竹内薫さんが疑似科学批判も批判するわけ

 サイエンスライター竹内薫さんは疑似科学論者も困りものだけど疑似科学を批判する人たちにもうんざりしたと、『なぜ「科学」はウソをつくのか』で書いています。

 疑似科学というのは、一見科学っぽいけれど科学的根拠がないいわば科学の振りをしたオカルトの事で(マイナスイオンとか)、確かにそれを科学の話にされちゃうと科学者にとっては困りものですが、そのような疑似科学を批判する大槻教授のような人も竹内さんは批判するというのはどういうことなのでしょうか?

 思うに竹内さんは疑似科学批判をする人のいきすぎた攻撃性が嫌いなんだと思う。つまりその人の理論の正当性というよりは、「人格」の問題。いくら正しいことを言っていても、いちいち突っかかってくる奴なんて相手にしたくないじゃないですか。
 疑似科学批判をする人にも冷静で客観的に批判する人もいますが、確かにネットなどを見てみると疑似科学批判者(=トンデモバスター)って相手を批判(攻撃)することが大好きな人が多く、なにかにつけて相手の論理の批判ポイントを詮索しようとしてきます。

 専門的な科学の話の場合それはそれでいいのですが、ネットのやり取りでは感情論になったりすることも多く、それを知ってか知らずか批判対象を煽るような記事を書く人も多いです。
 疑似科学を批判したいのなら一番いいのは上から目線で相手を攻撃するのではなく、正しい科学的事実だけを記事で説明すればいいだけなのに、攻撃的な人は攻撃的な文章を書くのが楽しいのか、それだけで満足しない場合が多い。

 それどころか批判ばかりして相手の人間性すら攻撃する。だいたい科学的に正しいかどうかと、疑似科学論者が社会的にいいか悪いかって別問題な気がするし、なんだかなあ。
 つまり疑似科学批判者が攻撃的な文章を書いて楽しくなれるのも疑似科学論者がいてくれるおかげで、そういう意味では疑似科学の方が懐が深いなあってなっちゃう。これは逆効果では?

 そもそもプロの学者ひしめく学会や科学雑誌では疑似科学が多数派になる場合はまずないので、放っておけば淘汰されるとは思うんですが、問題は現代が多数派が正しいとされる社会システムの民主主義であること。
 で多数派の正体と言ったら専門的なことなどまったく分からない一般庶民であり、そういう人たちに疑似科学が広まるのはやばい。
 だから私も疑似科学はフィクションとしては面白い(ものもある)けど、やはり間違ってると思うし、それがルイセンコイズムのように「科学」になっちゃうと非情に危険だと警戒はしていますが、批判する方ももう少しやり方を考えるべきだと思います。

 批判する人も意外とプロの学者じゃなくて、そういう科学の話が好きなだけの素人(私だ)の場合が多いからなあ・・・そういう人ってやっぱり科学が好き以上に叩くのが好きなんだと思う。
 私もかつて福岡伸一さんを批判したので、偉そうなことは言えませんが・・・
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