「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」
オレは使い捨てだ。だからオレなんだよ。
人間っていうのは結局、働きアリと一緒でさ、一生のほとんどを労働に費やすわけで、となれば、その労働に生きがいを見いだせたら、それこそクオリティ・オブ・ライフ、人生を楽しむことができるのは間違いない。
労働を罰ゲームとして考える聖書や、働いたら負けとうそぶくニートの思想と、この意見は相容れないところがあるんだけど、本当に働くっていうのは苦痛しかないのだろうか。
となれば、働かずに暮らしているニートの人は、人生の勝者と言えるんだけど、『愛するということ』の記事でも言ったように、どうもそんな風に人生を有意義に楽しんでいるニートはあまり見かけない。なんでなんだろう?
結局、私たちが苦痛なのは、労働そのものではなくて、自分のことを誰にも承認されないということなんじゃないだろうか。
そう言う意味で、フォードが自動車を大量生産するために導入した、メカニックのド素人でも「この部分のネジを締めればいいんだよ」的な、車を分業して組み立てるライン工程は、人々から働くことの素晴らしさを奪い、引き返せない大きな楔を打ち込んでしまった。
誰でも気軽にやれる初心者大歓迎労働は、逆に言えば、お前の代わりなんていくらでもいるんだという、労働者の承認欲求を踏みにじる、恐ろしい仕事のあり方を生み出してしまったのだ。
確かに、人間の集団は正規分布で、ほとんどの人のスペックは普通で能力的にはみんな大体似通っている。だから、大量生産された交換可能な部品のように、資本家は労働者を捉えてしまう。もちろん、そこまで露骨に言うと、さすがにプロレタリアート革命が起きそうだから、「雇用の流動化」みたいなダブルスピークで置き換えるんだけど。
しかし、お前の代わりはいくらでもいるというなら、働いている方だって、オレが抜けてもどうせ別の人を補充すればいいじゃんと、会社への愛着はなくなるし、労働意欲だって上がらないだろう。
コーポラティズムとか言うけど、資本家と労働者がこのように対立路線をとってしまうのは、パレート最適とはどうにも言い難い。
そこで、戦後の日本企業は合理的な戦略として、年功序列賃金や終身雇用をとっていた。これらの雇用慣行は、会社が社員を育て、守ってくれるような親切な制度というよりは、将来社員に支払う予定の高い賃金を“人質”にして、有能な人材を手放さない、かなりクレバーなシステムだった。
これが、バブル崩壊後にアメリカ型のドラスティックなリストラを導入したことで、労働は裏切り御免の非協力ゲームに代わり、生きがいの一つではなくなった。
ここまでのお話をまとめると、私たちの人生の目的とは、我慢して働くことでも、働かずに楽をすることでもない。あなたの代わりは誰にもできないと、かけがけのない存在として承認される事なんだ。
さて、アントマンとしてピム博士に選ばれるスコットは、これまでのマーベルヒーローと違って、北欧神話の神様でも、フォーブス誌に載りそうな金持ちでも、科学者でも、はたまた凄腕の軍人や、諜報員でもない。
メキシコの刑務所から出所して、パナマ海峡をわたってアメリカに戻り、サーティワンアイスクリームを前科持ちということでクビにされた、ただのチンピラだ。
つまり、彼がアントマンである必要ははっきり言って、全くない。
これは、お前の代わりなんて他にもいるんだ、どころの話じゃない。アントマンという死の危険すら伴う、極めてブラックな職業を娘にやらせたくないがためにピム博士が選んだ捨て駒が、スコットだった。
スコットは、空き巣やってただけあって身のこなしはいいけれど、それならもっとすごい運動選手にオファーすればいい。しかし、そういう有名な人を巻き込むのは罪悪感がある。なら、元犯罪者にやらせて、万が一そいつが小さくなりすぎて変死しても、別に胸も痛まないもんね、みたいな。
そういうロジックをおこなえる、ピム博士はまったく冷徹な人なわけよ。そりゃあ息子のように可愛がった弟子もああなるよみたいな。
実際に、スコット・ラングの二代目アントマンっていうのは、原作コミックではあまり人気が出なかったらしく、そういうメタな見方をしても、この人選は涙を誘うわけなんだけど、ところがどすこい、今回の映画は、これまでのマーベルヒーローに匹敵するほどの魅力的なキャラクター付けがされている。
例えば、彼は暴力沙汰を好まない空き巣犯なんだ。本来防具である盾を武器として用いるキャプテンアメリカだって、ヒドラをバシバシ殺すのに、彼はマーベル映画初の不殺のヒーローなんだよな。
正義のヒーローだからって高潔なわけじゃない。犯罪者だからって残虐非道なわけじゃないっていう、相対化をこの映画は見せてくれる。
スコット・ラングは、ピム博士のそんな思惑を踏まえたうえで――自分が捨て駒であることを理解した上で、アントマンを引き受ける。いや、わかったからこそ、彼は引き受けた。
スコットも、娘を持つ一人の父親だったから。そう、この世の中には、あなた以外には代わりがいないという仕事がちゃんとある。
山田洋次監督は、「家族を描くとお話は締まる」と言ったけど、まさにそう。この映画は『アイアンマン』に一見構造がよく似ているけど、むこうが描けなかった「親子」をメインテーマに描いており、マーベル映画でトップクラスに脚本がいい。
あ~はいはい、じゃあ面白い作品を作るなら、とりあえず親子やっておけばいいのねって思うかもしれないけど、こういうシンプルかつベタなテーマこそ、実は組み立てるのは難しいもんなんだ。この映画の上手なところは、登場人物の配置がすべて親子関係のメタファーになっているところだろう。
つまり、『アントマン』ってアメコミ映画というよりは、脚本の構造、作風、吹き替えなどの面で、かなり『ナイト・ミュージアム』とかのファミリーコメディ映画を意識していて、スコットを演じる、ポール・ラッドはどことなくベンさんっぽいし(つーかこの人は『ナイト・ミュージアム』で出演もしている)、スコットの吹き替えの木内さんってのは、ベンさんの吹き替えをやっていた故・檀臣幸さんと声や演技が似てるし、サーティワンアイスクリームのイヤミな上司の吹き替えは自然史博物館のマクフィー博士と一緒だし・・・
さらに、毎回ネットを燃え上がらせる芸能人吹き替え枠だけど、スコットの相棒(なんかの映画で見たなって思ってたけど、思い出した『フューリー』!!)の吹き替えを担当した、ひらパー兄さんもすごいひょうひょうとした演技で、この役に合ってて、(つーかうまい)、ヒロインの声なんて『パシフィック・リム』の林原めぐみだと思ってたからね。内田有紀さんだったっという。芸能人も結局キャスティング次第なんだよな。
とにかく、『進撃の巨人』とぶつかって、いまいち地味な進撃の小人の『アントマン』だけど、単体の映画としてもクオリティの高い映画なので、大味なアクション映画とかマニアックなアメコミヒーロー映画だと思わずに、残りのシルバーウィークに観に行ってみたらどうでしょうか?
最後に一言。この記事でついにブログの記事が1000になりました!ヒーハー!!
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