ドーキンスとグールドを和解させよう

 『進化の存在証明』第6章つながりで。ここからは私の勝手な余談ですが、脊椎動物などの億年スケールに及ぶ「大進化」は確かに実験はできません。化石でしか分からないので、新たな発見の度に定説は常に更新、訂正されます。

 よってその大進化のメカニズムの捉え方には、同じ古生物学者でも異なる場合がありました。ここで言いたいのは、知人でもありライバルでもあったドーキンスとグールドの大進化に対する異なる捉え方です。
 大進化は小進化の積み重ねで起きる(=大進化と小進化のメカニズムは全く同じ)というドーキンスに対し、グールドは大進化のメカニズムは小進化とはちょっと違うんじゃないかという「断続平衡説」を主張。
 断続平衡説とは、グールドがカンブリア紀の生物について書いた『ワンダフルライフ』に詳しいですが、進化には突然一気に爆発的に進化する時期と、全く進化しない停滞期があってそれを交互に繰り返すというモデルです。
 つまり生物は少しずつ漸進的に多様化していくのではなく、いくときゃ一気に急進的に行くというのがグールドの説です。

 グールドの説は「ミッシングリンクの中間生物」の存在を仮定しなくても進化を説明できる点が強みでしたが(一気に変化するから)、その根拠となっていた「中間生物が化石で見つからない=存在しない?」という前提がティクターリクや恐竜によって崩されつつあるので、その点では断続平衡説はやばいのかな?と思います。
 実は現在では「断続平衡説を裏付ける強力な根拠であったカンブリア紀の爆発的進化も、小進化の積み重ねでゆっくり起きていただけなのではないか?」と(ドーキンス寄り=ダーウィン寄りの立場である)フォーティは仮説を提唱しています(これについては本ブログ当該記事「1年40000種絶滅は真実ではない」で)。
 
 しかし「そもそもこのドーキンスとグールドの二つの進化モデルは対立するものなの?」という疑問が私にはどうしてもあります。これってどっちも正しいのではないか、と思うわけです。
 「フラクタル」という数学の図形があります。小さな三角形を集めて大きな三角形を作っている「シェルピンスキーのガスケット」等が有名で、つまりこれは相似(同じ形)の図形がいっぱい集まって、さらに大きな相似の図形を形成している図形のことです。

 レンスキーの実験のようなバクテリアの小進化の地道な漸進的(とはいえバクテリアだから普通の動物よりはるかに速いですが・・・ここでは「漸進的」と言うより、絶え間ないという意味の「コンスタント」を用いるのが良いでしょう。)な変化も、クローズアップすれば小さな階段になっていて、その階段をさらにクローズアップすれば、急進と停滞の繰り返しに見えるんじゃないか?

 逆に大進化において急進と停滞の繰り返しに見える事例もあります。例えば恐竜が絶滅したことで空席となったニッチ(生態学的地位。簡単に言えば芸人のポジションのようなもの)をこれまで虐げられていた哺乳類が一気に埋めた「日和見進化」などがそうで(これはドーキンスも納得してくれるんじゃないかと思いますが)、その断続平衡的な大進化の現象のメカニズムの本質は、ドーキンスの言う漸進的小進化の積み重ねなのではないか、と。

 つまり生物の進化には環境が大きく影響を与えているので、漸進的に小進化の(『賭博黙示録カイジ』風に言うならば)「ノック」を続けていても、それが報われる時と報われない時がある。それが大進化の断続平衡を生んでいるのではないかと私は思うわけです。
 まあ、こんな話、もしかしたら『進化の存在証明』の後半でも出てくるかもしれませんが・・・
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