生物学概論覚え書き①

 いよいよ理科の単位の履修が本格化してきたんだけど、試験範囲が懐かしの外国史概説並みに広い単位がこれ。単位認定試験では、レポート課題の範囲外からの出題が多いので、300ページ弱あるニュージーランドの高校のテキスト(でかくて重い)を網羅的に勉強する必要がある。
 ちなみに、この教科書、ほとんどの問題が記述式でお国柄を感じる。日本は東大でさえ作文問題をやめちゃったもんな。そんなわけで、このテキストは高校生対象ではあるんだけど、内容的には大学初年時のレベルも含んでいる。
 そして対立遺伝子の記述問題が究極的に難しい。いくつかの論文を読んでもイマイチよくわからないので、T大の生化学博士課程のあのお方に電凸する予定です。

主な参考文献:トレシー・グリーンウッド、ケント・プライヤー、リチャード・アラン共著、後藤太一郎監訳『ワークブックで学ぶ生物学の基礎』

細胞膜の構造
細胞膜とは、生物と外界を隔てる境界である。
細胞膜の構造は、かつてはロバートソンが提唱した単位膜モデル(1959年)が有力だった。
これはリン脂質の二重膜をシート状のタンパク質が覆っているというモデルであり、細胞膜の厚さとも合致はしたが、タンパク質は水をはじくため、生体膜のモデルとしては疑問も残った。

その後、ベンソンとグリーンが1968年に、脂質に球状のタンパク質がくっつき、そのサブユニット(タンパク質複合体を構成する単一のタンパク質分子のこと。ポリペプチド鎖)が疎水結合で平面上に広がったモデルを考えたが、X線回折などにより細胞膜の基本的な構造が脂質の二重膜であることが明らかになったため、このモデルも否定された。

このようないきさつで、誕生した説が1972年にシンガーとニコルソンが提唱した流動モザイクモデルである。
これは、「単位膜モデル」のようにタンパク質分子が脂質の外側を覆うのではなく、脂質の二重膜の中に埋め込まれているモデルで、脂肪分子はそれぞれの尾部をお互いに向けることで流動的な二重層を構成している。
タンパク質分子は、この層に流動的に漂っており、能動輸送(物質のエネルギーを消費して濃度勾配に逆らって積極的に物質を移動させること)などの機能を担っている。

流動モザイクモデルのそれぞれの部位の役割は以下のとおりである。

糖タンパク質
糖鎖がついたタンパク質で、細胞認識や免疫反応において重要な役割を持ち、ホルモンや神経伝達物質の受容体としても働く。糖脂質とともに膜構造を安定化させる。

コレステロール
脂質の二重膜に含まれることで、リン脂質がくっつきすぎるのを防ぐ。コレステロールは膜の流動性を調節して、膜の安定性を維持する。

脂質膜を貫通しているタンパク質
細胞内への特定の分子の取り込みや、細胞からの排出を制御している。イオンや炭水化物などの特定の物質はこのチャネルタンパク質を介して膜を通過する(選択的透過性)。

また、細胞膜は不完全な半透膜なので、水のように脂質膜を直接通過する物質もある。

参考文献:議田博子『生体膜からみた高校生物教育の体系化に関する一考察 ~実験シリーズの開発を中心に~』

対立遺伝子の意義
有性生殖をする生物のほとんどは、対になる染色体である相同染色体のセットを持っており、その片方のセットは一方の親に由来し、双方の親からどのようなセットを受け継ぐかで発現する形質が異なる。

遺伝の法則を研究したメンデルは、エンドウのいくつかの形質において、同一個体で同時に現れない、異なる2種類のバージョンがあることに着目した。
例えばエンドウの種子の形には、丸とシワの2種類の形質があるのだが、これらは同時に発現することはない。
また、種子が丸い個体と、種子がシワになっている個体を交配しても、二つの形質が交じり合うこと(融合説という。例えば丸とシワの中間的な形の種子ができるなど)はない。
このような形質を対立形質といい、この形質に対応している遺伝子を対立遺伝子(アレル)という。対立遺伝子は染色体上で同じ場所(座)に位置して競合している。

集団遺伝学の分野では、対立遺伝子は同一生物種の集団の個体の多様性を担保するものであると考えられている。
対立遺伝子の種類が多ければ多いほど、その組み合わせで様々な個体や系統、時には新種ができ、さらに環境の変化や伝染病などによる個体数激減や絶滅のリスクは低減されるというわけである。

対立遺伝子は遺伝子突然変異によって生じると言われている。
突然変異とは、同一種の個体間に見られる形質の差異である変異が突然生じ、非連続的で遺伝性であるものをいう。
突然変異には、機能欠失型と機能獲得型があり、機能欠失型には完全に機能を失う場合と、部分的に機能を失う場合がある。機能獲得型には、既存の機能を妨げる機能を獲得する場合と、新たな機能を獲得する場合がある。
遺伝子突然変異は、10万回に1回、もしくは100万回に1回というわずかな確率で起こる遺伝子の複製ミスによって引き起こされる。
突然変異には、塩基1つが置換されるものから、塩基が新たに挿入されたり、欠損することで変異箇所以降の塩基配列が全てずれ、大規模な読み込み枠の移動(フレームシフト突然変異)をもたらすものまである。

例えば赤血球が細く尖った形になり、毛細血管を通りにくくなることで起こる鎌状赤血球貧血症という病気は、ヘモグロビンの異常によるもので、この変異はヘモグロビンの一部(β鎖)の情報を担う遺伝子の17番目の塩基がチミンからアデニンに変わったことによって引き起こされる。
このたった1つの塩基の複製ミスによって、6番目に作られるアミノ酸がグルタミン酸からバリンに変わり、酸素を離した時にヘモグロビンが凝集、これにより赤血球内の浸透圧が低下(ヘモグロビンが塊になって溶けにくくなるから)、水が出て鎌状に潰れてしまう。
ちなみに鎌状赤血球は、貧血や血行障害を起こすが、マラリアにはかかりにくい(すぐに溶血するのでマラリア原虫が増殖できない)というメリットがある。
遺伝子突然変異による病気の例はほかにも、地中海貧血(βサラセミア)、脾臓線維症、ハンチントン病などがある。

突然変異を引き起こす原因には、紫外線や放射線(X線、γ線、中性子線)、化学物質が挙げられる。
亜硝酸塩やマスタードガスという毒ガスのほか、食品添加物や農薬として使われていた物質(甘味料のチクロ、赤色1号、防腐剤のAF-2)やタバコやアルコール、脂質の多い食事も突然変異を誘発する。

参考文献:吉田邦久著『好きになる生物学』

ヒトゲノムプロジェクト
ヒトゲノムプロジェクト(HGP)は、23対あるヒトの各染色体の連続した塩基配列を読み取る計画で、アメリカを中心に世界中の多くの組織が関わって遂行された。
その一方で、1998年にアメリカのセレラ・ジェノミクス社(初代会長はクレイグ・ベンター)が商業的にHGPに乗り出したことで、HGPは競争的なプロジェクトになり、結果的に公共的なHGPも加速した(セレラ社はヒトゲノムのデータベースを有料化しようと考えていた)。
こうして2000年に両者が最初のドラフトゲノム(ゲノムの概要のこと)を解読し、現在では全ゲノム配列が高品質な配列として利用できるようになった。
これに加えて、遺伝子の同定・配列決定・マッピング(染色体上の位置を決めること)が行われた。

HGPは以下の重要な研究結果を残している。
①ヒトゲノム上のタンパク質をコードする遺伝子は考えられていた数(少なくとも10万以上)よりもずっと少なく、たった2万~2万5000である。
②当初は埋めることができなかったギャップ(未解読領域)が400分の1の341に減った。
③極めて高い精度で、遺伝子を含むゲノム上の99%が読まれた)。
④ほぼすべて(99.74%)の既知の遺伝子を正確に同定。
⑤正確かつ完全であるため、病気の原因を体系的に研究することができる。

次にHGPによる医学的な恩恵は以下のとおりである。
①遺伝子検査による疾病と疾病素質の診断が改善。
②遺伝子検査による病気の保因者の特定。
③遺伝子配列から得られるタンパク質の構造を使ってより良い薬をデザインできる。
④変異遺伝子の修復を目的とする遺伝子治療の成功率が高まる可能性。
⑤夫婦が子どもの病気の原因となる遺伝子変異を持つ可能性を調べることができる。

医学以外の恩恵には以下がある。
①遺伝子検査により、家族関係について知ることができる(裁判における父親の特定など)。
②DNA分析によって科学捜査が進歩する。
③ヒトとほかの生物との進化的な関係について理解が深まり、より正確な分類ができる。
④ヒトとヒトの祖先のDNA配列を比較することで、ヒトの進化の理解が深まる。

一方で、HGPによる倫理的な問題や課題もある。
①多くのバイテク企業が自社が解読した配列情報の特許を取ってしまうこと。
②保険会社などの第三者が、遺伝子検査の結果を見る権利があるかどうか。
③病気に対する治療法が見つからない場合、病気の原因になる遺伝子の知識は役に立たないこと。
④遺伝子検査は高額で、誰が支払うべきかを判断することが難しい。
⑤ゲノム情報は遺伝するため、個人のゲノムは家族の情報も含んでいる。
⑥遺伝子情報による差別が行われないようにするための法規制。

さて、HGPの次の挑戦は、遺伝子によって作られるタンパク質の同定と、その働きを調べ、遺伝子疾患に対する理解を深めることである。これをプロテオミクスという。
さらにヒトゲノム以外の他のゲノム配列プロジェクトも開始され、すでに100以上の微生物とウィルスのゲノムや、ミツバチ、線虫、アフリカツメガエル、フグ、ニワトリ、ラット、イヌ、ウシなどが解読されている。
また2002年には、国際ハプロマッププロジェクトが、ヒトのハプロマップ(人種、民族、体質などの多様性や、どういう進化をたどってきたかを調べるための遺伝子地図。ハプロタイプとは対立遺伝子の組み合わせのパターンのこと)を作成することを目的に始まった。
最初のデータは、アフリカ、アジアとヨーロッパに祖先を持つ4つの集団から取られ、現在では、ほかの集団も含めて、ヒトの遺伝的多様性に関する分析が行われている。

参考文献:フランク・ライアン『破壊する創造者』

アポトーシスとネクローシス
アポトーシスとはプログラムされた細胞死のことで、特定のシグナルに応答する正常な細胞の自殺の過程である。
アポトーシスは、成体における細胞数の維持や、ウィルスに感染したり、DNA損傷を起こしている危険な細胞に対する防御など、重大な役割を担っている。
また、アポトーシスは発生の過程で、指の間の水かき状の細胞を殺し、指を形成するなど、胚組織を“彫刻”する。
ここで発生した細胞の残骸や破片は完全に処理される。

一方のネクローシスは、プログラムされていない細胞死(壊死)のことで、細胞が外傷を受けた際に、その内容物を細胞の外へばら撒いてしまう。
この時ばらまかれた内容物には、老廃物や消化酵素を含むものもあるので、これが炎症を引き起こす。

アポトーシスは、細胞の生存を助ける因子(正のシグナル)と、細胞を死なせる因子(負のシグナル)とのバランスによって制御されていて、このバランスが崩れると不完全なアポトーシスを招いてしまう。
例えば、アポトーシスの発生が低いと、不死になってしまった細胞が暴走的に増殖を繰り返し、がん化する。

アポトーシスは以下の段階を経て行われる。
①細胞が収縮し、隣り合う細胞との接触を失う。クロマチン(DNAとタンパク質がくっつてできた繊維)は凝縮し分解され始める。
②核膜が分解され、細胞容積が小さくなる。クロマチンはクロマチン体に凝縮する。
③細胞膜の表面にゼオーシスという泡状の突起ができる。
④核が崩壊するが、膜に囲まれた細胞小器官は影響を受けない。
⑤核は小球に分断され、DNAも小さい破片に分断される。
⑥細胞は多数のアポトーシス小体に分断、食作用により速やかに吸収される。

また、アポトーシスは以下のように制御される。

正のシグナル
アポトーシスを抑制し、細胞の正常な機能を促す。
具体的な例としては、インターロイキン2という種類の免疫細胞から出されるタンパク質(サイトカイン)が細胞の生存のシグナルを出し、細胞死を阻害するbcl-2タンパク質や成長因子を働かせる。

負のシグナル
死の活性剤と呼ばれ、細胞死へとつながる変化を起こす。
具体的な例としては、DNA損傷や細胞飢餓などのストレス応答として、細胞自身が発する誘導シグナルが、細胞内のがん抑制遺伝子p53を活性化させ、細胞死を誘導する。
このときミトコンドリアから流出したシトクロムc(細胞呼吸で電子伝達系を担うタンパク質)が、カスパーゼを調節するApaf-1に結合して、カスパーゼ9が活性化、アポトーシスが起きる。
ちなみにカスパーゼとは、アポトーシスのシグナル伝達経路を構成する、重要なタンパク質分解酵素(システインプロテアーゼ)である。

また、細胞死の受容体(デスレセプター)は、免疫系などの細胞から発信されるTNF(リンホトキシンなど)やFasリガンドなどのシグナルに応答して細胞死を誘導する。
シグナルを受けたデスレセプターはアダプター分子を介してカスパーゼ8を活性化する。

参考サイト:http://www.geocities.jp/mizuhase/index.htm
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