第一次世界大戦(への流れ)覚え書き

 中学校の歴史では「サラエボ事件で起こった」くらいしか書かれてないワールドウォー1ですが、改めて勃発してしまった事情を調べてみると、長編少女漫画レベルに外交関係がすんごい複雑!
 もうヨーロッパ全土がアウトレイジビヨンドになってて、昨日の友は今日の敵当たり前。5~10年スパンで味方が敵になり、敵が味方になってて、すっごいややこしい。全員敵国――本当に悪い国はどこだ!?
 そこで、当時の流動的かつ不安定な世界情勢をせっかく調べたので、ここに書き残しておこうと思います。

 しかし思い返せばドイツって私、自分の創作物で取り上げたことないなあ。様々な国籍の人が出てくる『ソニックブレイド』にもドイツ人は出てこないし、世界各国を調べた・・・つもりの『80日間宇宙一周』でもドイツっぽい惑星は出なかった。
 意外とこの時代のドイツってドイツ艦隊協会とか作っててミリタリーマニアにはたまらない状況だったので(その名もズバリ、ミリタリズム※マジです)、80日~の番外編として金星かなんかをドイツにして書いてみるってのもありだな。本当は内惑星は太陽との距離が近すぎて、国家がないって設定だったんだけど(^_^;)

 なんでにわかにドイツのことを話しているかというと、もうWW1ってドイツを基準にしなきゃ外交関係とかが整理できなかったんですよ。ドイツというか、ビスマルク首相だよね。あの人のビスマルク体制を押さえることから、はじめよう、と。
 でも、今みたいに社会の先行きが不安で、どう考えてもこれからこの国は成長なんてしないよなあって雰囲気で平和が続くのと、WW1開戦前夜みたいに、これから私たちの国はどんどん成長するぞ!って希望に満ち溢れて戦争に突入するのどっちがいいんだろうね・・・絶望の平和か、希望の騒乱か。

 ビスマルクは、ドイツの工業化をどんどん推し進めていった人で(産業保護政策)、増大した労働者に対して、社会保障なんかもやっていた(労働者に対するアメとムチ)。社会権といえば、第一次大戦後のドイツのワイマール憲法が出てくるけど、実は19世紀からそれに近いことはやっていたという。
 なにしろ社会主義が盛り上がってたし。とはいえビスマルク自身は社会主義者を取り締まっていた。皇帝が狙撃されたりしたから。あれ、日本でもこんな事件あったよね。

 この頃のドイツ帝国のライバルといったら、もう、フランスって考えていいと思う。ドイツがまだプロイセンだった頃、フランスとは戦争をしており(普仏戦争)、そこで敗北を味わったフランスはドイツに対してリベンジに燃えていた・・・
 その恨みは凄まじく、あまりにドイツにムカついてクーデター寸前までになったらしい(ブーランジェ事件)。なによりも、ドイツとフランスはアルザス・ロレーヌ地方という領土問題があって、フランスはとにかくここを奪い返したかった。
 こういう状況で必ず起きるのが、いじめの王道仲間はずれ。ドイツはフランスを孤立させるために、アフリカの植民地問題でフランスとギクシャクしていたイギリスと友好を結ぶ。
 イギリスはアフリカを縦断したかったけど、フランスは横断したかったからだ(^_^;)

 んで、こっからややこしい。ドイツにとって最悪の状況は、西のフランスと東のロシアを同時に敵にすることだ。こうなっちゃうと、地理的に敵国にはさまれちゃうことになるので、フランスと絶交している以上、ロシアだけは敵に回したくなかった。
 そこでビスマルクは1873年に、ロシアとオーストリアとで三帝同盟を結ぶ。この三国の共通点は共に皇帝がいて、社会主義の盛り上がりに強い警戒感を持っている点だ。
 しかし、この三帝同盟が、めっちゃきな臭い。そもそもスラブ系のロシアと、ゲルマン系のオーストリアは民族主義的にすごい仲が悪くて、バルカン問題でもめていた。
 ドイツはゲルマン民族の国なので、イデオロギー的にはオーストリアと親しいんだけれど、戦略上、オーストリアと敵対するロシアとも友好関係を結ばなければいけなくなった。
 ちなみに、この全世界のゲルマン民族よ立ち上がれ!的な思想を、パン=ゲルマン主義といい、ドイツ帝国による世界征服という野望を叶えるために、すっごい軍備を増強させていった。これをミリタリズムという(艦コレやっている人覚えるように)。

 ビスマルクは敵対する両国に板挟みになりながらも、誠実なる仲介人を買って出たが、こんな二枚舌がうまくいくはずもなく、お前オーストリア贔屓してるだろ、とロシアに不満を持たれて三帝同盟はわずか5年で崩壊した。
 その翌年の1879年、ドイツはオーストリアとの二国で独墺同盟を結び、81年には維持と執念でバルカン問題を調整し、もう一度三帝同盟を復活させる。

 1882年には、チュニジアを取られてフランスと仲が悪かったイタリアを仲間に入れて、ドイツ、イタリア、オーストリアの三国同盟を結ぶ。いや~やっと教科書レベルの奴が出てきた!
 でも、やっぱりロシアとオーストリアはどうやっても仲良くなれず、二回目の三帝同盟も87年位は崩壊した(今度は6年続いた(^_^;)
 もうこうなると、ロシアとオーストリアは絶対に手を組まねえやって思ったドイツは、ロシアとの二国間で87年に再保障条約を結び、なんとかロシアを敵にすることだけは回避しようとした。再保障条約とは、ロシアとオーストリアがバルカン問題で戦争を始めたら、ドイツはどっちの肩も持たないと約束した、すっごい怪しい中立条約だ。
 以上のドイツの片岡刑事ばりの駆け引きをビスマルク体制と言う。

 しかし事態は急変する。1888年にドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が亡くなると、バルカン問題で綱渡りの現状維持をしてきたビスマルクは、ドイツ帝国ガンガンいこうぜ的な新皇帝ヴィルヘルム2世と対立し、失脚。
 ロシアとの再保障条約は、どう考えても三国同盟と矛盾するだろという理由で、更新打ち切り。2世は義理堅かったらしい(うそ)。
 これを受けて、91年ロシアはフランスと接近(露仏同盟)。ついにビスマルクが最も恐れていた事態、両隣を敵に囲まれることになった(ビスマルク体制崩壊!)。

 国家増強を目論むドイツは、友好関係を結んでいたイギリスに対抗して3B政策を実施する。これは坂本先生のクラスのことではなく、ベルリン、ビザンチウム、バグダードの3つのBを鉄道で結ぶもので、イギリスの3C政策の・・・パク・・・パクリだった。
 イギリスは、ドイツに危機を感じ、敵の敵は味方的な論理で、1904年アフリカ植民地でもめていたフランスと同盟を結んでしまう(英仏協商)。
 さらにその三年後、イギリスはロシアとも接近、英露協商を結ぶ。これは日露戦争で負けちゃって弱体化したロシアがイギリスに交渉を持ちかけて成立したという。
 これにより、イギリス、フランス、ロシアの三国のトライアングルが完成し、三国協商となった。

 ここまできて、やっと教科書で習う、三国同盟VS三国協商の構図になるんだけど、実は同盟国側のイタリアは第一次世界大戦直前に「未回収のイタリア」問題でオーストリアと関係が悪化し(お前らええかげんにせえよ)、オーストリアと組むくらいならフランスのがマシだってなったので、三国同盟は事実上、ドイツとオーストリアの二国同盟だった。オーストリア人望なかったのかなあ(^_^;)

 ドイツ。わたしのたった一人の友達。
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