『どのような教育が「よい」教育か』

 記述試験が苦手な世代に送る議論の了解事項。

 苫野一徳さんの『どのような教育が「よい」教育か』を読了。苫野さんは教員経験者ではなく哲学を専門にする学者らしく、タイトル的には具体的な教育方式のメソッドが書かれている感じがするけど、実際は教育哲学の入門書みたいな感じだ。
 端的に言うと、私たちが議論するうえで最低限押さえておくべき了解事項をすっごいページを使って説明したような本。
 普通だったらこんなこと(議論終わればノーコンテスト)当たり前すぎるんだけど、意外と議論が白熱すると感情的になっちゃって我を忘れてしまうことはあるしなあ。
 だから、みんながみんなこの本に書かれているようなこと(=自己了解)が出来たら苦労はないよって話なんだろうけど・・・そのメタな部分の正当性にどれだけの人が納得できるかが、この本の内容が机上の空論か、教育分野のアポリアを解く、地に足付いた実用的なアプローチかどうかの分水嶺になると思う。

 この本ロジックとしてはかなり完璧で付け入る隙はないんだけど、でもさ、理屈では納得できても、人間ってそれだけじゃ動かないからなあ・・・
 まあでも、人間って結局理性や論理でしかうまくつながっていけないっていうのはあるからね。言葉は完璧ではないけれど、民主主義と一緒で暫定的に最も使い勝手がいいのだ。
 私はモラルや道徳こそ客観的なロジックで考えるべきという立場で、たとえばそれと似たような概念で「美」とか「愛」とか「正義」っていうのも、なかなか厄介な怪物じゃない?
 んでそういう魑魅魍魎に対しては、やっぱり抽象的で主観的な観念よりも、論理や言語の力を信じてしまう。芸術作品で世界が平和になったらわけはねえ、実際に世界を平和にするのは国際会議だ。ヴォーパルの剣は結局、教条主義やパターナリズムという呪いに感染しやすい反面、切れ味抜群なのだ。
 あとは、だから、時と場合によるというか。そこを嗅ぎ分ける嗅覚というかデリカシーみたいなものが一番大切なんだよね。そこらへんはモテメンに聞いてよ。

 ・・・とはいえ、なんだかんだ言って私と苫野さんって実は批判のスタンスみたいなものが結構似ているような気がする。

 行き過ぎた価値相対主義(≒ポストモダン思想)をなんとかするために現象学的なアプローチやフッサール(間主観性)やヘーゲル(弁証法)を利用するっていうのは王道ですね!それとハイデッガーのペットボトルの水の話はJJギブソンのアフォーダンスの理屈に近い。(ツイッター)

 ・・・と、こんな感じで、このブログを読んでくれている人は、田代がよくやるお決まりのロジックだなあって思ってくれると思う。
 それも、そのはず、なんと苫野さんと私たいして年齢が違わない。だから世代的に同じものを見て育ち(グリッドマンか)、上の世代の論争に同じようなものを感じ取ったのだろう
 ・・・って冷静でいられんよ!自分と同い年の学者が出てきて、さらに本を出しているという現実がすげ~ショック!
 確かに、本書でロールズとサンデルの論争に大岡裁きをする感じは、私なんかがグールドとドーキンスの論争に対して思ったことと似てるしね。
 ただこういった余計なおせっかいを書いちゃうってのが、私も苫野もまだまだ青いというか・・・(苫野を同族にするな

 だから、本書で出てくる「問い方のマジック」(=どちらが正しいか、と問われると、人は思わず、どちらかが正しいのではないかと思ってしまう現象)に関しては、プロの学者さんらは、ちゃんとその点も踏まえているであろう点に注意。
 サンデル教授とロールズの、いわゆるリベラルコミュタリアン論争にしても、苫野さんもそこまでナイーブな議論じゃなかったよとエクスキューズ入れてたしね(実際サンデルとロールズはライバルでもあり友人)。
 つまり、著者は何が言いたいかというと、こういう意見の異なる立場の人とうまく付き合っていくことで、自由な社会は成立するってことなんだ。それこそが大体の人が「よい」と納得する教育のステートメントなんじゃないかと、この本は落としどころを付ける。

 だから、まあ、こんな感じで、結構読んでて自分が言ったり考えていることとかぶっている部分は多かったんですが、あっちは学者だけあってソースがしっかりしていて、やっぱそこがプロだなあってw
 例えば、よく教育現場や教員研修で言われる「教育とは教師と生徒の信頼関係が成立して初めて成り立つ」という言説、この引用元ドイツの教育哲学者オットー・フリードリヒ・ボルノーだったっていうのは初めて知ったし、小泉さんの構造改革のレトリック(なんで新自由主義と新保守主義が手を組めたの?)がすごいわかりやすく明示されていて、なるほどこう説明すればいいのかと納得しましたw

 教育の自由化・多様化を謳う新自由主義と、ある種の一元化を謳う新保守主義とは、一見相反する思想的立場のようにも見えるが、両者は次のような発想において手を結ぶことができた。すなわち、たとえ格差が広がっても、あらかじめ教育で連帯意識を備えたある種従順な国民を作っておけば、不満は最小限に抑えられるという発想である。(46ページ)

 これ、すごい分かりやすい説明だよね。これと同じ考察をした専門家の人は、構造改革が話題になった当時も結構いたんだけど、苫野さんはツイッターやってるだけあって、要点を簡潔にするのが上手。
 他にもミシェル・フーコーが論じた国家や社会の「権力化」「刑務所化」という考えが、当時の教育関係者にどれだけの衝撃を与えたかもわかった。
 私もユーストリームの「そうだったのか!いじめ税」(懐かしいな)でフーコーを引用したけど、パノプティコンとかってよくできたSFのネタみたいなもんだと思ってたよ。
 ここら辺は、高校時代の私が教育学に興味を持つきっかけになった小浜逸郎さんも学校論で引用していたところ。元ネタなんだろうな。

 しかし、この本のあまりにシンプルな結論

①人によって多種多様な欲望がある
②でもそれら欲望に共通する点もある=ポストモダン的な過度な相対化に対するアンチテーゼ
③それはどの人も自由でありたいという欲求だ=教育の欲望論的アプローチ
④ならば、個々人の自由を最大化するために教育はあるべきだ=社会の相互承認モデル
⑤よって社会の中で自由に生きる(選択の自由を増やす)ために必要最低限の教養を教えるのが公教育のレゾンデートルである

 を受けて、漫画やアニメの作り手がやるべきことは、やっぱり寓話なんじゃないかなあって気がしてきた。もちろん全てがそうであるべきではないだろうけれど、小中学生にいきなりヘーゲルやルソーはきついじゃんw(※分厚い)
 だから、いくら自由がいいって言っても、他者の自由を無視した自分勝手なわがままをやると、巡り巡って結局は自分の損になるよってことを、子供向けの創作ではしっかり伝えるべきだ。私世代はイソップ童話でそれを学んだけど。今のちびっ子は何なんだろうね。

 ・・・チャギントンなんかね。

モンスターズ・ユニバーシティ

 「面白い度☆☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆☆」

 お前はちっとも怖くない。でも怖いもの知らずだ。

 いろいろあって一日遅れで入学してきました。

 今年度の授業はもう終わったよ。遅かったな。

 いやなんとか間に合ったwもう物語の冒頭から泣きそうになっちゃった。班活動でどの班にも入れてもらえなくて「マイクまた先生と組みましょうか?」って流れよくあったからなあ・・・
 だからあ、これオレの話だっていきなり尋常じゃない感情移入がw(目から水)挙句の果てには先生の教卓の横に席があったからねw「田代席」ってw
 だからそうとう孤独耐性はついたよwそれはそれで教育効果だよね。今私たちに必要なのは恋や夢を語り合うことじゃなく、ひとりぼっちになるためのスタートラインだから。・・・で、そろそろ恋や夢語っていい?w

 いきなり思い出話しちゃった。ごめん。でも、やっぱすごいね。この前読んだ『ウルトラマンが泣いている』(円谷英明著)でもつくづく感じたけれど、普通シリーズものってどんどんつまらなくなるんだよね。
 最初が優れた作品ほど、そこで描きたいテーマは描ききっている場合が多いから。『ジュラシックパーク』だってそうだった(ただし映画版。)。
 私も続きものを最近やって(ゴールデンウィークになんとか完結)、シリーズを重ねるごとにだんだん描くテーマがなくなってきてそれを痛感したんですが、あの経験で勉強になったのはキャラの良さを信じること。
 つまり前作と同じものをやるんじゃなくて、いっそ前作のエッセンスだけ抜いて別のアプローチで物語を構成すれば、そこまで失速しない。そしてシリーズ全体を貫くエッセンスさえあれば、見てる側はそこまで断続を感じず連続的なものとして認識してくれる。なにしろ同じキャラは出てくるんだしw

 とにかくピクサーはそこがうまい。『トイ・ストーリー』はエリック・エリクソンのようなライフサイクル論を元に成長していくおもちゃたちに年代ごとの課題を与えたし、『カーズ』はモータースポーツ愛をそのままに映画のジャンルを変えちゃったw
 その点『モンスターズ・インク』は続編が発表された時すごい不安だったんだ。あのお話の続きを考えるのって辛くね?ってw
 サリーとマイクは最後にある種のルールクラッシャーをしでかしたから、そのオチで逆転した設定を続編で活かすのは厳しいぞと。
 そしたらなんと過去の話にするって言うじゃないですか!私は『モンスターズ・ユニバーシティ』ってタイトルを最初に聞いて「あれか、あの二人あのあと会社辞めて大学の先生になって後発を育てるのか」って貧困なイメージを持っちゃったんだけど、それ絶対つまらないもんねw才能がない!

 でもそれって実は半分当たっていたwこれって舞台が学校だから、すごい教育者像について考えさせられる内容だった。テーマとしてはちょっと前の『シュガーラッシュ』(どんなパッとしない人でも社会の一部を構成している)、ピクサーなら『レミーのおいしいレストラン』(全ての人に才能があるわけではないが、誰が優れたプロフェッショナルになってもおかしくない)、もっと古いところなら『ダンボ』(デメリットを受け入れて別の切り口でそれを昇華させよう)が近いかな?
 そう考えると、この映画もディズニーが何度も描いてきた普遍的なテーマを扱っていることが分かる。

 ピクサーってそういうディズニーのストレートな寓話(悪く言えばお子様向け)に、リアリティの概念を持ち込んだのが革新的だったよね。どの作品も単純な完全平等主義をテーマにしているわけではないのも印象的だ。
 ここで重要なのは、そこで持ち込んだリアリティがギリギリディズニー的なテーマ、愛、夢、希望を壊さないレベルであるということ。
 つまりジャック・ラカンのいう脱構築なんだよね。深読みすれば、このテーマはアンチテーゼを内包しているよという。ブーメランというか。ヘビがしっぽ飲んじゃっているというか・・・
 ヘビといえば武田鉄矢風のモンスター大学生が「触角と蛇の翼は~」とかよくわかんない歌弾き語ってたのが爆笑だったなwドラえもんのリトルスター・ウォーズかってw(あとなんだあの校歌はw)

 おおっとそれた!で、それをやりすぎちゃったのが『アイアンマン3』だった気がする。やっぱピクサーのバランス感覚はうまい。
 円谷英明さんが『ウルトラマンパワード』をハリウッドのスタッフとメソッドで作らせた時、脚本を一人に書かせず、複数の作家を使って描くことで、独りよがりじゃない安定したクオリティの物語を作り上げていることに感心したって話があるんだけど、この映画もエンドロールを見るとなんと12人の脚本家がアイディアを持ち寄ってひとつの脚本を作っている。
 結局チームに円滑なコミュニケーション能力さえあれば、そんな天才ばかり揃えなくても、アイディアって出てくるものだからね(ブレインストーミングの論理=私はスイミー理論って呼んでるんだけどw)。いや、その場をしきってまとめるやつが才能があるってことなのかw

 さて、そういうプロデューサー気質の人を日本のアニメファンってあまり評価していない気がする。日本でもてはやされるのは実際作品を作り上げているクリエイターで、その場を仕切ったり作品のスケジュール、品質管理に責任を持つプロデューサーには意識がいかない。
 でもおそらく作る側にとって一番重要なのは、そういう縁の下の力持ちがいるかいないかだと思うんだ。才能のあるクリエイターは確かに目立つ。絵がうまいというわかりやすい指標があるから。それは作品でガンガン伝わるしねw
 でもこの作品を作るためにチームを建設的な流れに導いた人が絶対いるわけだ。アニメや映画のような集団作業なら特に。

 そう、この『モンスターズ・ユニバーシティ』とはそういう話だった気がする。これピクサーのアニメーターたちが仕事をする上ですごい大切にしていることをテーマにしたんだろうね。
 確かにあのスタジオは半端ない個性と才能の集まりだけど、その才能を見出したり適切に評価するようなまとめ役がいないと空中分解すると思うんだw
 漫画業界でそれを担うのは編集者なんだけど、ピクサーもアニメを作る上で最も重視しているのはその編集なんだそうだ。優れた才能の持ち主が描いた各カットをどう構成するか。それはそれで映画の出来を決定づけるすごい作業だよ。

 赤井孝美さんいわく今の日本のアニメ会社はガイナックスの影響で「絵が上手い奴至上主義」を取ってしまったという。つまり絵を描く職人達ってなんだかんだで体育会系だから、自分より上手い下手ってはっきりわかるんだってwだからヒエラルキーができちゃう。
 その弊害で軽視されたのが進行や脚本といった絵を描かないけれどアニメに関わるポジションの人たちらしい。これを聞いたとき、だから今の日本のアニメって絵のクオリティはまあすごいけどお話がグダグダなんだ!ってすごい納得しちゃったw
 ピクサーの強さはそこだ。「怖いやつ至上主義」のモンスターユニバーシティではマイクの立場はかなり厳しいw怖くないからw

 あなたは彼を怖いと思いますか?

 普通の話だったらこんなやつ落第で終わっちゃう。絵も描けない奴はガイナックスにあらず!とか言われてwでもストレートにリアリティを持ち込むピクサーはやり口がもうちょい複雑だ。
 マイク自身は確かに怖くないが、他の人や他の物を使って恐怖を引き出し、演出する才能があったのだ。これは「いい作家がいい教育者になるとは限らない」とさんざ言われた美術教育ではすっごい心に染み入る教訓だ。
 才能のある作家は指導者になってもまだ選手でいる。だから自分を脅かす存在はおそろしくて蹴落としてしまう。それって教育者のスタンスじゃないよねって。教え子と一緒に競い合ってどうすんだってw

 オレはおっかなく振舞ってる。でも、本当はオレ自身が怖がりなんだ。

 このセリフでサリーになくてマイクにあるものが分かる。才能とは結局のところ社会が要請する基準やルールによって変わるんじゃないのか。
 小さい頃からはまっている『ダンボ』からそう思ってたけど、アメリカってそういうところが潔いというか清々しい。日本ってやっぱりマイノリティに冷たいというか同調圧力が強いんだなwそれはそれでいい面悪い面もあるのだろうけれど。

 自分が先生をやっていく上で肝に銘じたいのは、マイクみたいに子供それぞれの個性を引き出す柔軟さを売りにする指導者もいれば、学長のように一見厳しいけど、社会のルールをしっかり教えるかたくなな先生も大切だということ。
 はっきり言って生徒の受けだけ狙って迎合するならば前者のほうがいい。でも前者は前者で実は相当難しい。子供を自由にさせたら大体の場合秩序が崩壊するからw一番ダメなのは言動がぶれちゃう先生だ。そう言う人を子供は信用してくれない(´;ω;`)
 だから優しい先生がいい先生とは限らない。おっかない先生も時間が経てば大切なものを教えてくれていたのかもしれない。

 その通りだよ、みんながそれぞれ違ってるんだ。一流の怖がらせ屋はその違いを武器にする。

教育法規覚え書き

日本国憲法

誰もが知ってる国の最高法規。私は数字が覚えられないから、恐竜の全長とかそんなもんだと思って頑張ります。

国民主権、平和主義→憲法前文
基本的人権→11条
自由権→12条
個人の幸福追求→13条
公共の福祉→12条、13条
法の下の平等→14条
公務員→15条
表現の自由→21条
生存権→25条
教育を受ける権利→26条




教育基本法

日本の学校教育における憲法的存在。だからか日本国憲法26条等と多少かぶるところがあってややこしい。1947年版を2006年に全面改訂した。

第一章 教育の目的及び理念

第1条 (教育の目的)
教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第2条 (教育の目標)
教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

第3条 (生涯学習の理念)
国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。

第4条 (教育の機会均等)
1 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

2  国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。

3  国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。

第6条 (学校教育)
法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。



学校教育法

学校教育の制度的な部分を取りまとめた法律で、困った生徒に対する対応も書かれている。よく出るのは体罰や懲戒の部分。
またここでいう学校は公立、私立は問わない。とにかく学校を運営する際に守るべきルール。

第一章 総則

第1条
この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。

第2条
1 学校は、国、地方公共団体、及び私立学校法第三条 に規定する学校法人のみが、これを設置することができる。

2  この法律で、国立学校とは、国の設置する学校を、公立学校とは、地方公共団体の設置する学校を、私立学校とは、学校法人の設置する学校をいう。

第3条
学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、文部科学大臣の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。

第6条
学校においては、授業料を徴収することができる。ただし、国立又は公立の小学校及び中学校、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部及び中学部における義務教育については、これを徴収することができない。

第11条
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

第二章 義務教育

第16条
保護者(子に対して親権を行う者(親権を行う者のないときは、未成年後見人)をいう。以下同じ。)は、次条に定めるところにより、子に九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

ややこしいのが16条。義務教育と普通教育がほとんど文脈的に重なるので絶対間違える。憲法26条によれば義務教育の〝内容”は普通教育とする、らしい。



学校教育法施行規則

文部科学省の省令。ちなみに強さで言えば憲法>法律(国会)>政令(内閣)>省令の順番。
かなり細かい内容で全部で200条近くある。
職員会議の48条、学校評議員について書かれた49条あたりがごっちゃになる。

第26条
1 校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。

2 懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長(大学にあつては、学長の委任を受けた学部長を含む。)が行う。

3 前項の退学は、公立の小学校、中学校(学校教育法第七十一条 の規定により高等学校における教育と一貫した教育を施すもの(以下「併設型中学校」という。)を除く。)又は特別支援学校に在学する学齢児童又は学齢生徒を除き、次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。

一  性行不良で改善の見込がないと認められる者
二  学力劣等で成業の見込がないと認められる者
三  正当の理由がなくて出席常でない者
四  学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者

4 第二項の停学は、学齢児童又は学齢生徒に対しては、行うことができない。

第37条
小学校には、校長、教頭、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。

9 主幹教諭は、校長(副校長を置く小学校にあつては、校長及び副校長)及び教頭を助け、命を受けて校務の一部を整理し、並びに児童の教育をつかさどる。

主幹教諭ってなんだ・・・学校に中間管理職を導入することで円滑な学校運営を目指すために設けられた新ポジション。ただ職員室にヒエラルキーの論理を持ち込むのに抵抗があり、うまく機能していない学校も多いらしい。東京都の公立学校はすべて導入済み。

第48条
1 小学校には、設置者の定めるところにより、校長の職務の円滑な執行に資するため、職員会議を置くことができる。

2  職員会議は、校長が主宰する。

第49条  
1 小学校には、設置者の定めるところにより、学校評議員を置くことができる。
2 学校評議員は、校長の求めに応じ、学校運営に関し意見を述べることができる。
3 学校評議員は、当該小学校の職員以外の者で教育に関する理解及び識見を有するもののうちから、校長の推薦により、当該小学校の設置者が委嘱する。

第66条
小学校は、当該小学校の教育活動その他の学校運営の状況について、自ら評価を行い、その結果を公表するものとする。



地方公務員法

教員だけにあてた法律じゃないので主語が「職員」になっているのが特徴。
よく出るのは信用失墜行為と守秘義務。

第33条 (信用失墜行為の禁止)
職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

第34条 (秘密を守る義務)
職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。



学校保健安全法

学校の安全と児童生徒の健康について書かれた法律。

第四節 感染症の予防
(出席停止)
第19条
校長は、感染症にかかつており、かかつている疑いがあり、又はかかるおそれのある児童生徒等があるときは、政令で定めるところにより、出席を停止させることができる。

(臨時休業)
第20条
学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる。

学校の休業は校長ではなく学校の設置者が行う。学校の設置者とは公立学校の場合は国や地方公共団体。

(危険等発生時対処要領の作成等)
第29条
3  学校においては、事故等により児童生徒等に危害が生じた場合において、当該児童生徒等及び当該事故等により心理的外傷その他の心身の健康に対する影響を受けた児童生徒等その他の関係者の心身の健康を回復させるため、これらの者に対して必要な支援を行うものとする。この場合においては、第10条の規定を準用する。



教育公務員特例法

教員の任免、給料や懲戒、分限(本人の意に反してクビにすること)、研修等が明記された法律。
ほとんど研修について書かれた部分が出る。初任者研修は一年。
十年経験者研修は教員になって十年目の先生が受けるもの。2003年から実施。
主語が「教育公務員」になっている点に注意!

第21条 (研修)
教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。

第22条(研修の機会)
(2)教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。
(3)教育公務員は、任命権者の定めるところにより、現職のままで、長期にわたる研修を受けることができる。

第23条(初任者研修)
(1)公立の小学校等の教諭等の任命権者は、当該教諭等(政令で指定する者を除く。)に対して、その採用の日から1年間の教諭の職務の遂行に必要な事項に関する実践的な研修[以下、「初任者研修」という。]を実施しなければならない。

「教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律について(通知)(19文科初第541号)」(平成19年7月31日)(抄)
第一 改正法の概要
第2 教育公務員特例法の一部改正関係
1 公立の小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校及び幼稚園(以下「小学校等」という。)の教諭、助教諭及び講師(以下「教諭等」という。)の任命権者は、児童、生徒又は幼児(以下「児童等」という。)に対する指導が不適切であると認定した教諭等に対して、その能力、適性等に応じて、当該指導の改善を図るために必要な事項に関する研修(以下「指導改善研修」という。)を実施しなければならないこととしたこと。(第25条の2第1項)

「指導が不適切である」ことに該当する場合
①専門的な知識や技術がなさすぎて間違いばかりで学習指導に支障がある。
②授業を板書だけで済ませてしまう。
③子どもとコミュニケーションを取らない。



義務標準法
正式名称は「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」
学級人数を定めている。基本的には人学級は40人。必要に応じてそれ以下でもOKだったが、平成17年度から中学校全学年において学級編成の基準は35人となった。

教育職員免許法
平成19年の改正で教員免許に10年間の有効期限ができた。免許状更新講習で有効期間を更新できる。施行前に教員免許を授与された人は期限切れはない(!)が、結局10年ごとに免許状更新講習は受けなければいけないので、あまり変わらない。
この講習は計30時間以上とされている。

児童虐待の防止等に関する法律
第6条
児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。
学校や教育委員会ではなく、福祉事務所と児童相談所!

特別活動(学習指導要領)
学級活動を通して、望ましい人間関係を形成し、集団の一員として学級や学校におけるよりよい生活づくりに参画し、諸問題を解決しようとする自主的、実践的な態度や健全な生活態度を育てる。

生徒指導提要
各学校においては、生徒指導が、教育課程の内外において一人一人の児童生徒の健全な成長を促し、児童生徒自ら現在及び将来における自己実現を図っていくための自己指導能力の育成を目指すという積極的な意義を踏まえ、学校の教育活動全体を通じ、その一層の充実を図っていくことが必要である。

ソニックブレイドバースト

 一時期休載状態だった『ソニックブレイド』でしたが、なんか最近作画のペースが上がって丸々一話分の作画を描きあげてしまった。・・・しまったってそれが当然なんでしょうが・・・
 でも本当、去年は漫画描く時間がなかった上に『80日間宇宙一周』に浮気しちゃって、ひどかったからなあ・・・なんかミグが好きになっちゃって、でしょうがないから、サイトトップにあげたあの一枚絵を描くことで、あのシリーズに対する未練を断ち切る儀式をしたんだよね。ふむなさんと話してたんだけど、あれはいわば供養絵よ。これでもうミグは元カノだからw

 しかしなんで作画ペース上がったかというと意図的に上げたんだよね。あまりに進行が遅すぎるから。なんか連載陣の他の人がプロの漫画家だったりして、こんな下手なの見せられないよなって、何度も描いては消しを繰り返していたんだよね。
 でもこの前友達に「あんなSF漫画一人で描くやつはいないよ」って言われて、そうだよな、プロは集団で作ってるんだから、作画クオリティであのレベルを求めたって無理なんだよなって(ひどい言い訳)、その、読んでいる人には悪いんですが割り切ることにしました。
 
 もうね、絵なんてもんは自分が筆をおいた時が完成だから、やる気になればいくらでも描き直せちゃうんですよ。でもこんなスローペースじゃまず完結は無理だし、作中世界が滅ぶ「十年後」=2013はもう来ちゃってるし、ちょっと雑かもしれないけど、映画の絵コンテみたいに勢い任せで作画することにしました。
 つの丸先生みたいに「ちびっこに落書きを売りつけている愉快な詐欺師」になるぜって。本当そこは申し訳ない。ほか弁のポテトサラダがなくなって代わりにドレッシングのケースでその空きスペースを埋めるようなものだということは重々承知しているのですが。時間も人手もないのですよ。

 しかしそれにしても想像以上に早く仕上がっちゃって、この原因を自分なりに考えてみたんですよ。だって今までの停滞はなんだったんだってなるし。

①試験勉強への現実逃避
 これはモチベーションの問題として大きいと思う。結局なにか嫌なことから逃げるためっていうインセンティブは強い。これが何も嫌なことがないと漫画制作が嫌なこと(=現実)になって逃げてしまうっていうのが、私の心の弱さ。魚座O型は創造力はあるんだけど場に流されるんだよ(星座のせい)

②怪獣大暴れ
 なにしろ私はこの漫画怪獣描きたくてやってるようなもんだからね。最初の怪獣ははっきり言って資料となる公式イラストがたった一、二枚しか存在していなくて、脳内で三面図を起こすのに相当時間がかかったんですが、最近やっと慣れてきて立体として把握できつつある。
 漫画って同じモチーフを様々なアングルからいろんなポーズで描かないといけないから。んで怪獣を暴れさせるのが楽しくなってきちゃって。
 喫茶店で会話しているシーンとかって読んでいる人もダレ場なんだろうけど、描いている方もそんな楽しくないんだよwでもああいうシーンを入れないとストーリーの論理が破綻しちゃうじゃん。あれだってちゃんと意味のあるやりとりなんだよ。
 最近のアニメ見てて思うのは、全体的にテンポが早いというか、ダレ場が全部カットされているってところだね。だからキャラの心情の変化が唐突で脈絡がなく見える。でも今の若い子ってハイスピードな世の中に適応しているから、あれくらいじゃないと飽きちゃうのかね。
 それと作り手の問題として、やっぱ自分が描きたい絵しかできれば描きたくないっていうのがあるんだろうね。つまりお風呂回とか温泉回とか、最近のアニメってまあ必ずあるじゃん。あんなんストーリー上いらないし、水戸黄門の由美かおるみたいなもんで視聴者へのサービスなのかなって思ってたんだけど、あれ作画マンが嬉々として描いてるんじゃないのって。
 実際私も作画ペースが上がったのは描きたいものが描けたからなわけだし。

③最近ロボットアニメが増えた
 この漫画を考えた2003年ってアニオタの友人と「そういや最近ロボットアニメって減ったよな」って話をしていた時なんだ。まあガンダムSEEDはやってたらしいんだけど。やってないなら、今こそやってみようってことで友人のアイディアに私が乗った形だったんだ。
 で時は流れて十年後、けっこうやるようになってるんだよね。んで自分なんかは、巨大ロボットに疎いから、勉強がてらなるべく見るように頑張ってるんだけど(おかげ?で夜型)。
 上記のアニメの話は、今やってるロボットアニメとかを見ていて思ったことでもあるんだよね。あとやっぱりロボット兵器で戦っているような世界観に、学園モノとかちょっとラブコメとかの要素って、なんか繊細な日本料理にカレーかけちゃうようなもんで、台無しって感じはあるんだよね。ロボットを扱ったコメディとしてはなから作っているのならばともかく。
 ここら辺は私もブーメランなんだけど、おそらくその理由は「メタにみえちゃう」からなんだと思う。例えばロボットアニメに萌え~なメイドとか出しちゃうと、それってハイコンテキストなアキバ文化のメタレベルな「ネタ」なわけじゃん。すると見ているこっちは冷めちゃうんだよね。
 私はSFだったら本気で驚いたり怖がったりしたいから、ちょっとああいうノリは厳しいんだよな。ごめんオレ、マジェプリ無理だわw(ヴァルヴレイヴも)
 一番いいなって思ったのはヴァルヴの次に続けてやってる『デビルサバイバー2』かな。まったく話の筋わからないんだけど(部分的にしか視聴してないから)なんというか世界観のセンスや演出がうまいよね。
 あとああいう組織を題材にした群像劇って割と好きなんだ。結局ああいう物語のつくり方って英雄譚の対極にあるものじゃん。一騎当千キャラがいないから力を合わせるわけで。
 ソニックブレイドっていう巨大ロボットがウルトラマンのメタファーである以上、多少チート兵器なんだろうけど、読んでもらえばわかるけど、ソニックブレイドよりも怪獣の方がずっと強いんだ。なぜって私が怪獣の方が好きだから!えこひいき!
 だから、すっごい心細い珍しいロボット作品だと思うよ。役に立たねえな、ソニックブレイドってw

④仕事に慣れて時間が多少取れるようになった
 年度の最初は何教えていいんだか全く分からず、指導計画から指導案まで一から作ってたからね。私てっきり去年までの先生と同じことやってればいいのかと思ってたから、すごい甘かった。まあなんだかんだで大学で習ったことが多少役に立ってよかった。
 ただいくつかの授業は(ちょっとやっちゃったな~)って心の中で思っているので、来年度以降はやらないかも。いろいろ試しながら勉強しています。試される方はたまったほうじゃないんだろうけど・・・すまん力不足で。
 つーか漫画の授業なんだよね。漫画家志望の人でもうまく作れないものを一般化して教えるってかなり無謀だったのかもしれぬ。でも教科書に藤子F不二雄とか浦沢直樹とか載ってるんだもん。だもん!そしたらF先生の「少し不思議」や、やたらひっぱる浦沢漫画の巧さやおもしろさの秘密を語りたいじゃん・・・!でも漫画って半分以上は「国語」の勉強に近いんだよね。実は。話がないとストーリー漫画は作れないから。
 
 ということで、来月辺りトーンの処理をして、久しぶりの25枚同時アップを計画しています。今月はちょっと待ってね。いろいろあるんだ。聞かないでおくれよ。

発達と学習について

スキャモンの発達曲線
20歳時における臓器の重さを100としたとき、それぞれの臓器の発達に伴う重量変化をグラフ化したもの。リンパ型は小学校高学年で180%突破して、20歳で100%に落ち着き、神経系は小学校入学時に大体完成、生殖腺は思春期あたりで急激に成長。

ポルトマンの生理的早産
ヒトはほかの霊長類と比べてかなり未熟な段階で出産してしまう。頭がでかいから?
直立姿勢や、ある程度の発話は生後一年が最低でも必要。

トムゼンの発達加速現象
世代が新しくなるほど、身体の発達速度が速くなること。
栄養状態が良くなったり、都市化に伴う生活様式の変化などの影響らしい。
最近の子供は性的にませているというやつ、あれは真実だったのか。


発達段階

乳児期(0~1歳ごろ)
第一次性徴:生まれつきの性別
モロー反射:衝撃音を聴かせると両腕を広げて抱きつこうとする。
バビンスキー反射:足を裏をなでると足を指を広げる。

幼児期(1~5、6歳ごろ)
運動機能の発達。基本的な就活週刊の形成。
言語活動が発達してカタコトじゃなくなる。
自己と客体が未分化で自己中心的。
3歳頃に自我が芽生えて第一次反抗期。

児童期(5、6歳~12歳ごろ)
客観的思考が発達し、ルールを持った集団的な遊びができる。
ギャングエイジ:10歳頃に排他的な遊び仲間を形成。

青年期(12~25、場合によっては30歳ごろ)
抽象的思考の著しい発達。
ルソー的に言うと第二の誕生。
自我が確立し、第二次反抗期。
青年期スパート:青年期の急激な身体的発達
心理的離乳:親から精神的に自立する。



ピアジェの発達段階説

感覚運動期(0~2歳)
言葉が未熟で、感覚や運動を通じて環境に適応。
何度も同じことを繰り返す。

前操作期(2~7、8歳)
イメージを伴った思考ができる。
言語の発達が著しく、ごっこ遊び(象徴的活動)をする。

具体的操作期(7、8~11、12歳)
具体的な思考はできるけど、抽象的な思考がまだ得意じゃない。
思考の脱中心化(オレ様化卒業)がはじまり、社会的な行動をする。

形式的操作期(11、12歳以降)
抽象概念も可能だし、想像上の問題もイメージして考えられる。
言語や記号を用いた仮説演繹ができる。



ローウェンフェルドの絵画の発達段階

錯画期(2~4歳)
スクリブル(なぐりがき)

象徴期(3~4歳)
円や線によって何かを表そうとする。絵本の車輪にこんなのを描くよね。

前図式期(4~7歳)
紙の上にイメージが列挙されることからカタログ期とも呼ばれる。
この時期に頭から直接足が出る頭足人が登場!

図式期(7~9歳)
地面を表す線(基底線)をひいたりする。上から見下ろした絵(展開図)や、内部がすけたような絵(レントゲン描法)を描く。

初期写実期(9~11歳)
自由な発想で描くことが少なくなり、目で見た通りの風景を描こうとする。
年齢的にはギャングエイジ。

疑写実期(11~13歳)
立体感や凹凸など実物らしく描こうとするが、子供なりの工夫でそれを頑張って表現する。
児童画として結構味のある作品が多い。

決意期(15歳以降)
創造的な活動に行き詰まりを感じてやめちゃう。思春期の描画の危機。



フロイトの発達段階説
リビドー(エロエネルギー)をあらゆる発達段階で焦点化。
口唇期(0~1歳半):授乳
肛門期(1歳半~3歳):排泄訓練
男根期(3~6歳):両親との同一視
潜伏期(6~12歳):社会参加の基礎的訓練
性器期(12歳以降):異性が欲しい

ハヴィガーストの発達課題
乳幼児期の課題:歩行、会話、トイレ、善悪の区別
児童期の課題:日常の遊びに必要な身体的技能、仲間との付き合い方、読み書き計算の基礎
青年期の課題:ジェンダー、社会的役割、両親や大人からの情緒的独立、経済的自立

コールバーグの道徳性の発達段階
前習慣的水準
第1段階:罪の回避と服従
第2段階:自己の利益を優先する利己的な志向
慣習的水準
第3段階:周囲の期待に応えて「よいこ」を志向
第4段階:権威と社会秩序の維持
自律的水準
第5段階:社会契約的な志向
第6段階:普遍的で原理的な志向

レフ・ヴィゴツキー
発達の最近接領域

発達には、自分ひとりで解決できる領域と、その境界ギリギリのちょっとしたアドバイスで乗り越えられる領域があり、そのふたつの領域のズレを発達の最近接領域という。
内言(ないげん:思考にとって必要な声には出さない心の声)と外言(がいげん)

ジョン・ボウルヴィ
イギリスの医学者。精神分析学に動物行動学(エソロジー)の視点を取り入れた。
アタッチメント:母親の顔が見えなくなると泣いちゃうような、子と母の情愛的な結びつき。
マターナル・デプリベーション:母親の愛情不足は子供の情緒、知能に大きな影響を与える。

ハーローの代理母の実験
ミルクがある針金の代理母とミルクはないが布でできた代理母を与えられて育ったサルは発達に異常が見られたという実験。
サルの赤ちゃんはミルクを飲む時以外は、ずっと布でできた代理母にしがみついたことから、赤ちゃんにとってはミルク(授乳)よりも、母親との接触による安心感やぬくもりの方が大切だということがわかった。

ゲゼルの生得説(成熟優位説)
人間の発達や行動は、遺伝的要因によるものであり、生まれながらに決定されている成熟法則に従うだけ。先天的。レディネス期(成熟)を待ってから教育を行う。

ワトソンの環境優位説
人間の認識や行動の成立は環境によって決まっていく。

シュテルンの輻輳説
精神発達は、遺伝適用員と環境的要因が独立に作用し、その合計による。

ジェンセンの環境閾値説
個人の特性の発達には、環境要因の質と量が必要であり、そのレベルがある程度の域に達した時にはじめて特性が発現する。
輻輳説のような遺伝と環境の純粋な加算ではなく、こちらは遺伝と環境の相互作用を主張。

ブルーナーの学習優位説
適切な方法(刺激や、経験)を用いれば、どんな水準の子供にも学習は可能であるという説。
早期教育の根拠がこれ。学習によってレディネスの発達が促進させられる。

クロンバックの適正処遇交互作用
いくら優れた学習方法でも、どんな学習者にも効果的であるとは限らない。
一人ひとりの個性の特性を考慮して、学習方法を採用する。

バンデューラの社会的学習理論
学習は自分の経験だけでなく、他者の行動を観察することでも成立する。
社会における自己効力感の提唱。

プラトー(高原現象)
基本的にやればやるほど成績は上がるが、学習課題によってはやってもやってもなかなか成績が向上しない歩留まり状態があるという現象。
※それでも諦めずに学習を続けると、再び成績が向上することがある。

オルポートの機能的自律
最初は外発的動機付け(親や先生に怒られたくないから勉強する。友達に負けたくないから勉強する)によってやっていた学習が、だんだん自分の興味関心(内発的動機付け)が基準になっていくこと。

アンダーマイニング効果
内発的動機付けによって勉強する気になっている時に、報酬や罰を与えるとそっちが学習の動機付けになってしまう現象。

ワイナーの原因帰属の分類
達成動機が高い人:成功を自分の能力や努力に帰属。失敗を自分の努力不足に帰属。
達成動機の遅い人:成功を運や課題の容易さに帰属。失敗を自分の能力不足に帰属。

セリグマンの学習性無力感
いくら積極的にやっても無駄だっていう体験をすると、その後簡単に解決できることでも自発的にやらなくなってしまうこと。

ヘルマン・エビングハウス
精神物理学(意識や知覚はブラックボックスだ)に影響を受ける。
世界初の記憶の実験。
記憶の忘却曲線・・・記憶して一日目は急激な忘却が起こるがそれ以降は比較的緩やか。

エルンスト・クレッチマー
ドイツの医学者。体型と性格に基づく類型化。
肥満型:躁鬱気質。社交的
細長型:分裂気質。内向的
闘志型(ガッチリ):粘着気質。几帳面で辛抱強い。

シェルドン
アメリカの医学者。体格と気質の相関関係によって類型化。
内蔵緊張型(内胚葉型):社交的
身体緊張型(中胚葉型):大胆で積極的
頭脳緊張型(外胚葉型):内気で過敏

シュプランガー
個人が興味のある文化的価値によって類型化。
理論、経済、審美、社会、政治、宗教
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