サマーウォーズ

 「面白い度☆☆」「好き度☆」

 ダメだ・・・私の悪い頭では処理しきれないぞ・・・

 『サマーウォーズ』は「21世紀版 電光超人グリッドマン」とも言えるSFアニメ映画!やっと時代が「グリッドマン」に追い付いたのかな?
 そういう意味では今こそ再び見たい特撮モノであります。ぜひ再放送して!

 こんな事言っても「グリッドマン」を知らない人にはなんのこっちゃって話ですが、昔円谷プロが「電子版ウルトラマン」みたいなのを手掛けたんです。
 ウルトラマンは敵が巨大な野生動物や異星人でしたが、それに対してグリッドマンの怪獣はなんとコンピュータウィルス。そう、インターネットがここまで普及していない時代に、近未来の電子化を予測して生まれたヒーロー、それがアンチウィルスソフトウェアのグリッドマンなのです。♪エ~ビピョンピョン(そんなOPテーマだった)
 ただグリッドマンの怪獣は、冷蔵庫や掃除機と言った家庭の電化製品を暴走させていましたが、結局現在ネットワーク制御されている電化製品はゾウジルシのポット位で、今見ると荒唐無稽なんですけど・・・それでも時代を先取りしていた点はすごい。
 ・・・というか、先取りしすぎて時代が追い付かなかった。怪獣とかウルトラ怪獣と路線が違うデザインでとてもかっこよかったのに・・・
 いかんいかん。グリッドマンの話で終わっちゃうのでここらで切り上げます。

 この映画、そもそもテレビCMでは内容がさっぱり分からなかった。解らなかったゆえに魅力を感じなかった。日本アニメ特有のインスピレーション先行型アニメかな?と。しかしそれは違いました。『サマ―ウォーズ』のプロットはかなり緻密に計算されていて、完成度はかなり高い。
 とはいえこの映画はかなり複雑です。少なくとも私の頭はだんだん疲れてきてしまいました。個々のエピソードは質が高く面白いのですが、とにかく登場人物の数といい情報が多すぎるのです。
 だから今回の記事も文章量が多くなりそうです。かつてこれを映画館で見て「面白かったぜ」と言う友人に「どんな話なの?」って聞いたら「うまく説明はできねえ」と返された思い出があるのですが、激しく納得。

 電子化された個人情報を一元化されたヴァーチャルスペース「OZ(ただこれがサーバーコンピューターの名前なのか、ネットワークシステムの名前なのか、それともソフトウェアなのかは不明。忘れちゃった)」で管理、保守、共有するというアイディアは高校の図書館で読んだ『インターネットはからっぽの洞窟』を彷彿とさせ、SFの題材としては上質で、示唆にあふれています。
 だからそれだけに最初から最後までSFとして物語を落としてほしかった。『ダ・ヴィンチ・コード』ではテーマが「神への信仰」だったので、ラストシーンもイコノロジーの専門家が「私が井戸におちた時・・・私は神など信じてなかったけど、やはり祈ったよ」というセリフで映画を総括していました。
 しかし『サマーウォーズ』ではラストシーンが青春恋愛映画のようなキスシーンでほほえましく終わるので、そう考えるとSFとして作ってはいないのかもしれません。
 でもネットワークを題材にした作品であることは確かだし・・・ううう・・・

 そこで私はこの複雑な映画の構造を分解。すると大きく4つほどのパーツに分かれることが解りました。
①一夏の青春恋愛モノ・・・若者向け
②ネットワーク上で敵と戦うバトルアクションもの・・・ちびっ子向け
③情報技術を題材にしたSF・・・マニア向け
④家族をテーマにした群像劇・・・ファミリー向け

 この4つを1つの映画に上手くはめ込んでいるのはすごい。すごいがやはり何をメインで話を追っていいかが分からないんです。
 つまり某球団のように、優秀な打者をたくさん集めてきてもチームが勝てないのと同じように、優れた物語ばかりでもそれを詰め込み過ぎると雑多な印象を受けてしまう。
 その対策に一役買っているのが「甲子園の高校野球」のパート。これは『アイスエイジ』シリーズで言うならば、リスの「スクラット」のようなもので、シーンの接着剤、および現在までの展開のまとめを担っていて、観客がスムーズに物語を追えるように工夫されています。
 たとえば陣内家のネットワークにおける「合戦」がピンチになると、甲子園で戦うピッチャーもピンチに追い込まれ、現状がリンクされているのです。正直この甲子園のパートは目立たないけど、この映画の組み立てにかなり貢献していたと思います。

 さて『サマーウォーズ』の4つのパーツは、どれも単体で見ても面白くできています。というか単体でも十分なほど巧い。だから一度に襲ってくると辛いw。

 まず①。数学しか取り柄のない、根はやさしいが気弱な今時の草食系ヒーロー「健二」くんが、憧れの夏希先輩(女性)の恋人のフリを先輩当人から依頼されるという、かなりベタなラブコメパート。
 私はこの手のラブコメは「嘘っぽい」と引いてしまうのですが、ヒロインの夏希先輩がジブリアニメのような爽やかな性格の普通の女性で、秋葉原の伝統芸「萌え属性」など微塵もなかったのは好印象。キャラクターデザインも平凡で印象希薄なのが良かった(手足が細すぎるとは思うが・・・)。

 夏希先輩だけではなく、この映画の登場人物はみんな夏のように爽やかな人たちばかりで『ルパン三世 カリオストロの城』風に言えば「なんて気持ちのいい奴らなんだ・・・」
 このキャラクターの性格やセリフを考えた人は相当巧いと思います。OZネットワークの危機によってコンピューター制御された日常生活がノイズのように徐々に狂っていく過程に対しての男性キャラと女性キャラのリアクションの温度差は見事で、とてもリアル。
 そうそう、母になった女性は本当に逞しく、空から人工衛星が降り注ごうとも常に目の前の生活に目が行っているもの(ほんまかい)。
 それに比べて男はアバターだかアカウントだか知らないけど「世界の危機だとか」よく分からないテレビゲームに夢中・・・これだから男ってのは頼りにならないわ、と(これはほんと)。

 次に②。OZの仮想空間内でのアバター同士のバトルアクション。これ、普通に格闘ゲームやってましたけど、なにかのメタファーなのでしょうか?負けるとアカウント取られて「なり済まし犯罪」されちゃうし。
 ここらへんはおそらくハッカーがシステムのプロテクトをキーボード叩いて破るより、格闘シーンにしたほうがヴィジュアル的にも解りやすいという判断なのかもしれませんが、ちょっと力技w。
 いきなり「バトルモードに移行した!?」と唐突に始まるコンピューター内での殴り合いは強引でイメージが追い付かず(なにやってるの???)興ざめしてしまいました・・・
 やはりちびっ子を飽きさせないための工夫でしょうね。ここがこの映画がグリッドマンっぽいゆえん。

 そして③。ここが結構残念。①②④に食われちゃった気がします。SFの物語の落とし方は何パターンかあって、マイクル・クライトンのように「そのテクノロジーは危険だから手を出さない方がいい」というテクノロジー批判タイプと、「テクノロジーじゃなくて危険なのはそれを用いる人間。扱い方を気をつけよう」という使用法改善タイプ。そして「そのようなリスクも進歩には必要だ」というひたすら突き進んでいくファイヤアーベントタイプ。
 この映画はどれだったんだろう・・・?結論がいまいち不明確だった。おそらくこの映画は「テクノロジー批判タイプ」ではない。
 私がこの映画で最も大好きなシーンが、御歳90歳の先輩の祖母の栄お婆ちゃんが全くコンピューターに頼らず、膨大なコネクションを生かし、年賀状や暑中見舞いの手紙、手帳、黒電話を駆使して事態を収拾させるため関係者を励ますところ。
 正直このシーンを映画のクライマックスに持ってきてほしかったくらいで、このシーンでカタルシスを完了してしまった私は、その後の展開がどうも乗れなかったんです。
 つまりもはや電子化された時代において、ああいう戦い方が出来るのは栄お婆ちゃんだけ。知識を求め暴走する「自律型ウィキペディア」のようなプログラム「ラブマシーン」を止めるのは結局電気屋のスーパーコンピューターと、漁師の自家発電機と、自衛隊松本駐屯地のアンテナと言ったテクノロジー。テクノロジーを倒すには結局テクノロジーしかなかった。となると「使用法改善タイプ」か?

 ここがぼけたのは間違いなく「ラブマシーン」の説明不足。ただあれを開発した訳ありの親族はなかなか癖のあるキャラクターで強い印象を残していました。
 欲を言えば「ラブマシーン」は情報(=個人アカウント)を収集するため、格闘ゲームで世界中のゲーマー(ハッカーのメタファーか?)を倒していきます。これは情報収集と言うプログラムにのっとった極めて合理的な行動。
 しかしラストに夏希先輩との花札勝負で負けた「ラブちゃん」は苦し紛れに、あのクソアマのいる民家に鉄の衛星をお見舞いしてやると、人工衛星の落下コースを陣内家に修正します。これってさらっと流されたけど、実はSFとしてけっこう重要なシーンだったんじゃないでしょうか?
 どう考えてもこの振る舞いは合理的ではなく、ゲームに負けた負けず嫌い野郎のやけくその八つ当たり。なんとラブマシーンは今までのAIには無かったであろう高度な自我が芽生えているのです!
 そもそもプロのチェスプレーヤーが、コンピュータに負ける時代。ラブマシーンなら花札くらい人間に確実に勝てそうなものなのに・・・ちょっと深読みすると花札のフィールド、奥にブラキオサウルスやアロサウルスなどの恐竜のシルエットがいませんでした?
 つまりあの時代花札は恐竜と同じく「滅んだ遊び」で、そのルールはもはや陣内家しか知らなかったとか・・・ないな(世界中の人が「こいこい」言ってたし。あんたら解るんかいw)。

 あとアメリカの国防省を悪の黒幕にするのはどうなんだ・・・?結局インターネットってアメリカ軍が作ったわけで、クライトンのようにテクノロジー批判という結論にしないならば、まさに天に唾なような気が。

 ただ面白かったのは④。仮にテクノロジーを使おうとも、そこにあるのは爽やかで温かい人間たちの交流。「技術が発展した今こそ、人と人とのつながりが・・・」と栄お婆ちゃんは激励しましたが、それはどうやら杞憂だったよう。どんなに科学技術が発展しようとも人間はやっぱり38億年かけて漸進的に進化してきた動物。変わらないんです。ここが映画のテーマだったのかな?
 神戸で地震が起きた時、またニューヨークでテロが起きた時、「大阪万博」「東京オリンピック」の温かい昭和は遠くなりにけり・・・情報化社会で生きる現代人だって力を合わせて命がけで仲間を救いました。
 つまり今回のOZの一件はネットワーク時代に訪れた「天災」のようなもの。資本主義がときにサブプライムショックをもたらし、産業革命が酸性雨を降らせたのとおなじ、テクノロジーにつきもののよくあるクライシス。
 技術と上手く付き合う方法を模索するのは、機械ではなく、人間の頭脳。そういった意味で最後の最後に主人公が暗算でパスワードを解いて、強大な「ラブマシーン」を倒したのは意味があったと思います。
 
 ・・・ほら。すごい文章量。やっぱりこの映画の筋を一言で説明するのは不可能。いくら個々の要素がうまくても詰め込み過ぎると私のような観客はついていけなくなってしまう・・・というのを痛感しました。お話作りは奥が深いです。

 結論:長い。お婆ちゃんのシーンで終わってよかった。
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