日本思想の歴史、残り。
明治時代
明六社
近代西洋の思想文化を紹介するために明治6年に結成された学術団体。
森有礼(初代文部大臣):明六社発起人で男女同権の一夫一婦制を主張。
西周(にしあまね):フィロソフィを哲学と翻訳。他にも「概念」「主観」「客観」など
中村正直:スマイルズ『西国立志編』(欧米人の成功談集)やミルの『自由の理』を翻訳。
加藤弘之:社会進化論。国家の利益を優先する黒鍵論。
西村茂樹:『日本道徳論』が忠君愛国の教育勅語が発布される要因になる。
福沢諭吉(天賦人権論)
明六社のメンバーで唯一民間人だった思想家。慶応大学創設者。
緒方洪庵の適塾で学ぶ。
自然権や自然法思想の影響から人権は天から与えられたとする天賦人権論を唱え、自由で平等な個人には、独立心(独立自尊の精神)と実学が必要だと説いた。
「一身独立して一国独立す」
儒学を「世の中を停滞させるもの」と批判。近代的な西洋諸国の仲間入りを果たすべきだとする脱亜論を主張した。
福地源一郎
幕末~明治のジャーナリスト、劇作家。
ソサエティの訳語「社会」という言葉を作った人。
自由民権運動
板垣退助の「民選議院設立の建白書」をきっかけに始まる。
明六社がミルやスペンサーなどのイギリスの思想に影響を受けたことに対して、自由民権思想はルソーなどフランスの思想に影響を受けている。
植木枝盛は私擬憲法案(私的な憲法の草案)で主権在民と抵抗権を取り入れた。
中江兆民(東洋のルソー)
ルソーの『社会契約説』を翻訳。欧米の民権は市民革命によって民衆自らが勝ち取った権利(恢復的民権)であるとし、これに対して日本の民権は政府により与えられた民権(恩賜的民権)であって民衆自らが勝ち取ったものではないと考えた。
また国会開設と憲法制定を主張。
内村鑑三(二つのJ)
アメリカの道徳的退廃に失望し、武士道精神の根付く日本でこそ真のキリスト教が実現すると考えたクリスチャン。エヴァンゲリズムによる無教会主義を取る。
キリストとジャパンという二つのJのために生涯を捧げ、日露戦争に反対し、非戦論を説いた。
新渡戸稲造(国連の良心、武士道)
旧5千円札。「太平洋の橋たらん」と日本と欧米の架け橋になる夢を持っていた。
国際連盟事務次長となり「国連の良心」と称えられ、日本の文化を広く海外に紹介した。代表作は世界的ベストセラーになった『武士道』。彼もクリスチャンだった。
森鴎外(諦念)
自らの立場を諦念(レジグナチオン)と呼び、不本意な批評をいちいち気にしないことにした。
夏目漱石(個人主義)
近代的自我の確立を求め、日本の近代化は外国の働きかけで起こった外発的開化であると指摘した。他人に迎合する他人本位や、他人を自分のために犠牲にするエゴイズムを批判。
強い主体性(自己本位)を重視する個人主義を主張した。
個人主義とは「他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する」立場である。
また小さなこだわりを捨て天に則る境地、則天去私を理想とした。
大正デモクラシー
吉野作造(民本主義)
民本主義はデモクラシーの訳語だが、民主主義と訳してしまうと、国民主権を意味することになり、天皇主権に反してしまうので、民本主義という新しい訳語を作った。
でも民主主義とほとんど一緒で、主権者は天皇であっても政策決定者は国民でなければならないと、普通選挙制と政党内閣の実現を主張した。
大阪朝日新聞が右翼の攻撃を受けた白虹事件では、暴力を持って思想の自由を抑圧しようとする右翼と対決、彼らを論破した。
美濃部達吉(天皇機関説)
ドイツの法学者イェリネックの国家法人説に影響を受け、君主は法人である国の機関であるという天皇機関説を主張し、大正デモクラシーの代表的理論となった。
日中戦争が勃発すると、彼の天皇機関説は国体(天皇を神とみなす政治体制)に反すると避難されて、著書は発禁処分になる。
平塚雷鳥(女性解放運動)
青鞜社を設立。女性だけの文芸雑誌を出版した。「元始女性は実に太陽であった」
大杉栄(アナーキズム)
政府や政党など全ての権力を否定。
河上肇(貧乏物語)
貧乏を20世紀の大病とし、マルクスの思想を広めた。
昭和
北一輝(超国家主義)
個人よりも国家、外国に対しては侵略主義という極端な国家主義思想のことで、これに影響を受けた青年将校が二・二六事件を起こしたため、事件の首謀者とみなされて処刑されてしまった。
柳田国男(日本民俗学)
日本の歴史でフューチャーされるのは貴族や武士といった特権階級、そしてそれを記録するのは知識人であるが、柳田国男は陰で歴史を支える名も無い多くの庶民(常民)に注目した。つまり知識人の書き残した文献ではなく、無名の庶民のあいだで受け継がれてきた生活の知恵や習慣・伝説、信仰などに日本文化の基層を求めたのである。
代表作に岩手県遠野地方の伝承をまとめた『遠野物語』がある。
折口信夫(まれびと)
民俗学者、国文学者、そして歌人。
日本の神の正体は村落の外部からやってくる客人(まれびと)だったのではないかと考えた。つまり折口信夫はまれびとを迎える側の解釈によってそれは神にでも祖霊にでもなると考えた。
柳田国男と交流があり、このまれびとの是非をめぐって論戦も交わされている。
柳宗悦(民芸運動)
民芸という言葉を作った人。民芸とは無名の職人が作った民衆のための日用品のこと。
この民芸品に柳宗悦は美を見出し、その芸術的価値を認めた。
また朝鮮の美術に深い理解を示し、日本の植民地政策を批判した。
南方熊楠(神社合祀反対)
粘菌(ムラサキホコリカビ)の研究で活躍した博物学者。神社の周りにある鎮守の森を生態系の宝庫であると考えて、神社を統廃合する神社合祀令に反対した。
西田幾多郎(純粋経験)
『善の研究』において純粋経験の立場を確立。東洋の伝統的思考を、主体と客体を区別して論じる西洋哲学(観念論VS唯物論)と対比させた。
自我の最も直接的な経験である純粋経験のレベルでは、知・情・意の作用は未分化で、自我と世界、主観・客観の対立は存在しない。この純粋経験は個人としての自我に先立って存在する。「個人あって経験があるのではなく、経験あって個人があるのである」
これはジェームズのプラグマティズムの応用である。例えばピアノを演奏しているとき音楽家は次の音のことをいちいち考えず、夢中で指を動かしている。これが純粋経験である。
和辻哲郎(人間の学としての倫理学、風土論)
人間は孤立した存在でもなければ、社会や全体にうもれた機械の部品のような存在でもないとし(個人的であると同時に社会的)、人間とは本来、人と人との間柄において生きる存在なのだと考えた。
ヨーロッパ旅行の経験に基づいて『風土』を執筆。風土の類型を三つに分類した。
①モンスーン型 受容的・忍従的態度、汎神論的宗教(アニミズム)
②砂漠型 自然に対する対抗的・戦闘的態度、一神教(強力な人格神)
③牧場型 合理的態度(自然を支配する)
日本はさらに突発的な台風と大雪に出会うことから、激情と淡白な諦めが入り混じった国民感情が形成されているという。しめやかな激情・戦闘的な恬淡(てんたん=物事に執着せず諦めがいい)。
このように和辻倫理学は西洋近代の個人主義と、伝統的な日本の心情的共同体の関係を考察した。
現代日本思想
小林秀雄
日本の近代的批評を確立した文芸評論家。『様々なる意匠』でデビュー。
ドストエフスキー、モーツァルトなどヨーロッパの研究を経て最終的に日本の文化、とりわけ本居宣長に到達する。
母国語とその文化はそこで生まれた人間を運命的に規定していて、アイデンティティと切っても切り離せないものだと主張。しかし、その文化の伝統は普段は隠されていて、自己を知ろうと努力する人にのみ明らかになるとした。
丸山眞男
まるやままさお。マックス・ヴェーバーの影響を受けた政治学者。
明治時代の政体を民権と国権のバランスがちょうどいいとして評価。福沢諭吉を敬愛。
日本文化を、異なる思想や文化が雑居している状態と捉え、多様な思想が内面レベルにまで交わる雑種という新しい個性を理想とした。それには様々な思想と対峙する近代的主体性が必要であると説く。
また戦前の天皇の権威が軍国主義と結びついた政体を無責任の体系であると批判。
この近代意識の背景には近世の儒教思想が影響を与えていたと分析している。
戦後の日本ではGHQの指導の下に民主主義が確立したとされているが、丸山眞男によれば近代的思惟の芽はすでに明治維新以前の封建思想の内部に見られると言う。
法制度が自然にできたものではなく、先王の作為の所産によるものであるという儒学者荻生徂徠の考え方は、国家を人工的なものとみなすホッブスなどの社会契約説に通じるものがあるという。
しかし日本社会には作為の論理が根付きにくく、度々自然の論理へ引き戻される傾向があると丸山は指摘した。これこそが日本の民主政治の確立を阻害する要因なのだと言う。
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