ラベルとペルソナの世界

 最近dario氏の「しょブログ」の更新率がやばい。私は今漫画を描いているので(9月になっちたよ!)、ちょっと記事の更新が滞っていて、他の人のブログを読んで楽しんでいますが、その「しょブログ」で面白いことが書いてあったので、今回はそれについて取り上げようと思います。

 例えば、猫という言葉は誰が使っても猫です。

 しかし、猫を思い浮かべたときにそれぞれ猫のイメージは違います。三毛猫でフサフサでかわいいイメージを持つひと(A)もいれば、魚をくわえて逃げる嫌な猫イメージを持つひと(B)もいます。
 そのとき「のら猫が玄関のところにいたんだ」というメールがきたら、Aはミルクをあげたりしたのかなーと話の続きを想像するでしょうが、、Bは家に入られたらたまったもんじゃないよね!と話の続きを想像します。

 言葉はひとつでも、その言葉をどういったニュアンスで使っているかは人それぞれ。言葉で説明するときはそれを踏まえてズレがある前提で、伝わり方を確認するなどの工夫が必要なのだと思います。
 受け取る側はむやみやたらに文章に勝手な意味(ラベル)をつけないようにしなきゃね!


 つまり言語のやり取りについて論じているのですが、具体例を見るようにこれは齟齬の問題ですね。
 言葉それ自体についてはかつてコラム「ゆとり世代批判批判」で論じたので割愛しますが、ネコの具体例はなかなか分かりやすい。
 人間は確かに僅かな情報でも自分の想像力でイメージをふくらませ解釈する傾向があります。この例では「ネコ」という情報だけで双方がそれぞれイメージを膨らませたため、解釈に相違が出たのでしょうが、おそらくそのあとBが「いや~家に入られたらたまったもんじゃないよね!」と言えばAは(あ、そういう意味で言ってたのか)と心の中で思い、イメージを修正、会話を合わせることができます。
 まあここでの会話は実際会って喋っているのではなく、メールなので、そのような「解釈のずれ」が気付かれずどんどん増幅されていってしまうよねってことなのでしょう。

 しかし「ラベルリング」には確かにネガティブな面もありますが、サルトル等をふまえるに、我々はラベル(=意味)の世界でしか生きれないような気もする。
 存在から意味が外れた時、我々は「実存それ自体」を認識できても理解はできないし、おそらくすぐに「意味」を張りつけてしまうと思う。これは人間のかなり強い欲求だと思う。

 また実はいい?ラベル貼りもある。「ピグマリオン効果」って言うのがあって、先生が生徒に期待して一生懸命教えると、生徒の方もその期待に応えようとして頑張ってしまうという現象なのですが、興味深いのはそれで本当に成績が上がったりするということ。
 相手に期待しすぎるのは時に、その人にとってのプレッシャーにしかならず、よくないでしょうが、人間って人から褒められたり評価されると、「もっと言われよう」と思ってモチベーションやエネルギーが湧いてくるもの。
 だから私はなんにせよ教師は人を褒めるべきだと思う。まずは褒めて、で、細かい所の要求をすればいいんじゃないか(dario氏によれば逆パターンもあるそうですが・・・私はこっちの方法で人に要求を通してきたな)。まずはやる気がなけりゃどうにもならないし。

 もっと言えば現代はラベル貼りが良くも悪くも「ふしだら」なような気もする。政治家なんかをみていても分かるように、言うことがコロコロ変わっちゃうじゃないですか。
 いや人間なんて本来その場その時の気分で感じたり考えたりすることは変わるもの。しかしそれをふまえて、自分の論理のつじつまを補正する努力があったはずだ。
 それを「等身大の自分」とか言って「補正を投げ出しても俺は俺」ということになっちゃった(ホントか?)から、わけが分からなくなった。
 私が思うに「自分」と言うのはH・リードが言うように自然発生的に生まれるのではなく、私は自分自身である意味強制的に作り上げていくことだと思う。
 「オレはこういうキャラクター!」って(他者から貼られる前に)自分で自分にラベルを貼るわけです。ここでのラベルは心理学の「仮面(ペルソナ)」と同義かな?
 
 もともとこの世界はラベルの世界。キャラクターがぶれずに立っている漫画が人気があるのは、我々が漠然とした実存だけの不安を嫌い、意味やラベル、仮面に安らぎを感じるから。
 宮台真司さんなんかは仮面をネガティブに捉えていますが、私は良くも悪くも仮面なしじゃこの世界は成り立たないと思う。
 勝手な仮面を他者から付けられるのは、重圧にしかならず不愉快極まりないですが、自分に合った仮面を選び、そのキャラクターを自負することが、今の政治家の人などには必要かもしれない。そうすればその人の振る舞いを貫徹する信念のようなものもでてくるだろうし。
 とはいえ世論や大衆、マスコミも、政治家に負けず劣らず言うことがコロコロ変わるから、彼らだけに要求するのは難しいんだろうけど・・・(=政治家は国民を映す鏡理論)。
 まあ鳩山さんが「オレは二転三転キャラだ」と言って、その振る舞いを自負していたら、もう反論の余地はないのですが・・・
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