ファインディング・ドリー

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆ 八代亜紀さん☆☆☆☆☆」

 忘れたってまた見つけられる。

 ここんところアリス、エメリッヒと大変懐かしい続編が続いてるんですが、とうとう大トリがやってきた感じ。
 なんと一作目は13年前!私もずいぶん遠いところまで来ちゃったなあ・・・大学時代この育児あるある映画を一緒に見に行ったクラスメイト、みんな結婚して子ども産んでるもんな(^_^;)
 しかし魚の世界で実際に13年も時間を経過させちゃうと、おそらく健在なのがウミガメのクラッシュだけになってタートルトークになっちゃうので、前作の1年後ということにしたらしい。
 そういや、なんか公開前日にテレビで一作目が放送していたようだけど、これは私は見なくて正解だった。この映画で一作目と全く同じシーンが出てくるんだけど、その瞬間のフラッシュバックの感動がすごくて、うおおおお!こうつながったのか~~~!!と。ド・・・ドリーの過去少ね~~~!!!!!!!!って大爆笑www

 しかし、バディ物の『トイ・ストーリー』は除いて、『カーズ』や『モンスターズ・インク』などのピクサーの続編って前作の割と冴えないタイプの準主役を主役に差し替えてくるんだけど、今回もそのパティーンを断行したようだ。
 これって日本のサブカルチャーじゃなかなか考えられないんだよな。やっぱり日本って美男美女じゃなきゃ主役はダメみたいな暗黙のイケメン至上主義があるからさ。だって、『魔法使いサリーTHEムービー』でよし子ちゃんは絶対主役にならないじゃんw
 そこが、ピクサーが持たざる者、欠落した者に優しいアニメ会社と呼ばれる所以よ。ほいで、おんぼろレッカー車や、全く怖くないオバケで主役の映画を作ったという自信が、とうとうアニメ史上最も主役で動かすのが難しいであろう、健忘症のナンヨウハギのロードムービーを生み出した。

 いちばん素敵なことは偶然起こるの。それが人生。

 私って、アニメ映画を見るときは特にそうなんだけど、脚本家目線で鑑賞しちゃう癖があって、こんな厄介な設定のキャラは自分には動かせねえなって思うもの。
 普通主人公って、理想や目的があって、その壁を乗り越えることで成長、勝利し一件落着みたいな動きをするんだけど、室井滋はその目的が定期的にリセットされちゃうから、自分で物語を動かせないんだよ。星のカービィスーパーデラックスかっていう。
 実際スタッフもかなり難しかったようで、物語の前半部のエンジン始動がいつもよりもちょっとスムーズじゃないというか、軽くエンストしてた感じはしたよwあの手練ぞろいのピクサーにしては珍しいというか。
 これは『シビルウォー』や『ズートピア』など、最近のディズニー作品でちょっと気になるところなんだけど。ちょっともたつくというか。方向性を見せあぐねてるというか。情報量が多くて洗練できてないんだよね。個人的には私は冒頭はシンプルなのが好きだからね。
 
 話を戻そう。じゃあどうやってこの問題を克服したかって言うと、やっぱり頭いいんだよね。主役が主役として無力なら、主役の頼りなさを見かねた周囲の魚介類が善意で助けてくれるという、ハートウォーミングな構造にしたわけ。
 このテーマを見せられてさ、私は昨年度お世話になった特別支援の有名な先生が言っていたことを思い出したんだよね。

 できないものはできないでいい。できる人が代わりにやってあげればいい。

 だから、ハンディキャップを持つ子ども(SEN)を育てる上で一番大切なことは、困っていたら周りの人が手を差し伸べてくれるような、そして、自分からも素直に助けを求められるような、そういう人に育てること、みたいな。
 つまり愛されキャラになれっていう。これは一見、温かい言葉な気もするけれど(まあ実際自分なんかもこの言葉に助けられたんだけど)、一面ではすごいシビアな現実を見越して言ってるよね。ハンディキャップもあって、なおかつ嫌な奴だと、ホントにもうどうにもならないぞっていう。
 だから、人に対する親切だとか感謝とかは結構厳しく指導していた気がする。世の中が善意で成り立ってないことは事実であって、事実だからこそ善意を信じて生きていくしか道はないんだよっていう。

 こういう優しいながらもシビアなところを付いてくるのが、やっぱりピクサーだよなあって。これが『ズートピア』だと、その部分が良くも悪くもメタ的なんだよね。だからオタクとか社会問題が好きな人は面白いんだろうけど、そして人種差別というナイーブなテーマだけにメタにやるしかなかったっていうのはあるんだけど、やっぱり私は身につまされるのが好きなんだ。
 泣いて感動して「あ~いい話だった」で終わっちゃうのは、自分と関係がないからなんだよね。アメリカの移民問題なんかも正直、日常的に興味を持って考えたりしないわけじゃん。
 でも、そういう大きな物語じゃなくてさ、どこかで困っている人を見かけたら、気兼ねなく声をかけて助けてあげたり、その逆に自分が困っていたら、つまらない見栄を張らずに誰かに助けを求めるっていうシチュエーションは、けっこう身近にあることだし、意外と恥ずかしかったりして、できないもんなんだよね。
 でも、それが社会を成立させる上で一番大事な基礎の部分なんじゃないかって思うんだよね。作中でも言ってたけど、難しいことを考えずに、私が出会った人はきっといい人って根拠もなく信じる心。
 そんなもん、弱肉強食の競争社会じゃ絶対にいの一番にやられちゃうはずなのに、そういう人がダーウィン的に淘汰されずに存在するという事実。アメリカやイギリスやフランスやトルコのことは大きすぎて分からないけど、そこから考えていくしかないんだと思う。

 海には壁はないんだよ。
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