猿の惑星: 新世紀

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆」

 エイプは全てにおいて人間に勝ると思っていた。だが我々も人間と同じだ。

 前作はマイクル・クライトンの『NEXT』か!?と勘違いしてしまうほどの医学スリラーだったけど、今回はお猿軍団の進化(=擬人化)が進んだことで、類人猿の恐怖というよりは、お馴染みの猿の惑星シリーズのテイストに戻って安心して見れる・・・というか冒頭の猿インフルと医者猿がマスクしているシーンで爆笑w「あ、これ、つの丸先生往年の名作モンモンモンの世界を実写映画化してんだ」と。原崎山おさる軍団VS人間じゃねーかってw
 ジャンプの編集者が言ってたけれど、『モンモンモン』のおさるってほとんど人間と一緒だからねwそうなると人間とコミュニケーションもできるし、和解の可能性もあるから、前作にあったような、種族の絶望的断絶の恐怖はあまり感じない。
 だいたい、これくらいの断絶は人間同士でも今なおあるし、なにより『セデック・バレ』の台湾人の方がよっぽど分かり合えなさそうで怖い!

 そもそもこのシリーズって、類人猿を自然科学的に描いた作品というよりは、大戦中に日本軍の捕虜収容所に捕まっちゃった人の悲惨な思い出話を聞いた作者さんが、野蛮で残酷な日本人のイメージをおさるにして描いた、なかなか人種差別的な問題を含む社会派SFで、そうなってくると当時の白人の人が黄色人種に対してどういう感情を持っていたか興味深い。
 多分、スーサイドアタックとかを空母に繰り出してくる日本軍に対して、絶望的な分かり合えなさや恐怖を感じていたに違いない。あの自爆攻撃はなんか薬か何かをやらせて正常な判断能力を奪わせた上でやってたんじゃないか?とか考えていたらしいし。
 もちろん今は世界大戦なんかはやってないけれど、イスラム国家っていう、なにやら金回りの良さそうな過激派テロ組織がネットの力でにわかにできちゃっておっかないし、そういった恐ろしい対立勢力とどうやって和解の道を探すかが今後の国際社会にとって重要になってくるに違いない。

 だいたい、この映画もうまく描いていたけれど、人間VSエイプなんていう単純な対立構造ならまだ「全面戦争だ~!」とかも(善し悪しは別として)選択肢として有効な気もするけれど、現代の世界はもっと複雑で多極化しているからなかなか難しい。
 なにしろ、イスラム国家って国籍問わずいろんな人が同調しているらしいから、欧米VS中東みたいに戦えばいいってもんじゃないもんね。
 この前の『キャプテン・アメリカ』じゃないけれど、自軍の内部にも敵が混ざっているかもしれない。そんなモザイク状の乱戦状態で相手陣営を殲滅するような作戦なんて現実問題として可能なのか?って言う。
 今までは国民国家っていうのがあって、その枠組みで戦争をしていたわけで、まあ冷戦だってイデオロギーの戦いなんだろうけれど、国民国家の連合軍同士(東西陣営)の戦いと考えれば、その延長線上なわけで。
 でもイスラム国家ってなんなんだっていう。911を起こしたアルカイダですらテロのフランチャイズ経営とか言われていたけど、フェイスブックで離合集散を繰り返すような「集団」(もはや組織と言えるのか?)をどう相手にすればいいんだっていう。
 
 溝口敦さんによれば、日本でも今は暴力団みたいな組織犯罪って減少してて、今厄介なのはそういうキッチリとしたヒエラルキーができた大きな組織じゃなくて、組織化されていない「半グレ集団」らしい。
 この人たちは言ってみれば一般人と暴力団の中間的なポジションで、暴対法の適用外になり、もうやりたい放題らしい。犯罪をするときだけ集まり、終わったら一般人の中に紛れてしまうという巧妙なやり方で、今後この戦法をイスラム国家が世界各国でとったら恐ろしいことになる。
 思想や信条は心の中の問題で外見に表れないから、空港で止めるわけにもいかない。そうなると、やっぱり『フェアゲーム』みたいにスパイの人が地道に、こいつはイスラム国家の構成員だとかデータベースを作っていくしかないのだろう。
 不思議なのはスノーデンさんとかが言ってたように、アメリカって世界中のネットを覗くことができるんだから、ネットを駆使しているテロ組織は逆に情報を把握しやすいんじゃないかって思うのだけど、どうなんだろう?それともシールドみたいにすでにCIAもNSAもハイルヒドラに乗っ取られているのだろうか??

 あれれ?なんか全然『猿の惑星』の話ししてないぞ・・・(^_^;)まあ、だからいいサルばかりじゃないけど悪いサルばかりでもないってことだよ。
 しかしアメリカってこういう人種問題みたいなテーマを真摯に作るよなあ。『エックスメン』なんかもそうだしね。
 結局自分が理解できないものを排斥しようとする気持ちってどんな人間にも等しくある心の基盤だから、こういう映画をコンスタントに作り続けないといけないのかもなあ。
 本当すっごい小さなことでも私たちはああでもない、こうするべきだとか演説しているもんね。多分それはそれでメタ的に見れば、実は重要な機能なんじゃないかって気もするけどね。対立があって初めて物事は進んでいく感じもするからなあ。
 バベルの塔では人の言葉をばらばらにしたけど、案外現実は逆で、みんなが同じ考えをしていて分かり合える状態よりは、なかなか分かり合えず葛藤していたほうが社会を動かすエネルギーが生まれるのかもな。『デザーテッドアイランド』の完全な平和を得た存在も、緩やかに滅んじゃったしな。

 まあ、んなこと言っても、私たちはメタな存在じゃないから、何かしらの対立には巻き込まれちゃうんだけどね(そこがオタク気質の奴の限界であり、悲しい現実である)。重要なのは、その時どういう判断を主体的に行うかだよね。
 與那覇潤さんは強い勢力に出会ったら、そいつらを徹底的におだてて、持ち上げて、で、その後で、彼らの建前や理想を持ち出して「素晴らしいあなたがたなら、当然自分たちが打ち立てた理想も守ってくれますよね?」みたいな懐柔をするべきとか言ってたけど、私はその勢力の言い分を全面肯定した時点で奴隷への道な気がするけどな。一度下手に出た上で、そんな皮肉めいたことを言ったら絶対殺されると思うけれど。
 イスラム国家だって、そもそもイスラム教ってほかの民族や価値観に寛容な宗教だからね。でもそんなこと、あんな怖い人たちに言っても射殺されちゃうリスクの方が大きくないか?
 まあひとつの駆け引きとしては時と場合によっては有効かもしれないけれど。

 でも本当に必要なのはリアルで価値観の異なる勢力にそういう交渉を試みることができる勇気だと思うんだ。人間側のマルコムは、なによりそういった勇気があったからシーザーに認められたんじゃなかろうか。ロジック云々じゃなくてね。
 シーザーは古代ローマの人だけど、古代ギリシャには4元徳っていうのがあって、勇気は向こう見ずと臆病の中庸であるから尊いとか言ってるんだよね。
 自分は、もう、セデックバレの時代の台湾にすら行く勇気がないからね。なによりセデック族もエイプも、勇気のない腰抜けには最大の軽蔑を贈りそうなコミュニティなのが怖いよ。
 
 エイプは強い枝に群がる。
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