映画『告白』の何が面白かったか総括してみよう

 どんな人のブログの記事を見ても未だに理解できないのが映画『告白』の何が面白かったか。この映画を見た人たちがなにかしらの衝撃を受けたからこそ、この映画は話題作になっているのでしょうけど、それが一体なんなのか、いまいち見た人自身も分析しきれない。だから茫然自失として「よく分からないけどすごい映画だった」と記事をまとめてしまう。

 そこで私はいろいろな人の評価をふまえて、この映画が一体どんな映画だったかちょっと分析してみようと思います。なぜそんなことをするのかって?
 私はこの映画は、今まで見た映画の中で最も意味(=どこが面白いのか)が分からなかったからです。だからあおり文句の衝撃も全く感じなかったし、世間の評価が自分とここまで異なるというのは珍しくてびっくり。なんでこれがヒットしてるんだと。

 まずこの映画の前提部分から整理して外堀を埋めていきましょう。

①『告白』は社会派映画ではない 
 実際の教育現場が抱える問題を取り上げたドキュメンタリータッチの映画だと思って見に行った私はまさにここで沈没。ミスリードされちゃいました。
 あの教室はただのカリカチュアです。今の子どもはあんな凶悪なんだ・・・って思う人。あなたは騙されている。少年犯罪の統計がネットで見れるので調べてみるといいですよ。

②『告白』の登場人物は稚拙なシンボル
 この映画で描かれる人物、子ども、大人・・・すべてが作り話を成立させるための記号でしかない。どんな映画もキャラクターと言うのは「記号」なんだけど、普通の映画は、それを隠すためにいろいろ「映画のリアル」を肉付けしていく。
 でも『告白』はそれをしない。もし仮にしているとしたら、キャラが立ってない下手な漫画みたいなもので、本当に人間の描写が稚拙ということになる。これは、わざとそうしているんだと思う。
 じゃあなぜこの映画にリアリティを感じる人がいるかは最後の最後に後述します。 

③『告白』は緻密に組み立てられた機械的プロットの映画
 脚本の作り方はすごい理屈っぽい。これは相当頭のいい人じゃないと書けない脚本。理系を感じさせます。まるでパズルなんですよね。
 だから最初から最後までセリフを喋ってばっかりのこの映画には「文学性」はありません。そんなものを一切排除した殺伐としてシステマティックな映画です。
 
④『告白』はサスペンス映画でもない
 ポスターには「先生の娘を殺したのは誰?」とミスリードを誘うあざといコピーがうってありますが、犯人探しの映画ではない。これは復讐劇。

 ここまでが前提。つまりここまでをまとめると・・・『告白』とは登場人物や状況、世界観にリアリティがなく、カリカチュアライズ(抽象化)された機械的かつ知的な構成の復讐劇。
 それが面白いかどうかは置いておいて、とにかく『告白』の余計なものをとっぱらって背骨だけにしてみると、こんな感じになると思います。
 「リアリティがないからつまらないとは限らない」という指摘があるのですが、人によって何が「リアル」かは違うんで、それはどの映画にも当てはまる前提を話しているわけです。
 この議論では「『告白』だけが持つ面白さ」はいつまでたっても分析できない。

 前提を押さえたので、いよいよ『告白』のなにが面白かったかを考えていこうと思います。『告白』の面白さの秘密は大きく分けて二つあります。観客はこのどっちかに面白さを感じて高い評価を叩きだしていると思う。ひとつは「女の子向け面白さ(主観的な楽しさ)」、もう一つが「男の子向け面白さ(客観的な楽しさ)」です。


面白さその1:『告白』は古典的な少女漫画である。

 どういうことか。夏目房之介さん曰く・・・というか私も思っているんだけど、少女漫画って基本的に汚いものや不快なものを描かない。
 妹の持っている少女漫画で『彼氏彼女の事情?』という漫画があって、その巻末になんか水泳部の短編があるんですよ。ちょっと記録がうろ覚えなので申し訳ないですが、この漫画で成長してカッコよくなった主人公の幼馴染の男の子が水泳をするシーンがあって、この作者の先生すね毛は私には描けないって男の子の脚なのにツルツルにしちゃってるんです。
 ちなみに私は脇毛がほとんど生えてないのですが、これって男としてけっこうコンプレックスだし(すね毛はあるよ!)、なにより男のすね毛を書かないというのは絵としてリアリティを排除してます。
 少女漫画においてこういう例って挙げればきりがなくて、作者が興味があるもの・・・女の子やその子が身に付ける服や小物は本当に細かいところまで緻密に描くのに、その反面背景は雑だったり、『ちびまる子ちゃん』のようになかったりする。
 少女漫画家の先生って自分が美しいと思ったもの以外は原稿に描かないんですよ(例外はあるよ。岡田あーみん先生とか)。

 で、この『告白』という映画も、まあとにかく少女漫画で、この映画が「金八先生」と違うのは、この森口先生のクラス男子女子問わずみんなけっこう顔立ちが整っているんです。
 ほとんど登場しない脇役の生徒もかっこよかったり、可愛かったり・・・こんなクラスはときめきメモリアル以外にないですよ。
 中学生なら誰もがこのクラスに転校したいんじゃないですか?牛乳にHIVウィルス入れられても。

 そして少女漫画のもう一つの特徴。これは岡田斗司夫さんが指摘していて「なるほどなあ」と思ったのですが、少女漫画って絵の描写は美しいけど、心理描写は醜いものも全てリアルに描く、という点です。
 少女漫画に内面描写やられたら太刀打ちできないですからね。絵は「夢見てんじゃねえよ!」ってくらいメルヘンなのに、登場人物の心の中の描写はそれと正反対で、人間なら誰しも持っていながらも社会で生きる上では隠しておきたいネガティブな感情・・・ドロドロとした葛藤や嫉妬とかを躊躇なく描き切るんですよ。
 それこそ男の私には読んでて辟易としちゃうくらい。うわ~こええなあ・・・と。この少女漫画の傾向をメタ的に皮肉ったギャグ漫画が高校の頃描いた『走れシンデレラ』や現在手掛けている続編『イッツアドリームワールド』だったりするのですが、やはりドロヘドロは本家には敵いません(笑)。

 もうお分かりでしょう。娘の復讐を森下の心理描写はなんにも新しいものじゃない。あれは少女漫画が昔からやってきたことで、私はたびたび思うのですが『ジュラシック・パーク』以降CGでなんでも表現できることを知った映画は、漫画がやっていた視覚的表現を映像でやりはじめ「漫画化」したのです。
 そういった意味でこの映画は嘘くさい少女漫画!で、女の子、もしくはかつて少女漫画にはまっていた女性、さらにそういったものに理解あるフェミニンな男性にはこの映画はたまらないわけです。だってみんな漫画が好きだから!


面白さその2:『告白』は神の視点を体験する映画である。

 『告白』のもうひとつの面白さの秘密がこれ。で、こっちはどっちかというと男の子向けだと思う。
 『告白』の原作小説が何故ベストセラーになったかを探るため、原作を読んだdescf氏の考察を引用します。

日記という形式が楽しかった。おかあさんはおかあさんの見方で息子を見て判断してるじゃない。でこっちもそんな見方で息子を見るんだけど、今度は息子からの見方があって「こういうことだったんか~」ってなるのよね。まぁそれがおもしろかったと。

 descf氏が分析するに、原作小説は日記等の「告白」という図式を通して「ひとつの現象を、それにかかわった複数の人の視点になって疑似体験できる」という神様にならない限りまあ現実では絶対不可能なことができるわけです。
 これに近い分析は他のブロガーさんも述べられているのですが、この映画は人間同士のコミュニケーションにおける哲学的問題を取り扱っているのです。
 こう書くと堅苦しいのですが、つまり人間ってコミュニケーションの動物だけど、自分の伝えたいことって相手にどれだけ正しく伝わっているかなんてわからないよね、ってこと。

 IT技術が発達したことで、人と人とはこれまでよりもずっと濃密にコミュニケーションを取れるようになるはずが、実はその情報化社会が逆に私たちが他者と伝えあうという行為を希薄にしているのではないか?という漠然とした不安が、今の世の中には存在する。
 そんな情報化社会に上手くフィットしたのが『サマーウォーズ』で、情報化社会黎明期に制作され時代を先取りしすぎて大衆に理解されなかったのが『電光超人 グリッドマン』や『ジュラシック・パーク』のテーゼなんです。
 そして『告白』は情報化社会で情報の伝達に不安を持つ人々に一時だけ「神の視点」を提供してくれる。
 一つの事件を様々な人物の目線で描写することで、コミュニケーションの本質を考えさせてくれる。
 これまでも第三者の視点で物語を見せる映画はたくさんあった・・・というか三人称視点は映画の得意とする所なのですが、同じことを経験しているのにこれほどまでに人によって感じ方が違う・・・という本質主義の問題点を取り上げた点は、哲学や科学が好きな人はともかく、新しかったのかもしれない。

 真理とは何か?嘘とは何か?普遍的なものや本質とは存在するのか?彼らは「本当のことを告白している」ということすら意識的になれているのだろうか?人間の意識とはこのような危うい関係性でしかないのではないか?
 自分勝手に自分の世界に閉じこもり好き勝手な告白をする、いわば独我論のような大人になりきれていない登場人物たちの愚かな復讐や殺し合いを傍から見るという「神様の視点」に観客がなれることこそ、この映画でカタルシスを感じる一番大きな原因だったのかもしれません。
 現代人・・・馬鹿ですか?と。これが男の子向け。この「リアル」を描くために余計なリアリティ(文学性や登場人物の脱シンボル化)をプロットから排除したような気もする。

 まあ、自分は何度も言うようにこの映画は全く面白くなかったんです。でもだからこそ何が面白いのか興味がある。みなさんはどこが面白かったですか?
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