理科教育法覚え書き④

参考文献:小原茂巳著『「たのしい授業」のすすめ方』

授業の導入
授業の導入は、理科に限らずすべての教科で最も重要な「つかみ」である。ここで子どもの心をつかめれば、あとはだいたいうまくいくことが多い。それだけに授業の導入は用意周到に行う必要がある。
テキストでは授業の始めにさらっとこれまでの授業の復習をするとよいと書かれている。
これにより、この続きが楽しみだな、今日はどんな授業なのかな?と子どもたちの好奇心を高め、これから始まる授業にスムーズに入れるようにするわけだが、この時の復習はあくまでもさらっと、しつこくなく、今学んでいる学習内容が思い出せる程度でいい。

問題の意味を伝える
次に、今回学習する問題が書かれたプリントを子どもたちに裏の状態のままで配る。これも表にはどのようなことが書かれているのだろうと、子どもたちをワクワクさせるちょっとした工夫である。また、前の席の子が先に問題を読んでしまって、後ろの席の子が「ネタバレ」をくらってしまうこともない。
そして、子どもにプリントに書かれている問題を音読させるのだが、この場合は「誰か問題を読みたい人いますか?」よりも「誰か読んでくれる人いませんか?」と尋ねるほうが良いという。
その理由は、積極的な子どもならともかく、思春期を迎えたような恥ずかしがりやな子には、先生から頼られているというシチュエーションの方が手を挙げやすいからである。
また、子どもがプリントを読んでいる際には、せっかく読んでもらっているのだから、その子に恥をかかせないように、読みにくい感じが出てきたらさりげなく教師が素早くすっと読んであげるのがいい。
最後に、問題の意味を子どもたち全員にわかりやすくきちんと伝えるには、実験器具などの実物を見せて、手順を説明&実演し、さらに実験結果が出る寸前まで実際にやって見せてしまう。
これにより、この実験のどの段階が「問題」になっているのかが明確化し、仮説実験授業で重要な「予想」を子どもたちが立てやすくなる。
確かに、口頭で説明したり、プリントを読ませるだけでは、子どもたちが実験の具体的な内容をイメージすることは難しいだろう。初めて行う実験ならなおさらである。
以上をまとめると、授業者が大切にすべきことは、常に授業を受ける子どもたちの立場に立って、問題を投げかけたり、教材を配ったり、実験を説明したりするということである。
こういった細かな配慮が、子どもたちを積極的に授業に引き込むテクニックとなっている。

生徒は実験が好きなのか
理科の授業の醍醐味は何かと聞かれれば、実験であるというイメージは強い。
しかし、本当に子どもたちは実験それ自体が好きなのだろうか?テキストのアンケートでは、理科の実験が好きだと答えた大学生は100人中39名にとどまった。つまり4人にひとりは理科の実験はどちらかといえば嫌いだというのである。
その理由は、片付けと準備が面倒、班別行動が嫌だった、細かい作業が苦手、実験の得意な友達ばかりがやっていたので嫌だったなどであった。
逆に、実験で楽しかった思い出を尋ねたところ、試験管でアイスを作ったこと、液を一滴垂らすだけで水の色が変わったとき、太陽光を虫眼鏡で集めて黒い紙を燃やしたこと、牛乳パックでカメラを作ったことなどが挙がった。
しかし実際には、実験中はみんなとおしゃべりできたり、珍しい器具を触れたから楽しかっただけで、別に実験そのものが楽しかったわけじゃなかったというのが大方の本音であった。

実験とは何か
理科の実験が、実はそこまで人気がない理由、それは理科の授業で行われる実験が、教科書に書かれていることの確認作業にとどまっているからである。
では、そもそも実験とはなんなのだろうか?
実際に体験すること、習ったことの確認、今まで知らなかったことを実験で発見できる、教科書で学ぶだけでなく、実際に目で見て確認すること、などいろいろな考え方があるが、仮説実験授業を提唱している板倉聖宣によれば、実験が実験足りえる重要な要素は「仮説」なのだという。
天秤や試験管やその他珍しい実験器具を使うことが実験だと思っている人もいるが、仮説が本当に正しいかどうか調べてみる試み、これが実験なのである。したがって仮説がないことには実験は成立しない。
人々の予想が大きく分かれてしまうような問題や疑問があったとき、人々は話し合いや討論をし、いろいろな考えが生まれてくる。つまり仮説の全貌が明確化する。
すると、では実際に実験をしてみて、どの説が正しいか白黒決着をつけようということになり、実験の結果が非常に楽しみになる。これこそが本当の実験なのである。
つまり、実験を授業として行う際には、問題点を子どもたちが共有できるように簡単な手順の実験にすること、子どもたちが予想を立てやすいようにABCなどの選択問題になっていること、それぞれの予想の支持者がばらつくように、大人でも確信を持って正しい考えを出せないような問題にすること、などの事前の教材研究が重要なのである。

討論の注意点
日本人は討論が苦手だというイメージがある。それは自分の意見を持っていないからできないというよりは、もし場の空気を読まずに一人だけ変なことを言って目立ってしまったらどうしようという恥ずかしさや、恐れ、同調圧力によるものが大きいのだと私は思う。
そもそも議論が得意だと言われる欧米人も、自分の意見がまとまる前にとりあえず発言して、話しながら自分の意見を明確化していることも少なくないらしい。
となれば、授業者が子どもたちに討論をさせたい場合にもっとも重要なことは、どんな意見でも意見として尊重される、自由で楽しい場の空気を作ることだろう。
間違っても、子どもたちに意見を要求しておきながら、それが自分が想定した授業展開に沿わない意見だからと、注意したり叱ったりするようなことはあってはいけない。
そういう経験が子どもたちに刷り込まれることで、前例やマニュアルがないと何も行動できないような大人が生まれてしまうのである。
これをテキストの内容に沿って言い換えるならば、教師の立場はあくまでも中立でなければならないということであろう。
教師の態度がある見解に偏ると、教師の権威が影響し、子どもたちは教師の支持する答えが正しいのだと思ってしまう。どんなに教師が子どもと対等であろうとしても、教師と生徒には構造的な優劣関係が存在する。
そこで教師はあくまでもポーカーフェイスを保ち、どの意見にも過剰に反応することがないようにする。しかし心の中が読まれないように教師が無表情をずっとしているのは、なんとなく冷たいイメージを子どもに与えてしまうので、テキストでは教師はずっとニコニコしているのがいいと述べられている。
とにかく仮説実験授業は、実験で正解を確かめる部分がハイライトになっている授業なので、教師の表情でなんとなく正解がわかってしまうのは興ざめになってしまう。
二つ目に重要な点は、子どもたちに発言や討論を強要しないことである。
子どもたちの「発言をする権利」を尊重し、発言をしやすい雰囲気を教師が作るのは当たり前だが、それと同時に「発言をしない権利」を保障することも大切である。
「一人必ず一回は意見を言う」というように無理に発言をさせようとすると、教師が権威を使って討論を押し付けているように思えるし、そういう空気を子どもは敏感に察知するのでますます発言できない雰囲気になってしまう。
そもそもよく発言をする生徒が主体的によく考えていて、発言をしない生徒が授業に消極的で何も考えていないということは必ずしも当てはまらない。討論の成り行きを観察しながら、発言をしている生徒以上に心の中で考えていることも多い。
また、討論が始まらない場合はもしかしたら「討論すべきテーマではない」と子どもたちがシビアに判断している可能性もある。その場合はクラスの雰囲気を尊重し、すぐに実験に進んだほうがいい。
逆に、討論が白熱しすぎて、それに夢中になっている生徒と、討論に飽きてしまっている生徒に分かれてしまった場合は、発言する生徒に対して人数制限をしたり、時間制限をしたり、そろそろ実験に移るかどうかを尋ねるといった、臨機応変な判断が求められる。

授業者の喜び
授業をする喜びとは言うまでもなく、子どもではなく教師の感じる喜びである。
それは一体どのようなものなのだろうか、テキストの第3章「学生による「楽しい模擬授業」」で模擬授業を行なった学生の感想を以下にまとめる。

・みんなが楽しそうに授業を受けてくれたからうまくいったんだ」。私が「みんなにたのしくてわかりやすい授業にしたい」と思ってやったことも、うまくいった理由ではないかなと思います。(滝沢さん)

・自分の短所が嫌いな子どもたちはたくさんいると思います。そういった子どもたちにも「短所は個性だ」と気づいてもらえるような授業をできる教師になりたいと強く思いました。(瀧沢くん)

以上を踏まえると、授業をする喜びとは、伝える喜びがまず挙げられるだろう。
性格が明るいこと、声がはっきりしていること、板書が上手なこと、指導力があること、など教師の資質を要求する人もいるが、人間には向き不向きや、持って生まれた気質があるので、そういう部分で悩んでいても仕方がない。
それよりは、伝えたくて仕方がないこと、ワクワクすること(教えるに値する教材)に出会い、それを子どもたちに伝えたくて仕方がないと教師自身が思えば、その授業は8割成功する。
また、授業の成功には子どもたちの協力が必要不可欠であるという、教えるということのインタラクティブ性も感じることだろう。授業の成否を判断するのはあくまでも授業を受ける子どもたちである。
よって子どもたちから、自分でも気づかないようなアドバイスや評価をもらえれば、模擬授業を実践した学生のように、短所だと思っていたことが実は自分の大切な個性(むしろ授業をする上ではメリット)だと気づくこともできる。
教師は、子どもに教えることで、逆に子どもからいろいろなことを教えてもらっている存在である。だからこそ、楽しい授業をすることで、教師も元気になり、授業をすることの喜びや楽しさを感じることができるのである。
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