日本思想の歴史、江戸時代まで。
古代
記紀神話
『古事記』『日本書紀』に伝えられる日本の神話。
日本の国土や神々はイザナギとイザナミという夫婦の神によって生み出された。
イザナミは火の神を出産する際に命を落とし、悲しんだ夫のイザナギはイザナミに会いに死後の世界に向かうが、醜い妻の姿を見て地上に逃げ帰り穢れを落とす禊を行った。
この時誕生したのが天照大神と弟のスサノオ。アマテラスは神々の世界(高天原)のリーダー的存在だが、アマテラス自身も他の神様を祀る存在なので、キリスト教やイスラム教のような唯一絶対的な神は日本神話の世界には存在しない。
アマテラスの弟のスサノオは乱暴者で水田をメチャクチャにした挙句、はた織の神様を成り行きで殺してしまった。これを天つ罪といい、国つ罪(殺生、性的タブー、病気、災害)と共に秩序を破壊する行為とみなされた。
ちなみに初代天皇の神武天皇は、ニニギノミコト(天照大神の孫)のひ孫に当たる。日本の皇室は遡ると神話につながってしまうくらい古いのだ。
清明心(→正直→誠)
古代日本が理想とした自然のように清らかで明るい心。
他人に対して嘘をつかず、わがままな心が一切ない。
この心は中世になると正直、近世には誠と呼ばれる。
飛鳥時代
聖徳太子
最初に仏教思想を理解した思想家。
仏教・儒教の精神に基づいて一七条の憲法を制定した。
第二条では仏・法・僧への三宝への帰依が説かれている。
第十条では欲望にとらわれて迷う凡夫の自覚が説かれている。
上下ともに親和的関係を築いた上で話し合いを続ければ自然と道理が通るといして、和を尊重した。「和をもって尊しとなす」
聖徳太子は世間は虚しい仮の世界で、仏だけが真実だという言葉を残して亡くなった。
これはそれまでの日本の死生観を根底から覆すものだった。
奈良仏教
鑑真
5回にわたる渡航失敗で失明をしてしまった唐の僧侶。
6回目でなんとか来日し、戒律や経典をもたらした。
戒:自分で自分に誓う
律:集団の規則
これにより日本は授戒(戒を誓う儀式)の重要性が認識された。
奈良時代になると仏教は国家の安全を守る鎮護国家の役割を担うようになり、支配者層のあいだで急速に広まった。
平安仏教
最澄(天台宗)
それまでの仏教に疑問を抱き比叡山にこもって修行。桓武天皇に認められ遣唐使として唐で天台宗と密教と禅を学んだ。
帰国後は比叡山に延暦寺を建て天台宗の教えを広めた。以後比叡山は仏教を学ぶエリートの登竜門的存在になった。
最澄は全ての人が仏になる素質があると修行の重要性を説いた。
本山は滋賀県の比叡山延暦寺。
空海(真言密教)
空海は最澄とともに遣唐使として唐に留学、インドで発達した大乗仏教である密教を学ぶ。
本尊は万物を照らす太陽に由来する大日如来。
真言とは仏の真実の言葉である呪文。
空海は、現世で大日如来と一体化できると主張し(即身成仏)、これは煩悩にまみれた人間は死後でないと仏になれない考えと対極的なものだった。
すべての仏や神が大日如来の分身であるという世界を図式したものがマンダラである。
本山は和歌山県の高野山金剛峯寺。
鎌倉新仏教
貴族など一部の階級のためのものだった仏教が庶民にも広まった。
難しい教学の学習や、厳しい戒律を守ることは庶民には難しいので、誰でも実践できる簡単な教えが特徴。
法然(浄土宗)
中国浄土宗を大成した善導に影響。無許可で浄土宗を開いた。
ほかの一切の修行を捨てて、念仏に専念せよという専修念仏を説いた。
「南無阿弥陀仏」と念仏に専念すれば、仏の力によって救われるとした、法然の浄土宗は他力(仏の力)の中の自力(念仏)の行いである。
この他力救済の教えは当時の仏教界では大変革新的なものだった。
親鸞(浄土真宗)
法然を生涯の師とリスペクト、法然が念仏停止の迫害を受けたときには抗議し、僧籍を剥奪、流刑された。
流刑の地では、結婚し子どもを設け、日常生活を営みながら仏教を信仰(在家仏教)、僧侶は生涯独身という常識を覆した。
自分の弱さを自覚し仏にすがろうとする悪人こそが阿弥陀仏の救いの対象だという悪人正機説を主張した親鸞は、すべての人間は悪人だと考え、一切の自力を排除し仏にすべてを委ねるべきだと考えた(絶対他力=他力の中の他力。
浄土真宗は室町時代に蓮如によって急速に民衆に伝わった。
一遍(時宗)
全国をまわり踊念仏を広めた(遊行上人)。
一遍は死ぬ前に煩悩があっては極楽に往生できないので、常に一瞬一瞬を臨終の時と心得るように説いた。ちなみに踊念仏は今の盆踊りだったりする。
栄西(禅宗:臨済宗)
自分が生まれる前の自分について考えることで真理に接近。下級武士を中心に広まる。
茶道や絵画、建築、書道などの日本文化に影響を与える。
悟りは手段。
道元(禅宗:曹洞宗)
この世に生きているうちに悟りを開け。日常生活すべてが座禅の修行に通じる。
悟り自体が目的。一切の自我への執着を捨てた状態を身心脱落という。
本山は福井県の永平寺。
日蓮(法華宗)
法華教こそが唯一の正しい教えだと主張。真言宗を始め他宗派を徹底的に批判(折伏)。
法華宗以外を排除しないと災いや外国からの侵略を受けると予言した。
この過激な主張から、幕府は日蓮と法華教を迫害、弾圧するが、その後元寇が起こり予言は的中、支持者は急速に増えることになった。
江戸時代
藤原惺窩&林羅山(朱子学)
藤原惺窩は、初代将軍徳川家康に文官を依頼された朱子学者で、自他共に偽らず上下の差別を超えて和睦する重要性を説いた。彼は元は禅宗の僧侶だったが、世間の対人関係を重視しない仏教に疑問を持って儒学に転向している。
藤原惺窩は家康の依頼を断り、代わりに弟子の林羅山を推薦した。林羅山は家康から家綱までの4代の将軍に仕え朱子学の基礎を固めた。
林羅山は天が上にあり地が下にあるように人間の身分にも上下の区別があるという上下定分の理を中心思想とし、江戸の身分制度を正当化した。
朱子学は松平定信の寛政の改革(寛政異学の禁)によって正学とされ、圧倒的影響力を持つようになった。
その他の朱子学者
山崎闇斎:敬内義外(心の内につつしみ、正しさを自己と他者に)、垂加神道(神道+儒教)
木下順庵:徳川綱吉の家庭教師。新井白石ら多くの朱子学者の師匠。
新井白石:徳川家宣の家庭教師。歴史研究書『読史与論』『西洋紀聞』など深い西洋理解。
雨森芳洲:対馬藩で朝鮮外交担当。外交は誠実と信頼。文化相対主義。
貝原益軒:本草学(薬学)実証主義的態度。
中江藤樹(陽明学)
日本の陽明学のパイオニア。滋賀県出身であることから近江聖人と呼ばれる。
人を愛し敬うこと(孝)を教えの中心とし、それを親子関係だけでなくすべての対人関係の原理にした。
孝の実践(知行合一)は人間に先天的に備わっている善の心に従い(良知)、その時の状況に応じてなされるべきだとした。
山鹿素行(古学)
感情や欲望を抑え、慎みを保つことを説く朱子学に対して、感情や欲望を否定するのは間違いであると批判。抑えても内から沸き上がるものが誠であると考え、『論語』『孟子』『大学』『中庸』の4書を直接研究する古学を提唱した。
また武士は指導者としての倫理的自覚を持ち、日常の生活に忙しい農・工・商の人々に道徳を教えるのが役割であると考えた。
伊藤仁斎(古義学)
直接『論語』『孟子』を読み解き、儒教そもそもの意味(古義)を明らかにしようとした。
仁斎もまた、朱子学の慎みを独善的な態度であると批判し、寛容な心の重要性を説いた。
仁とは自己と他者が互いの誤りを許し合い愛によって一つになる事だと考え、その根本が誠の心だとした。
荻生徂徠(古文辞学)
江戸中期の儒学者で、古代中国語を研究。
中国古代の先王が定めた、儀式、音楽、刑罰、政治(礼楽刑政)こそが世の中を平和にする安天下の道であるとし、経世済民を説く(経世論)。これが経済という言葉の由来になった。
また人間のあり方を決めるのは社会のあり方だという考えから、内面的なものと考えられていた道徳(道)を具体的社会制度に捉え直した。
賀茂真淵(古道)
日本に儒教や仏教が伝来する前の純粋な日本人の精神を明らかにしようとした。
奈良時代末の『万葉集』に勇壮で高貴な古代日本人の心を見て、「高く直き心」、「ますらをぶり」と表現。
これが平安時代になると女々しい、「たをやめぶり」になってしまったと指摘する。
そして日本人の精神が、女々しくなってしまった原因は儒教や仏教(からくにぶり)の理屈ばった考えのせいだとした。
人間は純粋に心のままに振る舞うべきだという賀茂真淵の考え方は、老子や荘子(道家思想)に似ている。
本居宣長(国学)
『古事記』から、古代日本人の自然な感情(真心)を見出し、これこそが中国の影響を受ける前の日本人の精神であるとした。
真心とは「良くも悪くも生まれつきたるままの心」「もののあわれを知る心」である。
また賀茂真淵が否定した「たをやめぶり」を真心の表れであると評価している。
儒教や仏教がなかった古代日本は神の御心のままに自然に統治されていたと考えた(惟神の道かんながらのみち)。
平田篤胤(復古神道)
ひらたあつたね。
仏教や儒教の影響を受ける前の神道(復古神道)を体系化。神の子孫である天皇への絶対服従を説く。いわゆる「神の国」思想。
国粋主義的傾向のある復古神道は、幕末の尊王攘夷運動や以後の大日本帝国に大きな影響を与え、カルト的色彩を帯びるようになった。
著書は『霊能真柱』(たまのみはしら)で、亡くなった人間は大国主命(おおくにぬしのみこと)が主催する幽冥界に赴き、生前の行いを元に賞罰を受けた後、幽冥界から地上界を見守り続けることができると論じた。死後の世界は生前の世界とつながっているので、仏教のような偽りの救済に走ってはいけない。
石田梅岩(石門心学)
商人の営利活動を「侍の録に同じ」と肯定、身分とは上下の区別ではなく対等な分業だと考えた。石田梅岩は独学で仏教・儒教・神道を学び、それを融合した町人道徳、心学を創始し、正直・倹約・知足安分(自分の身分や職業に満足すること)が説かれた
安藤昌益(忘れられた思想家)
第二次世界大戦後カナダの外交官ハーバード・ノーマンによって取り上げられた人物で、江戸時代で身分制度や封建制度を批判した唯一の思想家である。
武士を不耕貪食の徒(タダ飯ぐらい)と批判し、身分の差別がなくすべての人々が農業に従事する万人直耕の自然世を説いた。
二宮尊徳(報徳思想)
小田原藩に使え農村復興に貢献した農政指導家。
幼くして両親を亡くし伯父に引き取られたが、伯父は読書家の尊徳が気に入らず、彼は山に薪を取りに行きながら本を読んで勉強した。
天道と人道によって成り立つ農業こそが人間の営みの根本だと考えた尊徳のおかげで、天保の大飢饉の際には、小田原藩だけ餓死者が出なかったという。
また自分が今ここに生きているのは、自然を始め、親や祖先、君主の徳のおかげであり、それに対して報いていくべきだと説いた。
幕末
吉田松陰(一君万民論)
長州藩士で松下村塾の先生。
日本国民すべてが天皇に忠義を尽くすべきだと主張。つまり天皇を敬うという意味で、将軍もみんな平等だということになり(大義名分論)、倒幕と明治維新に大きな影響を与える。
塾生には高杉晋作や伊藤博文などそうそうたるメンバーがいる。
ちなみに政治体制は天皇中心であり、日本の君主は天皇であるとする考え方を国体論という。
この考え方(国粋主義思想)は敗戦まで続いた。
佐久間象山(和魂洋才)
吉田松陰や勝海舟の先生で、まさに日本のレオナルド・ダビンチといった感じの天才だった。
西洋から国を守るためには西洋の技術が必要だと主張。
東洋には道徳、西洋には優れた科学技術(芸術)があるとして、儒教の精神を保ちつつ西洋の科学技術を積極的に取り入れ、日本の国力を充実させるべきだと考えた。
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