『分子進化のほぼ中立説』

 著者は太田朋子さん。ブルーバックス。「ほぼ中立説」っていうのは木村資生さんの「中立説」を覆すような新説ではなく、木村資生さんの中立説とほぼ一緒だった。
 だから中立説の完全版とか補正版とかって考えた方がいいですね。

 なんでこんな事言っているかと言うと、科学雑誌「Newton」で木村資生さんの中立説に関するインタビューが載っていたんですけど(必読!)、そのインタビューで木村資生さんが説明した内容と、この本の「ほぼ中立説」の内容がほとんど一緒だったので「あれ?この話って中立説で説明していなかったっけ?」って思ってしまったんです。
 それもそのはず。この説の提唱者の太田朋子さんは、あの木村資生さんと一緒に中立説を研究していたすごいお方。「ほぼ中立説」はあくまでも「元祖中立説」が残した細かな課題をふまえた作った補正版。中立説ヴァージョン2.0。
 ダーウィンの自然選択説とネオ・ダーウィニズムのようなもので、同じところもやっぱり多いんです。

 ・・・ということで、これは木村資生さんの分子進化の中立説を理解してから読んだ方がやっぱりいいかもしれない。Newtonムックの『ダーウィン進化論』に件の木村資生さんのインタビューが載っているからこれを読んだ方が、この本はすらすら読めるはず。
 ブルーバックスって、入門書と言うよりは、この手の話が好きなマニア向けって感じの本が多いから、科学に疎い人がいきなり読むのは厳しいと思う(でもブルーバックス編集部が「注」と「用語集」を親切につくってくれているから、頭のいい人もしくは根性のある人はこれだけ読んでも理解はできると思う)。

 例えば本文に出てくる数式も一見難しそうなんだけど、文字式の文字を日本語に置き換えるとそうでもないやつもある。これはハーディ・ワインベルグの法則とかと一緒。
 この本で一番簡単なものが中立説を単純化した式なんだけど

 k=2Nv×1/2N=v    (1)

 こんな風に書いてある。でもこれって勘弁してほしい。生物学を大学で勉強している人ならいいけど、素人にはさっぱり難しくて分からない。素人向けに変換して欲しい。
 ・・・ということで本文をよく読んで一般向けに変換してみます。
 
 進化の速さ=生物集団の中で突然変異の個体が生まれる率×中立的な突然変異が集団に固定(=淘汰されずに残っていくこと)される率=中立突然変異が起こる確率

 ってなる。これはつまり「進化の速さって言うのは中立的な突然変異が起きる確率と一緒だよ」って言っているだけで、それをあんな難しい文字式にしちゃっているわけ。やめて~

 じゃあ「ほぼ中立説」って「中立説」と何が違うの?って話だけど、これは解りやすい図が35ページにある。
 まず、有名なダーウィンの「自然選択説」は「生物の当然変異には生きる上で有利なものと不利なものがあって有利な突然変異は環境に適応し残っていき(=固定)、不利な突然変異は適応出来ずに滅んでしまう(=淘汰)」としている。
 これに対して「中立説」は分子生物学の研究から「突然変異には生きる上で有利なものと不利なもの以外に意外とどうでもいい中立的な突然変異がたくさん発生している」ということに注目した。
 では「ほぼ中立説」はなにかっていうと、まず突然変異を有利不利と分けることをやめた。これは大きい。そして中立説が、突然変異のタイプを「有利」「中立」「不利」と三つに分けたのに対して「中立」「ほぼ中立」「淘汰」と三つに分け直した。
 
 ちょっと専門的な話になるけど、進化って言うのは個体とそれが属する集団〈群)をどちらもふまえなければいけない。
 淘汰されるほどではないけどちょっとだけ有害な突然変異である「ほぼ中立」な突然変異は、この集団のサイズによって運命が決まるというのです。
 つまり集団のサイズが大きい(個体数が多い)ほど集団内の競争が激しくなって淘汰圧が上がり、上位グループの間の微妙な差の争いになるので、ほぼ中立的な突然変異もかなり淘汰されてしまう。
 これに対して集団サイズの小さな生物は、競争がそこまで激しくないので、ほぼ中立な突然変異の形質も被害を受けずに継承されるというわけ。

 「ほぼ中立な突然変異の形質」はつまり「会社の窓際族」と考えればいいわけで、会社の経営が順調な時は窓際族にも給料が払われるけど、不況で経営が厳しくなるとろくに働かず給料をもらっていく会社にとって弱有害な窓際はまっさきにリストラ(淘汰)されちゃう。

 これをふまえるとなんと、一世代の長さ(寿命)が短い単純な生物の方が集団サイズが一般的に大きいので淘汰の更新頻度が高く、ぶっちゃけ無駄な「ほぼ中立的な形質」はバシバシ淘汰され、逆に寿命が長い生物は基本的に集団サイズが小さいので、原始的な「ほぼ中立的な形質」がたくさん残っているということになります!

 集団に作用する自然淘汰と、各世代に作用する「遺伝子浮動(=どうでもいい遺伝子が偶然次の世代に残ること。配偶子に親のどの遺伝子が使われるかは確率的に決まるから。何千個も配偶子が取れるエンドウ豆ならいいけど、個体数が限られている時は親のどの遺伝子が子どもに伝わるかは限りなくランダムになる。ドリフトとも言う)」は負の関係性を持つ。ここがポイントのようです。

 窓際族に関してもうひとつ。集団サイズが小さく、遺伝子浮動が大きい生物は、遺伝子の塩基配列が同じ部分(重複遺伝子)が多い。
 これは一つの遺伝子の配列が突然変異でだめになっても、もうひとつの遺伝子配列で同じ仕事がまかなえる(発現調節が可能な)保険であり、こういった重複も太田さんに言わせれば弱有害なほぼ中立的な形質らしい。合理的に言うならば、一つの仕事は一つの遺伝子が担当すればいいから。
 つまり遺伝子浮動が大きいということは、無駄が引き受けられる分、緊急事態に余裕を持って対応できるということでもある。
 ここら辺は福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』の後ろの方を読んでみよう。
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