというか、心臓に冷たい手を突っ込まれた感じ。
アメリカってすごいぞ!虚無を描ける漫画家がいる!
「虚無を描く」っていうのは、考えてみればなんとも矛盾した言い回しだけれど、何も作らなければ虚無の表現になるのかと言ったらそうじゃない。生がなければ死がないように、有がなければ無はないのだ。
もうこれって文学のレベルだよ。言うならば『嘔吐』でマロニエの木を見て気分が悪くなっちゃった主人公のような読後感。世界は見方を変えるだけでこれほどグロテスクにも、無機質にも思えるのか。
また随所に散りばめられた、芸術、文学、歴史、自然科学、哲学の引用・・・前回エヴァンゲリオンはIQ30とか馬鹿にしてたけど、この作品はIQ130。
日本よ。これが文学だ。
冗談は置いといて、なんだかんだ言って私たちは自分自身(人間)が一番わからない。だからある程度抽象化した上でしか、それを考えることも、認識することもできない。私たちは意味からは逃れられない。
その例でイメージしやすいのは漫画的な表現。大塚英志さんは漫画のキャラクターは、ポストモダン(没個性的な記号表現)を用いて、モダン(内面のパーソナリティ)を描くって言ってたけど、確かに納得だ。
私たちは、誰もが仮面(意味)を請け負って生きているのだから。
さらには、その仮面を長い間つけ続けるうちに、それが仮面なのかどうかもわからなくなってくる。メガネつけたまま「メガネメガネ」ってアタフタやってるようなもんだ。
そうやって何年も過ぎて、ある時にハッと「あ、メガネここじゃん」って気づく感覚。センスオブワンダー。
トラディショナルなスーパーヒーローたちの心理描写を掘り下げて描くことで、そう言った人間の普遍的な心理構造や実存に迫っているのはすごい。
それがまあ、自然主義小説というか、実存主義的というか・・・とにかく等身大。
普通漫画の作り手って、多少の誇張や美化に対する欲求にはなかなか抗えないもんなんだけど(そういや最近のアニメにブスなキャラはいない!)、この作品では人間の誰もが持っているのだけれど、否認し目を逸らしたままでいたい、残酷で、汚く、冷徹で、グロテスクな面もしっかりと描いてしまう。
そこに一切の妥協はない。涙でマスカラが落ちて化けもんみたいな顔になる女だって描く!
あの娘を殺したのは神じゃない。あの娘を切り刻んで犬に食わせたのも運命なんかじゃない。神はあの晩の出来事に気づきもしなかった。俺は悟った。こんな世界を作ったのは神じゃない。人間だ。
はっきり言ってスーパーヒーローがナタを使ってロリコン犯罪者の頭をパッコンするのは正視に堪えないし、恐ろしく不快だ。
ただ私たちはそんなヒーローをこれまで深く考えずに容認し、喝采を送ってこなかっただろうか?ウルトラマン、仮面ライダー、ガンダム、ドラゴンボール、そっち系の政治家・・・数々のヒーローがやっていることは結局のところ暴力の啓蒙だ。
私は世代的にはジャンプ黄金世代なんだけど、こういうジャンプのバトル漫画が嫌だった。最後は拳で語り合うみたいな。
人を殴るということは殴り返されることでもあるんだ。それを覚悟しなければ、それは自暴自棄な自爆と変わらない。
そういうメッセージを私は最初はギャグ漫画で茶化しながら、今はストレートにストーリー漫画で描いている(テレがなくなった)。
そして私なんかよりももっと正義のヒーローの実存に迫った、とんでもない天才作家がアメリカにいたわけだ。
実際ウォッチメンと、私が十代の頃に書いたソニックブレイドは比べるのもおこがましいけど、プロット上多くの共通点がある。もちろんそこにたどり着くロジックは違うから(パクったわけじゃないからね)、丸かぶりではないんだけれど。まあこの話をするとネタバレになっちゃうからこれくらいにしておく。
しかし、当然ながらまったく敵わない。私はせいぜい日本という豊かで安全な国にいるわけで、平和ボケした世間知らずだ。
しかしアメリカはすごい。銃があるんだもん。力の行使や危機管理に関しては、ゲームやアニメの世界にあるようなものではなく、リアルに存在する切実な問題なわけだ。
だからこそ原稿に乗り移っているものが違う。ウォッチメンの世界では動物も少女も妊婦も老人も無慈悲に殺される。
それはホラーやスプラッター作品の話なんかでは決してない。この世界の現実の話なんだ。
それなのに私たちはどこかで安心している。そういうグロテスクな描写が好きな人も、それが自分の生活と全く違う次元の話だと思っているから安心して楽しめるんだ。
冗談じゃない。暴力ってのは突然身の上に降りかかってくるんだ。
私は今、中学校で生徒指導的な立場にいるんだけれど、そう言う意味で、刑務所に収監されたロールシャッハにカウンセリングを試みた、マルコム医師のエピソードには最も恐怖した(これは映画版よりも原作コミックの方がずっと怖いのでぜひ)。
もしかしたら私は自分本位な善意とやらで、目の前の人間を無意識に傷つけ、さらに追い込んでいるのかもしれない。
罪を犯す人間の中には、愛や善意や思いやりを求めすぎたあまりに、それを軽はずみに口にする人間を偽善者だとすぐに察知してしまう者がいる。
そんな彼らに気安く救済の手を差し伸べることができるのだろうか?気の毒なヤンバルクイナだと思って保護しようと近づいたら、よく見るとそいつは恐竜であっさり食われちゃうことだってある。人間は時と場合によっては怪物にもなるんだ。
そう、スーパーヒーローの仮面が突然引っペがされるように、私たちは時におぞましいものと対峙しなければいけない。
その時どうする?世界から自分に都合のいい意味が消失したら、私たちは見て見ぬふりなんかできない。世界の実存というロールシャッハテストに自ら意味を見出すしかない。そしてそれは大きな自己満足の繰り返しなのかもしれない・・・
私は今まで匿名で悪さをするのは卑怯者だと思っていた。しかしその反面、匿名だからこそできる救済もあるのかもしれない。
実名で善意を背負えるほど人間の心は強くはない。だから結局のところは無力な偽善者になるのがオチだ。
そういう意味で黒幕のオジマンディアスが匿名ではなく、エイドリアン・ヴェイトとして世間に素性を明かしているのは興味深い。
怪物と戦うな。さもなくば自分もまた怪物となる。そして深淵を見つめる時には、深淵もまたお前を見つめているのだ。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(『ウォッチメン』第六章28ページ)
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