『遺書』と当事者意識について

 原稿用紙にして1000枚以上という岡田斗司夫さんの超大作。すごい読み応え。最初に一言言いたい。

 買うんじゃなかった。

 普通面白い本って「買ってよかった!」じゃん。オレ初めてだよ、面白くて「読むんじゃなかった」って思った本。それくらい衝撃的な本。
 もうここ数日この『遺書』ショックがすごくて、なんか放心状態。ノイローゼなのかうつなのか。とにかくちょっと創作とは距離を置きたいなあってかんじ。
 具体的になにかを悩んでいる状態じゃないんだよ。悩んでいるっていうのは解決法を見つけようとして苦しんでいる状態じゃん。そういうんじゃないんだよ。
 例えばちょっと前に萌えがわかんねえとか言って悩んでたじゃん。あと絵がうまく書けねえ、ノイローゼだって。そういうものと今のこれは違うんだよ。

 すごい事件や事故が起こって茫然自失している感じというか。本当読むんじゃなかった。私はこれを受け入れて生きていかなければいけないのか、みたいな。
 みんなこれ買っちゃダメだよw特にアニメーター志望。危険だっ!アニメーターをやめさせる本だと思えばワナビキラーみたいに使えるかもしれないけれど。
 でもなんだろ、組織って大変だな、とかそういうありきたりな大人の世界の話じゃないんだよ。言語化できないけど、なんだろ、そう、その「言語化できない」歯がゆさみたいなのがドーンときたんだ。
 重いんだよ、この本。いや物理的にも本当に鈍器になりそうな重い本なんだけど。

 なんか一晩中かけてこの分厚い本を読んで、そのあと明け方いくらかつぶやいているんだけど、ちょっと拾ってみるね。当時の心境を。

 岡田斗司夫さんの『遺言』に書かれているボツネタがとんでもなく天才的なアイディアなんだけど、壮大かつ哲学的でたぶん映像化できない・・・これどうト書き脚本にするんだ、みたいな。

 山賀(博之=ガイナックスの現社長)さんもそうだけど発想力がすごくて、でもある程度コンパイルしなきゃ見た人に伝わらないんじゃないかな、とか。「わけわかんねえよ」って言われちゃいそうな。かといってわかりやすく説明しすぎちゃうと違うものに変わりそうで・・・

 例えば『魔法少女まどか☆マギカ』の設定やアイディアにすっごい似ていて、さらにすさまじいアイディアが書かれてたりするんだけど、あのアニメに感動した!っていう人実はドラマ部分やキャラにだけ興味が行っちゃってるじゃん。
 もうちょい哲学的とか構造的にも取れるよってユーストリームでやったけど、多分そこはみんな興味がなくて。

 そう考えれば「今まどか☆マギカってアニメが大ヒットですよ!」って言われた岡田さんが、あのアニメを実際に見たら、やっぱりあんなリアクションになるよなあと。失笑というか。はいはいずっと昔に考えてましたよ、みたいな。

 とにかくとんでもない分量の本で分かるところから飛ばし飛ばし読んだんだけど、まあ岡田さんの発想力の凄さ。いや発想力は山賀さんか。岡田さんのロジック構築力みたいなのがすごい。で庵野さんのキャラの情感でやっちゃうところを認めながらも、もっとなんとかならないかなっていうのもわかるw

 ナディアの没ラストすごいいいんだけどね。でもどれだけ伝わるのかなっていう。みんなは「キャラ」を見ているわけで「科学とはどういった意味合いのものか?」なんて考えてみてはいないからね。いや見てる人もいるだろうが、そう言う人はナディアじゃなくてもっと別の本読んでるよね。


 とにかくね、岡田斗司夫という人がタダものじゃないことは情報でいろいろ知ってたんだけど、その10倍くらいすごかったっていうね。
 ああ、今までの番組や書籍は頭の悪いオレたちにレベルに合わせてやってくれてたんだ、みたいな。本当はもっと新しいこと、面白いことをたくさん知っているんだけど、受け手もそのレベルに達してないし、なにしろそれを記述する術がこの世にはないというせつなさ、ね。

 ブッダとかと一緒で宇宙の真理に悟りの境地でたどり着いても、それを他者に伝えるものを持ち合わせてないというね。たけしさんでもなんでも天才って案外そうなっちゃってるんじゃないのかな。天才なりの孤独。
 それに苦しんだりあがいたりして作家は行間に魂を込めて、読者はその行間に込められた煩雑で何やらよくわかんないけど凄げなものを感じたわけだ。
 単純な言語コードのキャッチボール以上のこと。それが文学だったのかもしれない。

 でもオレらってバカで忍耐力ないから、ちょっとわからないと「わかんねえ」って投げて、オレたちに分からないのは作家が下手だからってやっちゃう。何様だって話なんだけど。
 まあそれを作家側は絶対言っちゃダメなんだけど、これは政治の話でもそうだが、受け手側の当事者意識のなさが最近すごい嫌なんだ。
 なんというか自分だけ神様にでもなったような感じで。

 そういうのは人間なら多少あるっていうのは昔から知ってたけれど、ショックなのは大人を老害とかクズとか言ってるのがいい年した大人だっていうね。
 お前も大人じゃねえかって。すごいよね。ブーメランというか。よくここまで自分だけチートに棚上げできるよって感心する。全て大人のせいなんだ!っておめえも大人だろ。だったらお前がまず反省しろよって。
 こういう人って絶対年取ったら怒りの矛先が下に行くから(上が死んでもういないから)、あんだけ叩いて嫌った「老害」に自分も昇格しちゃうんだよ。魔法少女が魔女になるのと一緒だよね。

 だいたい老害って頭の悪い言葉で片付けちゃう人と議論なんて成り立つのかいっていうのもあるしね。「キモイ」「ウザイ」としか返せないギャルと同レベルだろ、最低限の礼儀があるだろって。
 お酒が入って居酒屋で友達としゃべるならいいんだけどね。でも初対面のやつに「知ってる?あいつ馬鹿なんだ」って言ってくる心理ってなんなんだ。親切心なんかね。知らないよって。

 まあある程度自分を棚上げしないと欝になったりするし、厳しい社会でやっていけないのかもしれないけれどね。
 個人的な事情を聞いてやれば「ああ、悪口の一つも言いたくなるよ」って同情すると思うんだけど、匿名でみんなやってるからそういった文脈で情状酌量ができない。
 でも仕方ないよね。匿名でやってる以上当たり障りのない一般論でしかやり取りできないし。私は仮に匿名でも人格とか人となりを見せてくれる人と関わっていきたいんだ。情報収集のためだけにみんなSNSをやっているわけじゃないだろう。
 それに暴言って言った時点で「言われている奴」がいるからね。その言われた奴がまた暴言吐くんだろうね。ウランの核反応みたいに。そう考えると政治家とか芸能人ってすごいよね。言い返さないもんね。制御棒だよな。

 あれ話逸れちゃった。とにかくみんな子供っぽいよねっていう。で、この当事者意識のなさって民主主義だとやばくない?って。最近本気で怖いんだよな、大丈夫なのかこの世界って。
 こういう社会的な問題を昔から私は漫画にささやかに組み込んで、わかる人にだけわかって欲しいってやってたんだけど、それには理由があって、まあ、直接的に言ったって私が斜に構えた嫌な奴になっちゃうじゃん。
 それこそお前も当事者だろこのやろうって。あと活字は読んでくれないけど漫画にすると読んでくれるんだなっていうのが中学生で分かったから。

 で、世の中にはそんな斜に構えたシニシストがこんないるんだと、しかもみんな自分だけには関係ないと思っていて「愚かな民衆どもよ・・・」って言ってる。
 これはすごいよなあって。でもこんなの漫画のネタになんないよって。笑えないって。情けないしなんか読んで嫌な気分になるし。
 10代だったらこれできるんだよ。自分も世の中をからかってやろう皮肉ってやろうっていうのがモチベーションになってたから。
 
 だから19歳で作った『ソニックブレイド』はやっぱりオレ当事者意識ないなあって。イラク戦争なんてやってたって、小泉構造改革ってやってたって関係ないなあって。いや関係大アリなんだけど。
 イラク戦争、ハイハイネオコンね、石油利権ね。小泉改革、ハイハイあんなのただのお祭りだよ、そのうち世の中めちゃくちゃになるぞって。なんかわかった気になっていた。
 多分その予想そのものは合ってはいたんだろうけれど、あの時の大きな間違いは、てめえの社会でもあるだろって視点。漫画のネタを提供してるためだけに世界があるわけねえぞって。
 作家ならいいと思うんだよ。ある種世の中のことをメタ的にみなきゃ世の中のことなんて描けないんだから。研究者もそうか。
 でもそんなスタンスってなんかやっぱり子供じみてるなあって。

 だから世の中からかっているだけの話もうきついなあって。『ソニックブレイド』よりも最近『80日間宇宙一周』の方が好きなのは、もちろんマロさんの影響もあるんだけど、ソニブレってオチが意地悪で新しい気はするけど、あんまり希望がないんだ。希望やってるのに希望に思えないという。こんなひねくれたものもう自分にはやれないなあって。
 
 なんで読んで変な気持ならなきゃいけねえんだって。『スマイルプリキュア』じゃないけどベタでもいいからみんなが明日ポジティブに頑張れるような前向きなテーマがあったほうがいいよね。
 オレもそういう人間賛歌じゃないけど読んだ人が元気になるようなものをやりたいもん。これまで以上に。
 例えば怪盗グルーのミニオンがただバナナを奪い合っているだけのアニメがあるんだけど、これってすげえなあって。それだけのためにこんなテクノロジーと手間かけて作ってんだって。
 やってること小学二年生だからねwでもやっぱりくだらねえって笑っちゃうんだよな。その時だけは幸せなんだよ。それだけでいいじゃないかって、今はそう思う。

 あと『遺言』で『オタクはすでに死んでいる』の真意みたいなのが最後に書いてあって、なるほど、と。宮崎事件が起こったときの話なんだけど、やっぱりオタキングはあれを自分とは別の世界の人間の犯行とはどうしても思えなかったって。
 あいつと自分たちって何が違うんだろう。紙一重なんじゃないかっていう。

 オタクって基本的に弱虫でずるいから責任論とかに巻き込まれるのが嫌で逃げちゃうんだけど、やっぱこの人はすごいなあって。あいつも仲間だよって。あいつが幼い子を殺しちゃったのはオレたちの問題でもあるって考えちゃうんだ。
 でアニメもう作れないやってやめちゃうんだけど。でもそれくらいオタクという民族を好きだし愛しているんだなあって。トカゲの尻尾切りはしないぞって。

 よく言うオタクを卒業しろとかダメだとか、かといってオタク的な生き方が正しいとかじゃなくて、どうせオタクなんて生まれた時点で背負わされた十字架みたいなもんだから心の中のオタクとどう共存していくかっていうね。
 心の中のオタクと社会との折り合いのつけ方。そして作り手の責任論みたいなのが後半繰り返し語られる。
 もう表現の自由だ、アナーキーなんだってやる社会や時代じゃなくなっちゃったよっていう。それが言えたのは一昔前、民主主義が大きな圧力として機能した前世紀までの文学だという。
 筒井康隆は自分の作品に影響で殺人事件が起きたとき「それが文学だ」くらいのこと言ったらしいが、それは一部の大物作家だけがとる態度であって、ほとんどのクリエイターがそんな無責任なこと言っちゃいけないよ、と。

 でも本当この人って口がお上手で「世界は複雑すぎて一個人には到底把握できない。ならそれがたとえ作り物でも、偽物でも、ぼくらは「物語」を作って生きていかなければいけない」・・・そう言われちゃったらもうみんな多かれ少なかれオタク心はもってんじゃないのかっていうね。この説得力ね!本当すごいよ。
 もう自分でも何タイプしているかわからないよ。あれだ、すごいカロリーの高いもの一度に食っちゃったんだよ、オレ。で消化中なのかもしれない。どうやってこのショックを消化していくか。きっと時間が解決してくれる他ないと思う。
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