サマーウォーズ

 「面白い度☆☆」「好き度☆」

 ダメだ・・・私の悪い頭では処理しきれないぞ・・・

 『サマーウォーズ』は「21世紀版 電光超人グリッドマン」とも言えるSFアニメ映画!やっと時代が「グリッドマン」に追い付いたのかな?
 そういう意味では今こそ再び見たい特撮モノであります。ぜひ再放送して!

 こんな事言っても「グリッドマン」を知らない人にはなんのこっちゃって話ですが、昔円谷プロが「電子版ウルトラマン」みたいなのを手掛けたんです。
 ウルトラマンは敵が巨大な野生動物や異星人でしたが、それに対してグリッドマンの怪獣はなんとコンピュータウィルス。そう、インターネットがここまで普及していない時代に、近未来の電子化を予測して生まれたヒーロー、それがアンチウィルスソフトウェアのグリッドマンなのです。♪エ~ビピョンピョン(そんなOPテーマだった)
 ただグリッドマンの怪獣は、冷蔵庫や掃除機と言った家庭の電化製品を暴走させていましたが、結局現在ネットワーク制御されている電化製品はゾウジルシのポット位で、今見ると荒唐無稽なんですけど・・・それでも時代を先取りしていた点はすごい。
 ・・・というか、先取りしすぎて時代が追い付かなかった。怪獣とかウルトラ怪獣と路線が違うデザインでとてもかっこよかったのに・・・
 いかんいかん。グリッドマンの話で終わっちゃうのでここらで切り上げます。

 この映画、そもそもテレビCMでは内容がさっぱり分からなかった。解らなかったゆえに魅力を感じなかった。日本アニメ特有のインスピレーション先行型アニメかな?と。しかしそれは違いました。『サマ―ウォーズ』のプロットはかなり緻密に計算されていて、完成度はかなり高い。
 とはいえこの映画はかなり複雑です。少なくとも私の頭はだんだん疲れてきてしまいました。個々のエピソードは質が高く面白いのですが、とにかく登場人物の数といい情報が多すぎるのです。
 だから今回の記事も文章量が多くなりそうです。かつてこれを映画館で見て「面白かったぜ」と言う友人に「どんな話なの?」って聞いたら「うまく説明はできねえ」と返された思い出があるのですが、激しく納得。

 電子化された個人情報を一元化されたヴァーチャルスペース「OZ(ただこれがサーバーコンピューターの名前なのか、ネットワークシステムの名前なのか、それともソフトウェアなのかは不明。忘れちゃった)」で管理、保守、共有するというアイディアは高校の図書館で読んだ『インターネットはからっぽの洞窟』を彷彿とさせ、SFの題材としては上質で、示唆にあふれています。
 だからそれだけに最初から最後までSFとして物語を落としてほしかった。『ダ・ヴィンチ・コード』ではテーマが「神への信仰」だったので、ラストシーンもイコノロジーの専門家が「私が井戸におちた時・・・私は神など信じてなかったけど、やはり祈ったよ」というセリフで映画を総括していました。
 しかし『サマーウォーズ』ではラストシーンが青春恋愛映画のようなキスシーンでほほえましく終わるので、そう考えるとSFとして作ってはいないのかもしれません。
 でもネットワークを題材にした作品であることは確かだし・・・ううう・・・

 そこで私はこの複雑な映画の構造を分解。すると大きく4つほどのパーツに分かれることが解りました。
①一夏の青春恋愛モノ・・・若者向け
②ネットワーク上で敵と戦うバトルアクションもの・・・ちびっ子向け
③情報技術を題材にしたSF・・・マニア向け
④家族をテーマにした群像劇・・・ファミリー向け

 この4つを1つの映画に上手くはめ込んでいるのはすごい。すごいがやはり何をメインで話を追っていいかが分からないんです。
 つまり某球団のように、優秀な打者をたくさん集めてきてもチームが勝てないのと同じように、優れた物語ばかりでもそれを詰め込み過ぎると雑多な印象を受けてしまう。
 その対策に一役買っているのが「甲子園の高校野球」のパート。これは『アイスエイジ』シリーズで言うならば、リスの「スクラット」のようなもので、シーンの接着剤、および現在までの展開のまとめを担っていて、観客がスムーズに物語を追えるように工夫されています。
 たとえば陣内家のネットワークにおける「合戦」がピンチになると、甲子園で戦うピッチャーもピンチに追い込まれ、現状がリンクされているのです。正直この甲子園のパートは目立たないけど、この映画の組み立てにかなり貢献していたと思います。

 さて『サマーウォーズ』の4つのパーツは、どれも単体で見ても面白くできています。というか単体でも十分なほど巧い。だから一度に襲ってくると辛いw。

 まず①。数学しか取り柄のない、根はやさしいが気弱な今時の草食系ヒーロー「健二」くんが、憧れの夏希先輩(女性)の恋人のフリを先輩当人から依頼されるという、かなりベタなラブコメパート。
 私はこの手のラブコメは「嘘っぽい」と引いてしまうのですが、ヒロインの夏希先輩がジブリアニメのような爽やかな性格の普通の女性で、秋葉原の伝統芸「萌え属性」など微塵もなかったのは好印象。キャラクターデザインも平凡で印象希薄なのが良かった(手足が細すぎるとは思うが・・・)。

 夏希先輩だけではなく、この映画の登場人物はみんな夏のように爽やかな人たちばかりで『ルパン三世 カリオストロの城』風に言えば「なんて気持ちのいい奴らなんだ・・・」
 このキャラクターの性格やセリフを考えた人は相当巧いと思います。OZネットワークの危機によってコンピューター制御された日常生活がノイズのように徐々に狂っていく過程に対しての男性キャラと女性キャラのリアクションの温度差は見事で、とてもリアル。
 そうそう、母になった女性は本当に逞しく、空から人工衛星が降り注ごうとも常に目の前の生活に目が行っているもの(ほんまかい)。
 それに比べて男はアバターだかアカウントだか知らないけど「世界の危機だとか」よく分からないテレビゲームに夢中・・・これだから男ってのは頼りにならないわ、と(これはほんと)。

 次に②。OZの仮想空間内でのアバター同士のバトルアクション。これ、普通に格闘ゲームやってましたけど、なにかのメタファーなのでしょうか?負けるとアカウント取られて「なり済まし犯罪」されちゃうし。
 ここらへんはおそらくハッカーがシステムのプロテクトをキーボード叩いて破るより、格闘シーンにしたほうがヴィジュアル的にも解りやすいという判断なのかもしれませんが、ちょっと力技w。
 いきなり「バトルモードに移行した!?」と唐突に始まるコンピューター内での殴り合いは強引でイメージが追い付かず(なにやってるの???)興ざめしてしまいました・・・
 やはりちびっ子を飽きさせないための工夫でしょうね。ここがこの映画がグリッドマンっぽいゆえん。

 そして③。ここが結構残念。①②④に食われちゃった気がします。SFの物語の落とし方は何パターンかあって、マイクル・クライトンのように「そのテクノロジーは危険だから手を出さない方がいい」というテクノロジー批判タイプと、「テクノロジーじゃなくて危険なのはそれを用いる人間。扱い方を気をつけよう」という使用法改善タイプ。そして「そのようなリスクも進歩には必要だ」というひたすら突き進んでいくファイヤアーベントタイプ。
 この映画はどれだったんだろう・・・?結論がいまいち不明確だった。おそらくこの映画は「テクノロジー批判タイプ」ではない。
 私がこの映画で最も大好きなシーンが、御歳90歳の先輩の祖母の栄お婆ちゃんが全くコンピューターに頼らず、膨大なコネクションを生かし、年賀状や暑中見舞いの手紙、手帳、黒電話を駆使して事態を収拾させるため関係者を励ますところ。
 正直このシーンを映画のクライマックスに持ってきてほしかったくらいで、このシーンでカタルシスを完了してしまった私は、その後の展開がどうも乗れなかったんです。
 つまりもはや電子化された時代において、ああいう戦い方が出来るのは栄お婆ちゃんだけ。知識を求め暴走する「自律型ウィキペディア」のようなプログラム「ラブマシーン」を止めるのは結局電気屋のスーパーコンピューターと、漁師の自家発電機と、自衛隊松本駐屯地のアンテナと言ったテクノロジー。テクノロジーを倒すには結局テクノロジーしかなかった。となると「使用法改善タイプ」か?

 ここがぼけたのは間違いなく「ラブマシーン」の説明不足。ただあれを開発した訳ありの親族はなかなか癖のあるキャラクターで強い印象を残していました。
 欲を言えば「ラブマシーン」は情報(=個人アカウント)を収集するため、格闘ゲームで世界中のゲーマー(ハッカーのメタファーか?)を倒していきます。これは情報収集と言うプログラムにのっとった極めて合理的な行動。
 しかしラストに夏希先輩との花札勝負で負けた「ラブちゃん」は苦し紛れに、あのクソアマのいる民家に鉄の衛星をお見舞いしてやると、人工衛星の落下コースを陣内家に修正します。これってさらっと流されたけど、実はSFとしてけっこう重要なシーンだったんじゃないでしょうか?
 どう考えてもこの振る舞いは合理的ではなく、ゲームに負けた負けず嫌い野郎のやけくその八つ当たり。なんとラブマシーンは今までのAIには無かったであろう高度な自我が芽生えているのです!
 そもそもプロのチェスプレーヤーが、コンピュータに負ける時代。ラブマシーンなら花札くらい人間に確実に勝てそうなものなのに・・・ちょっと深読みすると花札のフィールド、奥にブラキオサウルスやアロサウルスなどの恐竜のシルエットがいませんでした?
 つまりあの時代花札は恐竜と同じく「滅んだ遊び」で、そのルールはもはや陣内家しか知らなかったとか・・・ないな(世界中の人が「こいこい」言ってたし。あんたら解るんかいw)。

 あとアメリカの国防省を悪の黒幕にするのはどうなんだ・・・?結局インターネットってアメリカ軍が作ったわけで、クライトンのようにテクノロジー批判という結論にしないならば、まさに天に唾なような気が。

 ただ面白かったのは④。仮にテクノロジーを使おうとも、そこにあるのは爽やかで温かい人間たちの交流。「技術が発展した今こそ、人と人とのつながりが・・・」と栄お婆ちゃんは激励しましたが、それはどうやら杞憂だったよう。どんなに科学技術が発展しようとも人間はやっぱり38億年かけて漸進的に進化してきた動物。変わらないんです。ここが映画のテーマだったのかな?
 神戸で地震が起きた時、またニューヨークでテロが起きた時、「大阪万博」「東京オリンピック」の温かい昭和は遠くなりにけり・・・情報化社会で生きる現代人だって力を合わせて命がけで仲間を救いました。
 つまり今回のOZの一件はネットワーク時代に訪れた「天災」のようなもの。資本主義がときにサブプライムショックをもたらし、産業革命が酸性雨を降らせたのとおなじ、テクノロジーにつきもののよくあるクライシス。
 技術と上手く付き合う方法を模索するのは、機械ではなく、人間の頭脳。そういった意味で最後の最後に主人公が暗算でパスワードを解いて、強大な「ラブマシーン」を倒したのは意味があったと思います。
 
 ・・・ほら。すごい文章量。やっぱりこの映画の筋を一言で説明するのは不可能。いくら個々の要素がうまくても詰め込み過ぎると私のような観客はついていけなくなってしまう・・・というのを痛感しました。お話作りは奥が深いです。

 結論:長い。お婆ちゃんのシーンで終わってよかった。

アイスエイジ3 ティラノのおとしもの

「面白い度☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」

 日本のアニメよりもアメリカのカートゥーンをこよなく愛する?私としては、輪郭線が力強く、どこか狂っているんだけど勢いで見せてしまう、この手の画風のアニメは大好きです。
 そもそもディズニーアニメだって今でこそCGへ傾倒してはいますが、かつての手描きアニメの初期作品(『不思議の国のアリス』など)ではカートゥーン調ですからね。こういう絵って描きたいんだけど、描けない・・・!
 あのパースがあえて狂ってる感じは難しいです。描けるdescf氏はすごい。

 で、この『アイスエイジ』は氷河期を舞台にしたカートゥーン映画。これまでに3作制作されています。
 1作目では、へそ曲がりだけど根は優しいマンモス「マニ―」の心理描写をメインに、親とはぐれた人間の子どもを家族に届けに行く内容で、ピクサーよりもずっとコメディタッチではあるものの、『モンスターズ・インク』のように、しっかり泣かせてくれる映画でした。
 このシリーズではマニ―の他に、お調子者のトリックスター、ノスロテリウムの「シド」、そして渋くてクールに決めているけど意外に情が熱い、サーベルタイガーの「ディエゴ」の2人?がレギュラーキャラとなっています。
 特に1作目でのディエゴは、当初は仲間を毛皮にした人間への復讐に燃え、赤ちゃんの村を群で襲撃するのですが、マニ―らと赤ちゃんの世話をするうちに情が芽生えてくるなど、深みのあるキャラクターでした。

 2作目『アイスエイジ2 メルトダウン』では、氷河期が終わり地球が温暖化する話。
 1作目のラストでシドが言った通りの展開になったわけですが、優れたロードムービーの前作と比べて、全体的な物語の構造としてはかなりちぐはぐ。
 前作でどのキャラクターも人生の課題を少なからず乗り越えてしまった(シドだけは乗り越えてないやw)ので、キャラクターを成長させる余地がもう残っていなかったからかもしれませんが、二作目での新しい課題(マニ―:他のマンモスの仲間が欲しい。シド:みんなに尊敬されたい。ディエゴ:水が苦手)がちょっととってつけたような感じで、温暖化による大洪水からの逃避行と言う大筋がボケてしまったのは惜しい。
 強いて言うなら大洪水のディザスタームービーと一番絡むのは、ディエゴの「水に対する恐怖の克服」でしょうけど、そもそもディエゴって一作目の川のシーンでは大して水を怖がっている様子はなかったし・・・(汗
 とはいえ、高田純次さん演じる怪しげな気象学者や、オリバー・ツイストのパロディシーン(『food glorious food』)はツボにハマりDVDどころかサウンドトラックも買いました。ちなみにアイスエイジ2のメインテーマ(『THE WATERPARK』)はやたらテレビ番組で使われているので、聞いたことのある人も多いかと思います。

 そして3作目。今回は2作目よりもずっとおもしろい!なぜならば、もうキャラクターの成長とか深い演出はやめて(2作目でもう無理だと知ったから)徹底的にアクションアニメ映画にシフトチェンジしたからです。この潔さや良し!
 この映画、もう設定からしてめちゃくちゃでw、氷河期の地球の地下には恐竜がまだ住んでいる地下世界があって(ネコ型ロボットと少年たちの仕業か!?)、ひょんなことからその地下の恐竜の卵をシドが地上に持ってきてしまうところから物語は始まります。
 シドは「マニーは立派に家庭を築きとうとう父親になるのに、一方のオレ(2作目以降はシドの一人称はなぜかオイラになった)は・・・」とさみしさを感じていて、マニー一家のマネをして地下から持ってきた卵を育てるわけです。「オイラも立派な親になる」と。この心情はけっこう可愛い。
 そして卵から無事孵ったのはパワフルな肉食恐竜!2作目の「キャンプ・デル・シド」でシドを散々いじめた小憎たらしい絶滅哺乳類の悪ガキどもが、ティラノキッズに振り回される快感ったらないw。これはぜひ2作目から見てください。

 でもやはり「シド現る所乱あり」。地下世界から我が子を探しにティラノサウルスの母親が登場。なんと(シドごと)子どもを地下世界に連れて行ってしまいます。
 ティラノサウルスの後を追いシド救出に向かう一行。そこで出会うのが独眼のイタチの冒険家「バック」。この新キャラクターがもうこの映画の全てと言ってもいいくらい大活躍。
 「オレはここ(地下世界)に残る!お前らは振り返らずに行け!」的なラストはお決まりだけど、やっぱりかっこいいw(畜生)。
 地下世界の冒険では『ジュラシックパーク』ネタのオンパレード。おそらく1作目から氷づけの恐竜を出していたりした(2作目では中生代の海生爬虫類?が登場)ので、アイスエイジシリーズにおいて生きた恐竜は満を持しての登場だったのでしょうか。
 プテラノドン・ロンギケプスの『スターウォーズ ファントムメナス』ばりの空中戦や、バックの宿敵の巨大肉食竜「ルーディ」VSティラノママなど見どころ満載。

 ただドングリを執拗に追うマイペースなリス「スクラット」はもうネタ切れかな・・・?彼は2作目でモーゼばりに世界を救っちゃたので・・・
 今回は好物のドングリと恋の間で揺れるのですが・・・スクラットのシーンのカットインで、メインのシナリオの勢いが分断されちゃうこともあるから、一長一短かも。
 面白いんだけどね。

 おまけ
「アイスエイジ 面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」
「アイスエイジ2 面白い度☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」

酷評は作家として自分の首を絞めるぞ

 まいった。一日中描いている割にあまり漫画が進まないぞ。

 ただの下書きなのに、もしペン入れやるとしたら予めなぞる線を決めといた方が全然楽なことを知っているから、すっごい丁寧になっちゃう。これは悪く言えば思い切りが無く、経済的ではない。おっそい。
 そして今のシーンはメカやらEVA服やら細かいものが多くて・・・大体私はこの手のSFアニメろくに見ていないから、メカのデザインを考えるのも一苦労。
 Googleで「宇宙船」とか検索してヒットした画像で使えそうなものをパクリだと思われないように「ハイブリット」してます。EVA服はNASAから頂きました。またJAXAの宇宙旅行の本も役に立ちました。

 つまり得意なもの、描き慣れたものしか出ない漫画を描いていればいいものを、脚本を練る段階ではそれに絵を入れる大変さなんて考えてないから、「おっ宇宙。いいんじゃね~ん?」と面白ければ興味本位で取り上げてしまうのが運のつき。
 つまりやりたいこと(理想)と、今の自分が描けるもの(現実)が若干ずれている。で「若干なら・・・まあ、なんとか描けるだろ」って感じで楽観視して挑戦するから時間がかかっちゃう。
 これってまさに美術教育における「思春期の危機」そのもの。

 思春期の子どもは、自意識が高くなりすぎて精神が不安定になり、アイデンティティが拡散する・・・つまり理想と現実のギャップに苦しむという「思春期の危機」は、もともとエルンスト・クレッチマーが考えたのですが、美術教育で言うならば思春期の危機と言ったら「ヴィクター・ローウェンフェルド」ではないでしょうか?
 ローウェンフェルドいわく(自他問わず)絵に対する批判意識の高まりが、思春期の子どもの絵を描くことに対する苦手意識を産み、絵画離れを促すということで、つまり自分が描きたいものという「理想」と、自分の画力の「現実」のギャップに苦しみ、かといって自分の理想通りの絵が描けるように訓練や努力をするのは御免なので、絵を描くことそのものを放棄してしまうと言うことです。

 「こいつの絵は下手だ、ここのパースが狂っている」などと批判意識は結構ですが、そんなことやってばっかりでは、自分が絵に要求するレベルが高くなるだけで、自分の画力と大きく乖離してしまうのは必至。自らの首を絞めているようなもの。
 よって常に自分の現在の画力と向き合って、徐々に要求を上げていくべきだと思います。それができないから、ほとんどの人は絵を描くことから「逃げ」てしまう。

 この苦手意識の形成のプロセスは、なにも美術に限った事ではないでしょう。数学、運動、恋愛・・・自分の現実とは無関係に増大する自意識が、結局全てを放棄させてしまう。場合によってはイラつき、ぐれてしまう。
 そんな自分なんて大した人間じゃないよ、と自分をもっと冷静に見られれば楽になるのになあ・・・それは一見逃げであるようで逃げではないと思います。
 大した人間じゃないなら努力すればいいわけで・・・なんか体育会系のK氏がいいそうなセリフだけど。

 かつて偉そうに生徒の作品を酷評する口の悪い絵画の教員の話をした時(愚痴ったw)、養護学校の教員のKO氏はこのように冷静に分析しました。「そいつこそ絵を描くことに憶病になっているのではないか?」と。
 「人の絵を馬鹿にすると言う事は、自分が作品を発表する時に、よほどの物を作らないと酷評される可能性がある。だから露骨に画力が解る写実的な絵画ではなく、抽象芸術、コンテンポラリーアートに逃げているのではないか?なんだかんだ言って生徒に言った言葉が自分に跳ね返ってきているんじゃないか?」
 確かに優れたプロは素人に寛容だもんなあ・・・というか素人にうだうだ文句言うことに興味がない。自分(とその作品)にしか興味ないからw。

 批判や文句なら誰でもできる。素人だってできる。やはり三流品でもモノを作っている人の方が、批判だけの人よりもすごいのかもしれない。
 そう思わないと、何も作らず文句だけ言ってる人が最強になってしまう。実際最強なのかな?だからそういう人は結構増えた。私も含めて。

映画の評価について

 descf氏にならって映画の評価基準を設けました。

 「“好き”は“面白さ”を補う?」の記事でも述べたように、「好き」と「面白い」って結構違った感情だと思うので別々に評価。星を使った五段階評価となります。

面白い度・・・その映画の面白さ。主に物語を客観的?に評価します。

☆5:最高!!この映画はこれ以上面白くしようがない。崇拝の対象。
☆4:超面白い!作り手として白旗です。降参!
☆3:かなり面白い!これくらいの話が私も書けたらいいなあ・・・
☆2:普通に面白い。私も頑張れば書けそう。
☆1:イマイチ。これくらいは書ける。
×:書きたいとも思わない。

好き度・・・その映画の好感度。主に世界観やキャラクターなどを主観的に評価します。

☆5:最高に好き!!愛してる!DVD購入決定!(もしくはもう持ってる)
☆4:超好き!これ作った人とは話が合うかも?
☆3:かなり好き!気になる存在。
☆2:まあまあ。普通。
☆1:あまり好きじゃない。もう見ないと思う。
×:嫌い。見るんじゃなかった。

 上記の通り☆1個以外は高評価。映画の観方が人それぞれなのは前提なので「貴方の観方を押し付けないでください」とか言う人は、大人な対応(=記事の内容を無視)をしてね。

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲

「面白い度☆☆☆ 好き度☆☆」

 ひろしの話。

 ――映画のドラえもんになると一際輝くのがタケシ・ゴウダなら、クレヨンしんちゃんではそれはヒロシ・ノハラだ。

 とワシントン・タイムズの記事に書かれそうなほど、このパターンはお約束で、しんちゃんが主役としてしっかり暴れてくれる『ヘンダーランドの大冒険』が「しんちゃん映画」のフェイバリットな私としては、しんちゃんが大人しい映画版は複雑な思いがするのですが、この映画はまさにそれ。
 観客のほとんどはしんちゃんのお父さん「ひろし」に感情移入するはずでしょう。だってそういう風に作っているんだもん。物語の構造が。

 埼玉県に「20世紀博」という大阪万博のようなテーマパークが出来るんですけど、それが万博世代にノスタルジックな「あの頃はよかった」的感情を想起させ、しんちゃんの街にも空前のレトロブームが到来します。
 なにせ大人が自分が子どもだったころにしていた遊びや文化に没頭し、子どもに逆戻りしている始末で、あっけに取られているのが、しんちゃんを始めとする現役子ども世代。
 「マサオんち黙って置いてきちゃお」でお馴染みのしんちゃんの友だちマサオくんが「懐かしいって、そんなにいいことなのかな・・・?」と一言。
 そう、この映画のキーワードはまさにそれ。しんちゃん達子どもは「懐かしい」がない。五年しか生きてないから。彼らには「過去が無い」ので、大人たちの行動が奇行にしか映らないのです。これっていい歳してサブカルから卒業できない大人たちを暗に皮肉っていてけっこう小憎いw。
 
 そして子どもになった大人たちと現役子どものそれこそ「大人げない葛藤」が始まります。幼稚園の送迎バスのカーチェイスシーンは『ヘンダーランドの大冒険』のラストシーンで完成形を見た「背景動画」を駆使し圧巻。
 激走するバスに上がった、「ああ・・・今年の暮れには仮釈に・・・」でお馴染みの園長先生が看板に当たるシーンは『スピード』のパロディかな?・・・組長の首とれなくてよかった~。
 愛車を傷つけられて「トサカに来たぜ!」とつぶやく敵のボス(ケン)も強いんだか弱いんだか分らなくて結構良かったですw。

 結局大人たちの奇行の原因は、20世紀博をしかけた「イエスタディ・ワンスモア」という組織が電波塔から放射した「懐かしい香り」に洗脳されていたからということですが、これは過去を懐かしむ大人の急所を突いてくる用意周到な方法で、歴代クレしん映画の敵の組織としては異色。
 彼らは「現代人が失ったものを取り戻す」という独自の哲学の下行動しているわけで単純な悪ではない。しかし彼らは確実に間違っている。
 なぜならば“大人を演じること”を放棄し、それを懐かしむ過去すらない子どもの未来を奪っているから。
 しかし作中の子どもになった大人(及びこの映画を見ている大人の観客?)は、彼らの行動を絶対的な悪だと強く否定できない。それどころか「彼らの言い分もわかるじゃないか」くらいのことを言う。
 だから「イエスタディ・ワンスモア」はアニメの悪役史上最もたちが悪いんです。

 この映画の主人公ひろしは「懐かしい香り(=過去)」と「大切な家族(=未来)」の間でただ一人葛藤します。そしてひろしは「未来」を取ります。「家族の素晴らしさをあんたらにも教えてやりたいぜ・・・!」と。
 この映画はここが落とし所で、上手くはできているのですが、要約すれば「後に戻って、そこから進んで、またもとの位置に来た」話で、日常の尊さの再確認の映画(ラストのセリフが、しんちゃんの「おかえり、父ちゃん母ちゃん」に対しての、ひろしの「ただいま」だし)で、成長譚ではないような気がします。
 そう考えるとこれは子ども映画としては渋すぎるんじゃないか・・・?と思います。この映画はしんちゃん映画で『戦国大合戦』と双璧をなす最高傑作と言われていますが、私はちょっと・・・(苦笑)

 もっと言えば、私がノスタルジーブームで過去ばかり振りかえって「あの頃はよかった」って過去を美化する風潮が好きじゃないからなのかもしれません。
 これって「ジュラ紀は愚鈍な恐竜がいて火山がドッカーンで野蛮な時代だろ?」って現代の価値観で単純に決めつけちゃうのと一緒で、いわば過去に対する冒とくな気がします。
 「あの頃はよかった」の「あの頃」は「今思う過去のイメージの残像」であって「過去そのもの」ではない。高度成長期は今よりずっと不便で苦労はたくさんあった(公害もあった)し、人間の温かさが・・・ってそう数十年で人は変わらない。

 そもそもこの映画はそういった風潮を否定して物語は落ちているはずなのに、この映画によって逆に「プチ昭和ブーム」が来ましたからね。クライマックスのシーンで魚の乱獲を批判?した『ニモ』が、クマノミの乱獲を促したような感じですよ。
 マサオくんじゃないけど「そんなに過去っていいものなのか」って思っちゃいます。私は絶対嫌ですね。タイムマシンで高度成長期に送られるのは(笑)。

 私もいい歳なので過去(特にジュラ紀とか)はそこそこ好きですが、今が一番好き。そして未来がどうなるかとても楽しみです!
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