『ライジング・サン』

 ハッピーニューイヤー!ということで新年最初のブログ記事は、我が心の師マイクル・クライトン先生が、かつての日米貿易摩擦をとりあげた産業サスペンス、『ライジング・サン』をご紹介。

 どんな分野でも、取り上げるからには徹底的なリサーチを行うのがクライトン先生の仕事の流儀。今回も米国人から見た日本人の「異質さ」をリアルに描いています。
 松下幸之助の経営哲学、田中角栄とロッキード事件、竹下登とリクルート事件、社交辞令、系列、隠蔽体質・・・アメリカの人が、よくまあ日本人をここまで考察したよなあって感じでびっくり。

 この小説って『ジュラシック・パーク』の次に発表されていて、日本でクライトン先生の知名度がバーンと上がったあとのまさかのジャパンバッシング小説だったので、当時は色々と物議を醸したようですが、改めて読んでみると別に日本をそこまで悪く描いてはいない。
 ただ悪人がいてそれがたまたま日本人だったって感じ。そしてこいつは日本人の私から見ても「外道」。

 イシグロマサオお前のことだよ。

 こういうのって、例え指摘が合っていても、なんとなく面白くないから「いや~全然違うよ、やっぱアメリカ人は日本人をわかってないね~」とか言いたくなっちゃうものだけど、実際当事者だけが、その違和感に気づいてないってことはよくある。
 そして冗談抜きで日本人ってこういう生き物でしょ。表面上はうまく取り繕っても、ぼくらは初対面の外国の人になかなか心を開かない。

 「いろいろな点で、日本人は素晴らしい民族だ。勤勉で、知的で、ユーモアがあって。掛け値なしに誠実な人々だよ。ただ世界一のレイシストでもある。(略)日本人は好きだ。大好きだといってもいい。だが、わたしは日本人ではない。そして日本人は、決してそれを忘れさせてはくれない」

 いつだったか我が家に、本国ではテレビに出るほど著名なドイツ人の市議会議員さんが来たんだけど、やっぱり照れるのか、怖いのか、距離感を作ってしまう。とりあえず気を悪くさせないように笑顔を作ろうって・・・それが一番相手にとって失礼なんだよって!
 さすが200年以上引きこもってただけある。日本人は世界一のレイシストなんだな。

 「日本企業はMITに対して、教授職25人ぶんの研究費を寄付している。どの国よりもはるかに多い金額だ。なぜそんなことをするのか。あれこれと試したあげくに、日本人は知ったからだよ――自分たちにはアメリカ人ほどの創造性がないということをね。それでいて、革新的な技術はほしい。となれば、することはひとつだ。買うのさ」(470ページ)
 
 でさ、このセリフで思い出したんだけどさ、そもそも日本って、ある意味中国以上のパクリ国家だよね。
 しかも中国のように、ただ丸パクリするんじゃなくて、自分たちの使い勝手がいいようにチャチャっと改良しちゃうんだから始末に負えない。
 大体クールジャパンとか言われている日本のサブカルチャー、オタク文化だって、若い子は知らないだろうけど元はアメリカニズム。
 ただオリジナルがなんだか分からないほど自国文化のように昇華させてしまうから、まさかアメリカの真似をやっているとは気づかない。パクリのレベルが高すぎて自分たちのやってることがパクリだってことを忘れちゃうなんて、まったくひどいやつらだよ、ジャップは。

 それに今では信じられないけど、バブル期までの日本って今の中国みたいな感じで、確かIBMに産業スパイを送ったり、ニューヨークの名だたるビル(エンパイアステートビルやロックフェラーセンター)を買い占めちゃったり、なかなか相手のメンツを無視した、阿漕なことをやっていたらしい(実際東京の地価が高騰したときは、アメリカ全土が買える値段にまで上がった!)。
 こんな真似されて面白くないのは、もちろんアメリカ。日本人の狡猾さ、図太さに危機感を抱き、何より日本人の空気読め的な暗黙のルールに悩まされたという。クウキッテナンダ??? 

 よくTPP問題で「これをやったら日本はアメリカの企業に潰される…!」とか言う政治家がいるけれど(その意見に反対というわけではない)、その逆を日本はアメリカにさんざんやってきたんだよね。
 もちろんアメリカだってアンフェアなことは平気でやるけど、それにいちいち目くじら立ててもしょうがない。かつてのジャパニーズビジネスマンが言っていた通り今もビジネスは戦争なのだ。
 「あいつらライフルで撃ってきやがる!ひどい」って戦場で抗議する兵士はいないだろう。戦ってんだから。アウトレイジビヨンドの片岡さんが言うとおり「やったやられたはお互い様でしょ。」なのだ。
 
 「日本にアメリカの土地を買うなというのなら、売るなといいたい。――盛田昭夫(ソニー創業者)」

 しかしグローバル化、ボーダレス化が進んで、結局そこにあるのは仁義なき血みどろの抗争なのだろうか・・・国境や文化の壁を越えた共存共栄の友好関係は築けないのだろうか?
 作中で日本通刑事として登場するジョン・コナー警部は、日本人が好きだと言いながらも、やっぱり分かり合えない・・・と悲しそうにつぶやく。
 はっきり言って、このコナー警部、相手に対する無言の気遣い(KY=空気読む)も完璧で、私なんかよりもずっと日本のしきたりや礼儀に詳しいんだけど、日本という国を知れば知るほど、日本を完全に理解することなんて出来やしないって、わからなくなってくるんだろうな。

 「わたしには、アメリカで働いている日本人の友人が大勢いる。(略)友人たちは、いつもわたしに思い出してくれという――彼らはまず第一に人間であり、その次に日本人なのだと。残念ながらわたしの経験では、それが常に正しいとはかぎらないがね」(624ページ)
 
 価値観が多様化した現代では、こういった異文化理解(本当の意味でのポストモダン)は、同じ日本人の間でも考えていかなければいけない問題なのかもしれない。
 知らない相手に対するちょっとした気遣い・・・これは日本人が得意としたところだと思うんだけど、今の日本は皮肉なことに作中のアメリカと状況が似てしまった。そしてかつての日本の成金的ポジションはBRICsが元気に継承してくれている。
 追う側から追われる側へ・・・日本とアメリカは今こそ本当の意味で仲良くなれるかもしれないw「いや~今になって当時のアメリカさんの気持ちわかりましたよ~」とかw

 うるせえよ、いいからTPPやれこの野郎とか言われるんだろうなw

 おまけ:それと余談だけど、この小説って固有名詞が『ジュラシック・パーク』と、いくつか重なっている。例えばインジェン社の大口出資元ハマグチ社や、恐竜のDNA解析に使ったスパコン「クレイ」の顛末など。おそらく同時期に書いていたから、遊んでみたんだろうねw

 あと女体盛り出なかった。

2012年は刺激的

 いや~今日でついに2012年もおしまいですよね。今年は年初めからUstreamで伝説的黒歴史バレンタインデーぶっ壊せデモをやったり、いろいろな新体験をした年でした。
 他にも人生初のマンガ連載、人生初のオフ会、人生初の運転、人生初の学校教員体験・・・どれも楽しかったですが、どれも少々刺激が強すぎたらしく、現在の私はフラフラですw

 とりあえず今は冨樫義博ごっこをやっちゃっているYELLの漫画原稿を仕上げています。
 今年の秋から学校の先生を学習塾と同時にやることになって(一時期家庭教師もやってた)、本当に漫画が描けなかった。続きを楽しみにしてくださっているファンの皆様ごめんなさい。来年はなにかの仕事を減らして、漫画にもう少し時間が割けるように考えているところです。

 しかし今年は「ついに私も若者から大人になったなあ・・・」って実感した年でした。何といっても情けないのが「最近の若いもんは」という王道的ジジイ思考をするようになってしまったこと。
 こういう頭の固い大人には絶対なりたくないって思っていたのに、そういうことを考えるようになってしまったのは、新鮮であると同時にかなりショックでした。
 もう今の若い子とは共通点よりもギャップを感じることのほうが多くなってきたってことなのかも。そりゃそうだ、15歳も年が離れている子を相手にしているわけで、彼らとは元号が違う、世紀が違う。新世紀エヴァンゲリオン(あ、これも今年の初体験の一つだ)。
 
 でもさ、もう自分もいい年なんだから、若い世代の壁になったほうがいいんだよね。今の大人って良くも悪くも物分りが良すぎて、子供には乗り越えるべき壁がない。
 今の子ってなんでも自由にやらせてもらえるんだけど、それによって自分たちが生きる指針をなかなか定められないで苦しんでいる気がする(自由な分、規範が形成される機会がない)。自由を持て余しているんだ。
 時に反発されようが、大人はブレずに「オレたちはこういうポリシーで生きてるんだ!」っていう生き様を子供に見せるべきなんだと思う。子供にいい顔するだけが教育じゃないもんね。

 ああ、もう、こういうこと言ってる時点でオヤジっぽくて嫌なんですが、でも私はもう、どう考えても大人。大人になっちゃったもんは大人にならなきゃいけない。
 もともと私は「創作するなら社会にコミットしなければいけない」というスタンスだったんだけど、教育現場に触れてそれがさらに確信に変わった。
 個人主義と新自由主義がもたらしたものは、無秩序な混沌。学ばず、オレ様化する子供たち、働かない若者たち、ウェブを支配するバカで暇な人・・・これらは現代人なら誰しもが多少は共有しているメンタリティではないだろうか。

 人間は誰でも失敗するけど、特に若者は人生経験が少ない分失敗する確率が高い。
 そこで大人が子供の言いなりになって好きにやらせちゃうと、ろくなもんじゃない。それは寛容なように見えてすっごい無責任なことなんだって思った。

 好きにしていいよって言うと本当に好きにするんだよこいつら!ww

 ある人が「リバティとフリーダム」の違いですねって言ってたんだけど、まさにそう。自由はいいことだけど、その自由が他者の自由を侵害した場合の合意形成の手段を僕らはおざなりにしてしまった。
 だから私はあえて頑固ジジイになろうと思う。いや10代の頃からそんな感じだったけどさw

 教育の現場が未来の社会を映す鏡ならば、私たちが前提にしていたはずの最低限の共同体的ルールやモラルがここまで崩壊してしまったこの現状はちょっと心配だ。
 まあ、そういった杞憂は、今の団塊の世代の人が「新人類!」とか言われていた頃から繰り返されているわけで、なんだかんだで結局世の中回るのだろうけれど、じゃあそれがいい世の中なのか?って聞かれると、ほとんどの人はそう思わないんじゃないだろうか。
 今の子はけっこう感受性が高くて、厭世的な大人の姿を見て、若いうちからリアルを見切っているような気がする。

 物語のないこんな世の中だからこそ、私は物語を書こう。「偉そうでお説教くさい」とか「なんでてめえに言われなきゃいけないんだ」とか言われようが、私は創作を通じてメッセージを送り続けたい。
 しいてはそれが私にとって生きることだと思うから。

 「『私はどうすればよいか?』という問いに答えられるのは、それに先立つ『私はどの物語のなかに自分の役を見つけられるか?』という問いに答えられる場合だけだ」――アラスデア・マッキンタイア『美徳なき時代』

『あなたが死んだら私は悲しい』

 著者は心理学者の碓井真史さん。

 朝起きたら、アマゾンからこの本が届いてた。・・・すごいよね。(確かに注文したのは私だけどさ・・・)
 まあ言うまでもなく、自殺の本なんだけど、金八先生が言うように日本人ってとにかく自殺しちゃう。
 自殺で亡くなった人は年間三万人をキープし続けており、世界ランキングでは五位。女性の自殺率に関しては第三位。毎日百人近くの人が自ら命を絶っていることになる。
 世界中の貧しい国を渡り歩いたマザーテレサさんでさえ「本当の貧困はここにある」と述べた国、日本。彼女は、パッと見豊かで安全な、まるでエデンの園のような国に、第三世界にはない「飢えの本質」を見たわけだ。

 人生がうまくいっていたら私たちはいい気なもんで、生きる意味とか本質なんて考えない。でも普段のんきだった奴が急に「形而上学的には・・・」とか哲学的なことを言いだしたら要注意だ。
 人間、なにかうまくいかなかった時に初めて悩みだすもの。そして悩めば問題が解決すると思ってしまうから苦しいのだ。
 悩み続けるだけで、悩みに対する答えが出るならば、私たちはきっと人生でこんなに追い込まれはしないだろう。
 そもそも、そういった問に答えなどないのだ。出るならとっくにソクラテスさんあたりが解いちゃってる。
 これは何も自殺に限ったことじゃなくて、生きている人間なら誰しもが経験すること。それなら、自殺する人としない人の境界線ってなんだ。
 その人の気質なのか、運なのか、環境なのか・・・まるで交通事故や自然災害と同じように、どの人にも平等に自殺という災厄が降りかかってくるようだ。なにしろ一般的に成功者と言われる人だって死を選ぶことがあるのだから。

 私は自殺って行為は、その人が出した究極的な結論だと思う。動物と神の中間にあると言われる人間の精神が、本能や肉体に勝利したというか。キングオブ自由意思というか(私は構造主義も好きなので人間の自己決定権については懐疑的ですが・・・)。
 もちろん自殺を美化したり正当化しているわけじゃないんだけど、ほかの動物と比べて人間って興味深いなあって思うところでもある。
 どこの世界に「配偶者ができないので死にます」とか「生きるのが辛くなったから死にます」と言って自殺しちゃう動物がいるんだ。
 いや、いくらかの社会性昆虫などでは、群れのためにどう考えても自殺行為としか言えないような行動を取る個体はいるんだけれど、私たちの自殺もメタ的に見ればそれと同じなのだろうか。
 集団の個体数調整のために、私たちの精神にはあらかじめ自爆スイッチみたいなものが取り付けられていて、一定の許容量を超えたら死ぬようになっているのかもしれない。

 言うまでもなく「死」というのは究極的な命題で、なんといったってこの地球上に70億人近い人がいるのに、誰ひとり死んだことがある奴がいない。誰も知らないものがこんなに身近にある。それが恐ろしい。
 もし自分が死んだらどうなってしまうんだろう。どこかに生き返った経験がある人でもいれば、私たちの心も少しは救済されるのだろうが・・・あ、でも生き返った人が「うげ~あの世は本当地獄だったよ、くせえし、痛えし・・・」とか言ったら、それはそれで悪夢だな。やっぱ最後の最後のお楽しみにとっておこうw
 
 しかし、今の若者はもっとすごい。悪く言えば想像力が貧困とも言えるんだけど、7割の子供が死んだら生き返るって思ってるんだって。
 いや、その可能性だってないわけじゃないし、物理学的には私たちの死骸は原子レベルでリサイクルされちゃうから、輪廻って言えばそうなんだけど・・・
 問題は、テレビゲームや漫画やアニメの出来事を、リアルと適切な距離感を置いて認識できないということだよ。
 そして自分のアイデンティティにしてしまうから、人類が何千年かかっても解けないようなアポリアにあっさりと結論を下してしまう。
 そういう子供たちにとって、世界は「自分がわかるもの」でしか構成されていない。無知の知なんてないわけだ。

 カウンセラーの先生に聞いた話なんだけど、今の子どもを自分の子ども時代と当てはめて勝手にわかった気になっちゃ絶対ダメなんだって。
 キレた子に「そんなに言うならナイフで刺してみろ」なんて強気に挑発して、内心(どうせそんな度胸もねえくせに・・・)なんて思っていると、本当に刺してくる。
 それは彼らが極悪で残酷だからじゃない。だって死んでも生き返ると思ってるんだから。ハリセンでなんでやねん!と同じノリでやっちゃうのかもしれない。
 
 ・・・こんなことをクリスマス・イブに考えている時点でいろいろ察されるような気もするんだけど、この日にこの本が届いちゃったもんはしょうがない。
 そんな感じで、いや~っはっは今年はクリスマス・ウツだぜ!って居直って、ページをパラパラめくってたんだけど、これがまた、予想とは違って癒される。

 日本一優しい気持ちになれる自殺の本なんだ。

 内容に関しては・・・その、いろいろ為になって、素晴らしく、その、漫画のネタにいくつか使いたいなあって感じで、ここでは詳しく書きたくないんだけど(ずるいでしょw)、それでも一つだけ言いたいのは、イデオロギーがなくなって、自分自身で生きる意味を模索せざるを得なくなった現代では、遅かれ早かれ、宗教性の需要がゆりかえしで高まるんじゃないかなって思ってる。
 なぜなら全ての人が自由意思や自己責任論に基づいて、己や社会の実存に向き合えるほど、人間は強くはないから。
 宗教なんて言うとオウム真理教かよ、カルトかよって拒否反応を示す人もいるんだけど、はっきり言って私たちがハマっている、漫画やアニメ、映画だって、多少なりとも「物語」がある。
 そして素晴らしい物語とは、ずいぶん前にもブログで書いたけど「ルールが明確化」されている。明確化されたルールとは煎じ詰めれば、因果律。
 そう、宗教が教え諭す「神」というわけだ。

 なんかほとんどの日本人って、科学や哲学、芸術と同じくらい宗教にも偏見を持っているんじゃないか。でも人間に宗教観があったからこそ、科学や哲学、芸術は発展した。そしてその恩恵を私たちは受けている。
 宗教とは高い壷を売りつける団体のことじゃない。物語だ。そして物語は常に私たちの身近にあり、私たちに生きる希望を灯してくれる。
 クリスマスが本来キリスト教的にどんな日だったか知らなくてもいい(私もよく知らん)。でも、誰もがクリスマスとは愛する人と共に過ごす日であることを知っている。それも宗教であり物語なんだ。だからこそ人は生きていける。
 キザだけれどクリスマスくらいは一番大切な人にこう言ってやろうよ。

 あなたが死んだら私は悲しい。

 あ~彼女欲しい。

ウォッチメン

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆☆☆☆」

 今度はあんたの番だ。言うんだ、何に見える?

 パキPさんおすすめ作品。いや~漫画読んでこんな感覚になったのは初めてだってくらいの衝撃。なんというか、心臓に冷たい手を突っ込まれた感じ。

 アメリカってすごいぞ!虚無を描ける漫画家がいる!

 「虚無を描く」っていうのは、考えてみればなんとも矛盾した言い回しだけれど、何も作らなければ虚無の表現になるのかと言ったらそうじゃない。生がなければ死がないように、有がなければ無はないのだ。

 もうこれって文学のレベルだよ。言うならば『嘔吐』でマロニエの木を見て気分が悪くなっちゃった主人公のような読後感。世界は見方を変えるだけでこれほどグロテスクにも、無機質にも思えるのか。
 また随所に散りばめられた、芸術、文学、歴史、自然科学、哲学の引用・・・前回エヴァンゲリオンはIQ30とか馬鹿にしてたけど、この作品はIQ130。

 日本よ。これが文学だ。

 冗談は置いといて、なんだかんだ言って私たちは自分自身(人間)が一番わからない。だからある程度抽象化した上でしか、それを考えることも、認識することもできない。私たちは意味からは逃れられない。
 その例でイメージしやすいのは漫画的な表現。大塚英志さんは漫画のキャラクターは、ポストモダン(没個性的な記号表現)を用いて、モダン(内面のパーソナリティ)を描くって言ってたけど、確かに納得だ。
 私たちは、誰もが仮面(意味)を請け負って生きているのだから。

 さらには、その仮面を長い間つけ続けるうちに、それが仮面なのかどうかもわからなくなってくる。メガネつけたまま「メガネメガネ」ってアタフタやってるようなもんだ。
 そうやって何年も過ぎて、ある時にハッと「あ、メガネここじゃん」って気づく感覚。センスオブワンダー。
 トラディショナルなスーパーヒーローたちの心理描写を掘り下げて描くことで、そう言った人間の普遍的な心理構造や実存に迫っているのはすごい。
 それがまあ、自然主義小説というか、実存主義的というか・・・とにかく等身大。

 普通漫画の作り手って、多少の誇張や美化に対する欲求にはなかなか抗えないもんなんだけど(そういや最近のアニメにブスなキャラはいない!)、この作品では人間の誰もが持っているのだけれど、否認し目を逸らしたままでいたい、残酷で、汚く、冷徹で、グロテスクな面もしっかりと描いてしまう。
 そこに一切の妥協はない。涙でマスカラが落ちて化けもんみたいな顔になる女だって描く!

 あの娘を殺したのは神じゃない。あの娘を切り刻んで犬に食わせたのも運命なんかじゃない。神はあの晩の出来事に気づきもしなかった。俺は悟った。こんな世界を作ったのは神じゃない。人間だ。

 はっきり言ってスーパーヒーローがナタを使ってロリコン犯罪者の頭をパッコンするのは正視に堪えないし、恐ろしく不快だ。
 ただ私たちはそんなヒーローをこれまで深く考えずに容認し、喝采を送ってこなかっただろうか?ウルトラマン、仮面ライダー、ガンダム、ドラゴンボール、そっち系の政治家・・・数々のヒーローがやっていることは結局のところ暴力の啓蒙だ。

 私は世代的にはジャンプ黄金世代なんだけど、こういうジャンプのバトル漫画が嫌だった。最後は拳で語り合うみたいな。
 人を殴るということは殴り返されることでもあるんだ。それを覚悟しなければ、それは自暴自棄な自爆と変わらない。
 そういうメッセージを私は最初はギャグ漫画で茶化しながら、今はストレートにストーリー漫画で描いている(テレがなくなった)。
 
 そして私なんかよりももっと正義のヒーローの実存に迫った、とんでもない天才作家がアメリカにいたわけだ。
 実際ウォッチメンと、私が十代の頃に書いたソニックブレイドは比べるのもおこがましいけど、プロット上多くの共通点がある。もちろんそこにたどり着くロジックは違うから(パクったわけじゃないからね)、丸かぶりではないんだけれど。まあこの話をするとネタバレになっちゃうからこれくらいにしておく。

 しかし、当然ながらまったく敵わない。私はせいぜい日本という豊かで安全な国にいるわけで、平和ボケした世間知らずだ。
 しかしアメリカはすごい。銃があるんだもん。力の行使や危機管理に関しては、ゲームやアニメの世界にあるようなものではなく、リアルに存在する切実な問題なわけだ。
 だからこそ原稿に乗り移っているものが違う。ウォッチメンの世界では動物も少女も妊婦も老人も無慈悲に殺される。

 それはホラーやスプラッター作品の話なんかでは決してない。この世界の現実の話なんだ。
 それなのに私たちはどこかで安心している。そういうグロテスクな描写が好きな人も、それが自分の生活と全く違う次元の話だと思っているから安心して楽しめるんだ。
 冗談じゃない。暴力ってのは突然身の上に降りかかってくるんだ。

 私は今、中学校で生徒指導的な立場にいるんだけれど、そう言う意味で、刑務所に収監されたロールシャッハにカウンセリングを試みた、マルコム医師のエピソードには最も恐怖した(これは映画版よりも原作コミックの方がずっと怖いのでぜひ)。
 もしかしたら私は自分本位な善意とやらで、目の前の人間を無意識に傷つけ、さらに追い込んでいるのかもしれない。

 罪を犯す人間の中には、愛や善意や思いやりを求めすぎたあまりに、それを軽はずみに口にする人間を偽善者だとすぐに察知してしまう者がいる。
 そんな彼らに気安く救済の手を差し伸べることができるのだろうか?気の毒なヤンバルクイナだと思って保護しようと近づいたら、よく見るとそいつは恐竜であっさり食われちゃうことだってある。人間は時と場合によっては怪物にもなるんだ。

 そう、スーパーヒーローの仮面が突然引っペがされるように、私たちは時におぞましいものと対峙しなければいけない。
 その時どうする?世界から自分に都合のいい意味が消失したら、私たちは見て見ぬふりなんかできない。世界の実存というロールシャッハテストに自ら意味を見出すしかない。そしてそれは大きな自己満足の繰り返しなのかもしれない・・・

 私は今まで匿名で悪さをするのは卑怯者だと思っていた。しかしその反面、匿名だからこそできる救済もあるのかもしれない。
 実名で善意を背負えるほど人間の心は強くはない。だから結局のところは無力な偽善者になるのがオチだ。
 そういう意味で黒幕のオジマンディアスが匿名ではなく、エイドリアン・ヴェイトとして世間に素性を明かしているのは興味深い。
 
 怪物と戦うな。さもなくば自分もまた怪物となる。そして深淵を見つめる時には、深淵もまたお前を見つめているのだ。
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(『ウォッチメン』第六章28ページ)

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q

 「面白い度☆☆☆☆ 好き度☆」

 いきなりこんな事になって、わけがわかんないですよ!

 いやごめん、オレも初めて見たwということで最初で最後のエヴァンゲリオン。ついに!見たよ!学生時代、斜に構えたエヴァファンにウルトラマンを「子供だまし」と侮辱されずっと敬遠していた、宿敵エヴァンゲリオンを!

 これが巷でカルト的人気を誇るエヴァンゲリオンか~。すっごい難解な映画だって聞いてたから、解説役としてエヴァシリーズをテレビ版から全て鑑賞しているパキPさんを引きずり込んだんだけど、良くも悪くも結構分かっちゃった。

 これすっごいシンプルな映画ですよ。アニメにしろ映画にしろ結局は「映像のメディア」じゃないですか。だからまずもって凄い映像を見せることだけに徹しているんだ。
 かつてコラムで現代人は論理の整合性よりも映像の印象を信じちゃうって書いたことがあるんだけど、確かに映像文化に親しんでしまった私たちにはこの割り切り方は潔い。

 なんかね、この映画のカットの構成の仕方ってたけし映画に似てるって思った。特に『ソナチネ』あたり(「やることねえしよ」って時間つぶしするところとか似てる)。
 たけし映画も映画の要素の抽象化を徹底させていて、必要最低限のカットでしかフィルムをつないでかないじゃん。キャラが全然喋んないしw

 それを説明不足で見てる人に対して不親切と取るか、受け手側の解釈の幅を持たせるための表現手段と取るかは意見が分かれるかもしれないけど、こういった自分たちの描く「画」に絶対的な信頼を置いたドラスティックなドラマ要素の引き算は、けっこう現代アートとしてかっこよかった(あと作中で起きる出来事の時系列がほとんど順番通りだから、因果関係を想像すれば結構補完できる)。

 それに絵画の世界において特に表現するのが難しいものが、いわゆる形のないもの――重さ、硬さ、巨大さ(質感と量感)なんだけど、そのすべてがおそらく日本トップクラスに上手い。
 特に冒頭の無重力状態からどんどん重力加速度がついていく表現。鳥肌が立つくらい凄い。いや~とんでもねえよ。
 あと声。すごい豪華だよね。

 で、お話。押井監督はエヴァンゲリオンには物語はないとか言ってて、見た人もファンでさえどんな物語か説明できないんだけど、実はこれ物語ちゃんとある。
 ただそれを言語化するとあまりに陳腐になっちゃうから、エヴァのかっこいい世界観を損ないたくないためにあえて説明しないんだなってわかったw説明できなくはない。というか、すごい簡単にできる。
 ただ言葉にすると印象が変わっちゃうものってあるじゃんwそのギャップを突っ込んで笑いにするのがギャグ作家なんだけど、こういう純文学でそれをやっちゃうとムード台無しってなっちゃうもんね。

 言い方悪いけど、だいたい難解な構成の映画だったらここまで人気になるはずないんだよ。難解がいいならゴダールの映画とかみんな見てるはずじゃん。現代美術館がいっぱいになるはずじゃん。
 こんなに人気があるのは、断片的な物語の中にも誰にでも共感できるポイントをちゃんと押さえているから。ベタベタなんだよ。

 エヴァンゲリオンよくわからないって人のために野暮だけど言っちゃおう。これ中学生日記やってるだけなんだよ。
 巨大ロボット、世界の危機、意味ありげな伏線、膨大な専門用語・・・これらは全てマクガフィンに過ぎない。それを全部とっぱらっちゃって骨組みだけにしちゃうと、そこで描かれる内容は誰もが中学生時代に経験する、甘酸っぱい葛藤。

 恋人に振られて「こんな世界なくなっちゃえばいいんだ~!」とか「この世にわたしとあの人のふたりっきりだったらな…でもふたりっきりっていうのもつまんないからあの人のお友達は存在してもよいことにしよう。うーん女の子でもサチエならいてもよいことにしよう。えーとノリヨもいてもいいか…(c)さくらももこ」とか誰でも一度は思うじゃないですか。
 大人になると結構恥ずかしいんだけれど、世界(客体)と自分(主体)の距離感がまだ取れてない時代。恋愛感情が目覚めて自分と違う世界の人と心を通わす難しさ(衝撃的事実:できない)に心折れる時期。

 そういった普遍的な思春期の少年の心象風景がアレだと思えば、これは少年版『不思議の国のアリス』なんだって合点がいく。
 そもそも巨大ロボットアニメの文脈で読解してもどう考えても無理が来るんだ。壊すものもうないからwあれ以上地球のもの破壊し尽くしたら、もう主人公の内面世界を壊すしかないじゃないですか。私はそう言う意味でエヴァンゲリオンをドラゴンボールと対比して破壊のインフレアニメと定義しますw

 だから単純な三角関係なんだよね。ちなみに主人公たち中学生と、大人でそれぞれ三角関係がふた組ある感じ。よくわからないぼ~っとした奴が二人いて、その二人を面倒見のいいやつが「まったくもう」って引っ張ってる感じ(本当ご苦労様です)。

 ・・・でこっから私の個人的な感想言っていいよね?あのさ、主人公のシンジくんの描き方面白いね。最後の最後で憔悴しきっちゃって「ドラえもんか~」って言ってるジャイアンみたいにホゲ~って顔するんだけど、あれがすっごいツボに入っちゃって一人で笑ってたんだけど、まじでエヴァンゲリオンってシンジくんの動かし方がすっごい上手いよ。

 宇野常寛さんはエヴァンゲリオンを「社会からの逃避の物語」と定義し、そのスタンスはゼロ年代では時代遅れだとバッサリ切り捨てた。
 確かに放送当時はニューアカブームとかで浅田彰さんの『逃走論』とか流行ってたから(ちょい前か??)時代性に合致してたんだけど、それから時は流れて2012年。
 作中では14年後ってことにして、もう一人分中学二年生作れる年月で、シンジくんの思考ルーチンをもうちょい現代風にアレンジし直している。

 それはゼロ年代以降、引きこもってたら生き残れないという社会構造から派生した「サヴァイブ系」主人公として描き直されているということ。
 サヴァイブ系って言うとターザンとか「獲ったど~!」の人みたいな感じがするけど、宇野さんの定義では「誰もが避けられない強制参加のゲームを無根拠な決断主義で乗り切る主人公像」だという。

 確かに今回のシンジくんは、やたらアグレッシブで全然悩まない即決型。
 私は初めてエヴァンゲリオン見たから、全然キャラが聞いてたのと違うじゃねえか!って思ってたんだけど、これって昔と同じことやっても、もはや社会構造が90年代と大きく変わった現代ではシンジくんのスタンス(とりあえず逃げる)に共感できないだろうってことで、ある種確信犯的に変更しているわけだ(実際14年どころか17年経ってる!)。

 さらにサヴァイブ系の無根拠な決断主義すらメタ的に皮肉ってるから、最終的にいろんな立場の人たち(しかしこの作品出てくる登場人物がみんなIQ30くらいw)の意見に振り回されて、シンジくんなりに一生懸命頑張ったんだけど、「いやそんな勝手なことされても」って怒られて(え~~?お前がそうしろって言ったんじゃん・・・!)ってなって、とうとうリミッターが外れていつものシンジくんに戻ってきてしまうというw

 おかえり碇シンジくん。

 あの脱出用ポッドみたいなので引きこもってる画がもう最高wへそを曲げる中学生。でも気持ち分かるぞ!
 だってこれって今の学校や職場の状況そのものじゃん。冷戦崩壊後ぼくらには大きな物語がないから、みんな場当たり的な判断や指示しかできない。それに従う部下は多重人格者じゃない限りストレスでバーストしちゃう。
 また、作中のキャラクターがつぶやく(主にオヤジ)余りにも断片的なセリフはまるでツイッターのようだ。でもそんなものに真理があるわけない。
 そう考えるとエヴァンゲリオンってのはすっごい時代性を見据えている。それが人気の秘密なんだろうな。

 最後に一言。眼帯少女はなんで胸にガムテープを・・・
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