なんかとっても懐かしい本・・・
中学生の私は理科の二分野が好きで、よく近くの県立図書館に自転車で通っては、生物学の本を読みあさっていました。
もの知らずな中学生の頭脳ですから誤読もあったでしょうが、新しい知識を吸収するのが非常に楽しく、友達とその感動を共有したくなった私は、面白い本を友達に紹介しようとしたものの「難しそう」と見事に拒否られましたw。
そこで私は「それは活字=小難しいというただのイメージだよ」と活字の本を要約し、キャンパスノートに絵入りで遺伝子や進化論、宇宙論、動物行動学、地球環境の本を制作。
活字本はともかく、当時はジャンプ黄金時代だったので漫画には親しんでいる友達は、絵が入っていると楽しんで読んでくれました。
今では進化論のノートしか残っていませんが(遺伝子は大学の友だちが勝手に理学の教授に渡しちゃったらしい。恥ずかしすぎる!)特に進化論をめぐるヴィクトリア朝時代のごたごたを漫画で描いたのは好評で、これが今の漫画描きの原点でした。
そんな中学時代に仕入れた生物学の知識・・・DNA、PCR法、ノックアウトマウス・・・そして「いたいた!」って感じの通好みの数々の生物学者(高校の生物でも出てくる肺炎双球菌のエイブリー、『ジュラシックパーク』でも引用されているシャルガフ、PCR法の父で破天荒なマリス)・・・この『生物と無生物のあいだ』にはそんな中学時代の思い出が溢れています。
これは例えるならば、かつてモーニング娘。にハマっていたファンが、往年の名曲「ラブマシーン」を聴くようなもの。新しい発見はないものの胸はときめきます。
著者の福岡伸一さんの文章は、私はプリオンを取り上げた雑誌の記事しか読んだことがなく、それを読んだ時には、「カッチリとした理論的な文章を書く誠実そうなイメージ」を氏には抱きましたが、この本では要所要所に挟まれるエピソードが何とも文学的で、小説のようです。
またDNAの構造の発見における研究者たちの仁義無き戦い・・・華やかな歴史的発見の裏のダークサイドも取り上げていてゴシップ好きにはたまらない作り。
野口英世さんのイメージも本書の通りでしょう。野口英世は生まれた時代が惜しかった。あの時代は病理学の歴史においては、技術的ブレイクスルー、新たなエポックメイキングの直前で、光学顕微鏡で見える病原体はほとんど発見されつくしていました。
残っていたのは光学顕微鏡ではどう考えても見えないウィルス性の疾患・・・
またDNAの構造発見の陰の主役、ロザリンド・フランクリン氏は恥ずかしながら初めて知りました(もしくは忘れていました。ごめんなさい!)。確かに彼女の功績はあまり表だって本で紹介される事はなく、不当な扱いかもしれません。
しかし福岡さんはこの人をかなり持ちあげますw(少なくともそう読める)。本書は科学本でありながら、卓越したアナロジーにあふれた文学調の本でもあるので、こいつはちょっと危険だぞw。
文学が好きな読者はその想像力で時には「文章に書いていないことも読んで」しまいますから。
それに「フランクリンは気難しく、ヒステリックで根暗。自分のデーターの重要性にすら気付かない視野の狭い女性」というワトソンの評価も、生物学の話ではない。科学と分けて考えるべき話です。
本当にそういう人だったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。こんなこと言われても当事者じゃない限り何ともコメントしづらいですよ、福岡さん(苦笑)。
この本は65万部売れたそうですが、これを読んだ一般の人はワトソンやクリック、ウィルキンズにあまり良いイメージを持たないでしょう。「この盗作野郎!女性の敵!」とも思うでしょう。まあワトソンに関しては当時若造だったので筆が滑ったことは事実でしょうね。
ただ、こういうことは科学の世界ではよくあることだと思います。科学者にとって研究論文は芸術家の作品と同じ。
しかし科学の研究成果も、芸術作品も考えた作家のものであると同時に、社会のものでもある。いわゆる「パブリック・ドメイン」です。この共有化こそ、人類の歴史で繰り返し新たな発見を生んできた。
「パクリ交雑論」を展開する私としては、福岡さんの先取権に固執する情熱は分かるものの(科学者にとって“自分の結果”を残さなければ食っていけないから)やはり温度差を感じてしまいます。
科学における対照区の重要性や先入観の危険性を冒頭でこれでもかと冷静に訴える福岡さん・・・しかしこの本を読み終えて感じたのは意外に情熱的な人だと言うこと。やっぱり本書には取り上げてないけれど、いろいろ嫌なやつがいるんだろうなあ・・・やだなあ。
フランクリンは確かに不当な扱いを受けたかもしれません。
しかし学者には様々なタイプがあります。フランクリンのようにコツコツと誠実にデーターを集めるのが巧い人。ワトソンとクリックのようにデータを分析し普遍的法則を思いつくのが巧い人。そして「利己的な遺伝子」「ミーム」などキャッチーなコピーを考えたドーキンスのように、世間に解り易く発表するのが巧い人。
ここで問題が発生します。フランクリンのデータを使って普遍性を思いつき理論を考えたワトソンとクリックの理論をドーキンスが解りやすくまとめて発表したらどうなるのか?
この研究は一体誰のものなのか・・・
またフランクリンはX線回折のスペシャリスト(X線回折は作業が超難しくて、素人には決してできなかった。PCRやオートクレーブの操作を家電のごとく簡単に出来るのとは大違い)ですが、彼女が使ったX線装置は先人の偉大な研究の遺産であることも付け加えた方がいいでしょう。
ここにあるのは知の相続制。文明が始まった時から続くミームの連鎖です。
私は本書で展開される「オレの研究だ!」「いやオレだ!」の個人主義的なやりとり、そしてそれが分子生物学の歴史に偉大な名を残す研究者(いわば中学生の頃の私のヒーロー)の間でもしっかり行われていたことに、夢を叩き壊されましたw。
この原因は一体何なのでしょう?私はやはり資本主義だと思います。科学の研究にはとにかく莫大なお金がかかる上、結果が出て実を結ぶのは時間がかかる、かなり危険な投資(結ばないかもしれないし)。
ノーベル賞を受賞した「スーパーカミオカンデ(ニュートリノを観測する大きな地下プール)」で有名な小柴さんは、一説にはこの研究予算を集めるのがとてもうまかった人らしく、「博物学」と言う分野が消えてから久しい、細分化かつ複雑化された近代の科学は、資本主義に常に翻弄されてきました。
ナチスのユダヤ人虐殺につながった優生学を、アレクシ・カレルやコンラート・ローレンツなど当時の優秀な科学者が結局間接的に支持した理由も、やはり研究費。
このひも(=パトロン)付き科学者の状況を批判したのが『ジュラシックパーク』で、利益追求型のベンチャー企業「インジェン」が、金になる研究(だけ)をどしどし研究者にやらせ、恐竜に人が虐殺されるという恐ろしい結果を招きました。
現在は優生学(=1883年~今?)やジュラシックパークの時代(=1989年)とは違い、ネットワーク技術によって「知は共有される」方向に向かっています。
そこで大切なのはオリジナルへの敬意。「私はDNAの構造を考えるのにフランクリンさんのデータが多いに役立ちました。ありがとうございます」と感謝の気持ちを述べればいいんじゃないか。
というかお金と言う概念を取っ払った時に残るのは、結局それ(人として相手を尊敬する気持ち)しかないのでは?「フランクリン?誰それ?オレが全部考えた」という嘘つきは許さんw。
お金によって研究者がお互いの研究を感情的に批判し合い(批判自体は科学においてとても有益)、足を引っ張り合うのは人類にとって大きなマイナス。私はこの本を読んでそんな事を考えてしまいました。
あと最後にこれだけは言わせて!この本に興味をもたれた方ぜひ一冊だけでなく、佐倉統さんの『進化論の挑戦』を併せて読むことをお勧めします!
なぜかというと、この本は「マクロな生物学」の視点がないので(特に144ページ「しかし私は、現存する生物の特性、特に形態の特徴のすべてに進化論的原理、つまり自然淘汰の結果、ランダムな変異が選抜されたと考えることは、生命の多様性をあまりに単純化する思考であり、大いなる危惧を感じる」は真面目に研究している分子進化学者が怒るぞw)、佐倉さんの本でマクロ、福岡さんの本でミクロの生物学を楽しめば、面白さは二倍三倍間違いなし!
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