いまを生きる

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」

 君がここに存在し、命と個性がここに存在することで――力強い人生が成り立ち、君は詩が書けるのだ。・・・君たちはどんな詩を書く?

 マロさんお勧めの青春映画。原題は『Dead Poets Society』で、英語力0の私は死のポエム部とか訳して、なんでこんなホラー映画みたいなタイトルなんだろうって勝手に怖がってたんですが、ノラネコさん曰く「死せる詩人たちの会」が正しい訳だそうです。恥ずかしい・・・w

 先輩たちの顔をよく見てみろ。君たちとそう変わっちゃいない。野心に満ちた彼らは、人生に消極的になって時間を無駄にするようなことはなかった。それでも彼らは、もうすでにこの世にはなく、墓の下なのだ――

 どんな若者も最終的には老いて死からは逃れられない。だから限られた人生を精一杯生きようよと、厳しい全寮制学校で型破りな教育を試みた、英語教師ジョン・キーティング先生と、彼の教え「カルペ・ディエム(今を生きろ)」をモットーに、「死せる詩人の会」を結成した教え子たちの物語。
 いってみればアメリカ版の「3年B組金八先生」なんだけど、金八先生が常識的な範疇で普通にいい先生だとしたら、キーティング先生は教科書を破らせたり、教卓の上に生徒を立たせたり、国語版リトミックのようなものを試みたりと、授業内容はかなりラディカル。
 じゃあ『GTO』や『ごくせん』みたいな話なのかっていったら、そこは全然違うわけで、キーティング先生にはちゃんと教養(ここ大切)がある。自由な教育というのはただ生徒を自由にさせれば済むわけじゃない。もしそれで済むのならどんな人でも先生はできるはずだ。小学生だって幼稚園生だってOK。つーか先生なんていなくたっていい。

 んで、どうでもいい話なんだけど、「死せる詩人たちの会」を学生たちは学校の裏山かなんかにある洞窟で内緒でやるんだけど、ああいう秘密基地って懐かしいよね。
 うちの中学でも裏山に秘密基地を建造している、小学生の頃を忘れない素晴らしい子達がいるけど、私ももちろんやってた。
 今の私は立場上「いかんよ君たち」って注意しなきゃいけないんだけど、内心混ざりたかったもんね。つーか私といいバカはなんで山に入ってくんだろうね・・・30歳近い私が一人でそんなことやってたらもはや警察呼ばれちゃうもんなあ・・・

 なんの話ししてんだか。さて、作中の時代設定は1959年らしいんだけど、1950年代と言ったら第二次世界大戦の余韻がまだ大きく残っていて、厳しい全体主義の反省から、児童中心主義や自由教育が叫ばれた時代でもある。
 リトミックのダルクローズもそうだし、ハーバート・リード、箱庭療法のローウェンフェルドなども自然主義的な教育(子供の自然な成長を大人の論理で干渉し妨げるべきではない)を訴えた人たちだ。
 だからキーティング先生の教育方法を見たとき、すぐに「あ、そっちのスタンスの先生だ」って感じた。でもよりによって、いやあえてあの厳しい名門進学校ウェルトン学院でその手法を実践するとはこの先生は相当のたまだw

 しかもキーティング先生ってウェルトン学院の卒業生でもあるんだよね。厳しい校則の反動でああなってしまったんだろうか。
 そういえばイギリスの俳優ローワン・アトキンソンさんも、イギリスのパブリックスクール出で勉強はできるんだけど、厳しい規則に徹底的に反抗し先生をてこづらせたそうな。んで大人になってコメディアンやって聖職者や教員、軍隊を徹底的に皮肉ってんだから、もうw

 でもさ、教師が生徒に「自由であれ」って言うのってまあカッコイイセリフかもしれないけど、あんまマネしないほうがいいよね。
 それはつまりキーティング先生のようにクビをかける覚悟をして初めて言える言葉だよ。採用されてすぐだと、そういう金八先生やごくせんの真似したくなる気持ちもわからんでもないが、それで「お前らは自由に生きろ!」とか言っちゃって生徒をその気にさせて、そのあとほかの先生に注意されて、「やっぱお前ら規則通りにやれ」なんて変節したら、生徒の信頼大暴落だもんね。 
 実際、先生がクビになって終わる教師モノ初めて見たよw金八先生でも何度か危ない時あったけど、なんだかんだで無事に定年退職できたじゃんwキーティング先生すげえよな。フツーにクビだもん。
 つまりキーティングごっこはそれくらいのリスクがあるよってことだよね。

 芸術家になるように仕向けるのは危険だよ。彼らがレンブラントでもシェイクスピアでもモーツァルトでもないことに気がついた時、君が恨まれるよ。

 なんでこういうこと言うかっていうと、私は大学時代美術系のところにいたから、こういうラディカルな先生けっこういたんだよ。なかには「本物」の変人もいたんだけど、入ってきたばっかの若い先生でキーティングごっこやっちゃたのがいたんだ。そのリスクも知らずに。
 で、「芸術に答えなどないんだ。好きにしろ」って言うからさ、私もあ、じゃあ好きにしますって好き勝手にしたんだけど、そしたら怒り出しちゃってさw「なんだよ、だったらそんなかっこいいこと言うんじゃねーよ」って大嫌いになったもんね。 
 まあ私も大人気なく言葉通りにふるまったのが悪いんだけど、それはなんでかっていったら「あ、こいつ絶対自分に酔ってかっこいいセリフ言っちゃったな」っていうのが丸分かりだったから。つまりどうせ口だけだろ、と。それを確認したかったんだよね。・・・本当に嫌な奴だよね。私。

 この『いまを生きる』でも、庭を歩く授業でキーティング先生が「諸君自由に歩きたまえ」って言ったら、チョイ悪のチャーリーが「歩かない権利を行使してるんです」って私みたいな屁理屈を言ったんだけど、「そうかありがとう、立派な自己主張だな」といなしたもんねwそれくらいの度量というか機転が利かないと、こういう自由な教育はやらないほうがいいよ。
 自由は素晴らしいって言う人はたくさんいるけれど、それを簡単に言う人は自由すら真剣に考えたことがないんだろうな・・・そんなことをなんとなく思い出してモニョンとした気持ちになった映画でした。

 愚かな夢に枷を解かれた人々たちをも汝は幸せと呼びたもう
 されど人は夢の中でのみ 真に自由なり 昔も今もそして未来にもまた
 テニスンか?
 いやキーティング
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