『リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか』

 講談社現代新書。オタク評論家の大塚英志さんと東浩紀さんの対談本。最近新書を積極的に読んで、好きになってやろうと思っています。
 私は「新書ブームで大衆にウケている新書は“教養本”ではなく、所詮はおせっかいな“生き方本”であって、著者の一方的な主観の押し付けでしかない(しかもマーケティングの理論も入っていて、けっこう無責任な本もある)。それを読む読者は読者で、新書の情報で効率よく自分の生き方なんて決めようとするのは、どうなのか?」と未だに思っています。
 この本もいわばオラオラ説教本なんですけれど、この本がとっても楽しいのは、そんな説教臭いおたく――大塚さんと、それに防戦一方?の説教嫌いなオタク――東さんのやりとりが、なかなか示唆に溢れたものになっているからです。

 普通のオラオラ新書は「東さんの位置(怒られ役)」に私たち「読者」が入ることになります。よって著者の意見がどれだけ説得力があるかが、その本のある種の評価につながるんですけど、こうやって他人(東さん)が説教されているのをのぞき見るという読書体験はなかなか新鮮で、企画としても新しいと思う。
 そういう意味で、この本を出した東さんの勇気に拍手。だって自分が人に説教されているような恥ずかしいところを、みんなにみせたいなんて普通は思わないじゃないですか。ああ東は大塚に叱られてるぞ、なんて嫌だもん。
 だから秋葉原事件をきっかけに東さんも思うところがあったんだと思う。自分はあくまでも傍観者のひとりとして評論活動をしてきたけど、もう少しステップアップして、自分が受け手の一人ではなく、送り手――表現者であることをもう少し自覚してやっていってやろうというか。

 いや、実際どう思っているのかは分かりませんが。そもそも東さんはこの前「朝まで生テレビ」に出てたなあ、ってくらいしか私は知りませんし、大塚さんに至ってはまったく知らなかった。オタク論壇なんて私オタクじゃないし知らないから。
 たから「第1章 消費の受容」で萌え漫画やアニメのタイトルだか作者だかの固有名詞が出てきても、よく分からず、ああ、「こげトンボ」は漫画タイトルじゃなくて制作会社のことかな、といちいち想像するのは非常に面倒くさく、どうでもいいやって感じでした。

 それに第1章で論じられている「物語ることの放棄」などは、オタク文化に無知な私が適当に考えても同じようなことがいえるんですよね。私コラムでほとんど似たような事を言っていて驚いたもん。いやこんなこと(こじつけ)誰でも考えつくんですよね。
 つまりオタクにのめり込んでコミケで、デジキャラっとのフィギュアを買わんでも、今やっているたった2,3本のアニメをサンプリングして、それを大雑把に分析すれば、傾向みたいなものは結構簡単にイメージすることができる。

 こんな事言うと「現代の情報社会は、我々個人の認識限界を超えるほど複雑化している」という東さんに批判されそう。
 ただ複雑化しているのは個別事例=情報の“量”であって、それは個人の価値観の多様化だったりするのですが、そういった近代的な自由主義に基づく価値観の多様化そのもののメカニズムは複雑ではあれ難解ではない。
 情報の“質”の方は私は案外クオリティが下がっていると思うし、それについてはこの二人も同意していると思う。
 「デジキャラっとなんて萌え記号のパッチワークにすぎず、作者性なんて萌え文化においてはない」っていうような東さんならなおさら。

 それに対して大塚さんは漫画原作もやっている作り手だから、そんなマーケティングの産物でしかないような萌えメディアですら、作者の精神性はあると言う。
 ある種のパブリックドメイン的記号キャラの「デジキャラっと」や「初音ミク(本書には出てこないけど、こいつもそうだろ)」なんかをいろんな人が描いても、そのイラストに作者性は確かにあるのだ、たとえばこの絵描きが描くデジキャラっとが可愛いとか。

 ・・・いや、本当にこんなどうでもいい話を大の大人二人が真剣に論じているんですよ、この本!

 ・・・ということで第1章はそこまで楽しくもないんですよ。オタクや萌文化なんて興味がなかったり、キモいと思う人ならなおさら。

 しかし!「第2章 言論の変容」で、議論は対談の体をなさなくなります!大塚さんがやたら東さんをいじわるに問い詰め始めるんですよ!なんだよ、こいつは急にねちねち嫌な野郎だな、と私も思っていたのですが、ここら辺から、だんだんこの本は二人の議論のかみ合わなさが面白くなってくるんですw!
 ああ、この本はこうやって読めばいいんだな、っていうのが分かったとたん、私はこの本が一気に面白く思えてきて、気付けば鉛筆片手に笑えるセンテンスに線を引いたり、ページを折ったりして読んでいる始末。
 だってここまで噛み合わないってすごくないですか?wちょっとした漫才より面白いもん。普通どっちかが空気読んで相手の意見にすり寄ったりしちゃうのに、東さんは大塚さんのいやらしい問い詰めに一見同調したふりをしているのかな?と思いきや、ものの見事にスルーしちゃうから、結局会話が積み上がっていかない。

 そして「第3章 おたく/オタクは公的になれるか」でついに大塚が動き出す!
 なぜ自分が東さんの言説に対してあそこまで苛立っていたのか、その根拠を明確に言ってくれるから、第2章で大塚英志いやだな、こわいな~(C)稲川淳二って思っていたのが、一変して「ああ、この人のいら立ちももっともだ」ってなって、今度は東さんの公共性に対する諦めみたいなのが際立って見えてきて嫌になっちゃう。

 東さんがどういう世代にいて今いくつの人か分からないけど、とにかく「ああネットに没頭している人なんだな」とは思った。このちょっと価値観の違う人へのスルーの仕方はネット特有の方法だよなと。ちょっと反対意見を言われたら、暴言はいて逃げちゃうことだってできるんだもの。
 で、そんな逃げちゃう奴を真剣に説得しようったって時間と労力の無駄だし、東さんの言うようにどうにもならない。

 しかしプロの評論家であるあなたの評論や議論すらも、そのレベルのものなの?ネットのやり取りはそんな子供っぽい痴話げんかのレベルのままでいいの?公共性という観点をないがしろにしていいの?って大塚さんは東さんに一生懸命問題提起しようとしているんだけど、東さんのニヒリズムは強固で全く心に届かない。
 それはコミュニケーションのツールでしかないネットに対して、現代人のコミュニケーションそのものだと勘違いしちゃっているからなのかな、って思う。

 だから私もネット上の議論はあまり意味がないと思うし、実際にその人に会って話す対話の優位性を感じている。ネットの議論って結局自分の価値観から抜け出さないで、妥協が無いんだ。そんな奴が今大人で、現実の社会でディスコミュニケーションに直面しているわけでしょ。

 しかしなぜ東さんがああも、「公共性の議論を引き受けるのはやだよ~」って駄々をこねるのかが分からない。別にガンダムに乗り込んで戦うわけではなかろうが。
 そういう公的な面倒くさい話は、全部専門家か技術的なシステムに任せて、自分はひたすら閉じた世界、小さな物語の世界で生きていきたいんだろうけど、その閉じた世界を保障し構成しているのも、結局は今のところ国家であり、社会であり、人間だったりする。

 東さんは今日の複雑化した社会システムを、まるで引力の法則や化学反応の法則、もっといえば進化論や自己組織化といった複雑系科学のように科学的に捉えていて、それはいいんだけど、一つ違うのは社会科学的なシステムは、自然があらかじめ用意してくれるような決定論的な法則(帰納法だけで導かれる法則)じゃなくて、人間が主体的に関わり、対象のありかたが変わっていく流動的なシステムであるということ。
 一人一人の自分勝手な欲望に合わせて、社会が自分の思い通りに変わっていってはくれないけど、実は個人の振る舞いはしっかり社会全体に波及し作用している。それが複雑系の複雑系たる所以でしょ?

 それをぼくらは常に世界の傍観者っていうスタンスを取るのは、不確定性原理を考えれば不可能だってすぐに解るのに、世界や国家、社会は、僕ら個人とは断然した位置にいるって、短絡的に考えちゃうのは、やっぱり幼い。
 東さんはそういう人たちの代弁者として出てきたから、そういう人たちを批判するのは、すなわち自分のファンや読者をへらすことになり、怖くて言えないのだろうけど、大塚さんなんかは平気でやっちゃうだろうし、私もやっちゃう。
 それで自分が漫画家としてプロになれなくても、自分の求める公共性の概念や、自分の表現自体を自分で問い続けることを捨ててまで、漫画を描いてなにが楽しいんだ?って思うから。

 マーケティングなんてそっちのプロの編集者とかに任せりゃいいし、その人たちがダメって言うならダメでいいんだって。
 それを無理に捻じ曲げて編集サイドに自分の表現をすりよせても、面白い漫画ってできないもん。つ~かできなかったもん。
 実際今の漫画をはじめとするサブカルが既存の記号のパッチワークだから、物語を求める人は退屈だし、つまらないって言うんだって。

 あと東さんが明らかに矛盾しているのは、もし自分をただの「いち消費者」として捉えて、プロの表現者、評論家としての責任を負いたくないって言うならそれはそれで、好きなこと言えるんだから、自分の読者層なんて意識せずにもっと好き勝手に論評してもいいんじゃないか?ってこと。
 変にスマートに構えてないで、道徳だ!公共性だ!って崇高なことを言いながらも美少女フィギュアを買いあさっている大塚さんのみっともなさを見習えばいんじゃない?所詮オタクなんだからさ。
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