『進化の存在証明』第8章は発生と、酵素の基質特異性。ここはしっかり高校生の生物でやるので、けっこう内容としてはベタでした。
唯一「高校では触れないかな?」というのがホメオティック遺伝子で、これは私は高校生の頃NHKスペシャルで知りました。
ただ面白かったのは、生物一個体の発生を、進化の系統樹になぞらえて説明するところで、確かに生物も進化を巻き戻せば、星の数ほどいるすべての生物はたったひとつの単細胞生物にたどり着くだろうし、私たちの体も発生を逆に辿ればたったひとつの受精卵になります。
本書で紹介されたエレガンスセンチュウ(なにがエレガンスなんだ?というドーキンスの突っ込みはグッド)の発生の系統樹は、「よくもまあ、それぞれの器官がどのように分化してできたのか全て調べたものだなあ・・・」と感心すると同時に「線虫の発生がここまで複雑となると、60兆の細胞のある人体って一体・・・」と途方にくれます。
第8章においてドーキンスが何度も繰り返す主張が、「進化や発生には「青写真」や「コンダクター」は存在しない。複雑で調和のとれた生物の体は、個々の単純かつ局所的な「ローカルルール」のみで作り出される・・・」という「自己組織化」もしくは「創発現象」の発想です。
つまり生物には、その完成図は存在しないし、化学反応を媒介する酵素自身も、自分がどんなものを作っているのか、その「全体像」は把握していない・・・ということですが、これって『ソニックブレイド』でも同じように説明したのですが、職人ではなくて素人を集めて徹底的に分業、単純化された仕事をさせた、「フォードの自動車組み立てライン」と似ています。
車体にネジを締める人は素人なので、その仕事が自動車の製造にどのような意味を持つかは理解していません。ドアを作る人はドアを作り、バンパーをつける人は常にバンパーだけをつけ続けるのです。
フォードの組み立てラインと生物の発生において唯一大きく異なる点は、フォードには、組み立て設計図を持って仕事の全体像を理解している「会社の人間」が少なからず存在してるのに対し、生物の発生では、ラインで働くタンパク質やDNAを指揮する「会社の人間」は全く存在しない点です。自己組織化や創発という現象には、リーダーという概念がないのです。
それなのに最終的に調和のとれた生命体が構築される(たまに失敗するけど)というのは、H・リードじゃなくても「自然は潜在的に美的である」と言いたくなってしまいます。
実を言うと芸術の世界にも自己組織化の好例があって、それが工芸の世界だと思うのですが、去年陶芸家の先生の仕事を拝見させてもらった時、先生は器を作るときに設計図を描かず、インスピレーションのみで手を動かして、美しい器を作り出します。
※新井哲夫先生によれば、絵画の世界も似ているところがあるらしく、とはいえ、コンセプトアートなどを書いて、しっかり計画的に制作する人もいるのですが、画家は絵を描くときにその作品の完成図を明確にイメージして制作しているわけではないので、自分でも「おおこんな絵になった」と完成品を見て意外に思う事があるそうです。
よく「用は美を兼ねる」とかいいますが、確かに使いやすいデザインというのは、結果として美しい場合が多く、別に「美しいのを作るぞ!」と思わなくても、「使いやすさ」という利便性のみを追求すれば、美しいフォルムが形成されるのでしょう。
今はK氏が絶賛してくれた『80日間宇宙一周』の後編を脚本から漫画に描き起こしているのですが、この漫画の舞台は、兵器産業で栄えたという設定の冥王星で、軍事工場が至る所にあります。よって背景に工場を描くことが多いのですが、工場って本来「美」とはまったく無縁な「実用」、そして第一に「安全」をモットーに建設されているはずなのに、メチャクチャ美しいんですよね。工業団地なんて「本当に地球か、ここは・・・」って感じの異世界的イメージを醸し出してますし。
工場はしっかりした設計図を基に建設しているのでしょうが、それでも「美しいなんてどうでもいいんだ、まずは安全だ!」というコンセプトで、モダン芸術にも勝るとも劣らない形態を作ってしまうってのが、すごい。
生物にしろ、陶芸にしろ、工場にしろ・・・無駄のない「合理性」というのは美しいという事です。
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