『生態系生態学から保全生物学へ』という、京都大学の学者さん瀬戸口明久氏の論文を読んだのですが、なんか私が想像していたものと随分違うぞ、保全生態学(=保全生物学?)。
この論文、なんか私には誤読しそうな危険な文章なんですが(読解しにくい文章)、そんなリスクを冒しながらも大雑把に要約すると・・・
生態学は1960年代に環境問題によってスポットライトを浴びはじめた。これにより生態学と環境問題はセットで語られることが多くなった。
アリ大好きおじさんエドワード・ウィルソンによれば人間が自然を守ろうと思うのは進化によって獲得した本能(バイオフィリア仮説)らしいが、自然保護の起源はそれだけに限らない。自然保護は歴史的文脈からも語ることができる。
また生態学者たちの自然保護の戦略は彼らの自然観に大きく依拠している。
生態系生態学(解りづれ~言葉・・・汗)・・・1960年代から70年代前半にかけての生態学の主流であった考え方。
環境破壊がすぎると自然の恒常性を崩すことになる。自然環境を回復不可能にまで崩すことは最終的に人間にとっても破滅なので、安定状態にある生態系のバランスの維持こそ重要である・・・という立場。ぶっちゃけ私はこれが「保全生態学のテーゼ」だと思ってた。違うのか!
生態系生態学は生態系を一つの有機体のようなものと考える(確かに恒常性を保っているように見えるしね)。
しかし1960年代以降複雑系や熱力学の研究によって、生態系は有機的に考えるよりも機械的に考える見方が主流になった。
ここでいう「有機的」とは「生物的」と考えるとわけが分からなくなる(私だ)。というのも生物は機械論的にも解釈できるから。
よってここで言う「有機的な生態系」とは生態系を擬人化し、生態系が何か目的を持って恒常性を維持している・・・と言うような見方なのだろうな。
で、ここら辺は論文の文章が少ないので判断しにくいが、おそらく「熱力学の第二法則(エントロピーの法則)」では、秩序だったシステムはどんどんだらしなくなって熱平衡状態になってしまう過程を踏むから、機械論的なシステムである生態系もどんどん無秩序化していってしまう。
ならば安定した生態系を維持するために、無秩序に向かう機械である生態系をメンテナンスするエンジニアこそがオレたち生態学者だい!となったらしい。
そしてIBPについて。ここは引用します。
1960年代末になると,化学物質による生態系の汚染問題が社会問題となり,生態系生態学は再び大きく成長することになる。汚染問題が生態学にとって初めてのビッグプロジェクトである国際生物学事業計画(IBP,International Biological Program)を生んだのである。IBPは1957-58年の国際地球観測年の成功に刺激されて提唱されたもので,「生産性と人類の福祉のための生物学的基盤」をテーマに世界各地で実行された。アメリカにおけるIBPは,1968年から74年まで行われた。当初の計画では,遺伝学,生理学,進化生態学の研究も含まれていた。しかし当時の汚染問題が後押しとなることによって,IBPのほとんどを生態系生態学が占めることになったのである。
これがIBPの歴史。この頃の生態系生態学は、いわば公害問題(あと原爆実験)に対する世界的な注目によって国から多額の資金を得てバリバリ研究したわけなんですけど、話は意外な方向へ・・・次、面白いですよ。
IBPは1974年に終わったが,その評価はさまざまである。というのもあまりにも包括的なコンピュータモデルの構築を目指したため,計画の一部は途中で困難に直面し,規模を縮小せざるを得なくなったのである。生態学者のR. P. McIntoshは後にIBPを次のように評している。
1967年になり,大規模な環境問題のためには天然および人工の生態系の機能をよりよく理解しなければならないという認識が急速に広まった。その結果,生態学的な分野では十分な対応が出来ないまま応急的なプログラムが生まれた。・・・生態系の種類や機能についての知識は不足しており,生態系のふるまいの予測も不可能であった。それは環境問題が政治問題となり始めていた時期に,行政や立法機関に従事していた人々が持っていた大きな期待と対照的であった。
ここはとっても大切なポイントだと思う。つまり人間達の生態系についての知識は想像以上に不足しており、生態系の振る舞いすら良く分からなかったって言うんですから。
つまり生態系に対する己の無知を知ったプロジェクト・・・それがIBPだったみたいな。
で、IBPが終わった1974年頃から、公害問題の次に今度は「野生動物の絶滅」という新たな問題が発生したらしい。
保全生物学・・・80年代から問題になりだした生物多様性の危機的状況から生まれた考え方。
生物多様性(1980年代後半に確立)を守ろう!というのがモットー。この目標のすごいところは特定の種を守ろうということではなく、微生物から脊椎動物まで全ての種を保護の対象とする点。私は何度も言うけどこのテーゼはかなりラディカルだと思っている。メチャクチャだ。
また遺伝子の多様性を守ることは、その種の多様性を守ることにもつながるし、人類が使える生物的な資源(医薬品とかの材料)のバラエティが減ってしまうということだから防ぐべきとしている。
さらに保全生物学では、生物の生息地である「生態系の多様性」も維持しようとしている。つまり「生物多様性」とは大雑把に分けると小さい順に「遺伝子、種、生態系の多様性」となる。
これまでの生態学では生物が多様化した生態系は最終的に安定すると考えていた。だから逆に生物の種が減るということは、生態系の秩序が崩れ危機的状況に陥るとして研究をしてきた。
しかし複雑系のシミュレーション結果は正反対だった。
生態系とは複雑化すればするほど不安定になるというのだ。
・・・で、生物多様性の話はどうなったんだ??
生物多様性と生態系の安定性との関係については現在も議論され続けている。しかし保全生物学者たちは生物多様性が生態系の安定性につながらないとしても,生物多様性の保全は重要であると考えている。保全生物学,とりわけ初期の保全生物学にとって生態系の安定性は必ずしも第一義的な意味を持つものではなかった。保全生物学者たちにとって問題であったのは何よりも一つ一つの「種」を絶滅から守ることであったのだ。
く・・・苦しくね?
さて保全生物学は「進化的生態学観」と呼ばれる立場に近いらしい。生態系は常に一定不変ではなく、バシバシ変わっていくからだ。ここから保全生物学は進化生態学と≒で論じられているので注意。
生態系生態学と進化生態学は独立したものではないのに、なぜか異なる道を歩み始めた。生態系生態学は物質循環、エネルギー収支を主に扱い、進化生態学は個体群の進化を扱うといったように「棲み分け」してしまった。
生態系生態学は化学物質による汚染問題に取り組み,生態系のバランスを保つという保護戦略をとった。それに対し進化生態学は80年代以降の生物多様性問題に取り組み,一つ一つの種を絶滅から守るという保護戦略をとったのである。
で、進化生態学に傾倒した保全生物学は、最近「種」から「生態系」にシフトチェンジしているのだという。
はああ!?だ、だから「保全生態学」って言うのが今いるわけね。つまり保全生物学は総合的学問ってことなのかな?
だったらもう「総合生態学」とかに改名すればいいじゃん。なんで「保全」とかつけるかなあ。学問の分野なのに、なんかの運動みたくて嫌なんだよな。
・・・で、結局この学問は何が言いたいのだろう?
保全生物学者たちが守ろうとしているのは(平衡状態に達した生態系ではなく)生態系のプロセスである。彼らが防ごうとしているのは,常に変化し進化する生態系のプロセスが人為的な要因によって断ち切られることなのである。
※かっこと強調は引用者(=私)の仕業です。
・・・これ、本当に保全生態学のコンセンサスなの?生態系のプロセスが人為的な要因によって断ち切られちゃうの?本当に?そこまで生態系ってやわなの?
あなた方は進化的生態学と近しかったんだよね?「生態系のプロセス」という言葉の定義がどうもわからないよ。
大変参考になった瀬戸口明久さんの原文はこちら。http://homepage3.nifty.com/stg/histbiol65.html
保全生態学にコンセンサスはあるのか
2010-06-26 05:10:21 (14 years ago)
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