アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」

 過去は変えられない。だが過去から学ぶことはできる。

 あの悪夢のフラブジャスの日が再来!前作で全世界(特に英国)の原作ファンのグリフシードを破裂させた、あの映画が6年ぶりくらいに帰ってきた!

 そもそも、いうまでもなく私は『不思議の国のアリス』の大ファンで、もう『スナーク狩り』も読んでるくらいなんですが(でも『シルヴィーとブルーノ』は読んでない)、前作のあまりのつまらなさにウィリアムじいさんのようにひっくり返ったトラウマがあって、なんでかっていうと、この映画でトレースしたのは見てくれだけで、お前ら本当に原作読んだのか、つーかディズニーのアニメ版すら見てないんじゃないのかってくらい、コアの部分がすっぽぬけてて、じゃあアリスのコアってなんだって言うと、ナンセンスのセンテンス(『不思議の国の“アリス”―ルイス・キャロルとふたりのアリス 』)、つまり、不条理で統一された様式美――カオスの秩序のパラドキシカルな均衡の面白さなわけであって。
 つまり、その危ういバランスをとっていた文字列(※意味のある文章じゃないのさ、ヴォーパルの剣!)に、中途半端にドラゴン退治という陳腐なストーリーをアフリカツメガエルのDNAのように組み込んで、本当に破綻させてしまったのがアレ。
 まさにナンセンス文学のインドミナス。なんという野暮で愚かなことを!アリスにストーリーなんてないのだよ、お前らさんざ内容のない萌えアニメ作っててなぜそこに気づかない・・・!!??ってアメリカの映画だったわ。

 あとさ、前作の(本来の意味で)でっかくなっちゃったアリスは、自分探しをテーマにしようとして・・・まあ、脚本の練りこみ不足でよくわからなくなっちゃってたんだけど、そもそも私は、あまり自分のレーゾンデートルについて思い悩んだことがないから、30オングストロームも感情移入もできなかったっていうのもある。
 某ソフィーみたいに私は誰?みたいなこと考えたことないんだよ。ホントに。誰でもいいよ、つーか、どうでもいいよ、みたいな。
 むしろ私が悩んだのはそれと全く逆。昔から自分は○○の人だって確定しちゃうのが嫌だった。というか今も。アンチラベリングというか。アンチクラスタというか。
 自分の人生を振り返ると、いつもそこが引っかかって、今思えばすごいチャンスだったんじゃないかっていう時、二の足を踏み続けてきた。
 だから、出版社に通ってた時も、あいつは漫画しか描けないヤツだって思われるのが何か嫌だったし、学者の道や、学習塾の経営者の話を頂いた時も、この道を選んだら、その道で確定しちゃうのか、やだなあ。もっと色々ほかのことやりたいなあって思ってしまって、選択できなかった。超優柔不断なのかもしれない。愚かしいまでに。

 つまり私は自分探したくない症候群なんだ。よく陳腐なドラマのセリフでこういうのあるじゃん。人生は一度きりだからやりたいことやらなきゃもったいないって。これ、全然キラキラしてない、すごい怖いセリフだよ。
 だって、やりたいことがたくさんあったら、その一回の限られた人生の中で、どれとどれをやって、どれとどれを諦めるか選択しなきゃいけないわけじゃん。ふざけんなっていう。ワシはもっといろいろやりたいんじゃ・・・!
 二兎を追うもの一兎も得ずとか言うけどさ。一兎を追うものは一兎しか得れずだからね。
 そう言う意味で、今、いろいろな分野の学問を大学で学んでいるのも、もう生きれる時間は限られているわけだから、ちょっとは生き急いで、やれるうちにやりたいことをいろいろやっとかないと、マジでタイムアップだお嬢さん、になっちゃうよなっていう。
 私もいつ懐中時計が止まって、あのクラッシュバンディクーのタイムねじねじマシーンの人に激似なおじさんにアルファベット順に並べられちゃうかわかったもんじゃないし。

 そうなのだ。今回のアリスはそう言う意味で、『ソフィーの世界』は『ソフィーの世界』でもその裏テーマであるハイデッガーの『存在と時間』(世界内存在)の話、それも、某深夜アニメのようにダークネスなところに行っちゃうのではなく、驚くべきことに、こんな切ないテーマを扱って、ちゃんとポジティブなメッセージを感じられる、シンプルながらハートウォーミングなお話なのだ。
 そう考えると、この前DVDで見た『トゥモローランド』もそうだったけど、ディズニーのハッピーエンド着地(※膝に悪い)ってとんでもないなっていう。どうやってもハッピーエンドにできないだろっていう深い題材でも、ちゃんと見た人が明日への希望を感じられるように止揚してしまう、この力量!改めてただもんじゃねーな、あのクロネズミは。

 というわけで、今回はなんということでしょう。普通に面白かったのでした。あれだな、もう完全に原作を無視して、パイレーツ・オブ・カリビアンとヘルボーイ(ゴールデンアーミー)とサガフロンティア足したような、まるっきり別作品にしてて、ここまで違うとむしろ清々しく見れるっていうね。前作で台詞もちょっとだけあったドードー鳥が今回は全くのモブキャラだという事実からも明らか(ドードー鳥は原作者ルイス・キャロル)。
 やっぱり中途半端に原作の力を借りているのが一番男らしくないわけよ。JWみたいにね。もう一回同じことやって楽しいかっていう。まさに『スターシップ・トゥルーパーズ』的男らしさ。あっぱれであった。
 タイムスリップ映画としても結構面白いんだよな。時間改変系のSFかと思いきや、意外や意外、そういう展開になるかっていう。藤子F先生じゃ絶対やらないようなw
 あと時間を旅する航時機みたいなマシンがMYSTの転送装置みたくてすごいかっこよかった。というかCyanのスタッフが描いたんじゃねえかっていう。こういう表面的には有機的だけれども、本質は無機質なデザインってアニミズムのジャパンではどうやっても出ないよね。ヨーロッパのなせる技だよね。
 しかし、こいつらなんてどうでもいいことで争ってたんだろう・・・(^_^;)その戦争はたったひと切れのパイから勃発したってかw

 時間は泥棒だと思ってた。大好きなものを奪い去ってしまうから。でも奪い去る前に与えてくれるのね。
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