「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」
無言の死者に声を与えたいの。
昨年見逃してもっとも悔やんだ映画。東京ですら日比谷しかやってなくて新年早々パキPさんに付き合ってもらって観てきた。
いや~、これ昨年観てたら、間違いなくナンバー1だったね。あとパキPさんと一緒に観たのが良かった。パキさんはわりとエモーショナルな部分にうわ~って乗せられない人だから。
この映画も、事実とは言えけっこう露骨に、ユダヤ人の女性歴史学者を善、ホロコーストを否定するアマチュア著述家を悪、みたいに描いていて、すごい対立構図が明確化されてるんだけど、本当に、前者が綺麗なお姉ちゃんで、後者が偏屈そうなおじさんだったからいいものの、このキャスティングが全く逆だったとき、同じように冷静にジャッジメントできるのかっていうと、なかなか怪しいよね。
特にこれといったイデオロギーを持たないフラットな人は、話の内容よりも、話し手の印象に結局みんな騙されちゃったりするからね。
まあ、主人公の成長も手堅く描いている人間ドラマでもあって、女性としてのプライドをブーディカの像とか出してやってたり、ユダヤ人としてのプライドも自分の名前の由来とか、スコットランド人の弁護士と組ませることでやったり、なんというか、ユダヤ的な選民思想とアメリカ的な自由意思に重きを置くわかりやすい人物造形で上手だった。
ゲーテの引用で「卑怯者は安全な時だけ居丈高になる」っていうのがあって、そういうのが嫌いな人なんだろうなとは思った。当事者意識を持たないから好き勝手なこと言うんだ、みたいな。
だから、自分ひとりの判断で責任をもって行動を続けてきた人なんだろうけど、今回ばかりは自分だけの問題じゃなくなって、自分が正しいと貫き続けてきた信念を、あえて妥協するという、これまたユダヤ的な不条理な試練がきちゃったよ、という。
こういうのって正論では、当事者が証言するのが一番わかりやすくて簡単じゃんって思うけど、世の中複雑で、当事者とか利害関係者じゃない立場の人のが公正公平にやれる場合があるっていうね。最善の策で最大の効果が得られない場合が多々あるっていう。
そのためには、手放しで当事者じゃない人を信じて委ねなきゃけないという。人権運動が好きな人には辛い自己決定権の放棄っていう。
私の良心を引き渡すわ。
あと、当事者意識で言うならば、あのホロコースト否定の人もネットで匿名でわーわー言ってんじゃないのは、かなり勇気というか蛮勇というか・・・いずれにせよ当事者意識あるよな。なんというか、UFO研究家の人とかに近い部類な人のような気もするけど。
勘違いして欲しくないのは、別にホロコースト否定を支持しているわけじゃないんだよ、もっと言えば、あれは意図的な史実の改ざん行為というか、学術的にはかなり悪質な例で、そう言う意味では、あの女性歴史学者と同じ土俵で相撲とっちゃダメな例だと思うんだけど、イギリスの法廷ってスゴイ変で、訴えられた方が訴えたほうの過失を立証しなきゃいけないっていうのと、推定無罪の法則がないから、もう正直者が馬鹿を見るっていういい例になっちゃったっていうね。
で、この裁判はすごい難しいよね。どんなにアナーキーだったり(池田清彦など)ファシズムだったり(自民党政権など)レイシスト的な過激な意見でも(トランプ大統領など)、全ての人には思想や表現の自由があるから、裁判官がお前ちょっとそれ良くないよってやっちゃうと、一歩間違えると言論封殺になって、だからこそ、あのアーヴィングって人がちゃんと一次史料を正しく読んでいて、でもその上でわざと間違った翻訳や解釈をして、自分の主張の都合のいいように編集しちゃったという証拠をすごい労力かけて探したわけで。
事実、映画としては面白かったけど、学術的な議論は法廷ですべきじゃないしね。こういう話は、まずもって学会とか論文でやれよっていうね。もしくは朝まで生テレビ。
アーヴィングも自分の説があいつにディスられたって名誉毀損で訴えるんじゃなくてさ、そんなような裁判小林よしのり先生に対してやった学者もいたけどさ、自説の正しさを客観的に証明すればいいじゃんって思ったんだけど、結局のところ判ったのは、この人、論理武装がズタボロで、私は女性差別主義者じゃない、ちゃんと女性も雇っている、どこどこの国の女はいい乳していた・・・とか女性レポーターの前で言って失笑買っちゃうような、どうしょうもねえなあっていうおっさんなんだよな。
あれだよな、学芸員はキャンサーって言った人と同じレベルで、こういう失言する人ってウケ狙いでわざと言ってんのかなって思うもん。リップサービスだと思っているっていうね。
ポリティカル・コレクトネスなき時代の人々っていうかさ。これって、あまり神経質になりすぎると、私はすべての意見が引っかかるだろって思うから(偏見のない奴はいない)、すごい杓子定規な立場には賛成できないんだけど、せめてポリティカル(政治的)な立場の人は守ってくれよとは思う。政治家が一番ないのはどういうわけだこの野郎っていう。
で、パキさんも言ってたんだけど、この泥仕合、結局ユダヤ人の学者さんが勝利したけど、じゃあこれで状況が改善したかっていうと、そんなことないっていうね。
炎上ビジネスじゃないけど、アーヴィングにしてみれば、プロの歴史学者にちょっかい出して、向こうに対等に相手にされた時点でほとんど目的が達成されたというか。そう考えると論理武装のずさんさにも納得がいく。そこで勝つ気はないんだよね。
そういう意味でイギリスに住むユダヤ人コミュニティの人たちが言うように、もう示談しちゃって、ああいうのはいつの世もいて、まともに相手にしないほうがいいよって言うのも一理あるんだよな。
だって、この裁判だけ見ちゃうと、えっホロコーストが実際にあったかどうかで揉めてるの?って思っちゃうもん。
だから、この映画の邦題の『否定と肯定』はなんか不満な人も多いんだけど、結局、嘘もつき続ければホントになるじゃないけど、真っ赤な嘘もアプローチ次第でこういう対等な立場として扱われちゃうぞっていう恐ろしさは表しているよね。
信じるか信じないかはあなた次第ですとかうそぶいて、受け手に判断を委ねているけれど、そういう嘘を発信した時点で、すでにお前には結構責任あるぞっていう。
で、原題は『denial』で、拒否。つまり、自分の主張に都合の悪いことはたとえ現実のことでも拒否、否認しちゃうっていう意味。
で、この態度は私は批判する気にはならないね。人間って弱いからね。誰しも生きてれば1つや2つ否認したいリアルってあるじゃん。
問題なのは、客観公平な学術の世界でこれをやっちゃうのはまずくて、そこの線引きはちゃんとしなきゃいけないし、ネトウヨじゃないけど、そういう線引きができないネットのSNSとかはやっぱり、私にとっちゃウシが人間を出産!みたいな記事を平気で書く東スポと同じレベルだってことだよね。
だいたい、私はバズっているツイートの9割は嘘だと思っているからね。事実っていうのは、もっと地味なはずで時に受け入れがたいものなんだな。
表現の自由は認められても、嘘と説明責任の放棄は認められない。地球は板ではないし、プレスリーは死んでいる。
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