『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』

 著者は小田切博氏。日本の漫画評論家どもは「手塚漫画はアメコミの影響を多分に受けている」とかさらっと言うけど、お前らアメコミのことなんて全然知らねえじゃねえか!という怒りの本。

 パキPさんが勧めてくれて、確かに、昨今の漫画規制に関してあーだこーだ言う前に、まずはアメリカのコミックコードの歴史を勉強したほうがいいよなって感じで買ってみました。
 例えば、これからの日本が閉鎖的な内需主導型の経済か、開放的なグローバル経済かを選択しなければならないときに、すでに関税をとっぱらったEUや、かつての韓国におけるIMF通貨危機についての知識が役に立つように、歴史というのは現代を冷静に考えるための手がかりになる。

 つまりアメリカにはラディカルな漫画規制(コミックコード)の前例があり、その規制がアメリカのコミックにどのような影響をもたらしたのかを知ることは、今日本で起きている漫画規制について考える上でも大変重要なはずだ。
 それに今では「世界一漫画の規制がゆるい国(C)夏目房之助」として知られる日本ですら、第二次大戦中は表現の自由が規制され、出版を許されたのは戦争のプロパガンダ的な漫画だった。ここら辺もそうだけど、多少のタイムラグがあるもののアメリカと日本の漫画業界がたどってきた歴史には共通点が多い。
 そもそも小田切さんも他の識者も指摘するように日本のサブカル文化はアメリカニズムの模倣なのだ。

 本書のメインテーマは、日米の漫画文化や漫画市場の比較及び考察らしいのだが、私にとってもっとも新鮮だったのはアメコミの実情や歴史を、日本のアメコミ認知の低さに憤る著者が熱く語った「第一部アメリカンコミックス」だ。
 最初読んだときこいつはなんで3ページ目からキレてるんだろう?って当惑したんだけど、小田切さんによって語られるアメリカンコミックスの実情を知れば、自分がこれまで抱いていたアメコミに対するイメージがとんでもなく断片的であることを痛感する。
 例えるならば、ティラノサウルスだけで恐竜語るもんだよねw「あいつらでかくて馬鹿だから滅んだんだろ?」って恐竜オタクに得意げに話しちゃうくらい危険な行為をぼくらはやっていたわけだ。
 いや、それだけではこの人もここまで怒らないだろう。小田切がここまでブチギレモードなのは、仮にも漫画批評で飯を食っている人間(すなわちプロ)が、その程度の知識でアメコミを理解した気になって、日本漫画の優位性を説くかませ犬としてアメコミを評論(!)しているからだろう。

 具体例を一つ挙げるならば、アメコミは日本の漫画と異なり、ライター(脚本)、ペンシラー(下書き)、インカー(ペン入れ)と、まるで自動車や航空機の組立のように、合理的な作業の分業化が進んでいるので、なかなか日本のように作家主義的な作品が登場しないという意見(誰だこんなこと言ってたバカは!?私だ)。
 これは正確には正しくない。大手の出版社が手がけるヒーローコミックの場合、これは当てはまるが、60年代からの反戦運動に代表される若者文化(カウンターカルチャー)として広まり、その後オルタネイティブコミックスとして発展することになる、アンダーグラウンドコミックスは一人の作家が物語と作画すべてを手がけ、「商品」ではなく自己表現のための「作品」として描かれた正真正銘の作家主義的なアメリカのコミックだ。

 こんな感じでアメリカのコミックは日本人の想像以上に多様化しており、日本に負けず劣らず豊かな歴史を持っている。
 ・・・というか日本の漫画が商売と芸術のあいだを中途半端にフラフラしてきたのに対して、アメリカのコミックの方が二極化というか、多極化が進んでいたことがわかる。
 コミックブック(子供向けの勧善懲悪ヒーロー漫画を起源とする)、コミックストリップ(プロフェッショナルな新聞漫画。大人も読む)、アングラコミック(作家主義的風刺漫画)などが冷戦や、コミックコード、流通形態の変化によって分離し統合した複雑な経緯が・・・小田切よ、年表にしてくれ。
 なんにせよ、とてもじゃないが一言で「アメコミとはこうだ」って言えるほど単純なものじゃないのだ。Tレックスくんは恐竜を象徴するかもしれないが、Tレックスくんだけが恐竜のすべてじゃ――古生物のすべてじゃないのだ。
 
 とまあ、こんな感じで第一部はアメコミについて全く詳しくない人にとっては驚きとワクワクにあふれた読書体験ができます。
 で、問題は、本書のタイトルにもなっている戦争(に象徴されるリアルの社会現象)が漫画(およびその作家)にどのような影響を与えたかって部分なんだけど、これがなんというか小田切さんのスタンスがイマイチつかみにくい。
 本書はとにかく作者の熱エネルギーはすごいんだけど、そのエネルギーが抑えきれなかったのかバーストしちゃって、文章の構成がそこまで練り込まれていなくて、思いの丈を思いつく順から文字に起こしちゃいました的な本になっちゃっている。
 ぶっちゃけて言ってしまえば、論理展開の順序がめちゃくちゃで、前後関係をこちらが整理して読み進めなきゃいけないから、読み終えるのに一週間くらいかかったw

 とりあえず小田切さんの主張というか漫画観がある程度明確に伺える一文を引用します。

 開始当初、より現実味のある科学技術描写によって「フロンティア」としての宇宙への夢を復権させようとしていた『プラネテス』や『MOON LIGHT MILE』が事件後、急速に利権としての宇宙開発を描き始め、大国間のエゴがぶつかりあう閉鎖的な政治性に満ちた「場所」として宇宙を再定義してしまったことは、これらの作品の性格上ほとんど自己否定に等しいのではないかと個人的には思っている。
 はっきりいえば私には彼らが現実からの虚構への干渉に対して「踏みとどまれなかった」のではないかという感想を持つ。」(197ページ)


 911によってアメリカのコミック作家が「現実(←世界貿易センタービルがない)」に否応なしに向き合わされ狼狽したのと同じ頃、日本のいくつかの漫画では911や大国とテロとの戦いを、ある種無邪気に作劇に盛り込んだことを、小田切さんはあまり快く思っていない。
 まずもって虚構の娯楽であり、それ以上のものでもない漫画に、リアルな時事問題を作品のメインテーマを犠牲にしてまで盛り込む必要が果たして『プラネテス』や浦沢直樹の『PLUTO』、『機動戦士ガンダムSEED』にあったのだろうか?ということらしい。
 
 でもあの頃を振り返って純粋に思うのは、ガンダムSEEDやプラネテスが好きな人って、大抵そういう政治的な部分は無視して(意図的に読み取らないか、もしくは読み取れない)ラブコメとして見てなかったかい?てこと。
 ガンダムSEEDが当時流行ったのは覚えているけど、あれを見て多元文化主義やパクスアメリカーナの是非について語っている奴なんて一人もいなかったぞ、と。
 つまり小田切さんがここまで杞憂に思うことはないんじゃないかって思うんだ。まあこの場合は作り手のスタンスとしての問題提起なんだろうけど、受け手がそう取っちゃうんだから問題はないんじゃないのだろうか。

 おそらく911を経験したアメコミのように、日本の作家が変に社会に対する危機意識を持っちゃって本来の娯楽性を見失っちゃうのでは?という危惧なんだろうけど・・・今やってるアニメを見た感じあんまこの人たちリアルに影響受けてないw
 そう言う意味で日本の漫画を取り巻く状況って、小田切さんが望む形――漫画が漫画として(=政治や社会と切り離された単なる娯楽)あるべき――で今なお存在しているし、その状況を読者の健全性と考えるならば、それは津波だろうが隕石だろうが、変わらず維持されるほど強固なものだと思う。
 私は半分呆れて半分頼もしく思ったもの。311以降も相変わらずおんなじ美少女アニメやってるんだからw

 つまり、ほとんどの人は311の文脈で『魔法少女まどか☆マギカ』を観てないし、それは一部の批評家のマーケティング的な深読みだろう。これに関しては「ほむほむ~」とか言ってるだけの受け手の方が正しいよ。それでいいんだよ。
 ただオウム事件とエヴァンゲリオン(もしくはそれ以前のサブカルチャー)の関係性はわからない。ひとつだけ確かなのは、なんだかんだ言って一番こたえたのは庵野秀明監督ってことだよね。あの人の生き様的に自分のウルトラマンごっこの社会現象化はショックだったと思う。
 時と場合によってはこういうことも起きてしまうんだってことに、日本の作り手はもうちょいナーバスになったほうがいいのかもね。

 大塚英志さんは東浩紀さんとの対談本『リアルのゆくえ』で「自分の作ったものに意味が発生することへの恐れの有無についてはけっこう重要だと思うよ」と東浩紀さんに言ったんだけど、これは、自分の作品(エヴァ)にファンが能動的に意味や価値を見出していることに対して庵野監督が危機意識を持ち(ぶっちゃけ怖くなった)、意味(オチ)を作り出すことから最後の最後で逃げ出したことをある面で評価し、ごく普通に健全なメッセージ性を込める現在の作家(新海誠さんなど)に多少の違和感を感じているわけだ。

 でもさ、私に関して言えば311当時のブログを読み返せばわかるんだけど、アメリカの作家さんとおんなじことを考えてて、もう漫画描くのやめちゃおうかなって思ったんだよ。
 なんかメタ的に社会を風刺して人に読ませるのに罪悪感というか、なんかずるいよねって思っちゃったんだ。
 偶然原子力発電所がメルトダウンの危機に陥るって話を書いていただけにね。それも完全なエンターテイメントの文脈で。
 私が『抽選内閣』以降、漫画で社会問題を取り上げているのは、なにも読んだ人の目を社会に向けさせるためではなく、それくらいのものを描かないと純粋にエンターテイメントとして物足りないって思ってただけだけなんだよ。

 だからほとほと嫌になっちゃって、でもテレビで被災地の様子を放送していた時にさ、避難場所となった学校の体育館の隅で一人の中学生くらいの女の子が座っていて漫画の単行本を読んでいたんだよ。
 もちろん自分が描いた漫画じゃないよ、でもそれにすっごい救われた。未曾有の天変地異が起こって、とんでもない悲しみを負った人にわずかながらの生きる希望を与えるならば、漫画って本当天使にも悪魔にもなり得るなって。
 問題は「間」というか、時と場合というか、いつ誰に表現するかなんだなって思ったとき、なんかふっきれちゃった。
 そんな経験があるから、本書で紹介された世界同時多発テロによって描くことの意味を見失ったり、描くことの無意味さを嘆いた作家(とスーパーヒーロー)の気持ちが、自分の心の中にグワ~って入ってきちゃって、なんか無意識にペンを持って漫画描いていたよ。なんか描かずにはいられなかった。まあその次の日の仕事が辛かったけど。
 
 話がそれちゃったけど、当たり前だけどどんな人も現実からは絶対逃れられない。でも残酷な現実を少しのあいだでも忘れて、ちょっとでも前向きに生きる気になってくれたなら創作物ってそれで十分じゃないんじゃないかって思う。
 もちろんだからといって私がこれからブームに乗っかって萌え美少女漫画を描くってわけじゃないんだけど、いろんな漫画があってもいいよねって。まあ、いい歳して漫画を描き続けるための、ていのいい言い訳なんだけどね。
 ビートたけしさんが言うとおり、創作する人っていうのは結局徹底的に自分のことしか考えてないエゴイストなんだよね。そこを再確認できた本でした。

 ありがとう小田切。

新科目「公共」とアベデュケーションについて

 国民の敵、公務員(=教員)の退職金が段階的に減っていくらしい。

 最終的に給料の十ヶ月分(=400万円※月給40万円の場合)を減らすそうで、とりあえず今年の二月から二ヶ月分減ることになる。
 だから退職金が減る前に自分から退職しちゃうベテラン先生が多いんだって。埼玉県ではなんと駆け込み退職者が100人を超える勢い。
 なにせ今年度末まで働くと退職金が150万円減るから、二ヶ月分の給料捨てて今やめちゃったほうが得になっちゃう。
 お前ら金のためだけに教員やってたのかって批判されちゃいそうだけど(最近、いじめや体罰と学校批判が流行っているから)、退職金前提でローン組んじゃってたりしたらそうなるよね。聖職者の前に生活者だと。

 あと、これは先週の「日本教育新聞(←恥ずかしながらこんな新聞があるなんて初めて知った!)」に書いてあったんだけど、安倍さんは教育再生会議を復活させて、中学高校に新科目「公共」を導入しようとしているらしい。
 最近の若者に公共心が少なくなったからってことなんだけど、この退職金騒動を見ていると、まず先生の公共心が怪しいよ。
 内容としてはインターンシップやボランティア活動をやらせるってことで、教職課程の大学生が教員免許を取るのに介護体験をやらなきゃいけないのに近いと思う(このアイディアは田中眞紀子さんが考えた)。
 確かに教室でのお勉強よりも、こういう活動で輝く生徒もいるんだろうけれど、大切なのはその経験がちゃんと進学や就職で生かせるようにしなきゃいけないってことだよね。
 あ、でもわりと活用できるのかな??具体的にどういう活動をやらせるのかが、いまいちまだ明確じゃないので、ちょっとわからないや。
 そもそも学校教育って多かれ少なかれ子供の心理形成に影響を与えるものだけれど(人格陶冶)、それはパターナリズムで子どもの内面に大人が勝手に踏み込んではいけないっていう人もいるから、この手の教育改革は形骸化しがちなんだよな。どうなるんだろう。

 とはいえ、一部の人(主にリベラル派)が言う「道徳と法は分けて考えるべき」という“民主主義の基本”は現実問題として果たしてどれだけ可能なのだろうかって話だよ。
 逆説的に考えれば、それだけ法律(全体の問題に関わる)と道徳(個人の問題に関わる)は親和性が高いから、適切な距離感を取らなければ個人の自由が犠牲になるってことなんだろうけれど、共同体を一切考えずに個人の自由というものが成り立つのかはかなり怪しい。
 自由を担保する存在が絶対に必要だからね。そこらへんはブログでも何度も書いたし、ホッブスの『リヴァイアサン』あたりが面白いのでぜひ。

 さて、安倍さんって、昔総理になった時も著書『美しい国へ』で教育改革を熱く訴えていた人で、今回はそのリベンジ戦だからかなり本気で変えて行く気がする。
 新科目「公共」以外にもいろんなアイディアを出していて、これらを「アベデュケーション」というらしい。誰だアベノミクスと言い悪乗りしてる奴ww

アベデュケーション①土曜日登校の復活
 私が小学生くらいは土曜日も学校があったんだけど、それをまたやろうというもの。脱ゆとりを象徴する案なんだろうけれど、夜も塾に行っている子供に更に詰め込んで効果はあるのだろうか。あ、でも共働きの家庭が増えたから、子供が土曜日も学校に行ってくれた方が楽&安心っていうのはあるのかもしれない。特に小学校なんかは。
 
アベデュケーション②愛国心教育の導入
 これは言わずもがな、波乱が起きるよね。国歌を斉唱しない教員はさらに風当たりが強くなりそう。一応自由権で思想信条の自由があるんだけど、公共の福祉のために働く先生がどれだけ公共のために自由を制限されるか、その解釈がポイントになるのかもしれない。
 戦後の日本の学校教育って軍国主義の反動で、政治的にはかなりニュートラルっていうかリベラルだったんだけど、もしこれが盛り込まれたら教育現場は大きく変わるのだろうか。
 ただ、児童、生徒の前に、まず現場の学校の先生にどれほどの愛国心があるのか判断できないし、これから教員採用試験で国家に忠誠を尽くすような人を優先的に採用するのかもちょっとわからない。
 教員採用試験は各地方自治体が行っているので、そこまで国家主義的な基準を地方がはたして取り入れるのかなあ・・・

アベデュケーション③道徳教育の強化
 これも個人の心の問題だから非常にナイーブな問題なんだけれど、最低限のルールやマナーはやっぱりちゃんとしつけたほうがいいのかもしれない。
 そもそも道徳とは普遍的なもので、ほとんどの人が共有すべきものだからね。人に見られてようが見られてなかろうが、犯罪はやっちゃダメじゃん。それはやると警察に捕まっちゃうから、とかじゃなくて、そもそも規範を逸脱した行為に強い罪悪感を覚えなきゃいけないものじゃん。
 また最近では、けっこう敬語が使えない子がいて、それは敬語なんて使ってられるかよ、じゃなくて、本当に教わってないから使いたくても上手く使えないらしいんだ。
 そういう子は面接とかでけっこう苦戦しちゃうから、個人の自由どうこうじゃなくて、規範意識の欠如はかなり切実な問題ではある。だってどの子も最終的に「社会」に出て行かなきゃいけないからなあ。

アベデュケーション④政治的リテラシーの育成
 アベデュケーションで一番印象的で一番謎なのがこれ。政治的リテラシー??どういうことなんだろう、ってことで調べてみたら、民主主義国家に生きる「いち国民」として、一人ひとりが主権者としての自覚を持って政治に参加することをどうやら子どもに教えたいらしい。
 確かにこの前の選挙の投票率はかなり低かったからね。それは平和な社会の証明であるっていう学者さんもいるんだけど、せっかく昔の人が血を流して獲得した選挙権を自分から放棄する人が多いのは問題って安倍さんは思ったのだろうか。
 確かに若者の政治離れ・・・ってよくよく考えたらちょっとシャレにならないもんね。若者の漫画離れとは問題の質が違うし。

 私は去年Ustreamで「マイケル・サンデルの本を学校の教科書にすべき」って半分本気、半分冗談で言ったんだけど、政治的リテラシー教育をやるならサンデル教授は教材としてすごいうってつけだと思う(どの事例も答えの出ない、考えること自体に意味があるようなものだから)。
 ただ生徒同士のディベートをうまく取り仕切れる田原総一郎のような教師をまずは育成する必要があるのかもw
 今の人って、「問題点をうやむやにして結論を避ける」とかつて言われた民族とは思えないほど、答えに白黒はっきりつけたいタイプが多いけど(それともそのスタンスはネットにいるときだけ?)、そういう瞬発力(だけ)に特化した短絡的な思考回路に疑問を投げかけて、ひとつの物事を長期的に考える訓練にはなるのかもね。

 ただそれはゆとり教育の時にやって頂きたかった(C)児玉清

サイとマリと富野ならむしろイデオン

 最近職員室の新聞を見るのが楽しい。ウチは読売と地方紙の2誌をとっているんだけれど、学校には朝日新聞などもあって新聞社ごとのカラーが楽しめる。
 例えば読売新聞なんて語り口はソフトだけどメチャクチャ民主党が嫌いで自民党LOVEなのがわかるし、逆に朝日新聞は自民党政権に対しては冷ややか。
 個人的には私も今の自民党人気には懐疑的だから(アベノミクスってなんじゃら)、シンパシーを感じるのはどっちかというと朝日新聞なんだけど、そういう政治的なスタンスは私にとってはそんなに重要じゃない。

 朝日新聞が面白いのは記事のバラエティというか、とにかくツボを付いたニュースが多い印象がある。風営法でクラブのダンスが細かく規制されているという記事もあれば、ガンダムについて有識者が語る連載があったりw
 今日はガンダムユニコーンの作者がコメントしてたんだけど、「壮大なスケールをテーマにしたアニメが富野さん(=伝説巨神イデオン)以降はほとんどない」とか言ってて親近感を感じたね。

 まあアニメの話はどうでもいいんだけど、国際問題で言えば、昨日の二面では南アフリカ共和国のサイを「なりすまし猟」で流通させちゃっている問題を取り上げていたんだけど、こういう話ってなかなか世の中について考えさせられる。
 なりすまし猟というのは、南アフリカは外貨を稼ぐために観光客にビッグゲームハンティングということでサイを狩らせているんだけど、その記念としてサイの角を持ち帰るのは公認しているんだって。
 だからその法の抜け穴を利用して、はなから売買目的でバイトの人に適当にハンティングをさせて(素人なのでサイなんて仕留められないから最終的に同行したプロにやってもらう)、サイの角を国外に運んじゃうんだってw
 なにしろサイの角はアジアではとっても需要が高く、今ではなんと金よりも価値があるらしい。もちろん密猟も横行しているんだけど、今回の事件はもっと厄介だ(サイの死体の前で記念撮影もさせる念の入り用!)。
 それなら、そんなハンティングやめちゃえばいいじゃんって気もするけれど、そこで得たお金でサイの保護や繁殖に当てているのでなんとも皮肉な話。なにやるにしてもお金がかかるのだ。

 今日は西アフリカにある国「マリ」のクーデターについて載っていたんだけど、なんとこの問題はリビアのカダフィ大佐が倒されたことと関係があるんだって。
 カダフィ政権が倒れたことで、カダフィ側で戦ってたイスラム系遊牧民族トゥアレグがマリに武器を持ち帰り、マリの政府軍を圧倒しているんだって。
 本当はイスラム教っていうのは異文化に寛容なはずなんだけど、貴重な文化遺産も破壊されまくっているから、ほっとくわけにも行かず旧宗主国のフランスが軍事介入しているというわけらしい。世界はつながっているんだなあ。

 こういうニュースって物語を作るときにもすっごい役に立つのは言うまでもない。社会や世界に興味を持つのは無駄ではないからね。
 マロさんは「新聞は2紙以上取りなさいって昔のマンガ家は編集者に忠告されたそうですね」って言ってたんだけど、確かに『こち亀』の秋本先生なんかも新聞を何紙もとって、興味深い記事はスクラップにしているんだ。
 あの時は単純に「よく読む時間あるな」位にしか思ってなかったんだけど、いよいよ私も真似しようかなあwチョキチョキ。

プロメテウス

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆」

 知ってどうするんです?

 多分、そこが人間とロボットの違いなのかも。


 公開時からいろいろ賛否両論だった映画。『エイリアン』や『アメリカン・ギャングスター』のリドリー・スコット監督。
 人類はなぜ生まれ、どこに行くのか?その手の普遍的な問の答えって、結局とんちみたいなものしか出ない。でも人類にメタ思考ができるようになっちゃったのが運の尽き。答えを求めずにはいられない。
 だから人類は宗教や哲学、自然科学を生み出した。神でもなんでもいいから「お前たち人類が生まれたのには意味があるんだよ」って言って欲しい。理由が知りたい。理由があるなら。

 人が私(ロボット)を作ったわけは?
 作れたから。
 もし創造主がそう答えたらあなたは失望するでしょう。


 公開当時には「アメリカは結局創造説」とか「キャラの動機がよくわからない」色々言われたけど、私はこの映画・・・すっごい楽しかった。
 漫画の脚本で似たような設定(木星の考古学者の話)をやろうとしているから、ビジュアルイメージの参考に見たってだけだったんだけど、いや~見てよかった。
 楽園で知恵の果実をかじっちゃった人間の、純粋かつ凶暴な知的欲求を描きたかったんだって考えると、綺麗にまとまってはいるし、クロワッサンが空から墜落したり、妊婦がイカを出産したり、主人公の吹き替えが致命的だったりは私にとってはツッコミどころではなく、おバカな魅力として作用した。

 悔しいかな、同じく『2001年宇宙の旅』をモチーフにしたエヴァンゲリオンの時もそうだったんだけど、私って結局笑ってしまうとその映画の評価が上がってしまう。どんなに嫌いな作品でも笑わせられちゃうとOKOKになっちゃって、つまらない作品とはどうしても思えない。笑いは正直だからね。
 こういうこと言うと、いつも「馬鹿にしてるんでしょ」って言われるんだけど、それは全く違う。人が生まれてから死ぬまでの間の辛い人生に、笑いという花を咲かせるのはなかなか尊く、難しいことだ。

 それを一生懸命やっているひとを私は尊敬こそすれ、馬鹿にはしない。じゃあこんな馬鹿な映画作れるのかって問いたいよ。大人になるとなかなか馬鹿なものに全エネルギーを傾けるってことができなくなる。
 うんこマンちんこマンとか描いていると、ある時ふと「これを28歳で描く意味はあるのか?理由は??」と冷静になってしまってなんかバカバカしくなっちゃう。時間的余裕も限られているからね。そうだな、この「歳をとると描く理由を求めずにはいられなくなっちゃう病気」をプロメテウス病と名付けようw

 ただ、ひとつわがままを言わせてもらうなら、あのラストは余計だったかな。リドリー・スコット監督のファンサービスだったんだろうけど、あれでB級ホラー映画みたいなオチになっちゃったわけで。
 というか私はエイリアンのあのデザインがあまり好きじゃない。なんかやりすぎって感じがするんだよな。装飾を付け足しすぎというか・・・成田享さんのウルトラ怪獣に見られるようなシンプルな美しさがない。
 とはいえアメリカのクリーチャーのちょっとグロイ感じとかは、日本人ってなかなか出せないから羨ましいけどね。ジュラシックパークの恐竜のデザインを見たとき、芋の煮っ転がしからハンバーグになったような衝撃((C)毒蝮三太夫)を受けたもの。この恐竜は生きてる!って。

 話が脱線したけれど、というわけで、まあ、最初は剛力さんによる女性科学者の吹き替えが前代未聞のレベルだったんだけど、意外と映画の内容も最終的にはバカ全開だったから(空飛ぶクロワッサンあたりでもうどうでも良くなった)、最後の方は違和感感じなかったんだよな。慣れってすごい。
 このキャスティングは剛力彩芽ファンを劇場に呼ぶための、毎度お馴染みのあざといマーケティングだったんだろうけど、私、最終的にこの映画における剛力の投入には何かもっと深い意味があったんじゃないかって考えているからね。
 
 剛力彩芽「死ねえええええ~~!!!!」(今回のベストアクト)

『ライジング・サン』

 ハッピーニューイヤー!ということで新年最初のブログ記事は、我が心の師マイクル・クライトン先生が、かつての日米貿易摩擦をとりあげた産業サスペンス、『ライジング・サン』をご紹介。

 どんな分野でも、取り上げるからには徹底的なリサーチを行うのがクライトン先生の仕事の流儀。今回も米国人から見た日本人の「異質さ」をリアルに描いています。
 松下幸之助の経営哲学、田中角栄とロッキード事件、竹下登とリクルート事件、社交辞令、系列、隠蔽体質・・・アメリカの人が、よくまあ日本人をここまで考察したよなあって感じでびっくり。

 この小説って『ジュラシック・パーク』の次に発表されていて、日本でクライトン先生の知名度がバーンと上がったあとのまさかのジャパンバッシング小説だったので、当時は色々と物議を醸したようですが、改めて読んでみると別に日本をそこまで悪く描いてはいない。
 ただ悪人がいてそれがたまたま日本人だったって感じ。そしてこいつは日本人の私から見ても「外道」。

 イシグロマサオお前のことだよ。

 こういうのって、例え指摘が合っていても、なんとなく面白くないから「いや~全然違うよ、やっぱアメリカ人は日本人をわかってないね~」とか言いたくなっちゃうものだけど、実際当事者だけが、その違和感に気づいてないってことはよくある。
 そして冗談抜きで日本人ってこういう生き物でしょ。表面上はうまく取り繕っても、ぼくらは初対面の外国の人になかなか心を開かない。

 「いろいろな点で、日本人は素晴らしい民族だ。勤勉で、知的で、ユーモアがあって。掛け値なしに誠実な人々だよ。ただ世界一のレイシストでもある。(略)日本人は好きだ。大好きだといってもいい。だが、わたしは日本人ではない。そして日本人は、決してそれを忘れさせてはくれない」

 いつだったか我が家に、本国ではテレビに出るほど著名なドイツ人の市議会議員さんが来たんだけど、やっぱり照れるのか、怖いのか、距離感を作ってしまう。とりあえず気を悪くさせないように笑顔を作ろうって・・・それが一番相手にとって失礼なんだよって!
 さすが200年以上引きこもってただけある。日本人は世界一のレイシストなんだな。

 「日本企業はMITに対して、教授職25人ぶんの研究費を寄付している。どの国よりもはるかに多い金額だ。なぜそんなことをするのか。あれこれと試したあげくに、日本人は知ったからだよ――自分たちにはアメリカ人ほどの創造性がないということをね。それでいて、革新的な技術はほしい。となれば、することはひとつだ。買うのさ」(470ページ)
 
 でさ、このセリフで思い出したんだけどさ、そもそも日本って、ある意味中国以上のパクリ国家だよね。
 しかも中国のように、ただ丸パクリするんじゃなくて、自分たちの使い勝手がいいようにチャチャっと改良しちゃうんだから始末に負えない。
 大体クールジャパンとか言われている日本のサブカルチャー、オタク文化だって、若い子は知らないだろうけど元はアメリカニズム。
 ただオリジナルがなんだか分からないほど自国文化のように昇華させてしまうから、まさかアメリカの真似をやっているとは気づかない。パクリのレベルが高すぎて自分たちのやってることがパクリだってことを忘れちゃうなんて、まったくひどいやつらだよ、ジャップは。

 それに今では信じられないけど、バブル期までの日本って今の中国みたいな感じで、確かIBMに産業スパイを送ったり、ニューヨークの名だたるビル(エンパイアステートビルやロックフェラーセンター)を買い占めちゃったり、なかなか相手のメンツを無視した、阿漕なことをやっていたらしい(実際東京の地価が高騰したときは、アメリカ全土が買える値段にまで上がった!)。
 こんな真似されて面白くないのは、もちろんアメリカ。日本人の狡猾さ、図太さに危機感を抱き、何より日本人の空気読め的な暗黙のルールに悩まされたという。クウキッテナンダ??? 

 よくTPP問題で「これをやったら日本はアメリカの企業に潰される…!」とか言う政治家がいるけれど(その意見に反対というわけではない)、その逆を日本はアメリカにさんざんやってきたんだよね。
 もちろんアメリカだってアンフェアなことは平気でやるけど、それにいちいち目くじら立ててもしょうがない。かつてのジャパニーズビジネスマンが言っていた通り今もビジネスは戦争なのだ。
 「あいつらライフルで撃ってきやがる!ひどい」って戦場で抗議する兵士はいないだろう。戦ってんだから。アウトレイジビヨンドの片岡さんが言うとおり「やったやられたはお互い様でしょ。」なのだ。
 
 「日本にアメリカの土地を買うなというのなら、売るなといいたい。――盛田昭夫(ソニー創業者)」

 しかしグローバル化、ボーダレス化が進んで、結局そこにあるのは仁義なき血みどろの抗争なのだろうか・・・国境や文化の壁を越えた共存共栄の友好関係は築けないのだろうか?
 作中で日本通刑事として登場するジョン・コナー警部は、日本人が好きだと言いながらも、やっぱり分かり合えない・・・と悲しそうにつぶやく。
 はっきり言って、このコナー警部、相手に対する無言の気遣い(KY=空気読む)も完璧で、私なんかよりもずっと日本のしきたりや礼儀に詳しいんだけど、日本という国を知れば知るほど、日本を完全に理解することなんて出来やしないって、わからなくなってくるんだろうな。

 「わたしには、アメリカで働いている日本人の友人が大勢いる。(略)友人たちは、いつもわたしに思い出してくれという――彼らはまず第一に人間であり、その次に日本人なのだと。残念ながらわたしの経験では、それが常に正しいとはかぎらないがね」(624ページ)
 
 価値観が多様化した現代では、こういった異文化理解(本当の意味でのポストモダン)は、同じ日本人の間でも考えていかなければいけない問題なのかもしれない。
 知らない相手に対するちょっとした気遣い・・・これは日本人が得意としたところだと思うんだけど、今の日本は皮肉なことに作中のアメリカと状況が似てしまった。そしてかつての日本の成金的ポジションはBRICsが元気に継承してくれている。
 追う側から追われる側へ・・・日本とアメリカは今こそ本当の意味で仲良くなれるかもしれないw「いや~今になって当時のアメリカさんの気持ちわかりましたよ~」とかw

 うるせえよ、いいからTPPやれこの野郎とか言われるんだろうなw

 おまけ:それと余談だけど、この小説って固有名詞が『ジュラシック・パーク』と、いくつか重なっている。例えばインジェン社の大口出資元ハマグチ社や、恐竜のDNA解析に使ったスパコン「クレイ」の顛末など。おそらく同時期に書いていたから、遊んでみたんだろうねw

 あと女体盛り出なかった。
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