ボルタ電池について

 今日塾で中学生に電池を説明するのでここでまとめます。

 ボルタ電池ってあれです。小学校や中学校の理科に出てくる銅版と亜鉛版と希硫酸(濃度の低い硫酸の事)をつかって電気を作る化学装置です。
 アレッサンドロ・ボルタは硫酸を使う前は電解質水溶液の食塩水を使って「電たい」を開発。その理屈を応用させ1800年電池を作りました。
 しかしこのボルタ電池・・・発電量がとっても少ないので、大量につなぐ必要があり、とんでもなくかさばりました。
 また電極(特に銅の方)に水素の泡がついて電気の発生を妨げてしまうのも問題で、一定量の電気を長時間つくりだすことは難しかったのです。


 二種類の金属を電気を通す水溶液につっこむと電気がふたつの金属をつなぐ導線に流れるよ。って説明だけで納得すればいいのですけど、これを詳しく説明するのは相当ややこしい。高校の化学の知識が必要になってくる・・・そうイオン化傾向。

 貸そかな、まああてにするな、ひどすぎる借金

貸そ(Kカリウム)>か(Caカルシウム)>な(Naナトリウム) >ま(Mgマグネシウム)>あ(Alアルミニウム)>あ(Zn亜鉛)>て(Fe鉄)>に(Niニッケル) >する(Sn錫) >な(Pb鉛)>ひ(H水素)>ど(Cu銅)>す(Hg水銀)>ぎる(Ag銀)>借(Ptプラチナ)>金(Au金)

 って私は高校の頃サトル先生に覚えさせられたんですけど、これは「イオンへのなりやすさ」っちゃそうなんですが「絶対的順位」ではなく「相対的順位」であることに注目。つまりイオン化の傾向は相手によるということ。
 「貸そかな・・・」のイオン化傾向は、つまりカリウムがもっともどんな相手が来ても陽イオンになりやすい場合が多く(イオン化傾向が高いから)、逆に金はどんな相手でもイオン化しない。
 まあカリウムは最弱って感じですが、実はさらに弱いリチウムやセシウム(1秒の基準を決める原子時計で有名)なんてのもいる。ただ金よりイオン化傾向低い金属って私は知らない。王水でしか倒せないってイメージあるし(あとは超臨界水くらいか?)。

 とにかく鉛と銅と水素(←希硫酸に入ってる。硫酸は水に溶けると硫酸イオン(SO4 2-)と水素イオン(H+)を出す)のイオン化傾向を比べると鉛>水素>銅となります。
 イオン化傾向がボルタ電池のメンバーで最も高い「鉛」は硫酸にあっさり溶けて、陽イオン(Zn 2+)になり硫酸の水溶液に溶け出していきます。
 「陽イオン」とは原子がもっていた電子が外れて、マイナスの電荷よりもプラスの電荷が相対的に高くなりプラスの電気を帯電している状態のことを言います。

 鉛が陽イオンになることで金属板はマイナス極となり、そこに取り残されてしまった鉛の電子は、電気となって導線を移動、途中豆電球かなんかをつけたりして相対的に+極となった銅板にむかいます。
 銅板に到達した電子はここで電解質中の水素イオンと結合し水素を発生。銅板に水素の泡がついてしまうのはそのためです。

 実は亜鉛版でも亜鉛原子から外れた電子は水素イオンとくっついていて、じゃあ別にわざわざ導線を通って銅板で水素イオンとくっついて水素出さなくてもいいじゃんという感じですが、なんでも「水素過電圧」という話があって、水素は亜鉛よりも銅の方が発生しやすいので(亜鉛は水素過電圧が高い。平たく言えば銅の方が亜鉛よりも水素イオンと電子に人気がある)導線に電気が流れるそうです。

情熱の系譜 第17回 武谷三男×益川敏英

 おお、すぐにユーチューブにあげてくれてる。まだできたばかりの番組なんですね。

 益川先生が影響を受けた理論物理学者武谷三男さんの話。

 武谷さんは「武谷三段階論」という科学研究における有効な方法論を提唱していて、それに益川さんはとても影響を受けたそうですが・・・この「1現象の記述」「2実態構造の把握」「3本質の追求」ってそもそもこの方法でしか科学研究ってできなくね?と思ったのですが・・・
 それとも武谷さん以前は、みんな漠然とこの三段階論を無意識的にやっていて、武谷さんが分かりやすく「科学的な方法とは何ぞや?」ってまとめてくれたってことかな。

 ここらへんは原著を読んだことないから分からないな。あの益川さんが「ぼくの骨肉になっている」とか言うんだから、これだけじゃないんだろうな。
 武谷さんの『弁証法の諸問題』や『科学入門』を機会があったら読んでみよう。

『超音速ソニックブレイド』 まえがき

 なんか本サイトに置く場所がないので、この前書いた「ソニックブレイド小説版のまえがき」をこちらに保管しておきます。
 「マイクル・クライトン的SFロボット漫画」がコンセプトだったので、文体パクってますwでも日本のロボットアニメとかと比べればプログラムやシステム化などの概念の導入は新しいと思うんですけど。


はじめに

 21世紀の科学は、今世紀末中に人類史上最大の変革を迎えるでしょう。

 現在の科学とは、私たちを取り巻く「自然」を探求する“だけ”のストイックな学問ではありません。その見方は、現在の科学のほんの一側面を指し示しているに過ぎません。現代の科学は常に「国家」と共にあります。なぜなら現代の科学における重要な研究には、莫大な資金が必要だからです。政府や、企業、研究機関のどこにも属さない(アナーキーで物好きな)科学者が、実費を投じ個人的に研究を行なった上で、人類史に残るような発見を成し遂げることは、20世紀に比べずっと少なくなるでしょう。
 いまや科学技術の発展は国家戦略の重要な一部です。国家と科学はこれまでにない協調関係を築いています。「マンハッタン計画」「アポロ計画」「ヒトゲノム計画」などがよい例でしょう。国家レベルの取り組みが、かつて一個人では成し得なかった、途方もない金と労力と時間が必要な研究を可能にしているのです。科学は国家にとっての強力な“力”なのです。

 我々人類は、前世紀末に強力な“力”を科学技術の発展によって手に入れました。それは核兵器ではありません。それよりもずっと強力な力です。それは「情報技術」です。21世紀の科学の変革は、この分野によって成し遂げられると言っても過言ではありません。情報技術の強力な武器は“個々人の情報を高速かつ広範囲に相互作用させる”ことにあります。これにより科学技術の発展はこれまで以上に加速することは間違いないでしょう。

 一部の数学者はかつて「科学の発展は、いずれ人類の生物学的な限界によって頭打ちになるだろう」と予言していました。ここでいう「生物学的限界」とは人間の寿命のことです。科学とは必ず「検証作業」を伴います。先人たちが発見した科学理論が本当に正しいかどうか、現代の研究者が検証するわけです。この作業は、現在とりあえず正しいとされている「アインシュタインの相対性理論」や「ガモフのビッグバン理論」「マックス・ボルンの量子の確率解釈」などにおいても盛んに行われています。科学は常に懐疑的であるべきなのです。その上で、数学者は科学の未来をこのように想像したのです。
 「科学が発展するにつれ、その理論がますます複雑、膨大になると、十分な検証を行なうのに必要な時間も膨大になり、研究者の寿命をオーバーしてしまう、それが科学の限界だ」
 この数学者の悲観的な予言に対し、20世紀の科学は主に二つの対処法をとりました。
 ひとつは、計算機――すなわちコンピューターを生み出したことです。人間が一生かかっても出来ないような膨大の計算をコンピューターは可能にしました。
 もうひとつは、科学の分野を細かく細分化したことです。膨大な検証作業を“分業化”することで現在の科学は、我々の世界の“ディティール”を克明に描き出してくれました。
 20世紀は、これらの手法が科学を大きく発展させたと同時に、我々の世界の謎をさらに深めてしまった時代といえます。我々の世界の細部は、想像以上に不可思議なものだったからです。これまでの物理学の常識を覆し、科学者に「この世界は確かなものは何一つない」「無は無ではない」「世界は絶えず分岐している」などと、哲学的な見解を要求した量子力学がその典型的な例でしょう。

 21世紀の科学は、このような20世紀の科学が新たに提示した謎に、取り組まなくてはなりません。この謎を理解するためには全く新しい思考、理論が必要です。そのためには「実践情報経済環境シミュレーション工学」などと、前世紀にことごとく細分化してしまった学術理論を統合し、世界の全体像を把握することが不可欠です。
 その再統合の切り札がインターネットをはじめとする情報技術なのです。世界の全体像の把握は(一生のうちに3000億桁の円周率の計算を行なう事が不可能なように)我々人間一人が認識できる範疇を大きく超えます。しかし、そのような限界を人間を情報化し相互作用させることによって乗り越える可能性が、この技術にはあります。

 情報技術の発展は目覚ましいものがあります。現在のパーソナルコンピューターにおける演算処理能力、動作速度などのスペックは、5年もたたないうちに10倍以上に向上してしまいます。その発展を支えていた原動力が、いわゆる半導体機器の「小型化」でした。しかし半導体の小型化にも加工技術の限界が存在することは明白です。そして、そのおおよその限界の数値を現在の技術者は知っています。例えば、ハードディスクの記憶密度を際限なく向上させていくと、データーを記録する磁石はどんどん小さくなり、1テラビット/平方インチ以上小型化すると熱に負け、安定してデータを保存できなくなるといいます。独特な物理法則である量子力学が支配するミクロの世界では、これまでの精密加工の常識が通用しないのです。
 しかし心配はいりません。21世紀の科学は、その技術的な限界を設ける量子効果を逆に利用すること(ナノテクノロジー)で乗り越えようとしています。21世紀の情報技術は行き詰るどころか、さらに発展することでしょう。

 21世紀の情報技術によってもたらされる科学技術の進歩はこれまで以上に急進的で、世界の仕組みを大きく変えてしまうことでしょう。そして、その変化は、実に自然に我々の日常生活に溶け込みます。テレビや自動車、携帯電話やインターネットの普及がそうだったように、私たちは生活の急変に違和感を感じることはありません。
 アメリカの世界最大の科学技術振興組織である全米科学財団(NSF: National Science Foundation)は、人類の生活水準を向上するために21世紀中に達成すべき、いくつかの目標を発表しました。そこには「燃料を必要としない自然エネルギー発電技術の向上」や「二酸化炭素回収技術による地球温暖化の抑制」「脳の思考メカニズムの完全解析」「核兵器の根絶」などといった、個人の研究では到底不可能な、グローバルな目標が盛り込まれています。このような規模の大きな目標が、21世紀においても情報工学がさらに発展することを前提に設定されたことはもうお分かりでしょう。
 このような動きはなにもアメリカだけに限られたものではありません。世界各国で科学技術の推進政策が打ち出されており、もはや科学の発展と国家戦略は切り離せない状況となっているのです。

 これが現在の科学を取り巻く状況です。


 これは21世紀の初頭に東京で開かれた情報エレクトロニクスのカンファレンスで、ある世界的な研究者が述べたスピーチである。このスピーチの目的は、21世紀の科学の進歩は国家と共にあるとし、政府から多額の予算を頂くことにある。このスピーチをみる限り、確かに現在の科学者の立ち位置は変わった。科学者の誰もが、政府や企業や投資家からの資金集めに必死だ。科学の研究には金が要る。そのためには、多少意にそぐわない研究をするはめになっても、政府や企業の言うとおりにしておいた方がよい。
 この状況が何ら顧みられることなく21世紀に入り10年が過ぎた時、世界はすっかり様変わりしてしまった。このスピーチの予言通り“変革”が訪れたのである。
 新しい科学技術によっていくつかの業種は廃業の危機に追い込まれていた。21世紀の三大発明といわれている三次元FAXでは運送業、人工知能を搭載した自動車ではタクシー業をはじめとするドライバー(そして警察の交通課。交通事故がほとんどなくなったからだ)、医療用ナノマシンでは内科医、そして軍隊――

 上にあげた、前世紀にはまったく信じられない科学技術を可能にしたのは、ほんの数年前に日本で開発された、一つのプログラムである。それは「適応プログラム」――プログラマーに変わって“プログラム自身がプログラムコードを書く”という極めて汎用性の高いメタ的なプログラムだった。
 このプログラムが生まれた場所は、大学でも、企業でも政府の研究施設でもなかった。驚くべきことに、そこはなんと日本の高校生の自宅――デスクトップ型のパーソナルコンピューターだった。
 適応プログラムの開発者は、高校生の頃アメリカの企業に売却した自分のプログラムがこれほどまでに各方面に応用され、今まで実現不可能とされてきた様々な技術を生み出すとは想像だにしていなかっただろう。当時の彼にそこまでの広い視野はなかったはずである。



 ――最終的に彼のこの行動によって、21世紀の人類はこれまで出会ったことのないような、全く新しい生物に襲われることになる。彼は決して悪意のある人間ではなかった。誰よりも戦争のない平和な世界を望んでいたと言っても、それは嘘ではないだろう。
 しかし彼の行なったことが人類史上最大の災厄を生んだことは純然たる事実であった。



 ・・・続きはこちら

サブカルに世界は描けるか

 いや~『借りぐらしのアリエッティ』よかったですよね~(まだいってやがる)

 なかには「スケール感がない。こじんまりとしている」とか言う批判もあるようですが、小人の話でなんで大きな物語を紡がなきゃいけないんだ?

 じゃあ『風の谷のナウシカ』は本当に「大きな物語」を描ききっていたのか?私はどうも納得できないんですよ。
 というのもサブカルチャーである映画やアニメってパーソナルな「小さな物語」を描くからこそ大衆受けするわけで、地球環境や世界のことなんて我々一般市民には分からないし、興味がないわけでね。
 ハワイが茨城に突っ込み、太平洋が何万年後かに消滅してアメイジア大陸ができちゃうことよりも私たちが興味があるのは、「明日の席替えで好きな女の子の隣になれたらいいな」ってくらいのレベルの話であって、結局そんな小さな物語に共感できるから、私たちはサブカルチャーが好きなんじゃないのか。
 それをさも難しい顔して『風の谷のナウシカ』を観ても説得力がないわけで、本当に大きな物語に興味があるなら、私たちはまず科学を学ぶはずだし、結局「ナウシカ」が面白いのはそういうところじゃないんじゃないの?

 私が大嫌いなアニメで「エヴァンゲリオン」ってのがあって、なんでこれが嫌いかと言うと「中学校の頃このアニメが好きだったクラスメイトの子の態度が尊大で、わけ解らないことばっか言っててむかついたから」というかなり個人的な理由なのですが、その子とは結局高校の頃かなり仲良くなったし、大学でもこのアニメ好きだった人もいたんだけど、未だに一回も見ていない(つーかガンダムもドラゴンボールもワンピースも見ていない)。descf氏も「お前には合わないよ」と言ってたのでまあ、見なくていいかなと。
 決定的なのは私が人生で最も嫌いだった大学の絵画の教員(世代的にはポスト団塊ジュニア)がこのアニメをやたら引用するからだったりする・・・キモい!

 で・・・「この作品には崇高な精神性や「大きな物語」がある!」とか言って、いい歳してサブカルを観ることを正当化している人が「ナウシカ」や「ゲリオン」ファンだと思うのですが、オタクが市民権を得ていなかった時代はともかく、今は大人がアニメ見てても親や親せきに白い目で見られない時代なんで、逆にちょっと可愛い気もしてきています。
 いいじゃん、そんな小難しい理由をわざわざ作らなくても・・・楽しいんでしょ?

 さて「ナウシカ」も「ゲリオン」も共通するところがあってそれは「女の子」が出てくるってことなんだけど、これらの作品でもし可愛い美少女が登場しなかったら、ここまで社会現象になったかどうか・・・
 いやナウシカがいなくてもヒットした!というのなら「ナウシカ」は「大きな物語」で勝利した映画だと認めるし、「ナウシカが健気で可愛いから」というパーソナルな理由でヒットしたのならオタクの分析は間違っているということ。

 結論を言うならば、私は大きな物語ってサブカルでは描けないと思っていて、だって描けたらそれはハイカルチャーになるわけで、強いて言うならそれができるのは科学を用いたSFだけだと思うんですよ。
 たとえば『ジュラシック・パーク』は、キャラクターの精神性(パーソナリティ)をカットして、ルネサンスから近代まで続く「自然を支配し制御できるというスタンス」を全編にわたって批判しているし、空想科学シリーズである『ウルトラマン』も「ハヤタ隊員が恋をした」とかなんとかそういう話よりも、高度経済成長の弊害(環境破壊やそれに伴う公害問題など)を描いたりしているわけです。

 私「なんでウルトラマンって変身するんだろう?」「なんで大きくなるんだろう?」って考えてみたんですけど、答えみつかりました。
 あれは「小さな物語の世界」から「大きな物語」への移行なんです。
 自然環境の逆襲(=怪獣)という「大きな物語」と戦うには人間一人ではとても太刀打ちできない。よってこちらも大きな存在になるしかない。
 つまり人間のパーソナル性を排除したある種の「巨大な象徴」こそがウルトラマン。だってウルトラマンに変身したら基本的にハヤタ隊員の意識があるのかないのか・・・とにかく言葉を喋らないじゃないですか。ジュワッとかヘアッ!とかしか言わないし。
 あれ(ウルトラマン)はもう人間じゃないわけですよ。人間の為に戦ってくださる「守り神」なんです。

 しかし生息地を人間に奪われて都市部で暴れまわる怪獣(野生動物)を無慈悲にバッタバッタとぶっ殺す『ウルトラマン』のプロットは非常にシニカルで、開発に肯定的な一般市民には気分が悪かった。高度経済成長のアンチテーゼみたいなもんだったから。

 そして『ウルトラマン』はその意味合いを続編で大きく変えてしまう・・・それが「エヴァンゲリオン」の元ネタと言われる『帰ってきたウルトラマン』なのです。
 「帰ってきたウルトラマン(=新マン)」の何が新しかったのかと言えば、ウルトラマンの戦いを非常にパーソナルな次元にまで落とし込んでしまったという点。
 象徴的なのがやはり「必殺!流星キック」でしょう。この話は防御用バリアーを張る強大な怪獣キングザウルス三世(この怪獣最も好き!)に負けたウルトラマンがキャンプで己を鍛え直し、血のにじむ特訓の末必殺技「流星キック」を修得。
 ななななんとキングザウルス三世のバリアーには屋根がなく、そこをジャンプで飛び越え蹴りをかましてやっつける、というあらすじです。

 え?ウルトラマンは飛べるだろって?なんて野暮なこと言うんだ!

 この話で言いたいのは『帰ってきたウルトラマン』あたりから、ウルトラマンが小さな存在である人間の代わりに巨大な自然と戦ってくださる「大きな存在」ではなく「小さな存在」と同化しはじめたということです。
 つまり新マンでは、ウルトラマンに変身する郷隊員自身が「タッコングから子どもを助けよう!」「俺は負け犬なんかじゃねえ!見てろよ加藤隊長!」「ナックル星人め!よくもオレの彼女を殺したな!」ととっても意識的に戦っているんです。
 主人公のプライベートな感情が、直接「大きな物語」に投影され、世界を変えてしまう・・・これって「セカイ系」っていわれる脚本のジャンルで、これが流行ったのが「エヴァンゲリオン」以降らしいのです。
 まあそりゃそうだ。真似した「帰ってきたウルトラマン」が「セカイ系」なんだから。

 ここでウルトラマンは大きな物語のSFから、大衆受けする小さな物語のサブカルに良くも悪くも降格した。
 新マンを私は批判しているわけじゃありません。というのも新マンの特に前半はわたくし超大好きで中学生の頃何十回も見ているんです。だから実はエヴァオタクの友だちと私は中学生のころ同じものを見ていたはずなのにいがみ合っていたのだよ。

 というわけで結論。

 サブカルチャーに世界は描けない。描けるのは「ナウシカちゃん可愛いな」というキミとボクの「セカイ」だけ。

しまった・・・!

 この前制作スタッフの方が「俺たちの仕事を見ろ」とコメントくれたテレビ番組「情熱の系譜」見忘れた!もう「ワールドビジネスサテライト」やってるやん!
 なんだ、あの番組短いのか!情熱大陸みたいなのと勘違いしてた!

 ま・・・まあユーチューブでも見られるとか言うんでアップされたら見てみよう。忘れてなかったら・・・
Calendar
<< July 2020 >>
SunMonTueWedThuFriSat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031
search this site.
tags
archives
recent comment
recent trackback
others
にほんブログ村 科学ブログへ にほんブログ村 科学ブログ 恐竜へ カウンター
admin
  • 管理者ページ
  • 記事を書く
  • ログアウト

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 | 200 | 201 | 202 | 203 | 204 | 205 | 206 | 207 | 208 | 209 | 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 | 219 | 220 | 221 | 222 | 223 | 224 | 225 | 226 | 227 | 228 | 229 | 230 | 231 | 232 | 233 | 234 | 235 | 236 | 237 | 238 | 239 | 240 | 241 | 242 | 243 | 244 | 245 | 246 | 247 | 248 | 249 | 250 | 251 | 252 | 253 | 254 | 255 | 256 | 257 | 258 | 259 | 260 | 261 | 262 | 263 | 264 | 265 | 266 | 267 | 268 | 269 | 270 | 271 | 272 | 273