「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」
ラストのトーテムの回転は止まったか?
最近映画の評価が100点満点ばっかですいません。
私は脚本に関してはプロの映画クリエイタ―と(脳内でですが)ガチンコで勝負して評価を決めているので、こんなん作られたら白旗上げるしかないじゃないですか!
よく98点とかスーパーの値札感覚で採点する人がいるけど、私はあれが嫌いなんです。2点くらいもうくれてやってくれよ!!って思います。その人の感覚では「その2点分を埋めるアイディア」があるのでしょうかね?
・・・ということでこの映画は「アイディア」の話です。
この映画・・・おそらく分類はSFでしょうが、かなり設定がぶっとんでいます。
それは「他人の夢の中に入ってマインド(意識)を共有すること」・・・ではありません。そういうネタはけっこうSFではありがちなのですが、この映画のとんでもなく狡猾なところは映画の中の現実の描写をあまり掘り下げなかったという点。
つまり集合精神(個人的意識=クオリアの共有)が可能だというとんでもなく興味深い社会を描いているのに、その社会において「意識の共有技術」がどれだけ市民権を得ているのか?どこまでが合法か、非合法かがあやふやで、冒頭あっさりスルーされてしまう。
だってアナタそんな技術が実現している社会なんてすごすぎるじゃないですか!
妻が亭主の夢をのぞいて「あなた浮気したわね!」みたいなことも、この映画の世界では日常茶飯事に行われているのか?
それとも斉藤社長のような世界経済を動かす特権階級や、コブのような産業スパイのプロフェッショナルだけが使用できる特別な技術なのか?
そういった点がいまいち説明不足で私は非常にモヤモヤ(さまぁ~ず)でした。
だから「現実では不可能なSFの技術が、作中描かれる社会ではどのように活用されているのか」をスルーしたという点が、今までのSFからしてみればかなり異色なんです。普通は「そこ」を描くのがSFなんですよ。
そしてこのノーラン監督の意図的な選択が、映画のラストまで私たちを不安にさせ続け、スクリーンにくぎ付けにしてしまう。本当あざとい!
どういうことかというと、もう分かると思いますけど、この映画の“現実”も、実は登場人物の誰かの夢の話なんじゃないか?という恐るべき「夢落ち」の可能性を僅かながら残すことで、観客の関心をラストまで引っ張っているんですよ。
だって夢の中のシーンの方が現実の世界のシーンより多いし、その現実世界があまりにリアリティがないんだもん。
我々「本当の現実世界」からスクリーンを眺めている者たちにとっては、映画の中で描かれる現実世界も、夢の世界もどちらも同じ虚構の世界。意識の共有なんて現実の世界では(まだ)ありえないからね。
それにそもそも斉藤さんのライバルの会社をつぶすためだけにこんな手の込んだ回りくどい方法をすること自体嘘くさい!
だから観客はラストシーンの「トーテム・・・この世界が夢かどうかを判断する道具。この世界が夢なら永遠に回転し続けるコマ」の回転にメチャクチャ注目したはず!その回転が止まるか、それとも若干回転がぶれ始めてもまた回転し出すのか・・・その結論を結局監督は見せなかった!
これってまさかの『告白』で繰り出された「な~んてね」オチ!「正解は観客がご勝手にどうぞ」のキラーパス!!
本当はこういうオチって私は反則技だと思っているんですが、なにしろこの映画のテーマが「胡蝶の夢」というか『鏡の国のアリス』というか・・・とにかく哲学的でね。
つまりこの現実だって実際死んでみたらどうなるか分からないわけで、答えなんて知っている人はいないわけですよ。豊臣秀吉が辞世の句で言うように、この世だってただの夢なのかもしれない。
「死んだら素晴らしい世界に行ける」若しくは「戻れる」といった感じで、自爆テロをする人だって現実には結構いる。「そんなの宗教に騙されてるだけじゃん」っていうかもしれないけど、問題なのは人間という動物はそれを“信じてしまう”と命すら投げ出してしまうという「信じるということの恐ろしさ」。
だからコブの奥さんの「モル」が気が狂って、夢の世界に戻ろうと現実で自殺するのも実はけっこうリアルな話だし、覚せい剤に依存する人なんかもこれに近いのかも。
なにしろ「夢の共有」ってえらい病みつきになるらしいから(笑)。
で、今回新しく夢の共有の虜になった人が女子大学生「アリアドネ」。想像力豊かな彼女はいわば「夢の設計士」で、インセプション計画を成功させるために、ターゲットに気付かれないような「リアルな夢」の世界を構築していく。
また彼女は「奥さんを殺してしまった」と過去の女のことでウジウジする(気持ちは分かるけどさ)なんとも情けないリーダーのコブを精神的に支え、夢の世界から彼を現実に導く命綱としても大活躍!
一緒に観に行った友人の話では「アリアドネ」とは、ギリシャ神話において、怪物ミノタウルスが潜む危険な大迷宮に挑戦する「テセウス」に糸を渡し、迷宮のゴールまで彼を導いたキレ者の女性。
本編で「迷路を作ってくれ」とコブが彼女に依頼するシーンもあることだし、おそらく元ネタはこの逸話でしょう(じゃあミノタウルスがモルかい!)。
なんかこの映画の登場人物の名前ってみんなヘブライと言うか、聖書や神話のキャラくさいので、みんなに元ネタがあるかもね(コブは12使徒のヤコブが元ネタかな)。
この映画の個性的なところは、夢の構造が階層的になっていて、私はこれって「イド」「エゴ」「スーパーエゴ」「前意識」「無意識」と精神を階層ごとに分類するフロイト説(ユングの説では「集合無意識」というレベルもある)を踏襲しているのかな?と思っていたのですが、そこらへんは結構適当で、この映画のオリジナル設定だった。私は「集合無意識のレベルが出るのかな?」とかなり期待していたのでちょっと残念!
で「夢の階層」とは、一言でいえば「夢の中で見る夢」のことで、この映画ではマトリョーシカのように四層構造になっています。
映画の現実世界をあえて「夢の世界の第0階層」とするならば・・・この世界での「キック役(寝ているコブたちを「この世界は夢ですよ」って起こす役)」は斉藤さんが買収した飛行機のスチュワーデス。
「夢の世界(第1階層)」・・・雨の降るニューヨークの摩天楼のような世界。キック役は睡眠薬の調合師ユスフ。現実での1時間が20時間になる。
「夢の夢の世界(第2階層)」・・・ホテル。キック役はコブの相棒(イマジネーションが貧弱なw)アーサー。現実での1時間が20×20=400時間=16.6日になる。
「夢の夢の夢の世界(第3階層)」・・・雪原と病院。キック役はフェイカーのイームス。現実での1時間が20×20×20=8000時間=約11.1か月になる。
「夢の夢の夢の夢の世界(第4階層)」・・・コブと奥さんが構築した二人だけの世界。『渚にて』のように荒廃しかけている摩天楼。作中には出てこなかったが電卓で計算すると、現実の1時間は驚異の18.5年!
※ちなみに通常よりも強い特殊な鎮静剤で眠っているインセプション計画では、ターゲットの潜在意識である敵に殺されると、その人は下の階層に落ち続けて意識が虚無の世界に行ってしまう。その場合、救出者は下の階層にダイブして下の階層で仲間をキックしなければならない(・・・とそんな設定だったと思う)。ターゲットや斉藤さんは第3階層で死んで第4階層(虚無の世界)に落ちてしまった。
こうして考えてみると、この映画って「アキレスと亀」の話に似てますよね。足の速いアキレスがいくら走っても、前をのろのろ進むカメに永遠に追いつかない・・・
これは瞬間瞬間を無限に細かくし続ければアキレスと亀の距離は縮まりはするけど、永遠に一致はしないという筋金入りの数学馬鹿が考えそうなパラドックス。
インセプションの世界でも夢の夢の夢・・・と複数ダイブを繰り返せば永遠に生き続けることだって可能。そして夢の中で人生をまるごと一回分楽しんだ人が現実に帰っていまさら何をすればいいのか茫然自失するのは明白!
夢の世界で自分の欲望を全部かなえちゃえば、現実でかなえる夢はもう残っていない・・・そんな話を現在私は漫画(『イッツアドリームワールド』)で描いているだけに「やられた・・・!」って感じですね。
ただ私哲学とか科学好きですけど、夢の中の自分ってあの映画のように「メタ的な思考」ってできませんよね。それとも私だけなのかな?
インセプション
2010-07-29 01:44:30 (14 years ago)
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