政治学覚え書き⑥(基本的人権)

 政治経済の参考書で外交官になり、さらには女にモテたという憎き佐藤優に負けるな!ってことで、佐藤優が一日1時間なら、オレは倍の2時間やるぜプロジェクトが発動中。いつまで続くかは謎(佐藤さんとんだ逆恨み)。
 で、昨日はさっそく6時間以上やっちゃったんだけど、これは危険である。中学校の頃の友達(80日~のライトのモデル)が言ってた進研ゼミのディレンマに陥る可能性が・・・!進研ゼミのディレンマとは1日20分の学習で良い進研ゼミを調子に乗って初日に1時間やり、次の日「昨日三日分やったからいいや」となまけ、そのまま進研ゼミはホコリをかぶることになるという、恐ろしい展開のことを言う。
 さっそく脱線してるw今日の目標は基本的人権の歴史と、各国の政治体制ってことで、よろしく。

基本的人権獲得史

18世紀的人権:自由権「国家からの自由」
19世紀的人権:参政権「国家への自由」
20世紀的人権:社会権「国家による自由」


マグナカルタ(1215)
中世イギリスで認められた、国王の恣意的な支配を制限し、封建領主の特権を確認した憲章(マグナカルタの意味は大憲章)。
マグナカルタといえば『ロビンフッド』で最後に出てきたやつだ。リチャード1世獅子心王の跡を継いだ弟、ジョン欠地王があまりにどうしょうもなくて、有力な諸侯たちがコイツどうにかしたほうがいいぞって提出したわけ。
内容は、国王の勝手な課税は禁止(代表の同意が必要)、また、法と裁判によらずに身体は拘束できない(法の支配)など。
一回は認められたものの、その後すぐに国王の権力は神と教会以外は止められねえぜ~!と前文以外は廃棄された。
だがすっご~~いあとにイギリス憲法の土台になる。

権利の請願(1628)
マグナカルタが歴史の表舞台に再び立ったのが17世紀初頭。王権神授説を唱える、時の国王ジェームズ1世のやりたい放題に対して、法律家エドワード=クックがマグナカルタと、「国王といえども神と法のもとにある」という中世の裁判官ブラクトンの名ゼリフを引用し、その有効性を再認識させた。
マグナカルタ同様、議会の課税承認権と、コモン=ロー(慣習法のこと⇔成文法)に基づいた人身の自由が訴えられ、議会はクックが起草した権利の請願をチャールズ1世(ジェームズ1世の息子で次の王様。パパよりもっとやりたい放題)に提出するが、チャールズは激怒、議会は11年も解散され、王党派と議会派の対立は深刻化。イギリスは内乱状態になり清教徒革命が起きることに。

権利章典(1689)
清教徒革命(1641~49)後の共和体制の失敗による王政復古で、政治の表舞台に復活した“陽気な国王”チャールズ2世は議会を無視して(つーか解散させてその後召集しなかった)カトリックの復活を企み出した。
これじゃ、清教徒革命を何のためにやったかわからん、と、その後の1688年に起こった名誉革命によって、専制君主でカトリックだったジェームズ2世は追放(その娘夫婦メアリーとオランダ提督ウィレムは共同統治者に)、イギリスは立憲君主制に移行することになる。
ちなみに名誉革命は無血革命だった。
その翌年に出された権利章典は、名誉革命の成果を確認したもので、権利請願で主張されている権利の他にも、王権の制限、請願権、議員の発言、評決の自由などが盛り込まれ、議会制民主主義確立の第一歩となった。

アメリカ独立宣言(1776)
イギリスの植民地支配から独立する正当性を訴えた宣言。
イギリスの市民革命の影響を受けたジェファーソンたちが起草、特にロックの影響(近代自然法)が強く「自然権(私有財産所有権有り)」「信託による政府の設立(社会契約)」「革命権」などが主張されている。
ちなみに7月4日に公表された独立宣言のもとになったのは、同年6月のバージニア権利章典(制定後、バージニア憲法)。これを踏まえてFルーズベルト大統領は第二の権利章典をやりたかったわけなんだね。

フランス人権宣言(1789)
このアメリカの独立を支援したのはフランスで、だから自由の女神(自由権は18世紀的人権と言われる)がフランスから送られてるんだけど、アメリカ独立はフランスの市民革命に波及し、フランス人権宣言は18世紀末までの人権思想の集大成として発表された。
アメリカ独立戦争にも参加し「両大陸の英雄」と呼ばれたラファイエットが起草したこの宣言は、フランスの啓蒙思想、とりわけルソーの影響が強く、人権思想の規範として世界各国に影響を与えた。
フランス革命のごたごたはこちら。

チャーティスト運動(1837~47)
1338年に起草された人民憲章ピープルズチャーターにちなむ。
市民革命によって市民には自由・平等・博愛が保障されるようになったが、割を食ったのが労働者。ブルジョアジーいわく、財産も教養もない労働者はデマにそそのかされ、危険極まりないと参政権を排除されていたのだ(制限選挙)。
しかし、それじゃ不平等じゃないと当然なってくるわけで、イギリスで起きたチャーティスト運動は普通選挙を求める最初の労働者運動となった。
ちなみに男子普通選挙を最も早くやったのはフランスで1848年。
女性の参政権は1920年前後に徐々に普及。

ワイマール憲法(1919)
ご存知20世紀的人権と言われる社会権を最初に制定した憲法。社会民主党のエーベルト大統領が制定。
資本主義によって貧富の格差が拡大、それを是正するために国家が生存権や休息権、教育を受ける権利、労働権、団結権などを保障した。
ドイツの社会権は元をたどるとドイツ帝国のビスマルク体制に行き付く。そしてビスマルクは「労働者にはアメとムチ」というモットーで、社会福祉を拡充、貧富の格差に不満を持つ労働者階級(プロレタリアート)の社会主義化を防いだってわけ(ムチは社会主義者鎮圧法)。歴史は皮肉ですな。

ワグナー法(1935)
別名全国労働関係法。労働者の団結権、団体交渉権を認める法律で、ニューディール政策の一環として制定された。
しかし、第二次大戦後の1947年には東西対立(赤狩りなど)が始まり、労働者の権利を制限するタフト=ハートレー法が制定されてしまう。
ちなみに日本の労働三権(労働基本権)は団結権、団体交渉権、団体行動権。
労働三法は、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法。

基本的人権の性格

①固有性
人間が生まれながらに持っていて、いらないからって他の誰かに譲ることはできない。
自然権の思想に基づいて実定法で定められる。

②永久不可侵性
国家から与えられたものではないので、当然国家権力によって剥奪されることはない。

③普遍性
全ての人間に平等に共有される。

ルーズベルトの4つの自由
第二次大戦中のファシズム国家が人権を踏みにじっていたのに胸を痛めたルーズベルト大統領が、1941年の年頭教書演説(一般教書演説)で提唱した、世界平和の4つの原則。
①言論と表現の自由
②信教の自由
③欠乏からの自由
④恐怖からの自由
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