科学雑誌『Newton』でもお馴染み?の進化生物学者、三中信宏氏の新書。
要約すると「人は個々の多様な事例を整理、体系化する際には、“樹”のようなイメージを持つと理解がしやすいよ」ってことだと思う・・・
それは生物進化、生物の分類についても系統学、分岐分類学があるし、実験や検証が困難な歴史や人文科学においても、系統樹思考を使えば「科学的」にそれらを扱うことができる。
そしてその考えは「セフィロトの樹」(なんとブックカバーの裏側に描いてあるのだ!)のように宗教でも使われていて、つまり系統樹思考は科学の分野におさまらず、人間が複雑かつ多様な個別事例(トークン)を解り易くまとめる際に、昔からお世話になってた考え方だと。私たちは樹が好きだったんだと。
この思考のパターンは「樹」ってしちゃうとちょっと神秘的だけど、つまりさまざまな個別事例の枝々が、さらにもう一段階カテゴリーが上位であるちょっと太い枝から出ていて、その枝はさらに太い枝から出て・・・そんなマトリョーシカの連続を解釈するならば、それは「フラクタル」ってことなんだと思います。
これは確かにぱっと見「樹」なんだけど、これは樹がすごいんじゃなくて、我々が目にする樹がフラクタルなどの複雑系、数学的規則に則って生成されているから、樹もあのような形になっているわけで、樹を作る普遍的な法則(複雑系)がいかにすごいかってこと。
うん。系統樹思考ばんざい!
・・・で、この本の後半にも、系統樹思考よりもさらにランクが高く、複雑なものを複雑なままとらえる「包括ネットワーク」っていう思考パターンが登場するのですが、これはドゥルーズ=ガタリ的に言うならば「リゾーム(地下茎型)」。
個々の事例が複雑な網の目のようなネットワークを結んじゃってしまい、なにとなにが関係しているのかごちゃごちゃしちゃって、処理しにくい。というか私たちには処理できません。
もっといえばNP問題ってのがあって、コンピューターにも無理なんです。ネットワークをそのまま理解させて、その中で最善の手段をしらみつぶしに導き出すのは・・・
結局この問題の対応策としてコンピューターにやらせているのが「枝の剪定」・・・なんと系統樹思考。
私は『超音速ソニックブレイド』で、ちょっとここら辺の話を扱ったことがあって、コンピューターに「巡回セールスマン問題」と言った超難問を解かせる時、しらみつぶしじゃなくて取るべき攻略法をコンピューターに限定させるために、系統樹思考のようなものをやらせているという話は知っていました。
ただこの「系統樹思考」と言う言葉は初耳。三中さんのオリジナルな言葉なのか・・・それともプロの研究者が知っている専門用語なのかは、ちょっとわからないですが、これって福岡伸一さんの「動的平衡」級、いやそれ以上に使い勝手がいい言葉。流行語大賞決定!
しかしこの本、決して内容は難しくはないんだけど、福岡伸一さんや佐倉統さんの本に比べてなんか読みにくい。とっつきづらいというか・・・
「タイプとトークン」「アブダクション(=現時点における最善の説明の選択のこと)」・・・と初耳なプログラミング用語のオンパレード。もう少し解り易くは書けなかったのかな?トークンなんて「個々の事例」とか「最小単位」とかでいいじゃん。ダメ?
でも数学が得意な理系の人には、全然ついていける内容なんでしょうね。単純な数理モデルが結構出てくるから。私は数理モデルがダメなんで・・・ひいこら解釈し「な~んだ、そういうことかあ」の連続でかなり疲れました。
ただ、この本は私の嫌いなポストモダンの思想をばっさり切り捨てる良本であります。それはどういうことかというと、相対主義を扱いながらも「どんな意見もそれはそれでいいじゃん」と価値の相対化に短絡的に走らずに、相対的に優先順位を決めよう。それがもっとも科学的な態度だよ、とか言うんです。この概念で行けば歴史だって進化論だって科学的に扱えるよ、と。
このテーゼが書いてあるだけで『構造と力』の100倍は為になる本だと思う。この意見は、当たり前っちゃ当たり前なんですが、80年代の思想家や知識人はなぜここにいかなかったのだろう?って思っちゃいます。いや、行きついていた人もいたかもしれませんが・・・
この「アブダクション」と言う方法を取ると、「相対的にこれよりはこの理論の方がまだまし・・・というように、その優先順位を決める基準はじゃあなによ?」って話に自ずとなっていくと思うのですが、これは「その理論はたくさんの人が信じているから正しい」という悪しき(?)民主主義的発想じゃなくて、ここで武器になるのが実験であり、テスト。
実験データーに照らし合わせて相互比較し、その理論の解像度(これは私の造語)を上げていく・・・
私は科学も思想の一つだ。という意見はあまり賛成していません。だって科学って事あるごとに私たちの先入観や幻想を見事に裏切ってくれるからw。そこが痛快。リンゴが万有引力で地面に落ちるのって思想じゃないですからね(「万有引力のせいだ」ってところが思想なのか?)。
そもそも科学的な行為は古代からやっていたわけで、昔の人だって空を動く星を観て「なんで動いてるんだろ?」と科学的に疑問を持ったはず。
でもその理由の解像度が今に比べてぼけていた。「あの星は神様が動かしている」とか「動く全てのものに命が宿っている」とか、ちょっと前では「空が地球中心に動いているから」とか・・・
今の科学者は、同じ星を動く現象を観ても「神様」を使わずに、さらに合理的に目の前の現象の理由を理論化、体系化できます。
現代の科学が絶対正しいとは言っていません。ただ「相対的に強いて言うなら今の理論の方が精度がいい」というだけです。この繰り返しが科学だと思います。
三中氏は「この世界には完全無欠の本質がある」というグールド等の「本質主義」を批判します(三中さんはデビット・ハルの学問系統学寄り)。
これは本質があるかどうかは知らないが、安易にそれに飛びつき絶対視してしまうと、科学的な相互比較の精神がまずいことになるから、三中氏はそう言っているのかもしれません。
この相互比較を繰り返すことで理論の解像度をあげて、「本質たるもの」に近づくことはできそうですが、それは反比例のグラフ(双曲線)がXY軸にすれすれまで近づいても絶対にくっつかないように不可能なことなのかもしれません。
でもそれってもはや、ほぼ本質・・・?
とにかく「科学とは何ぞや?」って興味のある人にはお勧めの本かも。あとは数学に強い人ですね。数学よりも文学が好きな人は、この人よりも福岡伸一さんの方がとっつきやすいのだろうなあ・・・(でも福岡さんの進化論の記述はアブダクション的に信じちゃダメ!)
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