漫画の読解パターンにはジェンダーがある

 今回の記事は「少女漫画の読者(≒女性)は行間を読むことができるけど、少年漫画は雰囲気だけだと読者(≒男性)に伝わらない場合があるから、いちいち言葉で説明しなくてはいけない」と言う意見に対しての私の意見。

 これは少女漫画と少年漫画の描き方の違いというよか、男女で読解の仕方が違うって話じゃないか。または男性漫画“家”と女性漫画“家”の描き方の違いだろうね。

 男は行間が読めずに言葉に頼りすぎっていうのはテキスト漫画の私には耳が痛いけど、ここで想定している「男」って日本人だからまだ行間は読めるよ。
 もっぱら言葉を信頼しているは欧米だよね。社会契約的というか。ただ、これは欧米がコミュニケーション能力がないって話じゃない。

 ちょっと脱線するけど、私アメリカが日本にどこまで強力な圧力を今なおかけているかよく分からないんだ。だって選挙の時の討論番組でもガンガンディベートする国なんだから。
 ただでさえ外国に腰が低い日本は勝手にビビって、行間を読めとばかりに言葉を濁して、それが相手に誤解を与えて「だってジャパンはこの前こう言ったじゃないか!」て言われちゃって「はいその通りです・・・」って巨額のお金をあげている気がする。

 つまり各自が行間を読むと言うのは、自分勝手な解釈ができて楽しいけど、他者との解釈の共有化が難しくなる。オタキングが言った「女性オタクは自分のアイデンティティの問題に直結する」と言うのはまったくもって正しいわけだ。

 まあ漫画は別に外交的な交渉じゃないからいいんだけどさ・・・雰囲気だけかもし出されても困るわけ。それは行間を読むことができないんじゃなくて、自分勝手に解釈したってどうせすれ違いを生むだけだからする気が起きないんだ。

 マロさんが「少年漫画と少女漫画の違いってモノローグ(一人称的内言)に現れますよね」って言っていて、面白いな~って思ったんだけど、モノローグと言えば少年マガジンの担当さんはモノローグのある一人称視点の漫画が好きで「そういう構造で描いてくれない?」と言われて作ったのが『クオリア』だったんだよな。私だって描く気になれば描ける!ww

 とはいえ漫画の文脈をろくに知らず漫画を描きだした上にスピ様ファンの私は、自分の漫画にしばしば映画の手法を持ち込むんだけど、やっぱり視点が三人称になってしまいがち。
 そう考えると映像よりも活字媒体の方がやりやすいのがモノローグなのかもしれない。

 あと極論をあえて言うと少女漫画の読者(≒女性)はハナからメタに読む気なんてないんじゃないかって気もする。これは別にメタに読めないから女性が劣っていると言うわけじゃない。

 だから行間没入派にとってみれば「メタ的に読むなんて、なんてつまらないものの見方をしているんだろう」ってなるし、メタ読解派にしてみれば「行間を読むって言うけどそんな細かい部分自己補完でしかないよ」ってなるのだと思う。どっちもやれば楽しいのにって私なんかは思うけど・・・

 そういや、コアなオタクって男女問わずどこかメタ的にものを見ている(気がする)。その理由はたくさん作品を見て知っているからだと思う。
 集合を構成する要素の数が多いと、分類や比較ができて、なおかつ構造主義的に普遍的構造を見出したりするだろうし(岡田斗司夫さんに言わせれば最近のオタクはそこまでのレベルに達してないらしいが)。
 たくさん同じような萌えアニメ見てたら、それらに内在する共通項の存在に気付くはず。でハイコンテクストになっちゃうはず。で、似たようなオタクスラングを使って交流し出すはず。

 最後に思ったんだけど「感情移入」って行間没入型が得意な読解方法の様な気がする。つーか行間没入しないとできない。
 作品の中のキャラを生きたものとして捉えて、それが作者の作りものであるという事実を“あえて”無視しているわけだから。
 志村けんさんがコントでバカなことやってて、それを見たちびっ子があれは演技でバカなふりをしているんだよなんて言っちゃおしまいなのと一緒。

 だいじょうぶだあはメタ的に見なくてもだいじょぶだあ。
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