中学校の理科「エネルギーの移り変わり」で登場する謎の存在、それがペルチェ素子。塾で教えている子がペルチェ素子ってなんですか?って質問してきたけど正直言って私にもよく分からない。ということで調べてみました。
「ペルチェ素子」とはパソコンの冷却装置などにも使われる電子部品で、電気を流すと片側は放熱、もう片側は吸熱反応をします。つまり吸熱だけをやってくれるのではなく、熱を移動(熱伝導)させるということ。だから片側は熱くなってしまう。
また面白いのは、ペルチェ素子は熱の差があるもの(氷と熱湯とか)で素子を挟み込むと今度は逆に電気を発生させるということ。つまり「電気→熱伝導(ペルチェ効果)」もできるし「熱伝導→電気(ゼーベック効果)」ということもできる。
で、なんで電気を流すと片側は吸熱反応をし、もう片側は放熱反応をする(ペルチェ効果)かと言うと、これは半導体の技術らしく、ペルチェ素子の構造は半導体を銅の電極が挟み込んでいる感じになっていて、この銅に電気が流れて半導体に電子が移動することでペルチェ効果が発生するようです。
ポイントは電子が進みにくい場所では電子は「オレに力を分けてくれ!」と周りの熱エネルギーを消費(吸熱反応)し、進みやすい場所では「もうエネルギーいらないや」とエネルギーを熱にしてしまう(放熱反応)こと。
ここらへんは私も難しくてあってるかどうか定かじゃないのですが、要約するとこんな仕組み。
半導体には大きく二種類のタイプがあって、電圧をかけると余った電子が+極に移動する「n型(シリコン+不純物のヒ素などでできている)」と、不足した電子の穴(正孔)が-極に移動していく「p型(シリコン+不純物のホウ素などでできている)」があります。
電子はマイナスの電荷をもつので、同じ電子がキャリアーとなっている「n型半導体」を通過するのにはとてもエネルギーが必要。だから周りの熱をエネルギーに変えないと電子はn型半導体を進めないようです。
n型を通過した電子は次に「p型半導体」に向かうのですが、n型とは逆にp型はエネルギー値が相対的に低いので電子は全然ウェルカム。むしろエネルギーが余るので熱として放出するそうです。
ペルチェ素子における電子の移動をまとめるとこんな感じ。
①電極→n型(高エネルギー地帯):電子はエネルギー不足なので熱を使って進む(吸熱反応)。
②n型→電極
③電極→p型(低エネルギー地帯):電子はエネルギーが余るので熱として放出(放熱反応)。
④p型→電極
①に戻る。
興味をもたれた方は工学部の人とかを見つけて聞いてください。そして私に解り易く説明してください(おいおい)。
評論家じゃなくて作家だから
2010-07-20 14:47:43 (15 years ago)
他の作品を酷評して見事にファンに嫌われているのが映画界だと井筒和幸監督、漫画界だといしかわじゅん先生って感じがしますが、ふたりとも評論家じゃないわけで。作家なわけで。
プロの作家として仕事をしている(もしくはかつてやっていた)人というのは、他の人とは違う非凡な感性の持ち主なわけで。
だから世間の大多数が絶賛している作品を理解できないこともあるわけで。仮に井筒監督がなんでもかんでも「この映画は面白い!」と言っていたら、ただの映画好きなミーハーのおっさんになってしまうわけで、そんな人はいくらでもいるわけで。
批判を恐れて建前でみんな同じ感想を言ってもねえ・・・そもそも作家の人は批判を恐れずに作品を発表しているわけで、いまさら自分の批評の批評が来ようと屁でもないのかもしれません。
だから井筒監督にしろいしかわ先生にしろ「特殊な人の特殊な見解による特殊な意見」だって思っておけば、別に腹も立たない。むしろ面白い見方をしていて興味深い場合もある。まあ作家は口が悪い人が多いからダメなんだけど(口を閉じて作品だけ送り出していた方がいい場合はありますよね)。
でもそれくらいの事言わないと、読み手の反響がなくてダメなんだろうな。当たり障りのない意見なんてつまらないもん。
井筒監督はかつてドキュメンタリー映画『ディープ・ブルー』を絶賛されていて私は「おいおい」と思いましたが、現在もコンスタントに映画を作り続けているのはすごいし偉い。本人に才能がなければ作家活動なんて継続できないわけだし(監督の映画は中学生の頃K氏に見せられた『岸和田少年愚連隊』しか知らないけど・・・)。
そういえば岡田斗司夫さんも言っていたけど、今の文化や芸術ってインタラクティブ性がすごくて、作り手が作品において意味を用意するのではなく、受け手が勝手に意味を構築する場合がありますよね。
だからデュシャンの『泉』も映画『告白』も、萌え漫画の『あずまんが大王』も、二次創作の同人誌も、AKB48も受け手が好き勝手に意味を構築できる「ゆるい文化」。
受け手は「人の作品」を鑑賞しながら「自分の作品」を脳内で作り出して見ているんです。良くも悪くも「作り手→受け手」と一方的じゃないんです。
そういう時代なんだとは思いますが、私は作り手が受け手を屈服させるようなパンチのある作品が見たいもんです。あ、『トイ・ストーリー3』だ。
プロの作家として仕事をしている(もしくはかつてやっていた)人というのは、他の人とは違う非凡な感性の持ち主なわけで。
だから世間の大多数が絶賛している作品を理解できないこともあるわけで。仮に井筒監督がなんでもかんでも「この映画は面白い!」と言っていたら、ただの映画好きなミーハーのおっさんになってしまうわけで、そんな人はいくらでもいるわけで。
批判を恐れて建前でみんな同じ感想を言ってもねえ・・・そもそも作家の人は批判を恐れずに作品を発表しているわけで、いまさら自分の批評の批評が来ようと屁でもないのかもしれません。
だから井筒監督にしろいしかわ先生にしろ「特殊な人の特殊な見解による特殊な意見」だって思っておけば、別に腹も立たない。むしろ面白い見方をしていて興味深い場合もある。まあ作家は口が悪い人が多いからダメなんだけど(口を閉じて作品だけ送り出していた方がいい場合はありますよね)。
でもそれくらいの事言わないと、読み手の反響がなくてダメなんだろうな。当たり障りのない意見なんてつまらないもん。
井筒監督はかつてドキュメンタリー映画『ディープ・ブルー』を絶賛されていて私は「おいおい」と思いましたが、現在もコンスタントに映画を作り続けているのはすごいし偉い。本人に才能がなければ作家活動なんて継続できないわけだし(監督の映画は中学生の頃K氏に見せられた『岸和田少年愚連隊』しか知らないけど・・・)。
そういえば岡田斗司夫さんも言っていたけど、今の文化や芸術ってインタラクティブ性がすごくて、作り手が作品において意味を用意するのではなく、受け手が勝手に意味を構築する場合がありますよね。
だからデュシャンの『泉』も映画『告白』も、萌え漫画の『あずまんが大王』も、二次創作の同人誌も、AKB48も受け手が好き勝手に意味を構築できる「ゆるい文化」。
受け手は「人の作品」を鑑賞しながら「自分の作品」を脳内で作り出して見ているんです。良くも悪くも「作り手→受け手」と一方的じゃないんです。
そういう時代なんだとは思いますが、私は作り手が受け手を屈服させるようなパンチのある作品が見たいもんです。あ、『トイ・ストーリー3』だ。
デッサンの密度について
2010-07-20 02:23:38 (15 years ago)
-
カテゴリタグ:
- 芸術
お前のデッサンはデッサンじゃない。対象の抽象だけを描いたスケッチだ。
こういう絵画の先生のダメだしの最も厄介で腹が立つ点は言っている意味が分からないということ。
なんとなくこいつのデッサンが未熟なのは分かるけど、それをどう説明していいか語彙力がないからよく分からないことを口走る。時に「絵が腐っている」と不適切な発言をする。教員辞めちまえ。
このコメントを推理するに私は本質主義で絵を描いていて、この先生は実存主義的にものを見ているのかね?まあどうでもいいけど。
私はさすがに「絵が腐っている」とは言われたことはないですが、上に挙げたコメントは実際に私が言われたありがたいお言葉。この後に「だから漫画を描いている奴は・・・」と続くのですがそれは割愛。
この指摘をした教員はデッサンは密度を上げなければデッサンじゃないと思っているところがあって、非常につまらないものの見方をしていると思う。
まあこれは私の面倒くさがりの正当化とも言えるんですが、でも密度の荒いスケッチだって良い絵はあるし、実際その絵を完成させようと密度を上げて描き込んでいくとかえってつまらない絵になることは結構ある。
特に私は木炭ではなくデッサンには鉛筆を多用する方で(恐竜の絵はシャーペンも併用)これは描き込むのに非常に時間がかかる上に、重ねすぎるとタッチが消滅し、滑らかなグラデーションはつくけど全体的にボソボソとした感触の絵になってしまう。
こういうデッサンが好きな人はいいけど、その表現だけがすべてではないはず。勢い任せで短時間で描き切る「習作」にだって魅力のある絵はあるはず。
というか私が大好きな恐竜の中にはすごい小顔な奴がいて(何十等身もある奴)竜脚類やステゴサウルス、スケリドサウルスなんかはせっかく顔を描き込んでも、ネットで公開する時に圧縮するので見事につぶれてしまう。目とか一生懸命表情だしているのに・・・
だからただひたすら書き込めばいいってもんじゃない。絵なんて紙にぐっと目を近づけてみるもんじゃないしね。油絵なんてアップで見たら絵具ぶちまけたように見えるもん(絵によるけど)。
「原石を磨きすぎるとかえってつまらないものになってしまうんだ」とは『耳をすませば』のお爺さんのセリフですが、本当にそう。でもだからと言って磨いてもしょうがねえと諦めてしまうのはニヒリズム。磨いてつまらなくなったら今度は別の原石を磨き直せばいいわけで。
絵を描くことにおける本当に大切な点は書き手の自己満足度だと思う。「読み手を楽しませたいと思うのがプロ」とか「作家主義的映画が嫌い」とか素人の分際で(だから?)偉そうに言っている私ですが、まずは描いている本人が楽しくなければそのステップには進めないと思う。自分の楽しい気持ちを他の人にもおすそ分けしたいな、というのが表現だと思っています。
だから書き手が自分で満足できる絵が描ければそれは幸せなこと。なかなか自分が満足いくものって作れないから。
そしてできればその自分が自信を持って見せれるような絵を他者に評価してほしい。せっかく納得のいく作品が出来たのだから。つまり絵ではなく煎じ詰めれば「自分を認めてほしい」ということ。
実際「死んでから評価されればいい」なんて私には強がりにしか思えない。生きてる時に絶賛された方がいいに決まってるじゃん。そういった絵を描く「自分」を認めてほしいの!
だからぶっちゃけそれでいいんだ。絵なんて。楽しければ何でもいい。どうせ小難しいこと考えて凄い作品作ったって、ルーブル美術館だってメトロポリタン美術館だっていつかは消滅するんだから。エントロピーには逆らえないんだから。
そう考えれば、学校行ってよくわかんねえ先生に余計な事言われる必要なんてない。ああいう先生って結局生徒を指導しているふりしながら「自分語り」をしたいだけ。
絵は教わるものじゃない。確かに小手先の技術は学べるかもしれないけど(学んだって没個性的だけど)、そもそも自分が楽しいから絵を描いているんじゃなかったのか?
人から厳しく指導されて泣きながら絵を描くなんて私が思うに馬鹿馬鹿しい。出発点はみんな絵を描くのを楽しんでやっていたはず。
そして周りから見て凄いストイックに努力を重ねている人は、意外と本人は楽しんで努力をしていたりする。
あれ・・・なにが言いたかったんだっけ??・・・ともかくスケリドサウルスのイラストの顔が圧縮したらつぶれちゃったの!
おまけ:原画よりもかなり拡大したスケリドサウルスの顔。圧縮しても表情が分かるように目を少し大きく描き直しました。ここまで絵を拡大すると確かにタッチが荒いけど、けっこう萌えな感じの目で自分は満足です。シカをイメージ。

こういう絵画の先生のダメだしの最も厄介で腹が立つ点は言っている意味が分からないということ。
なんとなくこいつのデッサンが未熟なのは分かるけど、それをどう説明していいか語彙力がないからよく分からないことを口走る。時に「絵が腐っている」と不適切な発言をする。教員辞めちまえ。
このコメントを推理するに私は本質主義で絵を描いていて、この先生は実存主義的にものを見ているのかね?まあどうでもいいけど。
私はさすがに「絵が腐っている」とは言われたことはないですが、上に挙げたコメントは実際に私が言われたありがたいお言葉。この後に「だから漫画を描いている奴は・・・」と続くのですがそれは割愛。
この指摘をした教員はデッサンは密度を上げなければデッサンじゃないと思っているところがあって、非常につまらないものの見方をしていると思う。
まあこれは私の面倒くさがりの正当化とも言えるんですが、でも密度の荒いスケッチだって良い絵はあるし、実際その絵を完成させようと密度を上げて描き込んでいくとかえってつまらない絵になることは結構ある。
特に私は木炭ではなくデッサンには鉛筆を多用する方で(恐竜の絵はシャーペンも併用)これは描き込むのに非常に時間がかかる上に、重ねすぎるとタッチが消滅し、滑らかなグラデーションはつくけど全体的にボソボソとした感触の絵になってしまう。
こういうデッサンが好きな人はいいけど、その表現だけがすべてではないはず。勢い任せで短時間で描き切る「習作」にだって魅力のある絵はあるはず。
というか私が大好きな恐竜の中にはすごい小顔な奴がいて(何十等身もある奴)竜脚類やステゴサウルス、スケリドサウルスなんかはせっかく顔を描き込んでも、ネットで公開する時に圧縮するので見事につぶれてしまう。目とか一生懸命表情だしているのに・・・
だからただひたすら書き込めばいいってもんじゃない。絵なんて紙にぐっと目を近づけてみるもんじゃないしね。油絵なんてアップで見たら絵具ぶちまけたように見えるもん(絵によるけど)。
「原石を磨きすぎるとかえってつまらないものになってしまうんだ」とは『耳をすませば』のお爺さんのセリフですが、本当にそう。でもだからと言って磨いてもしょうがねえと諦めてしまうのはニヒリズム。磨いてつまらなくなったら今度は別の原石を磨き直せばいいわけで。
絵を描くことにおける本当に大切な点は書き手の自己満足度だと思う。「読み手を楽しませたいと思うのがプロ」とか「作家主義的映画が嫌い」とか素人の分際で(だから?)偉そうに言っている私ですが、まずは描いている本人が楽しくなければそのステップには進めないと思う。自分の楽しい気持ちを他の人にもおすそ分けしたいな、というのが表現だと思っています。
だから書き手が自分で満足できる絵が描ければそれは幸せなこと。なかなか自分が満足いくものって作れないから。
そしてできればその自分が自信を持って見せれるような絵を他者に評価してほしい。せっかく納得のいく作品が出来たのだから。つまり絵ではなく煎じ詰めれば「自分を認めてほしい」ということ。
実際「死んでから評価されればいい」なんて私には強がりにしか思えない。生きてる時に絶賛された方がいいに決まってるじゃん。そういった絵を描く「自分」を認めてほしいの!
だからぶっちゃけそれでいいんだ。絵なんて。楽しければ何でもいい。どうせ小難しいこと考えて凄い作品作ったって、ルーブル美術館だってメトロポリタン美術館だっていつかは消滅するんだから。エントロピーには逆らえないんだから。
そう考えれば、学校行ってよくわかんねえ先生に余計な事言われる必要なんてない。ああいう先生って結局生徒を指導しているふりしながら「自分語り」をしたいだけ。
絵は教わるものじゃない。確かに小手先の技術は学べるかもしれないけど(学んだって没個性的だけど)、そもそも自分が楽しいから絵を描いているんじゃなかったのか?
人から厳しく指導されて泣きながら絵を描くなんて私が思うに馬鹿馬鹿しい。出発点はみんな絵を描くのを楽しんでやっていたはず。
そして周りから見て凄いストイックに努力を重ねている人は、意外と本人は楽しんで努力をしていたりする。
あれ・・・なにが言いたかったんだっけ??・・・ともかくスケリドサウルスのイラストの顔が圧縮したらつぶれちゃったの!
おまけ:原画よりもかなり拡大したスケリドサウルスの顔。圧縮しても表情が分かるように目を少し大きく描き直しました。ここまで絵を拡大すると確かにタッチが荒いけど、けっこう萌えな感じの目で自分は満足です。シカをイメージ。

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ
2010-07-19 01:43:52 (15 years ago)
「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」
本当に一番怖いことは、いろんなことを忘れていくのに、それが気にならなくなっていくことなんです。
カフカやサルトルといった哲学書を読むならこっちの方がいいですよ!この映画って笑いながら実存主義について色々と考えさせてくれるとんでもないアニメです。
この映画のテーマは、自己の存在を全く疑わず無意識的に日々を生きているということを、私たちは実は薄々知っているという実存の恐怖。
サルトルの『嘔吐』では、マロニエの樹を見ている男の「マロニエの樹」という意味が崩れたとき男の前にある“それ”は枝や幹がグロテスクに伸びる不気味な存在となり、思わず男は吐いてしまったのですが、これはつまり私たちは普段うわべの“意味”で全てを見た気になっているということ。
しかし己の死のように自分が無意識的に信じていた前提が崩壊する時に「えええ?自分ってなに?」と恐れ戦くのです。自分のこともこの世界のことも何も分からずに生きて死ぬだけなんだと。
これは「ひろし」と「みさえ」の「“ここ”は一体何なんだ?」「どうやったら帰れるの?」というセリフに端的に現れていて、かなり怖い。
本作では野原一家をはじめとする春日部の市民が映画の世界に迷い込むというシュールな設定で、なんで映画の中に閉じ込められたか、明確な理由が意図的に作られていないんです。
クレヨンしんちゃんなんてSF、ファンタジーなんでもアリのおバカ映画なんだから、適当な理由なんていくらでもこじつけられるのに、やらないというのは絶対に確信犯。
もちろんこの映画を見るちびっこにこのテーマは伝わるわけはないから、一応しんちゃんと薄幸の美少女「椿」ちゃんとの切ない恋も描かれていて、それがこの映画の恐ろしい哲学的テーゼにカーテンをかけてくれているのはかなり上手い。
さらにノープランな「内村プロデュース」御一行をゲストで登場させれば、サルトルの隠ぺい工作は完璧!
「NO PLAN」といえば、ED曲「○あげよう」いいですよね。結局作中では映画のキャラクターだった椿ちゃんはしんちゃんといっしょに春日部に戻れなかったけど、EDで2人がありえない身長差の社交ダンスをしているのは、ちょっと切なすぎる。
椿ちゃんっておそらく最後の方で「ただの映画のキャラクターである自分」と「実際の人間であるしんちゃん」との「存在の違い」を薄々気づいてるんですよね。自分は映画から出られずに映画が終わると消滅してしまうと・・・
そして同じ「映画のキャラ」だという実存に気付きながらも、椿ちゃんと対極の位置にいるのが「映画を終わらせまい」と襲いかかるジャスティスラブ知事。
映画さえ終わらなければ彼は永遠に生きていけるわけで、この世界の秘密を必死に隠そうとする横暴な知事と、臆病ながらも知事とは異なる選択をする椿ちゃんの対比は印象的でした。
本当に一番怖いことは、いろんなことを忘れていくのに、それが気にならなくなっていくことなんです。
カフカやサルトルといった哲学書を読むならこっちの方がいいですよ!この映画って笑いながら実存主義について色々と考えさせてくれるとんでもないアニメです。
この映画のテーマは、自己の存在を全く疑わず無意識的に日々を生きているということを、私たちは実は薄々知っているという実存の恐怖。
サルトルの『嘔吐』では、マロニエの樹を見ている男の「マロニエの樹」という意味が崩れたとき男の前にある“それ”は枝や幹がグロテスクに伸びる不気味な存在となり、思わず男は吐いてしまったのですが、これはつまり私たちは普段うわべの“意味”で全てを見た気になっているということ。
しかし己の死のように自分が無意識的に信じていた前提が崩壊する時に「えええ?自分ってなに?」と恐れ戦くのです。自分のこともこの世界のことも何も分からずに生きて死ぬだけなんだと。
これは「ひろし」と「みさえ」の「“ここ”は一体何なんだ?」「どうやったら帰れるの?」というセリフに端的に現れていて、かなり怖い。
本作では野原一家をはじめとする春日部の市民が映画の世界に迷い込むというシュールな設定で、なんで映画の中に閉じ込められたか、明確な理由が意図的に作られていないんです。
クレヨンしんちゃんなんてSF、ファンタジーなんでもアリのおバカ映画なんだから、適当な理由なんていくらでもこじつけられるのに、やらないというのは絶対に確信犯。
もちろんこの映画を見るちびっこにこのテーマは伝わるわけはないから、一応しんちゃんと薄幸の美少女「椿」ちゃんとの切ない恋も描かれていて、それがこの映画の恐ろしい哲学的テーゼにカーテンをかけてくれているのはかなり上手い。
さらにノープランな「内村プロデュース」御一行をゲストで登場させれば、サルトルの隠ぺい工作は完璧!
「NO PLAN」といえば、ED曲「○あげよう」いいですよね。結局作中では映画のキャラクターだった椿ちゃんはしんちゃんといっしょに春日部に戻れなかったけど、EDで2人がありえない身長差の社交ダンスをしているのは、ちょっと切なすぎる。
椿ちゃんっておそらく最後の方で「ただの映画のキャラクターである自分」と「実際の人間であるしんちゃん」との「存在の違い」を薄々気づいてるんですよね。自分は映画から出られずに映画が終わると消滅してしまうと・・・
そして同じ「映画のキャラ」だという実存に気付きながらも、椿ちゃんと対極の位置にいるのが「映画を終わらせまい」と襲いかかるジャスティスラブ知事。
映画さえ終わらなければ彼は永遠に生きていけるわけで、この世界の秘密を必死に隠そうとする横暴な知事と、臆病ながらも知事とは異なる選択をする椿ちゃんの対比は印象的でした。
キング・コング
2010-07-18 20:54:38 (15 years ago)
-
カテゴリタグ:
- 映画
「面白い度☆ 好き度☆」
長いし悪趣味。
これ(2005年版)、なぜかDVD持ってるんだけど、あまり好きじゃない。むしろ嫌い。しかも上映時間がとにかく長い!三時間近くある。大きいゴリラの話でそこまで大風呂敷広げる必要あるか?
『キング・コング』は誰もが知っている子ども向け名作冒険小説で、ピーター・ジャクソン監督も子どもの頃好きだったんでしょう。『ジュラシック・パーク』のスピルバーグ監督もこの映画のファンで、それが足を引っ張り『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』のラストはドチャメチャに・・・
まあとにかく『キング・コング』は題材がレトロ。かつてゴリラは人間の女性をレイプするという噂が実しやかに囁かれた時代があって、そんなゴリラに対する当時の偏見丸出しの設定の映画が『キングコング』。
実際のゴリラはけっしてむやみに暴力をふるうような動物ではなく、とっても優しく穏やか。それが本当の強さって言うもんだぜダロウさん。
人間を殺して食ってしまうほど凶暴なのは実はチンパンジーだったりする・・・
これほど時代を感じさせる古臭い題材(どくろ島って・・・w)の映画なら、それにあった恐竜を出してほしかった。つまり前にも書いたけどレトロ復元。中盤出てくるブロントサウルス(アパトサウルスの体にカマラサウルスの頭部をつけた恐竜。当時アパトサウルスの頭が見つかっていなかったので、適当にカマラサウルスのものをつけていた)はレトロ恐竜の代表格でとてもうれしかった。
でもその後、ブロントサウルスを恐竜温血説で有名なドロマエオサウルスの仲間が群で追いかけるのがなんとも『ジュラシック・パーク』でげんなり・・・
ポスト『ジュラシック・パーク』の恐竜像はこの映画にはミスマッチ!ステゴザウルス(あえてサウルスではなくザウルス)VSキングコングをやってほしかったなあ・・・(アン・ダロウを救うため巨大な肉食恐竜を叩き潰すシーンはちょっとカッコ良かったけどさ)
あとテラノドンのシーンがなんで気持ち悪い巨大コウモリに・・・?この人(監督)の感覚はブロントサウルス以外私にあまり合わないなあ・・・
一番腹が立つのが「コングを殺さないで~」ってほざくアン・ダロウ。ぶっちゃけてめえのせいで大勢の人間がコングに殺されているのに、それでもコングの味方をするならてめえは島に残ってコングと籍入れちまえ。なのにみんなとアメリカに帰るって・・・こいつの脳内どうなってるの?悪趣味な島で孤立したから錯乱したのか?
ダロウのコングへの感情って決して純粋な愛じゃないよね。愛玩動物とか言う場合の「愛」だよね。『ザ・コーブ』(ポスターが無駄にかっこいいw)を見て「イルカが可哀想」とか言っている感情だよ。
コングの為に自己犠牲的なことをするわけでもないのに、ただ情が移っただけで動物愛護を叫ぶ自分勝手な女・・・それがアン・ダロウ。
そしてコングは知能が足りず彼女の薄っぺらな愛を理解できないから、必死に恐竜からダロウを救ってやっている。コングよ・・・こんな女命を懸ける価値すらないぜ。
つまり『キング・コング』は馬鹿な女と馬鹿な男によるけったくそ悪い「愛は盲目」的な恋愛バカ映画。本物のゴリラ・ゴリラさんに謝れ。
この映画の救いは、ジャック・ブラック演じる映画監督「カール・デナム」がかなり面白かったこと。どんな状況でもカメラ片手に映画を撮影する監督魂は本物。
この映画って脇役はなかなかキャラ立ちしていて、デナムや、デナムに翻弄される映画の主演俳優、動物捕獲のエキスパートの船長とかはかなり魅力的。
でも肝心のダロウとコングが私は最悪にダメでした。鑑賞後は『世界の中心で愛を叫ぶ』とかを見た感じ(見たことないけど)。
結論:レトロな恐竜が出て、アン・ダロウが嫌いじゃなかったらこの映画も評価が変わったかもしれない。ちなみに「人間による自然界への干渉」とかそういう深いテーマ性はおそらくないと思う。これは中学生が妄想するような自己中心的な恋愛映画。
長いし悪趣味。
これ(2005年版)、なぜかDVD持ってるんだけど、あまり好きじゃない。むしろ嫌い。しかも上映時間がとにかく長い!三時間近くある。大きいゴリラの話でそこまで大風呂敷広げる必要あるか?
『キング・コング』は誰もが知っている子ども向け名作冒険小説で、ピーター・ジャクソン監督も子どもの頃好きだったんでしょう。『ジュラシック・パーク』のスピルバーグ監督もこの映画のファンで、それが足を引っ張り『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』のラストはドチャメチャに・・・
まあとにかく『キング・コング』は題材がレトロ。かつてゴリラは人間の女性をレイプするという噂が実しやかに囁かれた時代があって、そんなゴリラに対する当時の偏見丸出しの設定の映画が『キングコング』。
実際のゴリラはけっしてむやみに暴力をふるうような動物ではなく、とっても優しく穏やか。それが本当の強さって言うもんだぜダロウさん。
人間を殺して食ってしまうほど凶暴なのは実はチンパンジーだったりする・・・
これほど時代を感じさせる古臭い題材(どくろ島って・・・w)の映画なら、それにあった恐竜を出してほしかった。つまり前にも書いたけどレトロ復元。中盤出てくるブロントサウルス(アパトサウルスの体にカマラサウルスの頭部をつけた恐竜。当時アパトサウルスの頭が見つかっていなかったので、適当にカマラサウルスのものをつけていた)はレトロ恐竜の代表格でとてもうれしかった。
でもその後、ブロントサウルスを恐竜温血説で有名なドロマエオサウルスの仲間が群で追いかけるのがなんとも『ジュラシック・パーク』でげんなり・・・
ポスト『ジュラシック・パーク』の恐竜像はこの映画にはミスマッチ!ステゴザウルス(あえてサウルスではなくザウルス)VSキングコングをやってほしかったなあ・・・(アン・ダロウを救うため巨大な肉食恐竜を叩き潰すシーンはちょっとカッコ良かったけどさ)
あとテラノドンのシーンがなんで気持ち悪い巨大コウモリに・・・?この人(監督)の感覚はブロントサウルス以外私にあまり合わないなあ・・・
一番腹が立つのが「コングを殺さないで~」ってほざくアン・ダロウ。ぶっちゃけてめえのせいで大勢の人間がコングに殺されているのに、それでもコングの味方をするならてめえは島に残ってコングと籍入れちまえ。なのにみんなとアメリカに帰るって・・・こいつの脳内どうなってるの?悪趣味な島で孤立したから錯乱したのか?
ダロウのコングへの感情って決して純粋な愛じゃないよね。愛玩動物とか言う場合の「愛」だよね。『ザ・コーブ』(ポスターが無駄にかっこいいw)を見て「イルカが可哀想」とか言っている感情だよ。
コングの為に自己犠牲的なことをするわけでもないのに、ただ情が移っただけで動物愛護を叫ぶ自分勝手な女・・・それがアン・ダロウ。
そしてコングは知能が足りず彼女の薄っぺらな愛を理解できないから、必死に恐竜からダロウを救ってやっている。コングよ・・・こんな女命を懸ける価値すらないぜ。
つまり『キング・コング』は馬鹿な女と馬鹿な男によるけったくそ悪い「愛は盲目」的な恋愛バカ映画。本物のゴリラ・ゴリラさんに謝れ。
この映画の救いは、ジャック・ブラック演じる映画監督「カール・デナム」がかなり面白かったこと。どんな状況でもカメラ片手に映画を撮影する監督魂は本物。
この映画って脇役はなかなかキャラ立ちしていて、デナムや、デナムに翻弄される映画の主演俳優、動物捕獲のエキスパートの船長とかはかなり魅力的。
でも肝心のダロウとコングが私は最悪にダメでした。鑑賞後は『世界の中心で愛を叫ぶ』とかを見た感じ(見たことないけど)。
結論:レトロな恐竜が出て、アン・ダロウが嫌いじゃなかったらこの映画も評価が変わったかもしれない。ちなみに「人間による自然界への干渉」とかそういう深いテーマ性はおそらくないと思う。これは中学生が妄想するような自己中心的な恋愛映画。
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