「面白い度☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」
僕は国防総省にアドバイスを求められた。ほとほと困っている。第二次大戦以降勝てないのだ。
昨年度お世話になった学校に顔出した帰りに『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』を鑑賞してきました。
軍の依頼で、世界を侵略するために空母で海を越えたムーア監督。その目的は、アメリカをさらに強い国家にするために、他国の素晴らしいアイディアをリサーチし、持ち帰ること。そして、みごと侵略を完了した(=暖かく冗談だと受け取ってくれた)国には星条旗を掲揚!
そんなあらすじもあってか、今作は軍産複合体がテーマだと聞いていたんだけど、実際はヨーロッパ各国の社会保障や公共サービスのお話だった。スパイ映画っぽいの冒頭だけねww
作中の侵略順で行くと・・・
イタリア
軍事的驚異は軍艦2隻。著名人はイエスとドン・コルレオーネとマリオ。有給休暇が年に八週間も取れる国。ムーア監督が、アメリカに憧れを抱くイタリア人の旦那さんに、アメリカの有給休暇の日数(=0)を言ったら絶句してました。
また、縫製工場とバイクで有名なドゥカティに突撃取材。イタリアの企業では労働組合が強いし、むしろ組合の要求が結果的に生産性を上げることがわかったため、CEOは積極的に労使交渉において歩み寄りを見せている。工場に直接足を運ぶCEOなんてアメリカにはいない!とムーア感激。
フランス
アメリカの給食事情は、栄養士学会などにもジャンクフードの資本がガンガン入ってて「ピザは野菜」などとのたまうくらいにひどいことになっている。
そのため、アメリカの子どもは肥満なのに栄養失調になっているのだが、欧州一の農業国フランスの学校給食は、なんとシェフがコース料理を作ってくれる。しかも給仕つき。
フランスの学校では1時間かけてゆっくりと食事を楽しみ、マナーを勉強するのだという。食事は社交でもあるもんね。
そんなお上品なおフランスの給食指導に、ムーア監督がアメリカ名物コカコーラを密輸!フランスの子どもにどうしても、この黒い液体を飲ませたかったらしい。「15分後に体調を教えて」
で、フランスの学校にアメリカの給食の写真を見せたら「犯罪現場みたい」「こんなもん食わされている子どもたちが可愛そう」などと言われた。
フランス人の同情はきつい。
フィンランド
個人的には一番興味深かった。子どもの学力トップクラスの教育先進国として知られるフィンランドだが、その機密情報が遂に解禁!
それはなんと、授業時数削減&宿題廃止&統一テスト廃止だった!
つまり、昨今失敗だったと批判される“ゆとり教育”が北欧の国では大成功、エアギターや携帯投げ大会、妻運びレースといった素晴らしい文化を生んだという。
さらに、フィンランドはアメリカや日本と違って、詩や美術や音楽といった芸術教科もちゃんと確保しているそうだ。受験に出ないから、とか、将来役に立たないから、などというつまらない屁理屈で削減はしない。
ちなみにフィンランドには私立校がないそうだ。しかも公立校は、どの学校も同じレベルの教育サービスを提供しているため、バウチャーなどの問題はない。
子どもはお受験など無い世界で、地域の様々なバックボーンを持つ子たちとふれあうことで、異なる立場の人と理解し合うことを学べる。つまり教育の共産化がうまくできている。
スロヴェニア
ラプンツェルや眠り姫を生んだおとぎの国スロヴェニア。この国には伝説上の生き物がいる。借金なしの大学生だ。スロヴェニアは大学の学費がすべてタダで、しかも海外の留学生もタダなので、奨学金返済問題に悩むアメリカの学生も留学しているという。
ドイツ
面白みゼロの国。ドイツ人は勤勉だと知られているが、実はその労働時間は、あのギリシャよりも低いというのは、この本でも言及されていたとおり。
ドイツ人は、勤務時間中はきっちり真面目に働くが、終業したら残業など一切せずにとっとと帰ってプライベートを楽しむ。このロボットのような切り替えが凄い。
ほいで、キリスト教の影響なのか、ドイツ人は労働=ストレスと割り切っているところがあって、仕事のしすぎで疲れた人にはホテル三日月的なスパをタダで利用させているという。
さらに、ドイツの歴史教育にも言及。ドイツの石畳の地面には自分の祖先が虐殺したユダヤ人の名前が刻印されており、また、迫害時代の看板もあえて残しているという。まさにヴァイツゼッカイズム。
日本だとこういうの自虐史観とか批判されかねないけれど、ドイツでは当事者でもない若い世代も、しっかりと自分の国がしでかしちゃった歴史的な事実に向き合っている。それに対してアメリカは奴隷博物館ができたのはつい二年ほど前だそうだ。
ポルトガル
ポルトガルでは麻薬は自己責任ってことでポルノやネット同様規制されてない!その分、中毒者などを治療するサービスを充実させた。すると面白いことに、麻薬の利用者数はかなり減ったという。禁止するとかえって好奇心が・・・ってやつなのか(^_^;)
ノルウェー
ノルウェーの刑務所はめちゃ快適。囚人は自分の個室の鍵を自分で管理している。刑務所はあくまでも更生施設であって、シャバで不遇だった犯罪者に社会人としての自信や希望を与えている。
そして入所の際に刑務所側が見せるVTRが凄い(We Are The World を所員みんなで熱唱)。
看守は囚人を守るための存在なんだそうだ。看守が囚人をタコ殴りにする某刑務所と大違い。
これは何十人も罪のない人を殺したネオナチに対してもそうで、あくまでも公平・公正に裁判を行い、懲役21年の実験判決をした(ノルウェーに死刑制度はない)。
ポルトガル警察も、ノルウェーの犯罪被害者の遺族も、同じように主張していたのが、死刑は人間の尊厳を踏みにじるということ。
これは今の日本じゃちょっと考えられないよな。私は個人的に死刑は反対なんだけど、そんなこと言うと、お前は被害者の苦痛がわからないのか!って袋たたきに合うもんね。そういう問題じゃないだろっていう。実際加害者の家族が自殺しているという事実はあまりマスコミは流さないしな。
でもさ、ノルウェーの犯罪者の再犯率って世界最低なんだよ。一度犯罪した人を社会がつまはじきにしてりゃ、そりゃまた犯罪やっちゃうよな。社会に居場所がないんだもん。
犯罪者に限らず日本って社会から事情があってリタイアした人にすごい厳しいし、しかも手に負えないのが、リタイアしちゃって不遇な立場な人が、そういう同じ立場の人に対して優しい言葉をかけるのではなく、社会から隔離しろ~!って叫んでいることが多いっていうね。泥仕合だよね。
チュニジア
作中で唯一のアフリカの国。宮田律さんの『現代イスラムの潮流』にも書いてあったけど、この国って、イスラム国家の中でもかなり西欧化(政教分離)が進んでいる。
だから、保守政党も国民の世論を受けて潔く退陣し、女性のスカーフは国家がとやかく言うことじゃないということにした。
アイスランド
ラストが女性の社会進出著しいアイスランド。アイスランドって何年か前に、ほとんどの銀行が潰れて大変なことになったんだけど、その時に唯一黒字を出したのが女性が頭取をやってた銀行なんだって。
女性は慎重で、競争が好きな男性のように実体のない危ない取引はしないからなんだという。もしあの投資銀行がリーマン・シスターズだったらニューヨークで金融恐慌は起きなかったっていうのは笑ったw
しかし、ここでアイスランドの悪徳銀行家をしょっぴいた“マイティ・ソー”が出てきて、リーマンショックの時のアメリカの銀行家はみんなちゃっかり罪を逃れたのに、アイスランドにはこんなヒーローがいんのか、みたいな流れになるんだけど、この人が助言を仰いだ師匠がなんと『キャピタリズム~マネーは踊る~』で、サブプライムの欺瞞を追求したウィリアム・ブラックだったのだ!
アメリカ以外にアメリカンドリームを見るようだった。
そっから、実はムーア監督がアメリカに持ち帰ろうとしていた世界各国の素敵なアイディアは、実は全部アメリカ発祥のものだったと畳み掛ける。さすがアメリカが超大好きな愛国者ムーア!この展開はなんとなく読めたけど、ラストは割とほっこり。ムーア監督もなんつーか年取って刺が取れたよね(^_^;)
『ボーリング・フォー・コロンバイン』とか『華氏911』とか、以前はかなりショッキングな題材のドキュメンタリーをとってたけど、そういう、うお、これ見せちゃっていいのか、みたいな衝撃映像は、この映画ほとんどなかったもん。強いて言うなら、ドイツのスパのシーンでモザイクなしでアベックの性器が映ってたところくらいかなあ・・・ってそれはそれですごいのかw裏シネマ。
フランス人「我が国は民主主義と実存主義を生んだ。それとフェラ。」
アメリカ人「完敗だな。」
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