30代最初の一年の終わり

 レベルが31になりました。

 昨年のバースデーにおいて、長いモラトリアムから決別し(※けっこう遅い)、もうちょい地に足着いたことを考えたり、いろいろチャレンジしようと宣言してたんだけど、この一年なにがあったかなあ。
 とりあえず20代の頃よりはやっぱりイライラはしなくなった。が、不思議なことに焦りみたいなのは出てきた。
 おそらくこれから肉体的な老化が始まっていって、ベストなコンディションでいろんなことをやれる時間は限られているぞって、薄々感じているからだと思う。だから、いろいろやれるうちにいろいろやっとかないと絶対にダメだな、もったいないなって。

 それに去年は、うちの屈強なおじいちゃんが亡くなっちゃって、なんだかんだで30まで誰一人家族の死を経験してなかった自分にとっては、かなり思うところがあった。
 老化の究極系が「死」だもんな。やっぱり、どんな人も、自分も含めて最期は死んじゃうんだって実感したと同時に、なんだろ今まで観念的に不安だったり怖がってた死も、割と普通に社会に組み込まれているんだなあ、人間って最後まで社会的存在なんだなあって思った。
 仕事終わって毎日看病に行ったり、看護婦さん、葬儀屋さん、納棺師さん、お坊さんとか、死に関わる職業の人たちの仕事を自分の目で見れたのは、すごいいい経験になった。
 なんか亡くなったあともああやって丁寧に人として扱ってもらえるなら、そこまで死ぬのも怖くないかもなって思ったけど、最後棺ごと焼かれちゃったのはやっぱり衝撃映像だったな。
 まあ仕方がないんだけどね。いずれ自分もああやって火葬されんのかって想像したら超怖いけど、その時には死んでるもんね。ジャンヌ・ダルクみたいに生きたまま焼かれたら地獄だよ。
 で、科学的には物質としてのおじいちゃんは消滅しちゃったんだけど、火葬当日はちょっと凹んだとは言え、そこまで悲しくもないんだよな。
 なんか、本当に死んじゃったんだ、と思えなくて。よくドラマのセリフで「心の中に生きている」みたいなセリフあってさ、「嘘つけよ、生きてねえよ」みたいに思ってたんだけど、あれって本当にあるんだって。もともとおじいちゃんって馬主会の会長とかやってて色んな知り合いがいてさ(ブレーメンの議員とか)、生きている時もあまり実家にいなかったっていうのもあって、そのうちまたフラリと帰ってきそうなんだよねw
 ちょっと遠いところに出かけちゃったんだなって感じで。人間の心って不思議だよなあ。親しい人の死にはそうやって都合よく折り合いをつけちゃうんだっていう。
 これから歳をとっていくと、どんどんこういった「お別れ」の方が多くなっていくのもちょっと切ないけどね。しょうがない。自然の摂理だ。
 でも、ほんのちょっとの病理的原因で、人体の健康ってガタタって秩序がなくなっちゃうんだね。めっちゃ連動してんだ、複雑系なんだって思った。生きていること自体がミラクルなんだな。
 
 だから、そのミラクルが続いているうちに、ちょっとでも「やろうかな」「やりたいな」って思ったことはどんどんやったほうがいい。
 おじいちゃんには最期「死ぬまで漫画描けよ」って言われて、もちろん描くだろうけど、漫画以外にもいろいろ楽しいことあるしね。
 例えば、去年から始めた通信教育で中学社会と政治経済の教員免許を取るとか。あれは、運転免許みたいにわりとスムーズに取得できんだろって思ったら、世の中そう簡単じゃなくて、いや、ほとんどの単位は半年くらいで取得はできたんだけど、某単位のレポートが謎の合否判定で一年以上も苦戦しているというね。
 これは想定外だったよ。で、期間が延びちゃったついでに、高校の地歴の単位も取っているというね。オレは何回課金すんだっていうね。まさか30超えて未だに勉強しているとは思わなんだよ。でもいいの。割と楽しいから。
 というのも、大学生の頃は講義とかきつかったんだけど(ゼミやディスカッションは好きだった)、通信教育って送られてくる本を自分のペースで読んで、その感想をレポートに書いて、大学に送って、合格したら試験受けて、単位もらえるとか、そういう感じだから、マイペースな私にはすっごい合ってるんだ。
 実際、本読んで感想書くのは、このブログでも前から趣味でやってることだしね。出席さえしてれば割と簡単に単位をもらえる(泣き落とせる)通学と違って、実は通信教育のが自分で管理して勉強しなきゃいけない分、結構大変で(仕事しながらでは特に)ちゃんと最後まで単位取っているのは全体の6割くらいって説明会で聞いたけど、私は某単位がなんとかなれば、とりあえず中学社会と高校政経倫理、高校地歴の三つはゲットできそう。

 おのれ某単位。
 
 ほいで、これからどうするかだよな。なんか修士課程をやっぱりやってみようかなっていうのもあるんだけど、中学高校の理科の教員免許もいっそのこと欲しくて(そもそも当初は理科を取る予定だったのだが、時期的にすぐに履修できなかったので、「カツ丼終わったの?じゃ、いいや生姜焼きで!」みたいなノリで社会にしてしまった)、ちょっと迷い中。
 お金が無尽蔵にあれば、どっちもやっちまえってできるんだけどね。実際社会の野郎が、他の教科の2倍弱単位が必要で、予想外の出費をしちゃったからな。
 それに昨日も思ったんだけど、大学の先生もなんか大変らしいもんね。アルファベット書けない大学生とかいるらしいし。そんなのにどうやって論文書かせるんだっていう、高等教育には高等教育の苦悩がありそうでさ。
 だから、小保方さんを叩いている人には、学生時代大変立派な論文を書いて卒業なさったのですねって皮肉も言いたいくらいだぜ。
 普通の学校の教員と違って、研究者と教育者を兼ねているのが大学の先生の厳しいところだよ。理系の教授なんかは予算も取ってこなきゃならないし。
 そう言う意味で、おそらく修士や博士課程よりは、まずは理科の教員免許かなって思っている。博士課程への道は、今度こしさんにいろいろ教えてもらおう。私は理系じゃないけど。ではまた来年。
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