保全生態学について

 保全生態学って、いわゆるエコビジネスと同列に考えちゃ決してダメだと思います。

 私は、正直この分野はあまり詳しくないのですが、九州大学などの取り組みを考えてみると、抽象度の高いグローバルな話ではなく、もっと地に足ついた具体的な取り組みって感じがします。
 つまり研究結果がすぐに即戦力として使えるような実効性の高い、実践的な学問だと思う。

 どういうことかというと、人間が生活していく際には自然の恵みが必須なのだから、どうやって自然と長く付き合えるか、その方法を模索して工夫していこうって言うこと。
 つまりは、砂漠地帯だと人間は暮らしていけないから井戸を掘ったりインフラを整備する・・・こういう話と一緒だと思う。科学を利用してうまく自然環境を利用する。で生活を豊かに。
 もう少し具体的な例を考えてみると、たとえば、科学的な知識のない発展途上国の人が、焼畑とかを充分な期間を開けずに大規模にやっちゃうと、熱帯林が砂漠になってしまい農作物がそこでは作れなくなっちゃう(熱帯林の土壌を畑に適したものにするために焼くらしいんだけど)。でも農業のプロがそこに行って、ある程度持続可能な上手い農業のやり方を現地の人に伝授すれば、飢える人も減るし、環境破壊も食い止められるのかもしれない。

 「自然」って言葉ってなかなか面倒な言葉で、保全生態学が扱う「自然」と言うのはおそらく「人工の対義語」ではなくて、「人間込みの自然」であり、人工的な文明社会も自然にひっくるめているところがポイント(だと思う)。
 それが明確に解るのが、保全生態学における「自然共生社会」という言葉。これは、どっちかというと「野生」というよりも「文明」よりの話だと思います。

 我々の文明を持続するために、どうすれば自然を利用し続けられるか?

 上手く利用さえすれば、ここまで文明社会が発展してしまった現代でも、けっこういい感じに自然界の資源を使い続けることは可能なのではないか?
 この例えが妥当かはわかりませんが、つまりは財テクと一緒。自然界の共有財産を、上手く投資したり運用したりして、転がし続ければ人類は生存し続けられるけど、目先の利益にとらわれて財産を無駄遣いしちゃって、使いきっちゃうと破産してしまうよ、と。
 で、今は目先の市場原理主義で、預金をバシバシ切り崩し過ぎなんじゃないか?もっと賢い天然資源の運用の方法を考えようよ。
 抽象的な話ですが、これが保全生態学かもしれない。

 今のところの結論:保全環境学とは先人たちが工夫してきたであろう、農業や漁業などの第一次産業の冴えたやり方の模索に近い。
 つまり人間にとって住みよい環境を持続するために生態系のサイクルを研究し利用する・・・これは、生物としてはかなり賢い適応戦略である(イエイ!)。なにしろ我々は奇麗事をいくら言ったって日々の生活が第一なのだから。

 これについては、もうちょっと専門的な本を読みたいな。『保全生態学入門』あたりを買って勉強してみよう。

生態系は機械じゃないぞ

 メキシコ湾の原油流出事故。石油採掘施設が爆発して亡くなられた方もいるのだから、私はあまりこの事故を責められません。
 だいたい彼らが命がけで毎日働いているから、エネルギーは安定供給されているわけだし。

 とはいえ、私たちができる小さなことからコツコツとエコライフをしていこう!というモットーが吹き飛ぶほど、あの事故が環境に与えた影響は甚大。
 私たちがエアコンを28度設定にしても、アレをやられちゃ貯金残高はゼロ。むしろ借金です。で、オバマさんも現地視察したりして「ダメじゃないか」と会社を非難しているのですが、もう起きてしまったものはしょうがない。
 あとは何年かかろうとも海に流出した原油を回収すると共に、事故の原因究明をして次に起こらないようにするだけ。
 この流出した原油を何とかするアイディアを、様々な機関から募っているのが結構面白いです。国家が「国民の皆さん!オラに知恵を貸してくれ!」ってw。こういう逆境の時こそ科学技術のイノベーションのチャンスかもしれない。

 南アフリカ沿岸部に生息するケープペンギンも、原油流出事故により一度に三万羽が死に、この10年で総頭数は半分以下に減少したといいます(現在七万羽)。今回のメキシコ湾でもペリカンがまずいことになりそう。
 こういうデータをもとに、現在の絶滅スピードは・・・って話になるんだけど、もうお説教臭くていや。

 生物ピラミッドの頂点にいる哺乳類や鳥類の相当数はもともとも少ないし(少産少死のK選択動物)、環境破壊の影響を受けて数が減るのはとてもわかりやすいけど、地球の主役はやっぱり節足動物。こいつらが頑張っていてくれれば私は生態系は何とかなるとも思う。
 逆に言うと、生態系の縁の下の力持ちである、生産者(植物)、分解者(菌類、細菌類)、低次消費者をもっと研究して欲しいとか、部外者の私は思うけど、なにせ昆虫や微生物は数が多すぎてなかなか大変そう。
 ペリカンやペンギンは人の同情をかいやすいけど、動物愛護団体は、それと同じ、いやそれ以上に、グロテスクな虫けらに愛情を持ってほしい。

 地球の生物多様性が大切なら、一番いいのは人間の数を減らすことですよ(絶滅すればなおよし)。私はこの問題の根本原因は単純で、人口があまりに多いだけだと思っている。
 だから少子化の日本は本当に偉い。最高のモデル国家だと思います。暮らしに余裕のある先進国の人は、地球の為に子どもは一人か二人にするべき。
 一番嫌いなのが、「生物多様性は美しい地球を維持するために・・・」とか奇麗事を言って、結局はまだまだ地球の資源を人間が使い倒したいってだけだろ!ってやつ。
 地球は人間の為にあるわけじゃないんだから。「美しい地球がいいなら、お前らもう滅んでくれよ!」ってケープペンギンとか人間以外の動物は心の中で叫んでいますよ。絶対。

 あと本当に下らないのが「環境goo」ってサイト。http://eco.goo.ne.jp/topics/biodiversity/

 地球温暖化の関心は高くてみんな(=80%)知ってるのに、生物多様性について知っている人はあまりに少ない(3%)、だから生物多様性の正しい知識を伝えていこう!・・・ってお前が間違ってる。
 生物多様性の説明で耳にタコなのが、機械のアナロジー。

 便利な乗り物である車も「様々な部品」が組み合わさって動力をなしているのは言うまでもない。しかし、その部品の1つであるシャフトが外れたりでもしたらどうだろう。当然ながら動力をなすはずの車は動かなくなってしまう。
 
 ちょっと極端なたとえではあるが、このように生物独自で生きることができるわけではなく、個々の役割がつながり、生物として存在することができている。これが「生態系」と言われるものである。先ほどの車のようにここに1つでも欠けることがあれば、そのつながりが成立しないのだ。


 ・・・成立します。もし一部の生物種が滅んで、生態系全体が機能停止していたら、おそらくシアノバクテリアが酸素を作ったあたり(27億年前)で生物の歴史はジ・エンドだった。生態系はそんな単純な構造ではない。
 生物同士が相互作用しているのは全く持って正しい。しかし生態系は機械とイコールではない。もっと、いやかなり柔軟にできています。
 ある地域の動物がメタメタに滅んでいなくなったら、何かのきっかけでそこに来た外来種が「い~とこめ~っけ♪」とちゃんとニッチを占めてくれる。モーリシャスのドードー然り、ガラパゴス島の固有種然り・・・

 こういうサイトを作っている人達って地球の歴史と、複雑系をちゃんと理解しているのだろうか?しててわざと割愛してるな。きっと。
 あと、地球に生物がいなくなっちゃう日・・・って馬鹿馬鹿しい。その日がかりに数10億年後に来ても、人類はとっくに滅びさってます。人類ごときが地球の生物全てを滅ぼせるなんて思いあがるな~!こちとら地球様は地殻変動で全生物90%を一気に大量虐殺じゃ~!

 複雑系については、すっごい簡単で入門的なところだけど、けっこう面白くて大切な「初期値鋭敏性」あたりは機会があったらいずれ記事で取り上げようと思います。

ヤンキーを社会生物学的に考える

 昨日タレントの木下優樹菜さんが「ぷっすま」かなんかに出ていたけれど、ヤンキー経験もいい点があるなと感じました(非行に走るのを奨励はしてないですが)
 それはチーマーや暴力団って絶対的な上下関係があるので、かなり体育会系。街を歩く単体のチンピラよりも、ずっと礼儀をわきまえるんじゃないかと思うわけです。
 私が木下さんを見ていて偉いなあと思ったのが、木下さんのヤンキー時代は対立勢力とのタイマンを主にしていたということ。つまり悪は悪とやりあっていた。これなら別にいい。
 んで、彼女らの思いを無視して干渉してくる大人に、ふてくされるのも別にいい。なにもちょっかいだしていない堅気の人に、カツアゲとか暴力をふるわなければ。
 というのも人には様々な気質があって、大体の場合自分の気質にあったコミュニティに落ち着くので、自分の居場所がそういうヤンキーの世界しかない人もいるんだと思う。学校があまりに閉塞的で。木下さんは「学校で教わったこと、ユキナには全くないです」と断言していて、教育を学んだものとしてちょっと凹むものの仕方がない。ろくな先生がいなかったのでしょう。

 ただし成人式で暴れるヤンキーを見て思うのは「ヤンキーをするなら人さまと同じ人権を主張するな」ってこと。多少は権利を制限されてしかるべきです。
 だいたいなんで成人式の会場にヤンキーを入れるのかが分からない。あれは「ドレスコード」を設けたり、少年の補導歴とか調べて暴れそうな子は会場には入れないようにすればいいだけでしょう。
 あと格好悪いのがヤンキーという堅気からはずれた道にいってるのに、なおもメジャリティにかかわろうとすること。普通のカッコいいヤンキー?なら「成人式だあ!?そんなくだらねえところ行ってられるかバカ野郎」って言うはず。
 なのに堅気の人が大勢いる成人式会場で、迷惑をかけるヤンキー達。かっこ悪いです。これでドレスコードで入場禁止になったら、「それって人権侵害なんじゃねえのかよ?」とか言う馬鹿もいそうだけど、ヤンキーが人権を語るな。散々カツアゲや暴走で人の人権踏みにじっといてそれは無いだろ。
 警察が成人式会場の受付で「キミはダメ」ってやってくれれば、成人式もあそこまで荒れない。だからあれは子どもが悪いというか・・・そんな子どもに権利を与える大人も悪い。
 ヤンキーはヤンキーで集まって(集会)「ヤンキー成人式」を独自に開催すればいいわけで、なぜ堅気のところに行くのか分からない。どうしてもいきたいなら、ヤンキーをやめるなり、身なりをその日だけはちゃんとするなりすればいい。
 
 茶髪なだけで白い目で見る大人がムカつくのは私にもわかる。小学校の観察実習かなんかで「お前髪染めてるんじゃねえ」ってキレられたことあるけど、私ってもともと地毛が茶色で、こいつぶっ飛ばしてやろうかと思った。
 でも髪くらいどうでもいいし、中学時代服装検査で、私の人となりをちゃんと知ってる担任の先生は、私の髪の色を観て「田代は・・・う~ん・・・まあいいか。」って言ってくれた。
 ダーウィン進化論に傾倒する私がそんな非行やるはずないって知ってたから。つまり日常の様子を見ていれば、こいつが成人式で暴れるかどうかはすぐ分かるので、ヤバそうな奴を成人式入場禁止にすることくらいたやすいのにやらない。
 これはもうやらない大人の方が悪い。大人が動けば、こんなの起きないんだから。

 ESS(進化における安定的な戦略)やゲーム理論で有名な生物学者ジョン・メイナード・スミスは、まあすっごい難しい数理モデルの本を書くのですが、そこでヤンキーやチンピラ、やくざといった「タカ派」は、社会の大多数が喧嘩をしない「ハト派」だからこそ存在できると言っています(これは佐倉統さんの『進化論の挑戦』74ページでの紹介)。
 そりゃ当たり前なんだけど、世の中みんなヤンキーだとケンカばかりして、まともな生活が出来なくなってしまう(一日に80件殺人が起こる南アフリカみたいに)。だからみんながハト派の社会の方がずっと住みやすい。安全だし。
 でもハト派だけの社会だと、そのハトを食い物にして生きていけるんじゃねえか?と一部の卑怯者が考え「タカ派」戦略を取る。
 メイナード・スミスによれば、社会集団でハト派とタカ派の割合が決まった数字で均衡状態になることを発見。これがESSだという。
 これ以上タカ派は増えると社会は安定しないし、これ以上タカ派が減るともう少しタカ派が食って行ける余裕があるというわけです。
 だからタカ派はハト派に言わば養ってもらっているんだから、堅気に迷惑をかけちゃいけねえ。そんなことを先輩ヤンキーは新入り構成員に教えてほしいと思います。

少年Aという悪魔の証明

 この前「映画『告白』の少年Aみたいなのはいるわけないだろ」って言っちゃったんですけど、もちろん特殊事例を普遍的事例として過大に論じてしまう、マスコミなどのスタンスに対する反動で言ったわけで、世界のどこかではああいう危険な天才少年はいるかもしれません。

 こういった話でよく出てくる「悪魔の証明」というおはなしがあります。これは悪魔の存在を証明するのは、どこかで一匹でも悪魔を発見してしまえば可能なのに対し、悪魔の存在を否定するのはこの世の全てを探しつくして悪魔が存在しないことを確認しなければいけないので、事実上不可能である。という肯定よりも否定の方がずっと難しいよ、というオチの話です。

 似たような話で「ヘンペルのカラス」というのがあるんですけど・・・「カラスという鳥が存在する」という前提の下「カラスが黒い」ということを証明する際には、すべての黒くない鳥を調べ上げ、その中に一羽も黒色以外のカラスが存在しなければ、なんと黒いカラスを調べなくても「カラスが黒い」ことを証明出来てしまうという話ですが、まあ抽象度の高い話ではあります。
 ※この論理自体は正しい。バラエティ番組などで「ロシアンワサビ寿司~♪」とかのゲームやるときに、一個ずつ順番にプレイヤーがお寿司を食べていって最後の一個までセーフだったら、ラストの一個がワサビ寿司であることは確定するので、出川さんあたりが「なんだよ~・・・!」っていう、あれ。あれ「ヘンペルのカラス」です。

 で、話を戻しますが、万が一大学を吹っ飛ばせる爆弾を作れるほどの頭脳を持った子がいたとして、それを実行しようと思わなければ不可能とほぼイコール。
 つまり爆弾が作れるほど頭が良かったら、そんなことやっても自分の利益にならない、デメリットの方が多いと計算するので、実行しないと思います。

 この映画を見て思い出すのは、やっぱり「酒鬼薔薇事件」。当時中学生だった私は「今の中学生は何を考えているか分からない危険だ」という世論に辟易としてました。
 少年Aという極めてまれなケースで、「現代の中学生は・・・」という普遍的な全体論にまで発展するのが馬鹿馬鹿しかった。
 先天的な気質における集団内の個々の気質パターンの割合というのは「ガウス分布」を描いていて、つまりはグラフにすると一つの山になっていて、中央に多数派が配置されていて、その両端にレアな人がごく少数配置されているようになっていると思うのですが、とにかく遺伝子プールと同じで、特殊な子は少数ながらいる。
 そして気質に遺伝子が関係していることも分かっている(・・・とか言うと決定論的に誤解する人がいてうんざりするけど)。

 その点で「酒鬼薔薇は生まれつきのサイコパスでレアで危険なやつだ」といった『おぼっちゃまくん』の作者「小林よしのり先生」は中学生のヒーローだった(すいません。嘘です。私が「おぼっちゃまくん」好きだっただけ)。
 しかしそれと「親の躾や学校やコミュニティがしっかり機能していれば、酒鬼薔薇の暴走は止められたのでは?」という説は対立しない。先天的な気質がやばかろうと、後天的な学習や教育、経験でどうとでもなるから。
 だから逆にどんな人でも運が悪ければ犯罪者になる可能性はある。

 私はこの前K氏に「お前は決して変なやつではないが、かなり稀なタイプの人間だ」とか言われたのですけど、そんな正規分布の端っこにいて、大学の嫌いな教員からも「異端児」とか言われた私だって、あんな不条理な殺戮はしない。それはやっぱり他者との関わりで、人は十分正気を保てるから。
 思えば中学時代の私って、理科の先生に授業をやらせてもらったこともあったけれど、だからと言ってまわりに一目置かれてたわけでは決してない。
 なにしろあだ名が「馬鹿」だったし。所詮理屈しかしらない口だけ野郎だったから、モノをいじくって構造を理解してしまう工作好きな友達の方がずっと天才だった。
 『告白』の天才少年Aが、自分の天才ぶりにうぬぼれて自身のサイトを立ち上げたら、来客者が一人も来ないかったのでしょげたのと一緒で(オレのサイトも一緒だけどw)世間ってよほどのことをしないと関心を持ってくれない。

 で、彼は殺人をするんだけど、これがどうも賢くない。現実でもたしかに佐賀のバスジャック事件や秋葉原の事件は、世間の注目も集めたくてやったのかもしれないけど、その先にあるのは破滅なわけで。
 ルナシー事件や少年Bの母親殺しなんかと張り合うよりも、ノーベル賞最年少記録を打ち立てた方が、こいつはもっとメディアに取り上げられたとも思うんだけどね。

獣性が人間の本質だというならばウンコの映画を作れ

 私が見た中で最も退屈だった映画(刺激的なシーンがいっぱいあったのに・・・)『告白』つながりでちょっと思ったことを。

 現代美術にマルセル・デュシャンの「泉」という作品があります。といっても、この作品はただ展覧会場に洋式トイレが置いてあるだけで、なにが言いたいのだかさっぱりわからない。
 偉そうな評論家は「ポストモダン思想におけるソーカル事件のように、あえて便器を置くことで価値相対化に傾倒するポストモダン芸術を痛烈に皮肉った」とか「現在の芸術家は作品を作るだけで創作活動が完結するのではなく、どこに何を置くか?(そこで用いる造形物は自分で制作しなくてもよい=レディメイド)という問題の時代に入った」とか、まあ、いろいろと勝手に深読みし、デュシャンの「泉」は芸術史にその名を刻んだ・・・
 ・・・くっだらない。

 だいたい作者のデュシャンが、もし、特に何も考えずみんなの注目を集めたいだけで、あれを置いてたいたらどうなのか・・・?(つまり答えは無し)
 時に鑑賞者は作家の意図した以上のことを感じ取ってしまう。それが現代アートの醍醐味・・・?
 この現象を皮肉ったのが『鏡の国のアリス』の「ジャバウォックの詩」。わけのわからない言葉(答えもない)に踊らされて、真理とやらの剣をふるっている人を皮肉っているわけです。

 考えようによっては「ヴォーパルソード」の最先端は「科学」のような気もしますが(デビット・ハルや三中信宏氏はそれを否定)、科学は基本的にどんな人にも共有化できるもの。
 しかし芸術作品の解釈は共有化できない。だからといってその価値を下に見ているわけでは決してないのですが、それを上手く逆手に取った時、芸術でも映画でもカルト的人気が出ることがある。 
 「泉」しかり『不思議の国のアリス』しかり『告白』しかり・・・これらはどれもが、観客に大事な解釈をまる投げしている点が見事に共通している。
 個人的には私はこれは「反則手」かつ「一発だけ使える必殺技」のようなものだと思っていて、もし「泉」や『告白』のヒットに続いて、似たような作品が出てきても質の悪い劣化コピーなだけだと思います。
 そして私は、人に何かを伝えてそれを共有化したいタイプなので、あまりこの手法はやりたくない。正攻法で攻めていきたい。

 なにしろ『告白』は膨大なモノローグで登場人物の細かな設定を紡いでいくのに、物語で最も重要な真相を「な~んてね」のラストのセリフで観客に見事にキラーパス。私はずっこけましたよ。
 普通の物語は、ちょうどこの逆で、大事なメッセージ性やテーマ性は観客にしっかりと伝え、本筋に関係のないどうでもいい細かな設定(キャラの誕生日とか)は、妄想が大好きな熱狂的なファンの研究本などに任せてしまうw。
 この逆をわざと狙ってきたとは、それはそれで恐れ入る。でもなあ・・・話作りの勉強にはあまりに逆説的すぎて役には立たないなあ・・・

 あと人間の最もダークな部分をよくぞここまで取り上げたって言う評価もあるけど、これってつまりは人間が誰しも持っている「負の攻撃性」ですよね。
 人間の精神性、悟性と対極にある、もっともプリミティブな感情。「やられたら、やりかえす」「自分の大切なものを奪われたら、とってもひどい方法で自分の苦しみを味わわせてやる」まあ「ハムラビ法典」的発想で、それ自体に文句はないもののあまりに建設的じゃない。
 この報復の連鎖を実際実行しているのがイラクであリ、アフガンであり、イスラエルとパレスチナであり・・・き、きりがない・・・
 日本はオウム事件や拉致事件以降、すごいテロってないですけど、他の国ってたくさん森口がいるわけで・・・日本には無い怖いもの見たさってことなのかな?

 私はそういったプリミティブな感情を別にフィクションで見たくない。ノンフィクションの世界でさんざん見なきゃいけないから・・・(今日も若い小学教師が女性を強姦したとかやってたなあ。ついに「暴行」じゃなくて「強姦」って報道されるようになったんだ)。
 食欲、性欲、睡眠欲と同列に「攻撃欲」っていうのが、ただの動物にすぎない人間には確実にある。一応公共の福祉の概念の下、社会がそれを禁じているけどそれは建前でしかない。
 なんだかんだ奇麗事を言って私たちは殺し合いが大好き。でもそれを堂々と言うと偽善者に白い目でみられるから、いかんいかんとワールドカップあたりで我慢する・・ 
 これで人気取れるなら、120分ただ飯を食ってる映画とか、寝ている映画とか、ウンコしている映画とか(あ、それは『セックス&ザ・シティ』にやられた!!)・・・もっと言えばカンヌ国際映画祭とかにアダルトビデオなんか出品したらすごい反響だと思う。
 映画界のデュシャン現る!って。な~んてね。
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